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第二章 その魂、奮い立つ

第61話 カルド捕獲作戦

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 日は過ぎ……。

「あそこに居るのがカルドさんですか……」

 茂みから顔を覗かせたテレサが、ある背中を捉える。
 説得に失敗した俺は、彼女とレトと一緒に村の外れで身を潜ませていた。

 陰から顔を出すと、カルドの姿が小さく見える。奴は今日も誰とも共にせず単独行動中だ。
 休憩中なのか朽ちた樹に腰かけているところをテレサ達と一緒に観察中。単独を貫く頑なさに頭が痛くなりそうだ。

「何回も誘ってみたんだが、上手くいかなくてな」
「どうしましょう? 諦めて他の人に……」
「是が非でも仲間にする。無理やり加入させる」


 そう、この書のスキル……『当身チョップ』でなっ!!


 これは首元にチョップを当てるだけで相手を気絶させる効果がある。
 相手の傍に近付く必要があるが、当てれば必ず気絶する。特にこういう時に役立ちそうなスキルだ。

 とうとう実力行使まで及んでしまったが、この際こだわるのは止めだ。
 奴を気絶させ強引に仲間にする、それでいい。

「む、無理やりは良くないと思いますよ……」
「行くぞ。音をたてるな。これから捕獲作戦を始める」
「事情を話せばよいのでは……」

 スキルを装着し、テレサ達と一緒に陰からゆっくり……ゆっくり……と抜き足差し足で近付く。

 そろーり、そろーり……。

 衣擦れも許さず、自身から生まれる音全てを殺して進む。
 朽木に腰掛けた輪郭が少しずつ大きくなる。カルドはまだ気づいていない。

 あと少し歩けば、この手の届く距離……。

「きゃっ!」

 あともう少しのところでテレサがコケた。オォーノォー……。

 いけそうな時にこの可愛いズッコケぷり。今じゃなきゃその可愛さを愛でていたいが、タイミング悪過ぎるって……。
 だが幸いにもカルドは転倒に気付く素振りがなかった。

(せ、セーフか……)

 まだチャンスがある――と思っていたのは愚かな希望観測。
 わずかに視線を反らしていた間に、動かない背中が冷徹な双眸へと変わっていた。

「…………」

 カルドがじっくりと見下ろす。生き物を殺す行為に慣れた眼光は、嫌な汗をかかせるのに十分な効果を持っていた。

「あ……どうも、こんちは……」
「上手くやっているとでも思ったのか? さっきからコソコソと……」
「気付いていたのか? いつ頃から気付いてたんだ?」
「視線を感じた。話し声もわずかに聞こえていた」
「うぅ……っ」

 なんだよ、バレバレかよ。さっきの油断はわざとか。
 存在を感じ取るとは達人みたいな奴。とても優れた感覚を有してるからこそ二つ名を与えられるんだろうな。

「あえて放っておいたが……何のつもりだ?」
「それは……」

 仲間にしたい、と言っても返ってくるのは即お断りの一点張り。昨晩と同じ展開になるだろうなあ。

「あ、あのっ! この前はありがとうございます! カルドさんのおかげで助かりました!」

 と、そこへテレサのけなげな眼差しが。

「それで……貴方の力が必要なんです。お願いします。私達のパーティに入ってくれませんかっ?」

 真剣な表情がカルドへ向けて懇願。気持ちが真面目なだけに効果は倍増。これは期待できる。
 カルドよ、お前はテレサの頼みを断るというのか……?

「またか。断る」
「そんな……どうしてもですか?」
「くどい。どれだけ頼まれようとオレはパーティに入らない。諦めろ」

 剣の如く鋭そうな瞳がきっぱりと否定する。誰とも組む気は無いと、血も涙も無い冷たさで撥ね付けた。
 一片も揺らぐことなく、さっさと失せろとさえ訴えている気もするカルドの態度に、テレサから希望が抜けていく。

 この頑固者め、テレサが泣きそうになってんぞ。
 わかってはいたが、カルドほどのレベルの実力を持った討伐者は多くの同業者が勧誘しに来ることだろう。あの辟易ぶりがその証拠だ。

「まあまあ、カルド君。悲しい事言わないで一緒に討伐をやろう。大勢だと楽しいぞぉ。あ、肩をお揉みしますね」
「触るな」

 おもてなしを施そうすきをつこうとして、カルドの身がさっと離れた。

 警戒心がどうにも埋められない距離を形成している。
 そこまで嫌か。これは折れる気が無さそうだ。

 お前がそのつもりなら……仕方あるまい。

「わかった。もういい。お前の意思は十分に伝わったよ」
「キュ?」
「だが……そんな事は関係無い……」

 カルドがパーティに入ればいい……契約すればどうでもよかろうなのだっ!!

「バ●スッ!!」

 さっと突き出した左手に、太陽にも負けぬ光を灯す。神素環紋だ。

「うっ……!?」

 迸る光に、名だたる剣士が怯む。素早い対応も空回り、強烈な閃光で視界が眩んでるようだ。
 ふっふっふ、眩しがってるな。名うての【閃傑】様もまともに目眩ましを受けりゃそうなるか。

 そして、チョップを当てれば……!

「パーティに入れっ!!」
「シンジさん!?」

 カルドの首元に、気絶の効果を纏った手刀が落ちていく。
 勝った! これでパーティに仲間入りだっ!

 捕獲成功、と興奮が押し寄せる。
 だけどそれは慢心であると、この後の出来事が叩き付けた。

「っ――」
「へ?」

 当たる寸前、カルドがカッと目を開く。その肢体が質量の無いものへと変化した。
 振り下ろした手刀は、得るはずの感触を逃す。怯んでいたカルドの身が流れ星の瞬く速さで消えた。

「あ……!?」

 外した……だと?

 そう意識した時、事態は逆転する。もう手遅れだ。
 見失った身は、背後に移っていた。

 するすると布の間を通っていく針のような、滑らかな動き。呆気に取られている内にカルドは……関節技で腕を捻ってきた。

「うっ!? ぐああぁぁぁぁっ‼」

 いてててっ! 痛い痛い! 捩じ切れるぅっ!

「小細工な真似を……」

 折れかねない力で腕を封じられる。抵抗は愚か動けなくなってしまった。

 カルドめ、気配を感じて避けた上に抑えつけやがった。
 身動きが取れない……が、まだ終わりじゃない! こっちはまだがある!

「テレサ! カルドを捕まえるんだぁ!」
「それはちょっと……」

 傍で見てるテレサは加勢に躊躇い、立ち尽くしてばかりだ。

 そうしている内に、カルドの手に力が加わる。腕がミシミシと嫌な音を鳴らしたのは幻聴のはずっ、あがぁ! 腕が折れちゃうぅぅぅぅ!!

「カルドさん! シンジさんが痛がっています! お願いですから手を離してください!」
「断る……」
「いててて……!」
「キュッ」

 激しい痛みと闘っていると、それまで見ていただけのレトがてくてく動きだす。何か行動を起こすようだ。
 任せろといった雰囲気だが……何をするつもりだ?

「お前は……」
「キュキュッ……キュッ」

 カルドの前で立ち止まると、妙なダンスを披露し始めた。
 くるくる回ったり、リズムを刻んだり、二足歩行したり、機敏に跳ねたりと軽快に動き回る。

「キュッ、キュッ」
「わあ、すごいです。レトさんお上手です」
「キュキュー♪」

 感動の拍手を浴び、一本の脚を上げて決めポーズ。
 肉球がぺかーっと輝いた気がする。これで終わりみたいだ。

 ええぇ……? なにやってんだお前は。
 そんなヘボな踊りでどうにかできるワケが――

「……っ」

 あれぇ? カルドの様子がおかしいぞ。
 一瞬だけ揺らいだような……レトのダンスを見て何を思っていると言うんだ?

「獣が芸を披露するとはな。これは一本取られた」

 無表情の多いカルドに笑みが宿っている。
 笑っている? レトのダンスでを見ただけで、まさか……。

「いいだろう。お前達に付き合ってやる」

 どうしてそうなる。

「って本当か!? 俺らのパーティに!?」
「ああ。気が変わった」

 腕を抑えていた手が力を失い、離れる。拘束状態からようやく解放された。
 どこが気に入ったのか分からないが、誰のパーティに入らなかったあのカルドが了承してくれた。これは素晴らしく好都合だ!

「やりましたねシンジさん! レトさんのおかげです!」
「ああ! やったな!」

 嬉しさで興奮したあまり、ついテレサと抱き合った。
 がっしりと密着。顔がすぐ近くにあることに気付いた俺とテレサは温度が上昇。咄嗟に離れて熱を冷ます。

「ただし、条件がある」

 ちょっと気まずくなった状況に助けの一手を出したのは、意外にも彼だった。

「「条件……?」」






「はあぁっ!!」

 勇ましい声が突風と化し、剣が煌めく。
 モンスターが相手を認識した時はもう遅し、遠慮なしの斬撃にスライスされる。どのモンスターも舞い踊る両手剣の餌食にされていった。

 カルドを連れて討伐しに来たのだが、目覚ましい活躍がそこで起こっている。
 獅子奮迅の勢いで次々と薙ぎ倒すカルド。勢いの止まない彼の姿は、疲労もかすり傷も見えなかった。

「もうアイツ一人でいいんじゃないかな?」
「そうですねえ……」

 ただ傍観。断末魔と死屍累々の光景を作るカルドの軌跡を眺めているだけ。
 モンスター全員まとめて処理されているこの状況に何もしてやれる余地が無い。加われば却って邪魔になることは考えなくてもわかった。


 カルドが提示した条件、その一つは『必要以上の接触の禁止』。
 必要以上の会話、余計な接触は要らないとの事だ。

 そして、もう一つは『独自行動』。
 パーティの方針には完全には従わない。単独で行動させろと言ってきやがった。
 自分の行動は自分で決める。気が乗れば常に同行するし、そうでなければ討伐にも行かないそうだ。

 加入しといてこれとは……メンバーの扱いでいいんだよな?
 シュヴェルタルを倒すという目的が俺達にはある。だから肝心な時にいないんじゃ困る。
 一応話は伝えてあるし、必ず討つと言ってたが果たして守ってくれるのやら……。
 
 ま、入ってくれたのは間違いないんだし、大盤振る舞いにも報酬のほとんどをくれるから、好きなだけ頑張ってもらうとしますかね。

 ただ……。



〔カルド〕
《プロフィール》
 クラス:魔法剣士
 年齢:19歳
 身長:178cm
 体重:62kg

《信頼度》
 D(シンジの《パラメーター1》が0%増加)

《スキル》
『躱避』
 ・戦闘開始時、相手の初撃を高確率で回避する。
  [着脱不可]

『???』
 ・状態異常を無効にする(物理的原因、一部の相手には効果無し)。
  [着脱不可]



 スキル欄の最後のとこ……状態異常を無効化するスキルが気になる。
 なんだろ、これ。スキル名が確認できないな。

 詳しく調べたいが、スキルなんて分からないだろうし必要以上の接触禁止で調べさせてくれないだろう。

「おい。アレを止めろ」

 そこへ前線から応援を呼ぶカルドの声。一方的に蹴散らしてばかりで出番など無いと思っていたがやっと来たか。というかお前が指示するのか。

「なんでだよ?」
「アレは魔術が効く。詠唱する間止めてみせろ」
「俺がぁ?」
「当たり前だ。テレーゼには任せられん。それともお前が代わりに倒すか? 他に有効な方法があるとでも?」
「む……」

 有効な方法など無い。魔術攻撃を使えるのは俺たち三人のうちカルドだけ。ごもっともな判断だ。

「へいへい。わかったよ……っと!」

 詠唱の為に下がったカルドに代わって敵の攻勢を防ぐ。
 相手は確かに堅牢だ。物理攻撃じゃ効き目が薄い。魔術が発動するまで持ち堪えるしかないな。

「タレス――!」

 これ以上は耐えられそうになかった先、詠唱の完了を知らせる合図が駆ける。
 バチバチと煩い音が轟いたと思った瞬間――枝状の光がツタのように伸びてモンスターを包んだ。

「おわっ!?」

 けたたましい音を放つ光の塊は、身をひどく痙攣させ焦がす。ズシンと力尽きていった骸は煙を上げていた。

 あ、危ねえ……! もう少し近かったらコゲコゲになるところだった。

「大丈夫ですか、シンジさん!?」
「おいおいおーい! 何するんだ! 危うく巻き込まれるところだったじゃないか!」
「巻き込まれなくてよかったな。お前のおかげで助かった」
「ぐっ……!」

 気持ちのこもっていない配慮がぽーんと投げられる。いかにもテキトーだ。
 相手を一切見ようとしない視線はいつも通り冷めていて、心配などしてるようには見えなかった。

 殴りたくなったが、なんとか堪える。怒りの後は疲れがどっと溜まった。
 はあ……コイツは接し難い。弱小パーティには余りある戦力を手に入れたのに、なんか嬉しくねえや……。




《リザルト》
 ・カルドがパーティに入った。
 ・カルドを仲間にした。
 ・モンスターを倒した。
 ・モンスターと戦闘して全員生き残った。
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