54 / 104
第二章 その魂、奮い立つ
第52話 這い伸びる手
しおりを挟むやあ、俺の名は皆本進児。
宇宙人でも未来人でも超能力者でもない、ただの人間さ。
しかし! 実はこの異世界トールキンを創造した神オリジンだ!
いろいろあって異世界に転移されて、ハーレム築けるかと思ったらそんな事は無くて、いろいろあって旅に出ることになったぞ。
で、今は何してるかと言うと……
「このやろおおおぉぉぉぉ――――っ!!」
「キュウウウウゥゥゥ――――!!」
このとおり、な~かよくレトと喧嘩してます。
事の発端はさっき遭遇したモンスターとの戦いのこと。
レトと協力して倒そうとしたら、これが上手く行かないのなんの。互いの動きが互いの行動を邪魔する有様になってしまいグダグダの結果となった。
「合わせて動けって言っただろうがあぁぁぁぁ――!!」
「キュアッ!! キュッ、キュッ!」
モンスターに殺されかけたんで怒らない方が不自然というもの。
レトもレトで不満を爆発させたらしく、こうして人間と獣の互角でくだらない喧嘩を繰り広げていた。
ボールにして蹴ってやろうと捕まえようとするが、全て躱され掴んでるのは空気だけ。すばしっこいヤツだ。
というか、くっ……コイツ首に噛み付こうとして……!
「キュアウッ!!」
いってー! 噛み付かれたー!
の、喉がっ……こ、こやつっ、やりやがるっ。反撃すれば噛み千切られるっ!
「ふぬおおおおおぉぉぉぉ……!!」
噛み付くレトを引き離せず、ただっ広い世界の真ん中で悶えている有様。
この旅はとても骨が折れそうだ……。
「はぁーあ、こんな調子じゃあなー……」
街道の外れで焚火を前に溜息を一つ。
人里に着けず今夜は野宿で過ごす事になった。
周囲は昼の光景が嘘みたいに暗く、焚火の明るさが及ばない場所は黒いカーテンが侵食している。そこに何かが潜んでいそうな感覚が途絶えない。
その反面、満月の無い夜空は現世とは違って空気がひどく澄んでいて星の光をそのままに届けてくれる。なんとも綺麗な星空だ。
あー、癒される。こういうのも悪くないもんだ。
そう落ち込むなよ、明日は良いことあるさと星が慰めてくれる。
自然の生み出す光に力を分けて貰えて、明日も頑張ろうって気持ちになれそうだ。
「しっかし……」
少し元気になれたところで現況は良いとも言えないんだけどな。
野宿は心配が尽きないというもの。俺達がいるのは人の居ない野外だ。
街とは違ってここはモンスターがうろついている。眠りたくてもいつ襲ってくるか分かったもんじゃない。警戒を張ろう。
「おい、レト。見張りをするぞ。片方が休憩を取ってもう一方が見張りな。時間が経ったら交代だ」
「キュイィ……」
「まずは俺が最初だ。いいな?」
もしレトが人の言葉を喋れるとしたら「なんでお前に命令されなきゃいけねえんだ」と言ってきそうだ。
不満タラタラな態度を隠さない獣は放っておいて……寝るとしますかっ。
「フィーリィィィィィィィィ――――――――ッ!!!!」
ネメオスライアーが息を吹き返し、フィーリに喰らい付く。
凶器じみた大きな顎はシールドソードを砕き、彼女の左腕を噛み千切った。
飛び散っていく血片は命の力が削り取られた一目瞭然の証拠。致命傷をその身に刻まれた肢体は闘気を失い、血染めの大地へ身を預ける。
死の刻限はフィーリに設けられた。
早く助けねば、という意思が焦りを帯び身を駆らせる。
「フィーリ! しっかりしろ!」
呼び掛けるが反応は戻ってこない。意識を失っているようだ。
と思ったら――ぬらり、と。両腕が無いはずなのに何かの力が働いてるかのように身体が起き上がる。
そして、片手が伸びて首を絞めてきた。
「がっ……!」
あるはずの無い手が握り潰してしまう程の力で掴む。
状況が吞めない。どうしてフィーリがこんな事をするのか。息苦しさと混乱ばかりが俺を支配する。
「な……フィーリ……!?」
よく見ると、フィーリはゾンビのような姿になっていた。
肌は血の気を失い、皮は剥がれて肉片が見えて、ところどころに空いた穴からドロドロの何かの液体が滴り落ちている。
項垂れたままの頭が上がり、目玉の無い眼窩がこっちをじっと凝視した。
唇の無い剥き出しの歯がニッと笑う。
人のものではない、崩れた顔面が鋭い寒気を走らせた。
これは…………フィーリじゃない……!
フィーリに似て非なる人物は目の前でもう一本の腕を形成し、手を伸ばす。
剥がれた爪と骨の見え隠れする指が近付いて、顔に食い込んだ。
「っ……ああああぁぁぁぁ……!!」
指先がざっくりと顔面を穿つ。
力をかけてもないのに引っ掻いては簡単に抉れる。まるで身体が腐っているような感覚だ。
血は流れず、激しい痛みだけが現実のものとして這う。
現実であるはずなのに何かが異常だ。
痛みも見ているものも確かな体験。だが事全てが現実に似せた虚構にも感じる。
(お……前はっ、だ……れなん、だ……っ)
特に感じたのはこのフィーリに似た何か。
正体を見極めようしたが、首をかたく握り締めた手が暗転を誘う。
「うっ……うぅ……!」
抵抗を続けていた意識が限界に達しようとする。
もはやこれまでかと、気を離しかけた時――背後に気配が生まれた気がした。
『キュラァウゥッッッ!!』
突然と現れた気配の主は咆哮――ネメオスライアーのものとは違う――を上げ、すっぽりと真っ暗闇の中に包み込んだ。
ぬめっとしたものと硬いものは何かの中に居ることを教える。俺はその中でゴロゴロと転がされてる状態だ。
な、なんだ、ここは……。
解放されたと思ったら狭い場所の中に……どうなっているんだ?
湿り気を帯びた闇は生き物のように動き、石のように硬いものが脚を挟み――圧潰してきた。
「うああああぁぁぁぁ――……っ!!!」
意思をもった動きはある状況に陥っていることを嫌でも悟らせた。
噛み砕かれている。食べられている。
ズタズタのバラバラに、呑み込みやすいミンチに変わろうとする。
どうしようもなく、痛い、痛い、痛い。
血を吐きながら慈悲を求めても、身体を包むものは切り刻むのを止めようともしない。四方八方から骨を、肉を、内臓を潰していく。
なのに意識がまだはっきりとしている。心臓と脳がぐちゃぐちゃにされても五感の全てが働いていた。
細切れにまで咀嚼される中、フィーリらしき人物の悲しそうな顔が小さく映る。
手放してしまったことを惜しむその姿は、留めていたものが無くなったのか水のようにさっと崩れていった……。
「キュッ、キュッ」
ひどく恐ろしい体験から解放されると腹に違和感が。
それはリズムを刻んでるようにも感じる。
違和感の正体を確かめると……レトがお腹の上で跳ねていた。
「お前ぇぇぇぇ――っ!」
「キュー!」
気味の悪い夢を提供してくれた元凶を掴み、そこら辺に投げ飛ばしてやった。
上手いこと着地したのがムカつく。
ったく、余計なことをしやがって……おかげで見たくないものを見ちまったじゃないか……。
ひどい夢だった。目が覚めても気分の悪さがこびり付いている。
あの夢、やけに現実的だったな。痛みが鮮烈に残っている。
あれは何だったのか。あのフィーリは何者だったのか。
模索する思考は暗い靄の中で何も得ないまま。静かな夜に焚火の音だけが残る。
……やめよう。あの夢のことは。
考えてもどうにもならないし、思い出すだけで頭が痛くなる。
今夜はもう寝たくない。眠りたくないと思ったのは今回が初めてだ。
とはいっても夜はまだ長い。寝たくない気分だが、どう時間を潰そうか。
「何か食うか……」
夢見の悪さを晴らすのにちょうどいいし、食料になりそうなものを探してみるか。腹を満たせば嫌なことだって忘れるはずだ。
さて、と言わんばかりにソーラダイトを手にして辺りを見回す。
異世界の地で食料採集とは新鮮な事だ。以前の俺が予想付くものか。
などと思いつつ、少し歩いたところで見上げると、樹の枝先に垂れていた果実を見つけた。
「こいつは美味そうだ」
もぎ取った果実は色艶も良く、甘酸っぱい香りがスッと鼻腔を通る。大地から生命力を分けてもらったような瑞々しさだ。
遠慮など覚える必要はない。空腹と食欲に誘われ手にした果実に齧りついた。
「うまいっ!!」
しゃり、と水の音を鳴らす果実のほど良い甘味と酸味が悪夢によってもたらされた不快を払ってくれる。
美味い、これは美味すぎるっ。
「お前も食うか?」
この美味さをお裾分けようとしたが、レトの首は横にぶんぶんと。いらないって事らしい。
こんなに美味いのにな。食べないのなら全部食べちゃお。
いやー、食が進む進む………………ん?
あれ……あれっ、おかしいな。何だか……気分が悪くなってきた。
「なん、だこれ……」
気分が悪くなったのは気のせいじゃなかった。
身体中の至る箇所が異常のサインを告げる。
寒気が出てきて怠い。震えが始まって立ってるのも辛い。呼吸ができなくなって息が苦しい。
ヤバい……俺、どうなって……。
ついには目の前が、レトが伸ばされたパン生地みたいにぐにゃりと歪んで何もかもが混ざり合う。
いきなり九十度に傾いた時、ぷつりとブラックアウトが掛かった……。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
収納持ちのコレクターは、仲間と幸せに暮らしたい。~スキルがなくて追放された自称「か弱い女の子」の元辺境伯令嬢。実は無自覚チートで世界最強⁉~
SHEILA
ファンタジー
生まれた時から、両親に嫌われていた。
物心ついた時には、毎日両親から暴力を受けていた。
4年後に生まれた妹は、生まれた時から、両親に可愛がられた。
そして、物心ついた妹からも、虐めや暴力を受けるようになった。
現代日本では考えられないような環境で育った私は、ある日妹に殺され、<選択の間>に呼ばれた。
異世界の創造神に、地球の輪廻の輪に戻るか異世界に転生するかを選べると言われ、迷わず転生することを選んだ。
けれど、転生先でも両親に愛されることはなくて……
お読みいただきありがとうございます。
のんびり不定期更新です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる