異世界を創って神様になったけど実際は甘くないようです。

ヨルベス

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第二章 その魂、奮い立つ

第72話 再戦、シュヴェルタル

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「此処……しかないよなぁ」

 望みをかけて向かった其処は──洞窟。

 岩肌にくっきりと開いた闇穴は、偽の目撃情報に釣られてミリアムと一緒に行った場所。そしてシュヴェルタルに襲われて殺された地が、この先にある。

 ヤツが居るとしたら、この洞窟。確たる根拠は無く、あるのは可能性だけ。
 不確かで運に頼らざるを得ないけど、どうにかシュヴェルタルさんが居てくれますようにと祈るしかあるめえ。

 風が吹き、空気が吸い込まれていく。ごうっと洞窟が鳴き、モンスターが中で蠢いてることもあって、それ自体が生きているように錯覚する。
 改めて穴の前に立っているが……よく二人でこんな不気味な場所に入れたなあ。

「暗いですね。この中に……」

 穿った穴の奥で待ち構える闇に、テレサが視線を送って呟く。場所も地形も不良に加味してシュヴェルタルも居るかもしれないとなると、より強く心構えているのが見て取れる。

 テレサも討伐者とはいえ、重ねた日数の少ない元一般人。高難度クエストに振り分けられたシュヴェルタルを相手にすることにかなり緊張しているはずだ。

 敵は強豪。後方に徹することに配慮しても命の安全に絶対の保証は難しい。
 そもそもモンスターとの会戦は、イレギュラーな事態が時として起こるものだ。それはカルドに助けられた時に知っている。

 本当は怖いと思っているはずなのに、それでも付いてくるのは逞しい性根が備わっているからか。ここまで来てくれた事に感心を覚える。称賛とも言っていい。

「気張るなよ。ゆっくり深呼吸でもしようか」
「そ、そうですね。ふ、ふぅー。ひっ、ひっ、ふぅ~」
「違う。それ出産の痛みを和らげる呼吸」
「はっ! 間違えちゃいました!」

 緊張で深呼吸の仕方を忘れてる。落ち着かせようとしてる時にこの様子じゃ良くないな。

「キュー」

 そんな時に、獣が一鳴き。緊張の解れないテレサの足元にレトが近寄り、アクションを起こす。
 何となく「頭を下げろ」と伝えてる気がする。テレサも同様にそう受け取ったらしい。

「へもっ!?」

 俯瞰のテレサが身を屈むと小さな身が跳躍し、びたんっと彼女の顔面に貼り付いてきた。
 なにやってんだ、このラーダは。

「あ、もれは……!?」
「どうした?」

 四本の脚ががっちりと顔を掴んで離れないせいでもごもごするテレサだったが、途端にピシッと停止。
 新しい発見を知ったらしく、スーハーという呼吸音が毛並みから漏れる。

 こ、これはっ……犬吸いとか猫吸いという行為ではなかろうか。いや、この場合は……レト吸いっ、レト吸いと名付けておくか。

 一時の間のフェイスハグからは、癒やしの色がほわほわと漂っている。花の幻だって浮遊している。
 ようやく解いたテレサは、新発見の事実を言うのであった。

「良い匂いですっ。お腹に鼻を当ててよく嗅ぐと少しだけお花の香りがします」
「なっ、なんだとぅ!?」

 ここにきて新たなトリビア! レト吸いをすると良い匂いがする! 明日使えるかもしれない新発見だっ。

 リージュに居た頃に顔に張り付かれた気がするが、そんな事には気が付かなかったな。
 匂いがどんなものか気になる。レト吸いしてみたいっ。

「やるやる~っ。俺も匂わせてくれ」
「キュイッ、キュキュッ」
「嫌がんな、嫌がんなよ。お前のシークレットスメル匂わせろ」
「キュイーッ」

 くっ、ぴーんと張った脚が邪魔で……寄せられねえっ。
 このラーダめ、大人しく吸われろっ!

「いつまで茶番を続けている? 早く行くぞ」
「あ、すいやせん……」

 四肢を伸ばして抵抗するレトと闘ってると、カルドからぴしゃりと言われた。
 匂いは嗅げずに怒られたものの、結果的にテレサの緊張は解けたので改めて本題に向き直る。

 洞窟の直径は、人が容易く入れる大きさ。その規模は、姿の見えないモンスターの闊歩を許している状態から伺える。

 中は意外と複雑で広く暗い。だから予め『暗視』のスキルを付けておいた。カルドにも関節技を極められた際に上手いこと……なっ。

 入る決心ができたところで、皆を率いて入洞。光の届かない大口の中へ身を進めていく。ちょっと進んだ当たりで黒く小さな影達が頭上から降ってきた。

「きゃあっ!」

 舞い降りるのはコウモリの群れ。ぴーぴー騒ぎながら飛翔する存在に、びくっとして驚くのはテレサだった。あらま可愛いですね~。

「ありゃコウモリだ。モンスターじゃないぞ」
「良かったあ……ただのコウモリさんなんですね? 取り乱してすみません」
「大丈夫さ。俺もびっくりしたし」

 現れたのがコウモリと判明すると、テレサはほっと安堵し落ち着きを取り戻す。
 みっともないところを見せてしまって恥じているが、良い反応だ。おかわりプリーズ。



「あの、初めてお会いした時から気になっていたのですが……カルドさんの名字はなんと呼ぶのでしょうか?」
「オレに名字は無い」
「へ? どういう意味ですか?」
「意味など無い。もしあったとして知ってどうする?」
「少しだけ貴方の事を知って私が嬉しくなります。だって仲間ですから知りたくなるじゃないですか」
「そうか……」
「家族はいますか? 恋人や結婚してる相手はいますか?」
「……」
「あ、そういえばカルドさんは私のことをテレーゼと呼んでいますが、テレサと呼んで構いませんよ。仲間ですから」

 行進が再開し、一方的とも取れる会話がテレサとカルドの間でやり取りされる。
 馴れ合いを好まず、会話を沈黙で切るのは諦観気味に慣れてきたが、村の子供達に慕われるお姉さん的なテレサは負けず挫けず語りかけるのであった。

 ……と、二人が話してる隙に俺は最後尾へ。綺麗なうなじと左右に揺れる後ろ髪をロックオンしてイタズラを開始する。
 悪いな、テレサ。もっかい見せてくれよ、さっきの可愛いやつを!

「だーだん♪ だーだん♪」
「し、シンジさん? どうしたんですか? 急に歌いだして……」
「気にするな。怖そうな場所を歩いていると歌って気分を明るくしたくなることがあるだろ?」
「明るい気持ちになれる歌には聞こえませんが……」
「文化の違いよ。俺の故郷じゃこれで明るくなれるの。そういうカルチャーなの」
「は、はあ。シンジさんの故郷の文化は独特ですね。ですけど、何となく違うのは気のせいでしょうか?」
「……テレサのような勘のいい子は嫌いじゃないよ」

 サメの迫るサウンドを歌っても明るい気分にならないからね。これはその逆だ。後になるほど不安が増してくるぞぅ。

「だーだーだーだーだだだだだだだだ」
「やっぱり変ですよね、その歌──」
「うあぁっ!! テレサの後ろに何かいるっ!!」
「きゃああぁぁぁぁ!!」

 大成功。コウモリの時より戦慄き、テレサは簡単に可愛らしく取り乱している。
 また可愛い反応が見れて「やった」と言いかけた瞬間だった。

 悲鳴の後──取り乱したテレサが両腕を力いっぱいに振る。手には杖があって……それがテレサの急旋回に追跡して弧を描く。

 あらゆる物体の動きがスローになったのは、本能が身に迫る危険を察知してくれたからだ。

 杖の先端が俺の顔面をロック。風を纏って来る様は、「オマエ、ブッコロス」と殺意に満ちている。ただの杖なのに殺意マシマシだ。

 あれが直撃するとどうなるか、脳がいつも以上の速さで処理判断し、最善の行動へ導いてくれた。

「うおおおぉぉぉぉ危なああああぁぁぁぁ!?」

 ぶおっ、と風が肌を掠る。髪の毛数本を犠牲にするだけで回避できた──が、

『ギシャッ!?』

 杖が手応えを得、何かが破裂する。吹っ飛んでいった物体を目で追うと、クモ型のモンスターが洞窟の壁に叩きつけらていた。
 体内のブツが外にぶち撒けられ、忙しく脚を動かして足掻くも長くは続かなかった。

「ひあぁっ!」

 グロテスクな死骸に、体液を帯びた杖の先端、隠密に接近すモンスターの存在は、テレサが驚いても仕方なきことだ。

 本当に出るとは思わなかった。だけどクモよ、運が悪かったな……。

 あんな惨状になったのはテレサの筋力ではなく、スキルが発動したからだ。
 スキルによる超然的なパワーが働き、モンスターを圧倒的に殴殺。でなきゃ、あれほどまでの状態にならないはずだ。

 恐ろしいものよ。杖ポコが自分に当たっていれば、あのモンスターみたいに大惨事となっていた。
 ハゲが進行するだけでバイオレンスな惨劇が始まらなくてよかった……よかったのか?

「何をしている。さっさと先頭に戻れ。お前が案内しなければ進めん」

 モンスターは一匹だけで、他の個体が近くに居ないのを確認すると、カルドは気遣うことなく促すのであった。

 スキル『粉砕の一撃』……非常に恐ろしい力だ。

 アレをどうか上手く利用したいが、いつ発動するとも分からんものはどうにも賭けにしかならんよな。
 危険だしミスったらテレサが殺される。そんな冒険はやらせたくない。

 でも、上手くやれば……。




「──あ」

 襲い掛かるモンスターを退け洞窟の中を歩いてしばらく進んだ時、広い場所に辿り着く。この空間には少し見覚えがあった。

 そうだ。ここはミリアムに背後から襲われて、シュヴェルタルに初めて遭遇した空間だ。

「待て。止まってくれ」
「どうしたんですか?」
「多分この辺だ……」

 皆の足を止めさせ、時が止まっているような場を観察する。
 記憶に残された風景と答え合わせ。合致していく程に発見への期待が高なる。

 居るかもしれない、と警戒しながら辺りを眺めると――少し進んだ先の闇の中に人の型をした物体があった。

(いた……!)

 闇に身を浸す、人の形をして異なるシルエット。
 ただの見間違いとかではなく、目を凝らせば凝らすほど他の何者じゃないことを確信する。

 きゅっと心臓が締め付けられたのは、殺されたトラウマが疼いたのか、念願の相手を見つけた驚きか。
 実体験をもって侮れぬ敵であることを体験してるせいか、ヤツの輪郭周りの空間が歪んで見えた。

 シュヴェルタルが先に居ることを仲間に伝える。指した方向を見たテレサが「あそこにいるのが……?」と静かに呟き、息を呑んだ。

 モンスターと戦うのは多少慣れただろうが、強い敵となるとそれまでに積み重ねてきた討伐者としての自信が薄れる。それは、テレサの杖を握る手に緊張が証明していた。

 シュヴェルタルはただ一箇所に立ち、剣を逆手に地面へ突き刺し石像の如く不動を貫いている。まるで電源の入ってないロボットみたいだ。
 考えうる限り、あの状態は活動停止おやすみ中ってことか?

 まさか、とは思った。正直言うと半信半疑だった。
 一度目の襲撃から日にちが経ってるから消息を断った線も考えてたが、まだ居たとは……まあ発見できて僥倖としよう。

「構えろ……」

 音量を抑えた声で促す。戦闘開始の合図を。
 張りつめた声音を受けた皆の顎が縦に振られ、各々準備を始める。

 また……遭遇した。
 この間はよくも俺とミリアムを刺しまくったな。ありゃマジで痛かったぞ。

 あの時にやられた分をお前に返す。リベンジだ――!

「先手必勝っ。カルドさんやっちゃってください!」

 お前が戦うじゃないんかいって突っ込まれそうだけど、気にしない気にしない。戦う時はあらゆる手段を有意義に使うものだ。

「フンッ……」

 少し不本意そうに鼻を鳴らすカルドだが、仕事はきっちりやってくれるそうで詠唱を始める。
 ぶつぶつと静かに唱えた後、掌がに向けられた。

「ターレスッ!」

 手から細い線状の光が曲がりくねて伸び、目に追えぬスピードで相手を目指す。
 未だ動かないシュヴェルタル……だったが、魔術があと少しで当たりそうな時、身動ぎを始めた。

 稲妻の如き光が炸裂し、空間を震わせた。

 爆音と振動が洞窟中に疾走する。衝撃はまるで落雷だ。
 魔術による攻撃で抉れた地面が舞い上がり、土埃が消えゆく音の後を追って降りていく。シュヴェルタルは砂塵の壁のせいで未確認だ。

 やったか、なんて言いたくもなく言えるはずもなく──土埃の中からゆっくりとシュヴェルタルが顔を見せた。
 彫像のような顔は歪みが無く、魔術攻撃を被ったとは思えない。

 大した損傷は確認できず、か……。
 うん、まあこれくらいじゃ死なないだろう。そこんところも想定しなきゃ三流以下だ。

 ダメージを多少は受けたか、はたまた全部避けてみせたか……これで簡単に終わってたら難易度の高いクエストに名を載るはずもなかった。

 ただ、こっちも一回仕掛けた程度じゃ終わらん。

「来い……」

 シュヴェルタルの先に、人影が一人立つ。ヤツの前に現れるのは──カルドだ。

「お前の相手は、このオレだ」

 漆黒ばかりを映している両手剣が灯りを受け、煌光を投じた。

 白い眼が戦闘態勢のカルドを見据える。自らの前に立ちはだかる存在を確かめている。
 始末するべき敵と判断したのか、黒い身が地面を蹴っていった。

 禍々しい鎧が、重量感のある音を地面に刻む。鈍重そうなフォルムに反する凄まじい猛進だ。
 重々しい躯体の肉迫は岩塊のようで、安全な場所に居てもビビってしまう。なのに、ターゲットとして捕捉されたカルドは動じない。剣も震えや迷いが無かった。

 走る黒塊の手には、俺を斬りに斬りまくって命を奪った剣があり、頭上に上げてカルドを狙っている。
 間は狭まり、【閃傑】とシュヴェルタルの相まみえる瞬間が始まろうとする。

 長剣が闇を斬って下ろされ──洞窟内に金属のぶつかる音が弾けた。

「すげぇ……」

 剣と剣の、苛烈を極めた交錯に目を奪われていた。

 これがガチの戦い……。

 刃が空気をバラバラに散らし、鋭い音を奏で、火花を散らす。
 相手の血肉を求む二振りの鈍色の像は、音速とも錯覚させる域に達していて肉眼では捉えきれない。

 耳にキンとくる斬り合いは実に見事なもので、彼我の境地が異なっているのを思い知る。名だたる討伐者と高難度クエストのモンスターが戦うと、こうも次元が違うのか。

 対等にぶつかり合う、異次元レベルの殺陣に、息を呑まざるを得なかった。
 感動すら生まれた。自分の役割を忘れかけるほどに。

 これ以上、鮮やかな剣捌きに見惚れている余裕は無いな。早く俺達も仕事しなきゃだ。
 互角に戦ってはいるが、両者とも決め手を出せずにいる。有利な状況に持ち越す機も隙も無いからだ。

 油断など当然で気を急くと命取りになるが、持久戦に持ち越してしまえば、カルドに分は渡らない。
 多少なりともカルドには疲労が蓄積している。どれだけパラメーターが優秀でも所詮は人間。体力は有限だ。

 だったら、加勢してやるまで。
 なんの為にパーティがある。カルドは俺たち仲間がいる。俺も加わって共にシュヴェルタルを追い詰めるんだ。

 正直、あの中に入っていけるかビビっているけど……これは避けられない戦いなんだ。
 持てる力でシュヴェルタルを翻弄してやるっ。俺だって少し強くなったんだってことを教えてやる。

 固まっていた脚に鞭を打ち、二人が剣舞を披露している間に死角まで移動。
 気取られないようシュヴェルタルの視界範囲の外まで立ち回り、微調整してからの……ダッシュ!

 カルドに注視していた、おぞましい白眼が横に向く。死角から近付く者に感づいたようだ。
 気取られてしまったか。だがカルドに集中を注いだこともあって、シュヴェルタルの対応は遅れている。

 自分の手で倒そうとしなくてもいい。どうせ俺じゃフィニッシャーにはなれないのだから。
 せめてしつこく纏わりつく虫……いや、蜂程度の脅威になってやろう。

「おりゃあっ!!」

 豪快な薙ぎ払いで一旦カルドを退かせ、反転。重厚感のある身を軽々と翻して防いでみせた。

 ダガーの切っ先が、肉厚の横面に受け止められている。
 岩壁のように不動で、腹から声を出しても使う筋肉全てにさらなる力を込めても、一ミリたりとも退くことはなかった。

 大事の間の小事こごと。俺からの攻撃はその程度の、脅威とも足りない些細なものと分別されている。前回の戦いを覚えていたのだろうか。このモンスターにそこまでの知能があるかは分からないが。

「うおっと、とっ!?」

 力と力のぶつかり合いは当然続かず、ガードからの払いで呆気なく終わってしまった。

 押し負けてしまい、後退の選択を嫌でも取らされる。うっかり視線を外したのも悪かった。
 次に前方を見た時は──離れてたはずのアイツの姿が大きくなっていて、新たな行動に映っていた。

「あ」

 死を察した。長剣が兆候を瞬かせたから。

 これは死ぬ。考えなくても分かる。既に振り下ろされる刃は、どう避けようとしても当たる。
 あの長剣に身体をズバッと真っ二つにされてゲームオーバーだ。




 ……まあ、それは通常の場合だったらの話だが。


『!?』

 軌跡はを斬る。だけを。
 シュヴェルタルが得るはずの手応えは、空虚へ変わる。空振りってことだ。

「回避……成功っと!」

 避けようのない一閃を躱せたのは、スキルの効果のおかげだ。
 死にかけのミリアムから取り戻した『幼体化』のスキルで身体をミニマム化。文字通り間一髪で避けることができた。

 生還を果たし、後退。ポンっ、と身長が元のサイズに戻っても心臓がまだ騒いでいた。

 いやー、怖かった。めっちゃ怖かった。
 イチかバチかの賭け。非常にスリリングな体験だった。
 慣れない行動は無理にやるもんじゃないな。少しでも角度が違ってたら胴体が真っ二つになっていたかも。

 シュヴェルタルは依然として無表情だが、一杯食わされたはず。追撃が無かったのが証明しているといっていい。
 それに意識を奪われていたおかげで、後ろに躍り出たカルドの急襲にも反応が遅れていた。

「やれっ!!」

 斬撃は執行された。合図を送るまでもなく。
 正確で狂いの無い斜め一文字が加わり、胸に生まれる一直線。ばかっと割れ、黒い血が体外へ解き放たれる。

 血と共に噴出する咆哮は、シュヴェルタルから漏れ出た痛みの声。短く轟かせたものは、カルドの攻撃をまともに被った証だ。
 求めていた瞬間を見届けて、口元が緩まないはずがなかった。

「よっしゃあ!」

 加えて作った握り拳グーを振る。さもスポーツ観戦で出場選手がナイスプレーを決めた時のような興奮が、カルドの貢献へ称えさせた。

 当たったか。ようやくして攻略に大きな進展が起きたと言える。希望が見えてきた。
 続けてカルドがもう一度仕掛けるも、シュヴェルタルは手負いながら見事に防御。ボス戦の敵に相応しい体力のしぶとさを発揮した。

 そのまま二人は再び斬撃の応酬へ移行。段違いな激闘が再演した。
 とは言ってもシュヴェルタルの動きには変化がある。負傷前と違って、守りに重きを傾いてる。
 となればカルドの攻勢が多くなり、より縦横自在な躍動が相手を追い込もうとしていた。

「……【閃傑】」

 なんとなくカルドがその名で呼ばれている本当の理由が分かった気がする。
 剣身が擦れ、火花を散らす。刹那に生まれ終える閃光が、カルドに与えられた二つ名の由来なんだろう。

 上空からカルドが舞い降り、長剣に斬り下ろしが落とされる。その高音で悠長な考え事がパッと弾けた。

 いっけね、次の作戦に移らないと……。

「はああああぁぁぁぁっ!!」

 準備を整え、カルドに後退の合図を送る。
 再度、死角から接近する──が、シュヴェルタルの反応は速かった。

 物凄い速さでの対応。警戒を高めていたらしく、カルドと剣を交えながらも背後から襲う者に注意を割いていた。

 危機を意識した時には遅し、一つの線が身体を通る。
 あえなく剣の餌食にされた……かと思いきや、

『?』
「ハズレだ。俺は本物じゃないぞ」

 真っ二つに斬られたは、ふっと笑いながら言葉を遺し空気に溶ける。
 あまりに斬った手応えが無い。まるで霞を斬った感触。形あるものを断つのとは異なるそれに、シュヴェルタルが身動きを止める。

 その背後でまたが闇から現れ、即座に真っ二つ。音速で斬ったシュヴェルタルだったが、人体とは別の斬り心地に疑問符だ。

「俺もハズレだ」

 左右に断たれたもまた消滅する。自身の役割を果たして。

 何が起こっているのか、シュヴェルタルには答えに行き着けない。さぞ幻覚を見ている感覚に陥ったであろう。
 畳み掛けるように、全方位から多数の足音がざっざっと地面を鳴らした。


 ヤツを囲み新たに現れるのは──
 何人ものが、真ん中にシュヴェルタルを置いて円を作っている。

 アイツらは、スキル『影分身』の効果で作った分身。実体は無いが自分と同じ姿の分身を形成し、本体の意思に従って行動する。
 分身だから思考や言動まで本体と遜色なく同じ。一見じゃ本物との違いは見分けられない。

 短所と言えば、このスキルは出せる数が決まっていて、それが尽きるとスキルは自動的に消滅する。おまけに実体が無いから攻撃等はできないが、相手を惑わすには十分な手だ。

 さあ、行くぜ……。
 シンジ分身部隊、全員突撃だぁっ!!

「「「うああああぁぁぁぁ!」」」

 合図の意思をキャッチし、四方八方に配置した分身ニセモノが中心に向かって疾走する。
 輪を縮める分身達に、シュヴェルタルは無言でキョロキョロと顔を向け一体一体の姿をその目に収めているが、分身への対処には何も出来なかったのが現実だ。

 行っては去り、また突撃を繰り返して翻弄する。集団戦法でヤツを倒すことは叶わずも、作戦の効果は存分に発揮している。

「「「本物はぁー?」」」」
「「「俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だあ!!!!」」」

 分身達が連携して踊り狂って視覚の暴力を披露。自分でも気色の悪い光景だ。
 シュヴェルタルはほとほとに困惑。一体、二体、と斬り散らすも、十数体も残った分身に手こずっていた。

 いいぞ。その調子…………だっ!!

「おらぁっ!!」
『ッ……!!』
「本物は俺だっ!」

 分身の中に混じって本物おれも駆け寄っては攻撃。分身に惑わされて、いとも容易く当てることができた。

 反撃の一手を出す前に、残像部隊の向こう側へ撤退。本物に逃げられてしまったシュヴェルタルの前に分身達が壁となり、また撹乱の舞を受ける。

 いいぞ。シュヴェルタルを追い詰めているっ。
 このまま何回も続けて……あ、ちょっ──

「びぇっきしっ!!」

 鼻がムズムズして、くしゃみが飛んだ。
 正念場だというのに気の抜けた外で一晩過ごした悪影響だ。

 うぅ、なんて時にくしゃみしてんだ俺は……。

「あっ」

 良い具合だったはずの戦況が、小さなきっかけで変わってしまった。

『…………』

 じっと留める視線。白い眼が、同じ姿をした者達の中から一人だけを睨む。
 本物の……俺に。

 偶然見ているのではない。たった一回の、分身ほかとは異なる行動が判断材料。今に視線を落とした者こそが本物だと見抜いた上での行動だ。

 み、見破られた……。

 たくさんの分身を相手にしていたから気付かれないとは思ったが、その瞬間を逃さなかったか。鋭いな。

 ヤツの利き腕が動く。本物を仕留めようとして。
 近くに居た分身が庇いに盾となるも、即座に両断され数を減らされていく。

 狙いを定め突きの構えに変じた剣先がぬらりと滑らかに舞った。


 ──尖端は、胸の胴体の前で停止した。

「ぐぎ、ぎ……っ」

 刺突する刃を両手で挟んで固定。簡潔に言うと「白刃取り大成功っ!!」だ。
 得物が相手を貫かず止められているのを見たシュヴェルタルは力を加えて押し進める。俺の腕力じゃ止めきれず、刃が少しずつ迫ってくる。

 これを止めなきゃ貫かれる。殺されそうって状況なのに……笑えてしまう。口元がニヤついてんのも自覚できた。

 え? どうして笑ってるかって? それはすぐにでも分かるさ。

「今だっ、来い──!!」

 貫かんとする刃を除けようとしながら、新たな合図を張り飛ばす。
 すると……戦いが始まってから、ずっと潜伏させていた人物が闇を剥がして応えてくれた。


 テレサ──。


 新たな存在を己の目で視認するシュヴェルタル。何故こんな近くに来ている者に気付かなかったのかという事に意表を突かれて。

 これも作戦の一つ。スキル『薄影』で気配を薄くさせ、最接近できる瞬間が来るまで潜ませていた。
 姿まではスキルじゃ隠せない。だから影分身で意識を俺に集中させることで、忍び寄るテレサを埒外に逃させることができた。

 杖を振りかぶろうとするのを見て、シュヴェルタルが動く。新たな出現者の奇襲から逃れようとして。
 新人討伐者であり、血の気の少なく狩ることに疎い彼女の攻撃を回避するのは容易な事だ。

 容易だから前もって予想できているし、対策も張ってある。逃しはせんよ……!

足元あ~しもとにご注意くださ~い」

 引き下がろうとするシュヴェルタルだったが、その身が何かに止められる。予想外のトラブルに、ヤツは自分を止めていたものを俯瞰した。
 動きを封じたのは、一本の縄。何処かへ伸びる縄が脚を捕縛していた。

 はっはあ! バカがっ!
 分身に気を取られてしまって気付かなかったな。レトがお前の足元で縄を括り付けていたのよぉ!

 さっきの撹乱作戦はレトの行動にも気付かれない為。影分身が暴れている時に縄を運ばせて工作活動をさせておいた。
 レトが用意した縄は、カルドが離れた位置から引っ張っている。無理やり下がろうとしても簡単には動けんよ。

 剣を受け止められ、身動きも封じられ……そして、今まさにテレサが攻撃しようとしている。シュヴェルタルが新たな対策を講じることは愚か、それを模索する時間も与えられていない。

 つまり、ということは……チェックメイトだ!

 トドメはあの子に賭ける。あのスキルに賭ける。
 盛大にぶっ飛ばして大勝利を掴んでやろう、テレサ!!

「やあぁ~っ!!」

 テレサが叫ぶ。拙いながらも両手に握られた杖がスイングする。

 何処かに当たればいい。そんな危うい狙いで実行された物理攻撃。カルド程の正確無比さは無いけど、倒したいって気持ちは誰にも負けていない。
 いや、誰よりも強いからこそ、その手は恐怖に抗っていた。

 込められた渾身の一撃は空振りに終わらず、脇腹に吸い込まれ──昇華。

 堅固な鎧が砕ける。雄叫びが最大限に吐き散る。細腕に釣り合わぬダメージを喰らったせいで。
 たった一撃の賭けは、俺らの勝ち。スキル『粉砕の一撃』は、テレサに呼応し発動した。
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ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

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 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

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田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

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