異世界を創って神様になったけど実際は甘くないようです。

ヨルベス

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第二章 その魂、奮い立つ

第68話 少女トゥルプレ

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「――で、お主らはこんな所を何故にほっつき歩いておる?」

 暴れるテレサの怒りをどうにか鎮めた後、ふとロリっ娘が尋ねてくる。あるモンスターを捜していると伝えると、「ほうほう」と納得した。

「そうじゃったか。先はお主らのおかげで助かったぞ。ありがとうじゃ」
「どう致しましてと言いたいところだが……お前、どこの子だ? 一人でこんな場所で遊ぶのは危ないぞ」

 というか、こんな所に来て何をしに来たのか。
 さっさと連れて帰るべきだとは思うが、この子……クエスト案内所以外じゃ一度も見たことが無い。
 テレサに聞いても面識が無いと返ってくる。ということは、別の地域に住んでる子供か。

 取り敢えず保護して、そこから先は……ま、一旦ココルに戻るしかないよな。

 んで……さっきからロリっ娘が少しムッとしている。
 俺らの言動に少々不満を抱いてる様子。きっかけは会話中だったから、気に障ることでも言ってしまったか?

「主ら……さっきから我を子供扱いしておるが、我はもうそんな歳ではないぞ」
「なにを言ってんだ。じゃあ何歳だよ?」
「もう二十歳はたちじゃ。は・た・ち!」
「へぇ……!?」
「はあぁ?」

 驚きを溢すテレサだが、俺は疑っていた。
 ミニマムな体躯を、見入るように観察する。まだ信じられない俺に対して、ロリっ娘はニヨニヨ。認めるのを楽しみにしてるのだろう。

 こんな姿で大人なのか? どう見てもボンキュッボンな要素が無い。
 身長、子供っ。顔つき、子供っ。胸……うん、子供っ!

「シンジさん――?」

 特に大人の雰囲気を微塵も感じさせない胸部をじろじろと見つめていたら、ヒュンと肝を冷やす殺気が後ろから。

 危ねえ危ねえ。機嫌を悪くさせるところだった。さっきの展開が来たらテレサに暴行され、杖が血に染まる。

 だが、これで本当に俺と同い年か? 合法ロリかよっ。

 婆臭い喋り方をするし、言動が見た目と合ってないとは思ったが、たまげた。
 小さいし、どう見ても小学生程度。テレサより何歳か下の子にしか見えんぞ。

「年上だったんですね。驚きました」
「うむ。れっきとした大人じゃ。今後はしかとレディ扱いせえ」
「いやいやいや。嘘だろ……」

 本当に二十歳か? まだ信じられん。
 背伸びして大人ぶっているのか、からかっているのか……。

「で、見た目は子供、中身は大人なレディが何故こんな所に居るんだ?」
「我は調査を行ってる途中でな。あるものを探しているんじゃよ」
「調査?」
「あるものとは何でしょうか?」
「うむ……あまり公に話せないもんでの」
「なんだ、言えないのか」
「そういう事じゃ。それを承知した上でな……お前さんらに手伝ってほしい」

 とレディがそんな話を出してきた。

 手伝い、ね。何を探すのか分からないが、こんな時に頼まれてもな……。
 しかも秘密の依頼。何となく怪しい。簡単に受けちゃダメな気がする。

「頼まれてくれるか?」
「どうしましょう、シンジさん?」
「悪いが俺らはレディの頼みに付き合えるほど暇じゃないんだ。さっき言った通り仕事中なんでね」
「そこを何とか。護衛の一人も付けないのは無謀だったようじゃ」
「だったら報酬次第で受けてやる。人を動かすにはそれなりに見合うものが必要だ。レディなら分かるだろ?」
「むむ、これは厳しいの。報酬は……あいにく用意できんが、代わりにこれで手を打ってくれんか?」

 レディがほぼ絶壁の懐から何かを取り出し、一枚ずつ配る。
 渡されたのは高額の小切手……ではなく白い紙だった。

 ちょっとペラペラした感触。これは……おふだか?

 神社で見るような札と似ている。違うのは札の表面。紙には変わった模様が描かれている。
 文字っぽいのがある他に、なんとなく目と口と耳らしき模様があるが……。

「なんですか、これは?」
「お札じゃ。お守りの代わりになる。身に着けているときっと良いことがあるぞ」
「お守りぃ?」

 こんなものが報酬代わりだって?
 怪しくて胡散臭くてセンスを疑うデザインのお札が?

 冗談はよしてくれ。こんなブツじゃ受け付けんぞ。

「いらねっ」
「捨てるでない! 貴重なものじゃぞ! 役に立てること間違いなしじゃ!」

 知るか。こんな紙切れ、尻を拭く紙にもならなきゃレトの爪研ぎにも役立てやしない。
 なので、この依頼は断る。そして去るのみよ。

「それじゃあな、テレサ、行くぞ」
「待ってくれ~。一人はイヤじゃ~。レディの頼みを無下にするでなーい」
「さっさと帰れよ。それくらい送ってやるから」
「い~や~!」

 駄々をこね、逃すまいとまた抱き付いてきた。
 子供っぽい真似をする。本当に二十歳か?

「一緒に居てくれ~。頼む~」
「あの、シンジさん……ここは助けてあげましょう」
「テレサ?」
「一人で行動するのは危ないですし、一緒に居ても捜すこと自体は出来ますから」
「そうじゃそうじゃ!」

 レディも擁護するテレサの意見には、選択肢として一考の余地があった。

 うーん……正体の分からないものを探しながら、シュヴェルタルの捜索を続ける。まあそれもいいか。
 どうせあまり実にならなさそうな捜索だ。だったら手伝ってやりながらでも構わないか。

「あーもー、わかったよ。お前の頼みとやらに付き合ってやるよ。だから離れろって」
「大いに助かる。面目ない♪」

 錘と化して困らせていたレディが、思う通りになった子供のオーラを放ち、離れてくれた。

 まったく……まさかこんな展開になるとは予想出来なかったぞ。

「そういえばお互い名前を教えてないな。俺はシンジ。皆本みなもと進児しんじだ」
「私はマルタナ・テレーゼ。テレサと呼んでください」
「シンジにテレサ……シンジそっちの名は変わっておるな。パニティアではあまり聞かんものじゃ」

 そりゃ当然だろう。日本人のネーミングは、カタカナ名前ばっかりの異世界トールキンには珍しいはずだ。

「お前は?」
「……トゥルプレじゃ。トゥールと呼んでも構わんぞ」
「トゥールか。で、何処に行けばいい?」
「此処から東じゃ。ずっと東へ行ってほしい」

 東ぃ? そっちに行ってどうするんだ?

「そこに目立ったものはありませんよ?」
「行ってみてからのお楽しみじゃ。と言っても楽しめるものじゃないのじゃが。見つかるかも分からんし」

 そんな場所に一体何があるのやら。
 他人にあまり言えない事、楽しめるものではない……そう言われちゃ逆に気になるものだ。





 トゥールの言う探しものの正体が分からぬまま、東へしばらく歩く。
 皆の体調を確かめに首を向けると、トゥールが歩きながらレトを見つめていた。

「キュ?」

 顎に手を添え、興味を含んだ眼差しを放つ。未知のものを観察して何か考えてる様子だ。

「どうした? そんなにレトが気になるのか?」
「いやはや……珍しい生き物を連れておるのう」
「やっぱり? 変わってるが、とりあえず犬の仲間だってよ」
「犬? 此奴は犬じゃないじゃろ。我の見立てだと……『ラーダ』であろう」
「「ラーダ?」」

 二人同時に首を傾げるのを前に、「うむ」とトゥールが頷く。
 ラーダ? 初めて聞いた名だ。

「レトさんがラーダ……と言うんですか? それはどういう事なんですか?」
「ふむ。ラーダというのは遥か昔に生きていた動物じゃ。はるか昔はパニティア全域に生息していたんじゃよ」
「どんな生き物だったんだ?」
「このように愛らしい見た目をしていて、並の動物よりも賢く人間の言葉を理解しておった」

 知能が高く、人の言葉を理解する一際変わった生物ラーダ。レトはそれに似てると言う。

 人の言葉を理解している点は頷ける。確かにレトは賢い。俺たち人間の言葉を理解している。犬や猫、猿よりも賢いんじゃなかろうか。

 しかし、トゥールの言い方が気になる。
 遥か昔って言葉が意味するものは…………そう、絶滅だ。

「毛皮は高級品だったんじゃよ」

 ラーダの毛並みは上質で、毛皮の中でも一、ニを争う物とか。そうして人間たちの勝手な都合による乱獲で減っていった。

 今ではもう目撃情報が無く、絶滅種となっている。
 だからレト以外の個体は見かけなくて、犬と誤認されたり珍しがられる訳だ。

「昔はたくさん生息していたんですね。なのに今は……可哀そうに」
「資料によると、初代ヘリオスフィア王が連れていたのが最後の確実な記録。今となっては一匹も確認できておらん……はずじゃったがの」

 最後の一匹は、ヘリオスフィア王と一緒だった個体ではなかった。
 今も生きる、最後と思われる個体が、まさに此処にいる。

 レトがラーダって生き物ね。初めて見た時から犬には見えなかったが、実は全く別の種族の生き物だったんだな。
 そう意識すると何だか生きた歴史と向かい合ってるようだ。

「凄い生き物なんだなあ、お前」
「ラーダの末裔であれば歴史的重要な事じゃ。此奴とはいつから?」
「出会って半年も経ってないぞ。前の飼い主に拾われて犬扱いされてた」
「なんてことじゃ……」

 リージュを出るまでのレトの扱いに、トゥールは困惑。貴重な生物を犬として扱ってたら、そんな反応するよな。俺も投げたり喧嘩するけども。

 彼女の推察は合ってると思える。嘘や間違った見聞を言ってるようには見えなかった。
 断固として犬と言い張ったフィーリを疑う。俺の感覚は正しかった。

「キュッ、キュ……キュッ」

 貴重な生き物であるラーダことレトが仰向けになり、腹を見せる。ナデナデしろや、と要求してるようだ。
 意思を汲み取ったテレサが「よしよし」と撫でる。それに飽き足らず「オマエモヤレ」と目で訴えてきた。

 うぜぇ。偉そうに求めるな。
 貴重な生き物だからって調子に乗るなよ。

「よし、コイツは売ろう。王様のところにな。きっと金がたくさん貰えるぞう」
「やめてください! 可哀想じゃないですか!」
「ウソウソ。冗談だって」
「そうじゃな。冗談にしておくんじゃな。希少な動物であれば大切に育てるんじゃぞ」

 はいはい、大事に預かっておきますよ。
 コイツの世話は放棄しないし、レトが望まなきゃ誰かに渡すつもりなんて無い。

 ……こんな頼りないやつについて来てくれたからな。

「しかし……我が見た文献では少し違ったはずじゃ。毛が淡い黄色の混ざった白のはずじゃし」
「毛の色ぐらい違ってもおかしくないんじゃねーの? 見た目ぐらい変わるって」
「そんなもんかのう」

 納得できんだろうが、そんなもんだ。何代も重ねていくうちに見た目も変わることもあるもんだ。生き物ってのは。

「珍しいと言えば……其方そなたもそうじゃのう」
「おいおい。俺は人間だぞ? まあ、確かに珍しいっちゃ……あ」

 トゥールの声に導かれるようにして思い出した事が一つある。

 あれはクエスト案内所でカルドを見つけた時のこと。初めて会った時のトゥールは左手の【神素エレメンタル環紋・サークル】に気付き、知っているような口振りだった。

 長くは話せなかったし突然の出来事だったから、どうして知っているのか、何を知っているのか聞けずじまいだったが、今は一緒にいるからゆっくり話を聞ける。

「そうだ。この紋様……お前、何か知ってんのか?」
「神妙な顔して尋ねんでもええぞ。大した知識があるでも無いからの」

 じゃあ何を知ってるんだ、と聞くと……細い指先が左手の紋様を指した。

「その上のな、そこにある紋様はヘリオスフィア初代王ルージも有しておったんじゃよ」
「初代王も……?」
「【聖骸返還】の折、我らが女神ソールから力を受け取ったそうじゃ。ビフレストの頂きより帰還したルージは輝いていて太陽のようであったとか」
「そこからルージ様には『太陽王』や『光明帝』と色々な呼び名があるんですよ」

 補足するのはテレサ。二人の話を耳にしながら、左手の甲をじっと見つめる。

「これって、ソールを表すものとお前が言ってたな」
「おうとも。初代王は額にそれと似た印を刻まれておった。【聖骸】を返還した功績と感謝、超常の存在かみに認められた証としての」

 証としての印……それがコレと似ているのか。
 ははあ。だからあの時、気付いていたんだな。

 クエスト案内所でのトゥールの言動に合点がいった一方で、新しく気になる事が生まれた。

 なんでソールは【聖骸】の返還を求めたんだろ? 
 後世いまじゃ【聖人】とか呼ばれている奴の遺体を返還、、って、どんな意味があったんだろうか?

「【聖骸返還】はどうして始まったんだ? ルージは何がきっかけで【聖骸】を還そうと?」
「夢に現れたんじゃよ。光ばかりが存在する夢で御言葉を聞いたそうじゃ。そうせよ、とな」

 ああ、つまり俺と同じか。あの空間で、初代ヘリオスフィア王はソールと会ったんだ。

 でも、わからんな……ソールが一人の人間をそこまで求めるなんて。
 余程気に入ったのか、又はかなりの影響力を持った人物なのか?

「トゥールは【聖骸】がどんな奴か知ってるのか?」
「ふむ……我らが女神のもとへ還された【聖人】は、“混沌の時代”に生きたとされる人物じゃ」
「混沌の時代?」
「そうじゃ。今よりも不安定な時代があっての」

 ヘリオスフィアが建国されるよりもずっと昔、その時代は存在した。
 災害、疫病、飢饉、争奪……現在からは想像できない程の苦しい生活が続いた時代であったと。

「その世に【聖人】は降臨し、災厄を祓った末に命を落としたとされている」
「はあ。その話、初めて聞きました」

 横でテレサが少し驚いている。てっきり信者なら誰もが知ってると思ったから意外だ。

「不思議な力を持って救い続けたとあるが、いかなる資料にも詳細は書かれておらん。謎の多き者よ」

 不思議な力、ね。それは遺体が腐らなかった事にも繋がるのだろうか。
 救世を行った【聖人】……そんな奴を初代王は還したんだな。

 そして、【聖骸】はソランジュへ。大精神の一柱、ソールの手に渡った。
 意味も理由も本人に聞かんと分からんが、それだけは確かな事だ。

「ところでシンジよ、それは如何なる経緯で身に付けた? 見たところ、ただの刺青でもないようじゃが」
「これは【神素エレメンタル環紋・サークル】さ。ソールから力を貰った時に既にあったんだよ」
「女神から力を貰った? お前がか?」 
「ちょっとワケありでな。信じなくてもいいけど、俺はオリジンって神でこの世界を創った創世主かみなんだ」
「なんと……?」

 トゥールの瞼が、驚愕を伴って限界まで開く。

 その後、黙ったかと思うと……トゥールの口から「ぶふっ、ふふふ」っと。
 最大限に開口して盛大に笑い始めた。

「面白いのう! こりゃ事件じゃ! いい土産話になるぞっ!」

 腹を抱え、笑い袋に成り変わったかのように大声で笑う。モンスターが何処に居るか分からない場所で。
 ひっきりなしに溢す笑い声に、羞恥を覚える。体が少しだけ熱を帯びた。

 そ、そんなに笑わなくてもいいじゃんかよ……。

 分かってたさ。大抵の奴はこんな反応するって。
 ソールより上位の存在と言っても、変人の抜かす冗談だと受け取られて信じてくれないよなあ。悲しいなあ。

「シンジさん……」

 テレサも苦笑い。どう言ってやるべきか迷っているようだ。
 困ったさんを相手にしてるような視線は、微々でもあっても心を抉られた。
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