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第三章 水の街

第90話 貴族街の門

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 為す術なくカルドに逃げられた後、俺達はマープル釣りを一旦止めて、ある場所へ向かった。
 湖を後にし、街の中を一方角へ沿って暫く歩いていく。そして、それはあった。

 フィンチが教えてくれた場所に門が佇んでいる。門はこれまでに歩いた区域を隔てる境界となっていた。
 言われずとも判別できる。門は貴族の屋敷が連なり建つエリアの入口だ。

「あそこが貴族街か」

 路地の陰から門を見つめながら一言呟く。
 入口は検問所があり、門番を担う騎士もいる。その奥は明らかに一般人が行き来するものとは趣の異なる豪勢な街並みが覗いていた。

 あいつの言ったとおりだ。ということはあのエリアの何処かにフィオーレ家の屋敷もあるはずだ。

 問題があるならば、あの門をどうやって通るか。
 騎士は通行者を別け、相応しくない者を除ける。怪しい者は一人も通れない堅固さがある。他に侵入できそうな場所は見当たらない。

「ほ、本当に行くんですか? 見張りの方が立っています。あの様子では通るのは難しいですよ」
「行かなきゃどうにもならないって。あの門の向こうにレトがいるかもしれないんだから」
「そうですけどぉ……」

 もじもじとして二の足を踏むテレサ。行きたいのと行きたくないのが五分五分でせめぎ合っている。踏ん切りがつかないのは理由があって、

「レトさんはフィオーレさんのお家にいるんですよね? お家に行くのは……少し怖いです」
「ああ、うん……」

 同感と憐れみを禁じ得ない。
 ココルでの仕打ちと自身に向けられた百合色の劣情から、ロザリーヌ及び一家にあまり良い印象を抱いてないからな。
 配慮してあげたいが、状況が状況なんで割り切ってもらおう。

「とりあえず、通れるか試しに行ってくる」

 テレサを残して、目的地の前に立ちはだかる、まさに関門を目指す。門番を担当する騎士が進路を塞ぎ、「止まれ」と事務的な応対で迎えた。

「この先に用か?」
「あのー、用事があって通りたいんですが」

 素直に用件を伝えると、兜の奥の目が睨んできた。
 観察にかけた時間はたった数秒。即座に人となりを把握したらしい。短い手間を掛けての俺の印象は良いものは言えず、騎士の男は眉を顰めて尋ねた。

「通行許可証は持っているか?」
「はい? 通行……なんて?」
「通行許可証だ。通りたければ提示したまえ」
「きょ、許可証? 通るのに許可が必要なのか?」

 問答しているその時、二頭の馬を先頭にした馬車が近付き門の前で停止した。
 貴族が乗っているらしく、御者と多少のやり取りを挟んだ後に馬車がすんなりと通って貴族街へ行く。

「一般市民の通過は許可証が必要になる。通りたければ許可証を出すんだ」
「おいおい、あの馬車はすぐに行ったぞ。いいのか?」
「あれは貴族街このさきにお住みの御方が乗車している。だから通してやった」

 そういうことかよ……。
 あっちが良くて俺はダメ。これが身分の差というものか。

 元の世界でもセレブが住む場所があるが、こっちは貴き血筋を持つ者が住める街だけに、どうにもならない区別が顕著に現れている。

 許可証か。貴族達が一定の場所に集まって住んでいるだけと侮っていたが、一般人が貴族街に入るのにそんな物が必要だとは。
 あと少しで通れそうなのに足止めされるとは歯痒い。何とかならないのか?

「許可証は……持ってないです」
「では出直してきたまえ」
「くっ……」

 通してくれねえか。まあ、そうだよな。許可証なきゃこうだもんな。
 だからといって、このまま素直に背を向けて帰れるものか。しつこく食いついてやるっ。

「い、いやあ、リベラルな精神をお持ちの騎士様には寛容に通してくれるとめっちゃ助かる」
「許可証を持たない者は通せない」
「そこをなんとか折れてくれないか? 困っているんだよ」
「例外はない。すぐに去らないと──」

 カチャ、と金属音が警告を告げる。これ以上しつこく付き纏うと武力行使をする、と無言の圧力だ。
 警戒されている。これ以上怪しい事をしたら捕まってしまう。ここは一旦退散しなきゃ。

「ちぇっ、ダメか……」

 ということで、何も結果は得られずにテレサのいる所に戻ってきましたと。

「追い返されてしまいましたね」
「許可証がなきゃ俺達一般人は通れないんだってさ」
「入るのに許可が必要なんですか?」
「残念だけど、そういうことだ。嫌になるね」

 あそこを通れるのは貴族と資格を持つ者だけ。不審者や俺たちのような一般人は通るに難い。通行許可証なんてどうやって手に入れりゃいいんだ。

「どうしましょう。あの門を通れなければレトさんのところまで行けませんね」
「なあに、まだ方法はある。許可証なんか無くても通ってやる」
「方法? どんな方法で行くんですか?」
「へへ、こっちにはスキルがある。スキルを使えばどんな事だって可能にできるもんよ。ちょっと準備するから待ってくれ」

 スキル『女体化』と『幼体化』を組み合わせれば、あ~ら不思議。純粋で可愛いロリシンジの出来上がりよ。

「じゃ、行ってくる」
「上手くいくんでしょうか……」

 作戦を不安視するテレサの心配はすぐにも無くなる。小さい女の子なら門番も不審者と疑わずに通してくれるさ。



「──お菓子もらった!!」
「よ、よかったですねえぇ……」

 苦そうで何とも言えない顔のテレサに歓迎される。
 ち、違うんだ。断じてお菓子が欲しくて行ったんじゃない。これは門番がお菓子くれてUターンさせられたんだ!

「ダメだこりゃ……」
「無理ですよぉ。私たちでは通れません」

 先が見通せず、良いとは言えない空気が訪れる。
 純粋な子供に成り済まして通る作戦は失敗。これ以外に有効な策はありそうにない。

 くっそう。あの向こうの何処かにフィオーレ邸が……レトがいるはずなのに、あれを通り抜けられない。
 別の所から侵入する? それとも出直す? 通行許可証を手に入れて──

「およ? そこにおるのはシンジではないか?」

 あざとい声掛けが突如として背後から訪れる。
 名前を呼ぶ声は女の子のもので、話しぶりといい聞き覚えのあるものだ。

 誰かな? 俺を呼ぶのは?
 新しい場所で女の子に声を掛けられるとは嬉しいイベントだ。俺の女運も悪かないね。

 さてさて。名前を覚えている女の子の知り合いといえば……。

「ほっほ~ぅ!!」
「げふっ!?」

 踵を返した瞬間、小さな身体が懐に飛び込み、がっしりとしがみ付く。小柄ではあったが、人一人分の駆け込みからのホールドでバランスを崩した。

「いてて……あ?」

 転倒の痛みから意識を戻し、マウントを取る人物を見上げる。
 飛び込んで来たのは小さな女の子だ。いや、こいつは違う。

「我が来たんじゃよ」

 跨っていたのは少女ではなく、中身は大人な女──合法ロリっ娘のトゥールだった。

「お、お前っ!」
「久しぶりじゃのう。元気だったか? ほ~れいっ!」
「ごべふぁっ!」

 馬乗り状態のトゥールが臀部を上げてからドスンと落とす。腹筋が痛いデス。

「おーおー、テレサも一緒だったか。お主も村を出たんじゃなあ」
「トゥールさ~ん?」
「おお怖い。まあ怒るな怒るな。再会のスキンシップじゃよ。ほれ、喜んでおる」
「ぅンなわけねえだろっ!」
「シンジさ~ん?」
「あだだだっ。ひどぅいぃぃぃぃっ」

 ぐにぃ、と頬がテレサの手で千切れそうなまでに引っ張られる。何故か彼女はご立腹だ。



「また会えて嬉しいの」

 トゥールが退き、テレサの怒りが鎮まったところで場は再会の空気に包まれた。
 此処で再会するとは予想外だ。屋敷から脱出した後は会うことなかったし、それきりだと思っていた。

「どうじゃ? 我の粋な計らいは?」
「計らい?」
「おうとも。あのフィオーレの娘に使いを送ったのは我の進言じゃ」
「あ、ああ! それでロザリーヌの屋敷に……お前もこの街に来てたんだな」
「来てたのではなく……ま、羽を伸ばしておるんじゃよ」
「うん?」

 多少気になる言い回し。胡散臭く掴みどころの無い奴だが、既に俺の興味はそれよりも別の事に移ろいでいた。

 トゥールの傍には、もう一人女の子が一緒にいる。見た目の幼いトゥールよりかは少し年上の、十代前半辺りの風貌。こっちの子は見た目通りの年齢のはずだ。
 変わり者のトゥールとは違い、こっちは佇まいと身形から普通じゃないオーラが隠しきれていない。

 額を覆う布飾りからは、トゥールの物らしき札が垂れている。キョンシーっぽく見える。おしゃれで付けているのではなく、意味のありそうな飾り方だ。

「そっちの子はどなた?」
「親戚なもんじゃ。気にするな」
「気にするなと言われても……」
「こんにちは。マルタナ・テレーゼといいます。お名前を聞かせてもらってもいいですか?」
「……」
「あ、あのぅ?」

 少女はむすっと口を堅く結び、テレサの挨拶を跳ね除けた。

 あまりある一般市民らしからぬ雰囲気。この少女、只者ではなさそうだ。
 寡黙で冷徹な印象の少女は値踏みするように双眸を鋭くさせている。そこには容易に近づき難いものがあった。

「すまんの。ちと人見知りなものでな」

 とトゥールは言うが、なんだか納得がいかない。喉に異物が引っかかる違和感がある。
 この存在感はなんだろう。カリスマ? 血の持つ威厳?

「此奴らは何者なるぞ?」

 閉口を止め、キョンシー風の少女は訊ねる。重々しいものがあり、まるでトゥールを配下のように扱っている。
 飄々しい面のあるトゥールとは大違い。本当に親戚か?

、御前に立つこの男こそが前に申し上げた例の者ですぞ」

 一緒に行動しているキョンシー風の少女に対して、トゥールは俺の事を紹介する。一部の言葉が妙に印象に残った。

「姫……?」
「左手の甲を御覧ください」
「……ほう。この冴えない男がトゥールの言っていた下郎か」
「初対面で冴えないとか下郎とか、さらっと言いますかね? 良い大人が今からベソかくよ?」
「まあまあ、聞き逃しておけ。世界の広さと礼儀を知らんのじゃ。多少の無礼は許容してほしい」

 妙に礼儀正しい言動を振る舞うトゥールの言入れを耳にすると、少女は評価を改めて品定めに掛かる。そして、

「命を下す。その者の手を切り落として確保せい」

 うん? なんと?

「いいのですかな? 貴方ほどの者でも、それは……」
「聞こえなかったか。早う、切り落とせと言っている」
「……はっ。仰せのままに」

 ロリ体型であっても年上のトゥールに少女は上からの目線の態度で、しかし厳かな声色で命じる。
 ただ、言ってることは厳かを超えて残酷に響いた。

 少女の命令に、トゥールはすんなりと聞き入れる。それは目上に者に対する僕であり、二人の関係がどんなものか分からない。

 あのー、なんだか物騒な言葉が聞こえたんですがね。聞き間違いだよね?

「では……シンジ、暫しじっとしておれ。すぐに済ませる」
「うん? へ?」

 トゥールが懐に迫り、俺の左手を掴む。
 女の子からの積極的なアプローチが来る、という予想を外れ、何故か左手首に、取り出した札を何枚も何枚もぐるぐる巻いていく。そうして、数枚野巻かれた札は包帯となった。

 この行為に微塵も該当するものが判明しない。占いとも新手のコミュニケーションとも違う気がする。

「な、なんだよ、どうするつもりだ?」
「大人しくておれ。流れに身を任せておけ」

 その言葉を信用するには不安が伴い、胡散臭いものを覚えた。
 これにどういう意味が……今から何をおっぱじめるつもりだ?

「せえいっ!!」

 巻いた札とは別の札を頭上に掲げてから、俺の左手に目掛けて落とす。
 嫌な予感がして、左手を引っ込める。トゥールの手に握られた札の先端が手首を掠った。

 手首側の札がピッと切れる。原理は解らないが、トゥールが持っている札が刃物並の鋭さがあるとみた。

「あ、あぶねーっ!!」
「ありゃ? なぜ避けるんじゃ? 動かしたら切れないではないか」

 切れっ……!?

「なぜ、とか普通に言うんじゃねえ! サイコパスかお前は! 普通は避けるんだよ! ていうか何をするつもりだよ!」
「無論、お前さんの手を頂戴するんじゃ。切断しての」
「だから何で!?」

 平気で怖いことを言うトゥール。細い脚がじりじりと進んでいく。身の危険を感じて、テレサの背後に隠れることにした。

 まさか、あのまま任せていたら俺の手首が吹っ飛んでたんじゃ……。

「逃げるでない。すぐに済ませるからの」
「嫌だよ! 断固拒否するっ!!」
「ふむ……」

 警戒心を見せる俺に、これでは下手にいけまいと分かったのか、トゥールは手にしていた札を収めて少女に諦めるよう促した。

「余に楯突くか……」
「致し方がありませぬ。此度は寛大な御心でご容赦くださいませ」

 チッ、と舌打ち。不満を抑えるばかりか露骨に見せる少女。それにトゥールはやれやれと言わんばかりの仕草を見せた。
 この態度は今に始まったものじゃないと勝手知ったるようだが……?

「ところで、お前さんらと共におったラーダはどうした? まったく姿が見えんが」
「レトさんは今いないんです」

 テレサが質問に答えると、ロリっ子の細い首が顔を傾けさせる。

「いない? どうしてじゃ?」
「これには複雑な事情があってな。そこまで複雑でもないんだが」
「ほう? 複雑とな? それは食指が動くというもの。話を聞かせてもらえるか?」

 傍にレトがいない事情をトゥールに話した。
 屋敷での騒ぎの後、レトはロザリーヌに捕まり今はフィオーレ邸に居ること。それに起因して動いていることを教えると、トゥールは「そうかそうか」と納得を打った。

「フィオーレ家に向かおうとしておるか。じゃから此処におったんじゃな」
「ま、そういうことなんですわ」
「あの先に行きたいのか?」
「そうだよ。けど、俺達じゃ通れないんでね。行き詰まってんのさ」
「門を通って進めばフィオーレの屋敷はある。じゃがお主たちは貴族ではない。通るのは不可能じゃな。力で行使すれば単純じゃが」
「できりゃ穏便に済ませたいんだよ」

 ほうほう、と相槌を打ち、何を思ったかソソソと懐まで迫るトゥール。そして、にんまりと悪どく目を細めた。

「助けてやらんこともないぞ。通してやろうか?」

 囁いたのは、大変興味深くある助け舟だった。

「マジで?」
「おうともおうとも。我らにはお主らを通してやれる」
「どうやって入るんですか?」
「入るにはのう……」

 ロリっ子が邪険に口端を裂く。手を差し伸べるのは優しさではなく打算的なものだった。

 これはあくまで取り引き。タダで、などと温情をくれてやろうとせず、見返りを狙っているらしいトゥールは、後ろで待機しているキョンシー風の少女を流し目で意味深に見やった。

「姫、暇を貰っても構いませんね?」
「其の気を割くものではない。喫緊はその下郎の手よ。我と我らの神に侮辱を与える其奴の手を早急に切り落とせ」
「ひえっ……」

 こ、怖あ。この子、怖ろしいことをまだ言ってくるぅ。

「無聊の慰めにならぬことはしませぬ。ソール様の印を持つ男の手を頂く格好の機会なのです」
「ふむ……お前の勝手にせい」
「至極光栄にございます」

 主と従者のようで、そうでない変てこりんな会話。キョンシー風の少女の許可が下りると、トゥールは置いてけぼりの俺達に向き直った。

「では準備をするかの」
「え? 準備? なんの?」

 これから俺達を巻き込んで何かが始まるらしい。
 詳しい話をする前にトゥールは得意げな笑みを見せ、こう言った。

「今宵はパーティーじゃっ!!」

 パーティー……?

 
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