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第二章 その魂、奮い立つ
第57話 仲間集めは楽じゃない
しおりを挟む人や家畜、自然生物に害与える異種の存在――モンスター。
大陸中に蔓延り、今日も何処かで脅威を与え続けている。
それはココルでも起こっている、自然の摂理にも近い常事だ。
被害をもたらすモンスターへの対抗策としてココルにもクエスト案内所が建てられ、討伐者達が付近で息づくモンスターの討伐に赴いている。
リージュのそれより規模は大きくはないが、それなりの数の討伐者が身を寄せ、クエストを確認したり仲間を集めたりモンスター討伐について作戦を練ってる姿があった。
討伐者達の占める案内所の中に俺も存在する。
テレサを助ける為にシュヴェルタルを討伐して報酬を手に入れる。それが当面の目標だ。
討伐の手続きは既に済ませてある。さっそく討伐をと言いたいところだが、この足は次なる行動に消極的。越えられそうにないものがあったからだ。
立ちはだかるのは難易度の壁。それが緊張をもたらしている。
なにせ相手はネメオスライアー級だ。返り討ちの光景が簡単に想像できる。
俺達じゃ力不足。死にに行くようなもんだ。
恐ろしくもあり悔しくもあるが、これを現実と認めないようでは無謀な半端者となってしまう。
シュヴェルタルを倒すには……そう、仲間だ。
共に討伐するパーティメンバーを集める必要がある。メンバーがいれば強いモンスターだって勝てる。
報酬はトラブルを起こさないよう事情を話して五万カンド貰うとして……できればシュヴェルタルに敵いそうな手練れをパーティに誘うか。
「うーん……」
クエスト案内所にいる討伐者のステータスを『神眼』で覗く。
どいつもこいつも強いのだが今一つパッとしない。ワガママを言うようだが討伐対象が強敵なので少しでも倒せそうな能力を持った奴が欲しい。
おっ、あの女の人はパラメーターが高いな。
見たところ一人だからパーティメンバーに入ってくれるかも。あの人を誘ってみるか。
「あ、あのぅー」
「あら? 私に用かしら?」
今さらながらコレ、ナンパみたいじゃないか?
「パーティのメンバーを募集してるんですけど、良かったら俺のパーティに入りませんか? 詳しい話はそこで……」
「そうなの。ごめんなさいね。貴方の期待に応えられそうにないわ」
最初の勧誘は見事に断られた。
誘い文句を受けた女の人は申し訳のなさそうな様子で、こうも言った。
「遠出からの帰りなの。ここに来たのはただ寄っただけ」
「そ、そうだったんですか……」
「色々あってね。リージュへ帰る途中なの。知ってる? 北西にある街よ」
「知ってますよ。俺もそこから来たんで」
「本当? あそこは友人がいるの。帰ったらお土産をあげようと思って」
旅行に行ってたのではないのよ、と加えながらもその素振りは期待感が滲み出ていた。
にしても……こんな綺麗な人なのに討伐者をやってるとは。フィーリと同じような強さを感じる。パーティに入ってくれれば頼もしいと思う程には。
「いつかまた会えたら一緒にパーティを組みましょう。私の名はリンヴィーよ」
それを最後に女の人は場を去って行く。
去り際に残してくれたものは「仲間集めが上手くいくといいわね」と言ってるような笑顔だった。
ダメだったかあ。メンバーに入ってくれたら心強かったんだけどな。
なに、これは何らおかしい事じゃない。相手の都合と合わなかっただけ。
今回は縁が無かったが討伐者はまだ何人も居る。これに懲りずに仲間集めを続けよう。
ということで……。
「ダメでした」
「は、はあ……」
パーティメンバーを募ろうとして集まらなかった旨を話すと、複雑な感情を内包したテレサの反応を受ける事となった。
あれから仲間集めに続けたのだが、誘った相手は誰もが討伐者の経験が少ないことを知ると誰もが鼻で笑って断っていった。
結果、メンバーはゼロ。まさか一人も集まらないとは想像できなかった。
断られ続けてもう精神が限界寸前だ……。
「キュキューッキュ」
事実上はこのムカつく一匹だけ――いや待て、動物はパーティメンバーにカウントしないか。だったら一人も居ないじゃないか。
僕は……じゃなくて俺は仲間が少ない……うぅっ。
討伐者の世界もリアルな事がある。弱けりゃ仲間に入れてもらえないこともあれば仲間を集めることも出来ないんだな。
モンスターを狩って生計を立てるには強さが無いと続けられない。
よって弱い者は要らない。これが弱肉強食の世界というやつか。社会という支え合いが堅くないこの世界はより厳しい現実がある。
「仲間がいれば討伐が楽になるのに……この有様か」
「大丈夫ですよ。偶然集まらなかっただけです」
「悪いな、テレサ。お前を助けようとしたのにこんな結果になってさ……」
この胸はすまない気持ちとこれからの事に対する不安が巣食っていた。
どうしよう。仲間が集まらなかったらシュヴェルタルを討伐するのも難しいぞ。
もし出来なかったらテレサが……。
「いいんです。シンジさんが私の為に動いているだけで助かっています」
気にしないで、と微笑みが慰める。そして――
「どうすればいいか困っていた時、シンジさんが助けてくれて嬉しかったんです」
「お? おぉ、お……?」
きゅっ、と。テレサが両手を握ってきた。
こ、これは何事でありますか?
「この前、シンジさんに救われました。そして今も……貴方に助けられています」
うな垂れていた顔を上げると、彼女のまっすぐで優しい視線が待ち構えていた。
「私、シンジさんを信じています。だから諦めないで頑張りましょう」
握った手に力がより込められる。
想いを乗せた言葉に心が癒される。
ああ、ええ子や。テレサはええ子やあ。
そうだな……諦めちゃダメだ。
集まらなかったのは偶然だ。断る奴もいればその反対も居る。全く居ないわけじゃないんだ。
「あ、良い方法を思いつました。貼り紙を出しましょう!」
「貼り紙……?」
「パーティに入ってくれる仲間を募っていると書いて案内所に貼るんです。そうすれば興味を持ってくれた人がパーティに入ってくれるかもしれません」
「そうか、募集広告か……」
その案があったか。目に入りやすいところにそれを貼れば、いつかは……。
仲間集めは終わってない。まだ始まったばかりだ。
テレサのおかげで元気が付いた。だったら頑張らなきゃな。
やる事を見つけた俺は期待を馳せながら次の行動に身を駆らせた。
『パーティメンバー募集中!!
討伐者のあなた、その能力を活かしてみませんか?
強敵モンスター討伐の為、メンバーを募集しています。
仕事:パーティの皆と一緒にモンスターの討伐。
とてもやりがいのあるお仕事です!
給与:応相談
待遇:応相談
資格:討伐者登録があり三年以上続けている方。
三年未満の方は能力次第。
前衛と魔術士の方は大歓迎。
応募:パーティに加入したい方はミナモト・シンジのところまで。
面接を行い、その場で合否を出します。
不在の場合はクエスト案内所に伝言を残してください。
パーティの加入、お待ちしております!』
「よしっ」
貼り紙を持って案内所にリターン。掲示板にお手製の広告を貼り付ける。
レトの足跡付きで変な見映えになったが、却って愛嬌があっていいかもしれん。
一体どんな奴が来るのか楽しみだな。ドッキドキワックワクしてくる。
戦士、剣士、魔術士、ヒーラー……強大な敵を倒すには多彩な戦力が必要だ。
特に前衛と魔術士が欲しい。俺は中衛が最適だろうから前と後ろを埋めたい。
さあ、まだ見ぬ仲間よ、早くその顔を見せておくれ。
…………時は過ぎ、日は沈んでいき。
この日、パーティに入りたいと名乗り出る者はついぞ出なかった。
「ぁふあぁ……」
結局誰も来ず傷付いた心を、女の子と一つ屋根の下を二人(と一匹)きりで過ごすという貴重な体験で慰めてもらった翌朝。
外に出れば朝日が新しい一日を提供してくれた。
身体中が凝って少しだけ痛い。椅子で寝るのはちょっとキツいな。
でも病気が治って元気になってるんだし、テレサのベッドで寝るのは終わり。正直なところもっとお世話になりたくもあるが。
まだ眠気も残っている。すーすーと静かな寝息をたてて眠っているテレサの姿に気が落ち着けなくてよく眠れなかった。レトが監視していなきゃ一晩中観察して眠気MAXになっていた。
テレサは自分の家を朝食を作っている。なら俺はパンを買いに行くとしますか。
それにしても良い光景だ。こんなに気持ち良い朝は現実世界じゃなかなかに体験できない。
かつて送っていた生活と比べて不便な事も多いが、自然が綺麗で空気が非常に美味しい。自然そのものからエネルギーを分けてくれてるようだ。
(ん……?)
気持ち良く過ごしていると、前方から近付いてくる者達に気がつく。
それは明らかにこの村の人間の格好ではなかった。
「ごきげんよう」
先頭の人物は清々しく、そして華々しい挨拶を朝の空気に投じた。
特徴的な外見は他の誰でもない。ロザリーヌそのものだ。
またしても彼女はメイドを連れ、こんな時にわざわざ足を運んで来たらしい。
朝早くに来て……何をするつもりだ?
「またテレサに用か? しつこいと手荒いことすんぞ」
「違いますわ。此度は貴方に御用があって参りました」
「なに?」
「ワタクシと――お話しませんこと?」
テレサではなく俺に? どういうつもりだ……?
疑問符を抱えているのをよそにロザリーヌは合図を落とす。
メイド達のテキパキした行動であっという間に簡易なテーブルと椅子が目の前に置かれる。二人分の席の片方にロザリーヌが腰かけた。
貴方もお座りになってください、と言われ……どうするか迷うことはあったもののこれを受け入れることにした。
「…………」
「そう警戒しなくてもいいでしょうに。もしかして侮辱したことを恨んでいます?」
「いや、別に……」
警戒しなくてもいいでしょうと言われても昨日の件があって上にこれだからな。気が緩むのが難しいってもんだ。
そんな状態が続いている最中、ロザリーヌのメイドが慣れた手つきで何かを作り、出来上がったものを俺とロザリーヌに差し出した。
これは……お茶か……?
「この茶葉は『ヴァ・ドゥルテ』の銘柄を、お水はナイアス湖のお水を使用しています。ミーミルのお水はとても美味しいんですのよ」
誇りと言わんばかりに褒め「お先に頂きますわ」とティーカップを取った。
丁寧で無駄の無く、美しい飲みっぷり。お茶を飲む様はさすがお嬢様というか優雅である。
毒や怪しいものは入れてないと確認できたんで、後に続くように飲む。
すると口内に紅茶のような味が広がった。
「むっ……!」
美味い……!!
なんて美味しさだ。たかがお茶でここまで感心するとは……!
品質の良い水と、上質の茶葉――おそらくはミーミルの有名なブランドであろう――を使ってるおかげで上物のお茶が出来上がっている。飲み水や茶葉に特別なこだわりを持つ事は無いが、これは舌鼓を打ちたくなるもんだ。
美味の探求もここまで極めると芸術の域だ。
飲む度に幸せが広がる。何度も飲みたくなる。
ふふっ、とロザリーヌが声を漏らす。満面のドヤ顔だ。
く、悔しいっ。自分の顔が語ってしまったか。
「先日は見苦しいものを晒して申し訳ありませんでしたわ」
彼女がティーカップを置くと、最初に非を詫びてきた。
昨日の自分の振る舞いに問題があった感じているようだ。
それ自体は別にいいが……用事は別にある気がする。謝罪をするためだけに会いに来たんじゃなさそうだ。
「つい感情的になってしまいました。まさかテレーゼが貴方と深い関係を結んでいたとは……」
まだその話信じたままか。俺達はお前の考えてるような関係にはなってないぞ。
「お名前は確か……えー、パンジーでしたわね」
「シンジな。皆本進児。それが俺の名前」
「失礼しましたわ。聞き慣れない名前でしたので……えーと、ミナモッティ・シンシン」
「…………」
呆れて指摘する気になれない。
コイツ、わざと言っているのか? それとも俺みたいな奴は本気で名前すら覚えるのが困難なのか?
「言い難い名前ですわねえ。ストゥーピーの方が良いですわ。喜劇の登場人物みたいで良いでしょう?」
どうしてお前の勝手な都合で原型の無い名前に改名しなきゃいけないんだ……。
「それで、テレーゼとはどこまでの約束を? 婚姻の予定はあるのですか?」
「ぶふっ!」
もう一回飲んでたお茶を吹いてしまった。
あ、危ねえ。この高そうなテーブルクロスに危うく模様を描くところだった。
「げほっげほ……そんな事お前には関係無いだろ」
婚姻って。まだデートすらも行ってねえぞ。
残念な事にそのような予定は無い。友人の程度さ…………うぅ。
「なにゆえ泣いているんですの? 気味が悪いですわ」
「何でもない…………で? 用って何だ? 顔を見たくないんじゃなかったのか」
「そうでしたわ。実は貴方にお願いがありまして……」
お願いだって? 俺にどんなお願いだ?
ま、この状況で良い話が来るとは思えないが……。
「テレーゼとお別れになって。そしてこの件から手を引いてくださいませ」
ほーらね。そうきましたか。
まどろっこしい言い方はせず直球で言ってきたか。
「それ何の得があるんだ?」
「得はありますとも。受け入れるのなら三万カンドのお金を貴方に渡しましょう」
「三万、ね……」
「聞けば貴方は討伐者だとか。貴方のような何処の馬の骨ともわからない者がどうしてテレーゼと共にしているのかは知りませんが、お金は必要でしょう?」
金持ちのやり方らしい。金で引き離してやろうって算段か。
俺のような下々の人間は金で何とでもできる。今日の衣食住を求める討伐者は金が必要だから受け入れるとでも思ってるのか。
普段なら食いつくだろうが、この状況じゃそのやり方は効かない。
それよりどうしてそんな餌をチラつかせてまでテレサに粘着するのか気になっている。
「なんでテレサにそこまでこだわってんだよ? 恨みでもあんのか?」
「いいえ。テレーゼにそのような美しくないものは抱いておりません。個人的な事情です」
「事情って何だよ?」
「何と聞かれましても……あくまで個人的なもの。貴方には関係の無い事ですわ」
このわずかの間、ロザリーヌが妙な表情をわずかに見せた。
なんだ今の表情は……。
とりあえず恨みではないのは本当と受け取っていいのだろうが、秘めたものの正体が判別付かない。何れにしろ油断ならないものを感じる。
「さあ、どうするのです? ワタクシのお願いを受け入れるのでしょうね?」
「当然断る。お前の頼みは受けん」
ロザリーヌの交渉に対してきっぱりと言い返す。
テレサを助ける。俺はそう決めた。
金で買われるものか。浅ましいやり方には応じない。
「金はちゃんと稼いで払う。だから安心して待っていろ」
「……わかりました。貴方達にソール様の祝福がありますように」
幸運を祈るロザリーヌ。だけどその様子は少しも思ってなさそうで、面白くないと言いたそうな雰囲気が先程からひしひし伝わる。
不幸な目に遭ってしまえばいいのに、と逆に呪ってさえも感じた。
「それでは、ごきげんよう」
ロザリーヌが席を立つ。これで帰るようだ。
彼女と、後片付けを済ませ主について行くメイド達の背中を見つめる。今後の事を案じて。
三万カンドあげるとか言ってくる相手だ。何をするか分かったもんじゃない。
これから先は気を付けないとな……。
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