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第二章 その魂、奮い立つ
第60話 剣士カルド
しおりを挟むあれから捜し続け……その姿をようやく見つけた。
青年の姿は、クエスト案内所にあった。
「いた……!」
奴は案内所の隅っこのテーブルで一人過ごしている。見てる限り誰かとパーティを組んでる様子は無さそうだ。
『よう』
好機――と思いきや、どこぞの討伐者が先に近付く。同じく彼の能力に惹かれ、パーティに引き入れようという腹づもりだ。
声を掛けたが、青年は一度も顔を向けない。ひどく興味関心が無さそうだ。
冷めた双眸は一片の関心を浮かべることなく、わずかに口を動かしてるだけ。何を喋っているかは聞こえないが、状況で察せた。
苦い表情に変わった男が食い下がり気味に交渉を続ける。だがそれでも同じ結果に終わったらしく、悪態を見せて諦めていった。
断ったか。他のパーティに入らなかったのはいいが、まともに交渉する気が無いみたいだ。
昼間に見せてくれたあの技量は相当のモノ。半端な腕の者とパーティを組むのはお断りってとこか。
そんな自信を持ったお前のステータス、この神眼で確認させてもらおう。
〔???〕
《パラメーター1》
体力:55732/55732
筋力:4457/9999
耐久:3664/9999
魔力:3452/9999
魔耐:2235/9999
器用:4870/9999
敏捷:5119/9999
《パラメーター2》
技巧:472/999
移動:516/999
幸運:161/999
精神:195/999
つ、つよぉい……。
一部を除けばフィーリ以上のパラメーターを誇っている。そりゃ強いはずだ。
やはり欲しい。名前も素性も知らないが、アイツを仲間にしたい。
だけどなあ……さっきのやり取りを見るに誘うのは難しそうだ。どうやってパーティに入れよう?
「なにやら熱い視線を向けておるのう」
「どひゃっ!?」
とびきり優秀なステータスに夢中になっていると、ふいに少女の声が発生した。
明らかに自分に向けられた声に不意打ちを突かれる。ビクリと驚きながら見廻すと、ニヤニヤしながら見上げる者がいた。
「子供か……?」
話し掛けてきたのは、十代前半ぐらいの少女。
外套を羽織り、旅の身であることを教える。
その下には一風変わった服がチラつく。
妙に凝ってるというか普段じゃ見かけない格好で、討伐者とも一般人のそれと異なっている。貧そ……慎ましいボディラインを敢えて見せているのが挑戦的だった。
「失礼なこと考えていまいか」
「いてっ」
コツンと、少女の拳が頭に落とされる。シンジはダメージを受けた。
じゃなくてっ。こんな子が案内所に来て何の用だ? まさかとは思うが、クエストを探しに来たんじゃあるまいな?
「あの男をじっと見つめおって……もしかしてアレかぁ?」
「ンなわけあるかっ。変な目で見るな。断じて違うっ!」
イタズラ好きの小悪魔のように、くししっと少女は笑う。
ロリっ娘のくせに妙な目で妙な事をして……将来が心配な方向にませてんなあ。
「じゃあ何というのじゃあ?」
「アイツをパーティに入れたいんだよ」
「ほーほぉー。お主もあの男をパーティに招き入れたいのか」
「かなり腕が立つようだからな。お前、アイツの事知ってるのか?」
「少々な。あれなる者の名は『カルド』。名の通った剣士じゃ」
カルド……。
「剣の腕は軒並み優秀。閃光のように速い斬撃から【閃傑】と呼ばれておる」
へえ、閃光のように速く斬るから【閃傑】か。実力を根拠に付けられた別名はちょっとカッコいい。
リージュでその名を聞いたことがある。アイツがそうだったのか。
「名の通り腕は確かなんじゃが……他者との馴れ合いを好まない性格のようでの。常に一人で行動しておる。出身地も不明で誰も素性と過去を知らぬ」
だからあんな風に一人で……。
仲間がいないんじゃなくて作らない。誰のパーティにも自ら望んで入らない。
一人でいるのは昔からああなのか、それとも頻繁な接触を避けたい事情でもあるのか……。
「そうか。で? お嬢ちゃんはアイツのファンだったりすんの?」
「さぁ~ての。通りすがりじゃよ。ただのと・お・り・す・が・り♪」
などと少女はわざとらしく、そして変なポーズを見せた。
たぶん本人は可愛げあると思ってんだろうけど、なんじゃこりゃ……。
「そんな事より、お主しゃれておるのう。そのタトゥーは悪くない」
通りすがりと自称する奇妙な少女が、奇妙な事を口走る。それは細めたままの双瞳と共に、左手に描かれているものを指していた。
「良いタトゥーよな」
「お前……これのこと知ってるのか?」
「さあの。じゃがその上部に描かれた紋様はソール様を表すもの。よほど信心深いのじゃな」
確かに円環の上の辺りに紋様が一つ刻まれてる。ソールから力を分けてもらった時に一緒に浮かび上がったものだ。
この紋様がソールを表すものだって? そんな事を何故知ってるんだ?
「それじゃあの♪」
「あっ、おい……」
子供染みた軽快な足取りで、少女はさっさと案内所を出て行った。
結局何しに来たんだ……。
「変な子だな………」
あの少女、不思議な奴だったな。
討伐者とは思えない風貌。それに神素環紋の存在に気付いていた。
胡散臭いが、適当に言っている様でもなかった。詳しく訊いてみたかったが、逃げられてしまったな。
ま、今さら気にしても仕方ない。それよりも目の前の事だ。
確か……カルドだったか。彼をどうにか仲間にしよう。
あの難儀な性格の人物をどう説得するかが問題だが、方法は閃いている。
所詮は人間。どんな奴だって隙を突いていけば上手くいく。カルドだって仲間にできるはずだ。
どうやら最近手に入れたこのスキルが役に立つ時が来たようだ。
これを使って説得してみせる。さっそく準備に取り掛かろう。
準備が整った状態で、カルドの前に立ちはだかる。
女の姿で。
(どうだ、この姿はっ!)
俺は今、異性に性転換している。
スキル『女体化』を使い、女性に変わったのだ。
すごいな、これは……。
俯瞰し、己の肉体をもう一度確認。明らかに変わった身体付きは十分に感嘆を招いた。
スキルは不思議だ。性別まで変えられるなんて。
肉体が完全な女性の身体付きになっている。声も女性らしく高くなった。
まさか女性に変身するとはなあ。
胸は腫れ物みたいで膨らみがあり、アレが無くなってるから変な感じだが、どこからどう見ても女性に見えるだろう。
これでカルドを説得する。これなら多少は油断を見せよう。
女の色気をもって巧みに交渉すればパーティ加入に漕ぎ着けるはず。
さあ、カルドよ。今からこの姿でお前を仲間にしてやるからな……!
「ねえねえ。隣に座ってもいいかな?」
「…………」
反応無しかよ……。
「あ、あのぅー」
「勝手にしろ」
「く……っ」
一度反応してくれたものの、カルドはそれ以上見向きすることは無かった。
なんだよ、コイツ。すげー話しかけにくいぃ~。
誰であってもこの調子か。まるで俺らの存在など路傍の石と同じなんだろう。
一度も相手の顔見ないし、雰囲気が気まずさを通り越して嫌な感じだ。
頑張れシンジ。この状況に負けるな。
これもカルドを仲間にするため。そう、仲間にするためなんだ。
「キミ、ここで一人過ごしてるの?」
「………………」
「え、えーと、良い話があるんだけど、私のパーティに入らな――」
「断る」
言い切る前に断られてしまった。
返すの速いって。そこははっきり言うんかいっ。
まだだ。まだ諦めきれないっ。お前がどうしても欲しいんだ……!
「…………」
「あ、あ、ちょっと待って! 話を……!」
おもむろにカルドが席を立つ。付き合っていられなかったらしい。
カルドは制止の声に耳を傾けることも足を止めることもなく、そのままクエスト案内所を出ていってしまった。
『へっ、逃げられてやんの』
『バカだなあ。閃傑は誰とも組まないのによぉ』
せせら笑う声が残された自分を取り囲む。
逃げられてしまった……。
説得失敗。他人とつれないのは本当の話。パーティの招待も一筋縄じゃ通じなかった。
だがこれで終わりじゃない。まだ手段はある。次の作戦だ!
そこまで遠くに行ってなかったようで、時間を掛けずに案内所の外を歩いているカルドを見つけた。
先回りし、前方から近づいて行く。この新たな姿で!
「ねえねえ、お兄ちゃんっ」
幼女シンジ、たぶん八歳ぐらいっ!
女シンジに続き幼女バージョンのシンジ爆誕。
今度は『性転換』に加えて『幼体化』のスキルを加えて装着してみた。
本当に小さくなったなあ俺。目線が低くてカルドがデカく見える。
こんなあどけない少女の姿だ。これなら警戒しないだろ。
「……どうした? オレに用か?」
おお、さっきと反応が違う。凄腕の討伐者も小さな女の子相手じゃ油断を見せてしまうか。
じゃあその隙にお前をパーティに加入させるっ。くひひっ!
「お兄ちゃんは討伐者の人? お名前を教えてほしいな」
「……カルドだ」
「カルドって言うんだ。カルドお兄ちゃんはどこから来たの? お家はどこ?」
「……とても遠い場所だ。家は森の中にあった」
「そうなんだ。ところでカルドってどう書くの? 綴りを教えて」
と、予め用意していた紙とペンを渡す。
最初こそ怪しく感じていたカルドであったが、子供の見た目のおかげか警戒を解いて受け取ってくれた。
「さあ書いて書いて~」
ふっふっふ……その紙は契約書。小っちゃい文字で契約事項が書いてある。「○○は以下の事項に従います」とも書かれてある。
名前を書いた時点で契約が成立。お前は俺のパーティに強制加入することになる!
カルドの手にあったペンが少しだけ紙(契約書)に近付く。その間が縮んでいくごとに笑ってしまいそうになった。
ふふ……名前を書け。名前を書け、カルドよ。
契約書に記して俺の仲間になれえぇぇぇぇ~!
「……もう暗い頃だ。あまり外に長居するものじゃない」
「へ……?」
あともう少しで契約書に触れそうだったペンが止まる。気づかれたのかと焦ったが、実際は違った。
時はもう夕方。子供が外に居続けるのはよくないと思ったようだ。
「こんな所にいないで家に帰るんだ」
「いや……名前……」
真っ当な対応をしてくるカルド。まるで保護者そのものだ。
無愛想な部分は抜けきれてないが、パーティの加入を断った時とは違う感情を含んでいた。
意外だ。冷徹そうなのに、こういう一面があったんだ。
それ以来カルドは二度と紙に名前を書こうとしなかった。
二度目の作戦失敗。子供の姿が逆にこの結果を招くとは思わなかった。
(ど、どうしよ……っ)
次の手が無くて困っていた俺を、カルドが優しく手を掴んでくる。
「家はどこだ? 送ってやる」
「あ、あの……」
「案内を頼む」
「はーい。どちら様ですか?」
カルドに連れられ、家に到着。そう、テレサの家だ。
先に戻っていたテレサが戸を開け応じるなり「あ……」と。
自分を助けた人物が何の用だろうと疑問を抱えている様子。それに構わずカルドが話を切り出した。
「この家の者か? 家族を送りにきた」
「え? え?」
「あまり目を離すな。夜は危険が多い。姉ならしっかり面倒を見ろ」
「は、はいぃ……?」
言ってる事に理解ができないテレサ。至極当然のリアクションだ。
だって連れてきた少女……つまりその姿を被った俺は、テレサから見れば妹でも村の子供でもない、ただの知らない女の子なのだから。
「夕暮れ時は家に帰って過ごせ。家族を心配させるな」
冷えた雰囲気からは想像付かない優しい声音が降り掛かる。
結局断ることもしない、というか返す言葉が思い付かないテレサに俺を預け、カルドは……夕闇の色の降りる村の中へ発っていった。
「キュー?」
何とも言えない微妙な空気が漂う中、レトだけが姿の変わった俺を突いてくる。
カルド兄ちゃん、優しかったよ……。
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