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第三章 水の街
第93話 フィオーレ邸訪問
しおりを挟む「シンジよ、此奴を起こすのじゃ」
「俺がやるのかよっ。まあ別にいいけどさ……おい、おい、起きろ」
一騒動を越えた後、気絶しているロザリーヌの肩を軽く叩く。
いつもより綺麗な色で塗られたリップから「うぅん」と小さく呻き声が漏れ、眼が光を取り込んだ。
「あ、あれ? ワタクシ……」
「よう、気がついたか」
「いやあぁぁぁっ!! ブ男の変態があぁぁぁぁっ!」
「もういいから黙ってろ!!」
気が付き、そしてすぐさま悲鳴が響く。その反応はもう見たよ。
目が覚めて開口これだ。疲れるなあ。
「まったく、手のかかるお嬢様だ……」
「あっ!」
落ち着きを取り戻したロザリーヌが、後ろに控えていたテレサにハッと気付く。
ココルでは我が手に入れようと執着を燃やしていた事もあり、ロザリーヌの目が一点に収束する。
「テレーゼ!? どうして……ワタクシに会いに来てくれたのね!」
「聞けよ野放図」
がばっと起き上がるお嬢様。テレサを映した目がパアッと輝く。
うわ、すげえキラキラしてやがる。
さっきまでの様子はどこに消えたのか、一転して興を一人に熱心に向ける。
ただ、彼女たちの間には温度差がある。寒暖とも見紛う差が。
ロザリーヌが近付くと、テレサが後退する。
「あ、あらっ?」
想定外なようで、彼女の圧の込められた対応にまごつく。
ロザリーヌが寄って、テレサが無言で離れる。ある程度の、絶対に寄らせない距離を作って。
「テレーゼ……?」
「会いに来たのはレトさんのほうです。断じて貴方に会いに来てはいませんので誤解しないでくださいね」
「キュッ」
容赦の無い言葉を追ってレトが前脚を上げた。
「あ、あの……」
「それから、私に近付かないでくださいね」
「冷たいですわっ!?」
「温かく迎えてくれると思ったのかよっ。自分の胸に手を当てて考えてみろ」
死んだ目をしたテレサからの残酷な宣言。基本は温厚──先ほどは怖い目に遭わされそうになったが──なテレサの、あまりの拒否ぶりにロザリーヌはショックを受けた。
ぽっかりと開いた心の距離。両者の関係は険悪なものだが、なんとなくそうにも見えないやり取りだ。
まったく……いつまでもこんな事をしていられる余裕は無いだろうに、自由奔放なお嬢様だこと。
「此処に隠れていたのですな」
機を見て、トゥールが割って入る。ロリっ娘の登場に、ロザリーヌは見た目と言動に違和感を覚えて瞬きした。
「子供? 貴方は?」
「お初にお目にかかります。我はマグノリオン家の娘のトゥルプレにございます」
「マグノリオン? はて、聞いたことがあるような無いような……」
「おいおいっ」
なんて返しだ。思わずツッコミを入れそうになった。
相手が孤児であっても格上の家の子だってのに、ふてぶてしい態度。温室育ちも筋金が入っているなあ。
「皆が貴方を捜しておりましたぞ。ささ、お戻りになってください」
「あ……い、嫌ですわっ! ワタクシは戻りませんわよっ!」
「さっきも聞いたって。お嬢様よお、いい加減にしろよ」
「ワガママを言ってはいけません。これが運命なのです。これまでの積み重ねが斯様な巡りをもたらしたのです」
「そんな……っ」
うんうん、とトゥールに同感を送った。
認めたくないだろうが、これが現実。テレサに執着し、暗殺を企てなきゃこんな事──奇な事にテレサに初めて出会う遠因にもなってる──ならなかっただろうに。
裁きが下されないのなら、せめて自分の運命を受け入れるべきだ。
「受け入れましょう。肝心なことはこれからです。賢母と呼ばれた母君マーリエット夫人のように精を尽くすのです」
「それでも嫌ですのっ。母上は母上、ワタクシはワタクシですっ!」
などと仰って子供のようにそっぽを向く。身勝手な意思は折れなかった。
これは困ったな……。
重めの溜息が漏れる。
結婚を拒むお嬢様の扱いに持て余す。そんな空気が生まれていた。
ぶれねえお嬢様だ。嫌としか言えないなあ。
どうしよう。これだけ首を縦に振らないんなら、もう一回気絶させて連行するか?
「どうすんだよ? いつまでも隠れる気か? そんな事をしても状況は変わらんぞ」
「ううぅ……」
「ふむ──では変装しようではないか」
頭を抱えるロザリーヌの前で一旦熟考に浸ったかと思えば、トゥールが咄嗟にそんな提案を出してきた。
まだ話についていけていない俺達に、衆視を引き寄せた彼女は疑問に応える。
「入れ替わる、と言ったのじゃ。結婚したくないんじゃろ?」
手伝ってやろう、と救いの手は出される。
ロリっ娘の変わりように、ロザリーヌは目を丸くさせた。
「貴方は……何者なんですの?」
「先に名を口にしたではないか」
「いいのか? そこまでしたって何の得にもならないぞ」
「なあに、ただの私怨じゃよ。バルガーネには気を害された。ちょうどいい機会じゃ」
つまり意趣返しをしようって腹づもりか。
「変装なんてどうするんです?」
「それはのう……」
「うおっ、なんつーところから出しているんだ」
トゥールの手が平たい懐に突っ込んで、服と間の隙間から新たに札を二枚取り出して見せる。その札は前とは違った紋様があり、これまでとは異なった効果が込められているとみえた。
「トゥルえもん、それは何なんだい?」
「珍妙な呼び名を……これは欺瞞の術がある。一種の微弱な催眠でもある。貼り付けていれば一定時間は外見を別のものに認識させることができる」
ほほう、と感嘆する。トゥールが苦労を負った末に手に入れた術だが、ホント便利なものだ。
「とまあ、外見を欺くだけじゃがな。いつ見破られるとも分からん。過信は禁物じゃ」
「いや、そりゃもう結構。姿を変えるにはどうすればいい?」
「髪の毛を一本取れば良い。衣も合わせておくと尚良い」
「毛と服ね。だったら──」
にちゃあ、と口角を上げて横見。その対象のロザリーヌが悪寒に身を震わせた。
「ひっ……な、何をするつもり!?」
「なにって、話を聞いただろうが。お前を助けるのに必要なことを今からするんだよ」
「シンジが買って出るか。我でもテレサでも良かったのじゃが」
ロリっ娘は主人として居てもらわないとこの建物内を歩けない。テレサは論外だ。
「気味悪いその手は何なの!? 待って! 止まりなさいっ! それ以上近付かないでこのケダモノッ!!」
「仕方ねえだろ。入れ替んなきゃいけないんだからよお。髪の毛一本と服渡してくれよ~」
「ワタクシに触れたらお父様に言いつけて重い罰を与えてやりますわよ!!」
「いいのか? このまま退散したっていいんだぜ?」
「うぐ、ぐぅっ……!」
ロザリーヌの意思に合わせた選択肢はこれしかないと理解している。だけど、選択肢の合間でどうするべきか苦い声が漏れた。
「如何に乗り切る術はないぞ。観念するのじゃ」
「ええじゃないか、ええじゃないか。ほーら早く脱げよ」
「やめて、来ないで……来ないでぇっ!!」
手をワキワキいやらしく動かして、じりじりと迫る。ロザリーヌは嫌悪と恐怖を露わにしながら後退る。
逃がしはしない。ふひひ、なんだか俺が悪者みてえなことになってますなあ。まるでエロ同人みたいだ。
「へへへ、もう逃げられんなあ」
「ひいぃぃぃぃっ」
とうとう部屋の角まで追い込み、ロザリーヌを捕まえようとする──と、視界の端から出た何かに目を覆われて真っ暗になった。
「うーふーふー♪」
ちょっと冷たさを感じさせ、柔らかく繊細さを思わせる感触。目を覆っているのは女の子の手。そして、背筋に迫っている声音はテレサのものだ。
これは「だーれだ?」をやられてるのか。嬉しいじゃないの。
ただ、様子がおかしい。いや、ずっと不機嫌ではあるのだが、それとはベクトルが異なっていた。
「テレサか? どうした……あっ、ちょ、ああああ目がぁっ! 目を押し込まないでえぇぇぇぇ!!」
「これ、大きな声で騒ぐでないっ。早くするんじゃ」
静かに怒るテレサに目をコリコリ押される。そんな事もあったが、トゥールの作戦は決行に移った。
「──おお、妻よ! 来てくれたのだな!?」
ようやくホールに現れたロザリーヌに、ふくよかで貫禄だけはありそうなバルガーネの顔が喜色満面になった。
マリッジブルーでだった新婦が姿を見せては新郎も元気になろうものだ。
「最後まで来てくれないものと……本当に良かった!」
大げさに安堵しているが、生憎バルガーネの前に現れたのはロザリーヌではなくて俺なんですけどね。本人は別の場所にいるテレサ達と同行中だ。
トゥールの札の効果は凄いな。本当に俺をロザリーヌだと認識している。誰も疑ってる節が無い。
それにしてもこのドレス、サイズが合ってない。胸はスカスカ気味でウエストが狭くてキツい。あのお嬢様の体型どうなってるんだ。
さてと……表舞台に立っているんだ。しばらくはロザリーヌのフリをしないと。
「ええ。このロザリーヌは此度の婚姻を全力で受け入れますわ。もう逃げも隠れもしません。ぅおーほっほっほ!!」
「心を入れ替えてくれたのだな。あれほど拒絶したのが嘘のようだ。まるで別人だ」
はい、そうです。そのとおり別人ですよー。貴方の嫁さんは違うところにいますよー。
「皆様がた~本日はお越しになさって誠に感謝致しますわ~!」
ホールの壇上に立ち、来客に挨拶の言葉を送る。
こんな事をしても殆どの人間が正体に気付かない。これはちょっと面白くなってきた。
「ワタクシぃ、幸せでとぉ~~~てもッ有頂天ですの。明日の結婚式が待ち遠しいですわ~。新郎と円満な家庭を築いて良き妻になるんですのよ~!」
くるくる~、たーんっ、しゅたっ。
適当に動きを付けて、適当にスピーチを披露する。
観衆の反応は十人十色。本人がやらないであろう言動を晒しても偽物だと指摘するものはいない。
『くきききぃぃぃぃ……!!』
オーディエンスの中に紛れている俺ことロザリーヌから怒りの凝視を浴びせられているが、無視しておこう。
「明日はワタクシ達の婚姻の儀に是非ともお越しくださいましね~!!」
直後、ホール中から喝采の拍手が上がる。意外に好評だ。一部を除いては。
盛況だったパーティーは閉幕を迎えた。
支度を済ませて帰りの馬車に乗る。トゥールの馬車ではなく、フィオーレ邸への馬車に乗るんで正確には行きになるが。
(すっごく疲れた……)
フィオーレ邸へ向かって進む馬車。車輪の音を聞きながら静かに息を吐く。
どっと疲労が身体に貯まっている。フィオーレ家の知人やら顔の知らない貴族どもと気の遠くなるほど会話を重ねた。
縁のない世界で慣れない事をした。この疲れはその反動だ。貴族ってのはいちいち面倒なもんだ。
「頑張ったね。良かったよ、ロジーが受け入れてくれて。一時は頭を悩ませたものだよ」
対面に座るフランヴェオが称賛する。あっちは俺がロザリーヌに見えているとは言え同じの馬車の中とは奇妙な状況だ。
兄も少しおかしいところはあるが、バルガーネに比べてみれば美形でまともな面があるだけ良いものだ。
バルガーネはもうキモかった。マジでキモかった。
あの野郎、俺の手をねちっこく触ってきやがって。怖気が走ったわ。
だが、明日が楽しみだ。ざまあだなバルガーネ、お前の嫁はいなくなるぞ。
「ふむ……本当に人が変わったようだ。ラトナリアーノを友人に譲ったのは驚いた。何がロジーを変えたんだろうね?」
「お、おほほ。何を仰いますの? ワタクシはワタクシですわ。おかしな兄さまね」
「そうかな? いつもと様子が違うような……思い過ごしかな?」
ええ、そうですとも違いませんとも。思い過ごしだから気にすんな、こっちを見るんじゃねえ。
「ほら、僕達のお家に着いたよ」
フランヴェオが到着の頃合いを告げた。
(来たな……)
じきに馬車が停車する。外に出た瞬間に、それはどっしりと建っていた。
夜に彩られた広い庭を前座に、格調高雅な建物──貴族街なので、どこを見ても凄い建物があるのだが──が建っている。一族の権威の塊の、まさに絵に描いたような屋敷だ。
これがフィオーレの屋敷か。すげえな。
屋敷の凄さが手伝ってか緊張感が高まる。気を引き締めてやり過ごさないと。
「兄さま姉さま、お帰りなさい!」
「おおおぉ?」
高級ホテルの入口みたいな、とっても広い玄関を進んで早々、女の子が前方から走ってきて抱きつかれた。
いきなり来てからびっくりした……女の子に抱きつかれるとは思わなかった。
可愛い子だ。この子は妹か?
「た、ただいまですわ。えーと?」
「姉さま? どうかなさいましたか? 弟のピエルロメオをお忘れですか?」
「お……!?」
弟ぉ!? こんなに可愛い顔が男の子!? まるで天使みたいな美男子じゃねえか。
うおっほほ、良い匂いがする。か、可愛えっ! どう見ても男の子には見えないっ。
「姉さまの様子がおかしいです。元気がありません」
「ピエール。ロジーはとても疲れているのさ。すまないが労っておくれ」
「あ、フランヴェオ兄さま……わかりました」
図らずともナイスフォローをくれた兄に言われると、ロザリーヌの弟はしゅんと項垂れた。
少し可哀そうだったんで、頭を撫でてあげる。なんて触り心地の良い髪なんだ。
「おかえりなさい」
落ち込む弟の後ろから、また新たに家の者がやって来る。今度はロザリーヌに少し似た女がやって来た。
「母上、ただいま戻りました。前夜の宴は順調に終わりを迎えました」
「ご苦労さまです。ロジーもよく努めました。褒めてつかわします」
うっそだろ……。
はは……うえぇ? この美人が?
「どうしたんだい? 母上をじっと見つめて。何か付いているのかな?」
「あ、いえ……」
母とあってよく似ている。すっげー綺麗でアンドレオほどの歳の子を持っているとは思えない。母上なんて言わなきゃ姉と勘違いしそうなまでに若く見える。
娘と顕著に違うのは、厳格を感じさせるキツい目元と……ロザリーヌのそれを一回り超えるバストだ。
「明日は晴れての結婚式です。このフィオーレの家に身を置くのも今晩のみとなります。貴方はバルガーネ家の女になるのです」
「姉さま……」
「ピエール、これは避けられない運命なのさ。天の流れを変えられないようにね」
「はい、兄さま……承知しております」
兄弟の関係は良好。十歳前後辺りの弟は姉離れが出来ずロザリーヌの結婚を完全に受け入れていないようだった。
「さあ、とても疲れているだろう。湯浴みをしていきなさい」
「は、はい。あっ……」
流れに身を任せようとして、危うく判断を誤ってしまうことに気付く。変装する際にトゥールに言われていた事を思い出した。
札は水や火に弱いと聞いている。耐水耐火は出来ないことは無いようだが、間に合わせの物では処理していない。入浴は止めておこう。
「いえ、今宵は控えておきますわ」
「ロジー? どうしたんだい? いつもの君らしくないな」
「明日は婚姻の日。今日が最後なのですから朝方に身を清めたいのです。娘のお願いをどうか聞き入れてください」
変装が解けるのを避ける。それだけのでまかせだが、自分ながら稚拙なものだ。
さてさて、この場では意思決定権の強い母親の返事待ちとなっているがどうなる?
「……そうね。最後の一晩ですから、それくらいは聞いておきましょう」
母親は一度は目を鋭くさせるが、すぐに了承してくれた。
娘が明日結婚する。となれば多少のワガママは聞いてくれるか。断られなくて良かった。入浴することになったら札が効力を失うところだった。
「ロジー、後で中庭に来なさい」
「は、はい?」
「話があります。更衣を済ませてから来るのです。いいですね?」
「わ……わかりましたわ」
念を押した後は、母親はフィオーレ邸の奥へ引っ込んで行った。
フィオーレ夫人、か。貫禄というものを感じる。前に立っているだけで緊張感が半端無かった。
「姉さま、行きましょう」
ぎゅっと弟が手を繋いでくる。くうっ、可愛いっ。
しかし、話って何なんだ。娘(偽)と過ごす最後の夜にわざわざ何を話すんだ?
「……ここか」
広くて迷路のような屋敷の内部で迷い、なんとか中庭に辿り着いた。
夜とソーラダイトの組み合わせで神秘的すらある中庭。その中央辺りのガゼなんとかって建物にロザリーヌの母は腰掛けていた。
「来ましたね。座りなさい」
中庭に来た娘に、ロザリーヌの母は優しい口調で促す。その瞬間から違和感が生まれた。
……あれ? さっきとは態度が違う?
こっちを見る厳しい目つきがやや緩んでいる。初対面の時の厳しそうなイメージ──常日頃は厳しい態度をしているのだろう──とは大違いで戸惑った。
「如何です? 婚姻を明日に控え、フィオーレを離れるのは? 母に存意を聞かせなさい」
「は、はい。いまだに夢を見ている心地ですわ。妻になるのがまだ信じられませんわ」
「そう……時の流れは過ぎれば存外に早いものですわね」
母親の声音は優しく、慈愛に満ちた眼差しを向ける。
「──大きくなりましたね」
静かな、二人だけの中庭にそれは落とされる。
二人になって早々、ロザリーヌの母が微笑ましく娘の成長──相対しているのは俺だが──を褒めた。
「お母様?」
「血肉を分け、この腕に抱えられていた小さなロジーも明日で嫁ぎに行くのです。母はロジーを誇らしく思います」
「ど、ど、どうしたのです? いつものお母様らしくありませんわ」
「母として娘を励ましているのです。ロジーは目に余るものが多々ありますが、愛おしさも等しく抱いておりますわ」
さらに戸惑う偽娘ことシンジに対し、彼女は、
「ロジーに教えていなかったことがあります」
「なんですの?」
「実は……母が産んだ子はあと一人いたのですよ。六人ではありません」
あと一人? それは引っ掛かる言い方だな。明朗に感じられないのだが。
「貴方は双子だったのです」
え──?
ロザリーヌの母が教えたものは、夜の静けさのせいかよく浸透した気がした。
「な……んですって!」
「女の子です。どちらも可愛い顔がそっくりでした」
演技を忘れ自分を出しそうになって、何とかロザリーヌの口調に戻した。
「本当なんですの?」
「嘘は言っていません。真実です」
まあ、そうだよな。わざわざ嘘を言う必要がないもんな。
あいつが双子……。
まだ信じられねえ。ロザリーヌが双子……想像できんな。
ワガママで態度がデカくて、典型的で変わり者のお嬢様。あんなのがもう一人いたらと思うと……わあ、テレサがすごく嫌そうな顔しそうなのが簡単に想像できる。
──って、もう一人はどうなったんだ?
「一緒に生まれた子は……亡くなってしまいました。病気で……息を、引き取って……っ」
喉を絞るような声、溢れそうなものを抑えながら当時のことを話す。表情もくしゃくしゃになりかけていた。
死んだのか……。
中庭は寂しく、ロザリーヌの母の吐露によって重苦しい空気に支配されそうだ。
圧し潰されそうで返す言葉がどうにも出ず、俯瞰する。こんな時、ロザリーヌはどう慰めてやれるか。いや、言うに難いだろうな。
「母は今も苦しんでいます。ときおり夢に出てくるのです。見る都度に母は謝罪を繰り返すのですよ」
彼女は子供の死に囚われ、身の内は今でも生傷が絶えなかった。
とても辛そうだ。生まれたばかりの子が自分より先に死んだのだから傷は深い。
ただ入れ替わっただけなのに、重い話を聞いてしまった。
フィオーレ家にそんなことがあったんだな……。
内容がキツいものだけに娘に変装しているのが辛く、聞いているのが俺で申し訳ない。
母親がわざわざ告白したんだ。この事はちゃんとロザリーヌに話してやらないと。
「そうだったのですね……ですがお母様、もう苦しまないでくださいな」
「ロジー……?」
「お母様は立派です。尊敬しますわ。亡くなった姉妹もお母様に感謝と愛情を覚えていることでしょう」
「……そうですね。ありがとう、ロジー。胸の重荷が取れました」
適当に捲し立てるが、意外にも効いたようだ。
「貴方は……亡くなった娘の片割れです。どうかロジーは強く生きてください。母より長く生きてください」
「むほっ!?」
ゆっくりと近付き、肌の良い両腕が抱擁してきた。
娘に変装しているせいでされるがまま。ロザリーヌ母は俺の後頭部を撫でてくる。
……そして顔面には、二つの柔らかいものが当たっていた。
胸が……当たってる!
ふおおおお、すっげえ柔らけえぇぇぇぇっ!!
素晴らしく大きなバスト。ふざけた真似をしてはいけない時なのに理性を狂わされてしまう。
「フィオーレ家を離れても貴方は私の娘。それだけは何があろうとも変わりませんわ」
そう、今の俺はロザリーヌ。だからハグを拒否してはいけないんだ。落ち着かないと……っ。
けど、こんな母性の塊のような肉体に抱かれたら、おかしくなるっ!
(なんて……素晴らしいハプニングだ……! )
親からの愛情を込めた抱擁。身体から立ち込める香水の良い香りが鼻腔をくすぐってくる。
胸の感触はもう最高だ。こんな経験は二度とない。折角の雰囲気が台無しだが、いつまでもこうしていたいっ。
「ロジー? どうしたのです? 息が荒いですわよ」
「な、なにもありませんの……もう少しだけこのままで居たいですの」
「まだ甘えん坊が抜けませんの? 明日で妻になるのに……ふふっ、いいでしょう。今だけは許してあげます。たくさん甘えてらっしゃいな」
やったあ! ありがとうございますっ! ありがとおぉぉぉぉございますっ!!
疑われていないのをいいことに、ロザリーヌ母の胸に顔を埋める。
間違って手を出さないよう気を付けながら、思いっきり甘えてやった。
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