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第二章 その魂、奮い立つ

第52話 這い伸びる手

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 やあ、俺の名は皆本みなもと進児しんじ
 宇宙人でも未来人でも超能力者でもない、ただの人間さ。

 しかし! 実はこの異世界トールキンを創造した神オリジンだ!

 いろいろあって異世界に転移されて、ハーレム築けるかと思ったらそんな事は無くて、いろいろあって旅に出ることになったぞ。


 で、今は何してるかと言うと……



「このやろおおおぉぉぉぉ――――っ!!」
「キュウウウウゥゥゥ――――!!」



 このとおり、な~かよくレトと喧嘩してます。


 事の発端はさっき遭遇したモンスターとの戦いのこと。
 レトと協力して倒そうとしたら、これが上手く行かないのなんの。互いの動きが互いの行動を邪魔する有様になってしまいグダグダの結果となった。

「合わせて動けって言っただろうがあぁぁぁぁ――!!」
「キュアッ!! キュッ、キュッ!」

 モンスターに殺されかけたんで怒らない方が不自然というもの。
 レトもレトで不満を爆発させたらしく、こうして人間と獣の互角でくだらない喧嘩を繰り広げていた。

 ボールにして蹴ってやろうと捕まえようとするが、全て躱され掴んでるのは空気だけ。すばしっこいヤツだ。

 というか、くっ……コイツ首に噛み付こうとして……!

「キュアウッ!!」

 いってー! 噛み付かれたー!
 の、喉がっ……こ、こやつっ、やりやがるっ。反撃すれば噛み千切られるっ!

「ふぬおおおおおぉぉぉぉ……!!」

 噛み付くレトを引き離せず、ただっ広い世界の真ん中で悶えている有様。
 この旅はとても骨が折れそうだ……。




「はぁーあ、こんな調子じゃあなー……」

 街道の外れで焚火を前に溜息を一つ。
 人里に着けず今夜は野宿で過ごす事になった。

 周囲は昼の光景が嘘みたいに暗く、焚火の明るさが及ばない場所は黒いカーテンが侵食している。そこに何かが潜んでいそうな感覚が途絶えない。
 その反面、満月の無い夜空は現世とは違って空気がひどく澄んでいて星の光をそのままに届けてくれる。なんとも綺麗な星空だ。

 あー、癒される。こういうのも悪くないもんだ。
 そう落ち込むなよ、明日は良いことあるさと星が慰めてくれる。
 自然の生み出す光に力を分けて貰えて、明日も頑張ろうって気持ちになれそうだ。

「しっかし……」

 少し元気になれたところで現況は良いとも言えないんだけどな。
 野宿は心配が尽きないというもの。俺達がいるのは人の居ない野外だ。

 街とは違ってここはモンスターがうろついている。眠りたくてもいつ襲ってくるか分かったもんじゃない。警戒を張ろう。

「おい、レト。見張りをするぞ。片方が休憩を取ってもう一方が見張りな。時間が経ったら交代だ」
「キュイィ……」
「まずは俺が最初だ。いいな?」

 もしレトが人の言葉を喋れるとしたら「なんでお前に命令されなきゃいけねえんだ」と言ってきそうだ。
 不満タラタラな態度を隠さない獣は放っておいて……寝るとしますかっ。





「フィーリィィィィィィィィ――――――――ッ!!!!」



 ネメオスライアーが息を吹き返し、フィーリに喰らい付く。
 凶器じみた大きな顎はシールドソードを砕き、彼女の左腕を噛み千切った。

 飛び散っていく血片は命の力が削り取られた一目瞭然の証拠。致命傷をその身に刻まれた肢体は闘気を失い、血染めの大地へ身を預ける。

 死の刻限タイムリミットはフィーリに設けられた。
 早く助けねば、という意思が焦りを帯び身を駆らせる。

「フィーリ! しっかりしろ!」

 呼び掛けるが反応は戻ってこない。意識を失っているようだ。
 と思ったら――ぬらり、と。両腕が無いはずなのに何かの力が働いてるかのように身体が起き上がる。

 そして、片手、、が伸びて首を絞めてきた。

「がっ……!」

 あるはずの無い手が握り潰してしまう程の力で掴む。
 状況が吞めない。どうしてフィーリがこんな事をするのか。息苦しさと混乱ばかりが俺を支配する。

「な……フィーリ……!?」

 よく見ると、フィーリはゾンビのような姿になっていた。

 肌は血の気を失い、皮は剥がれて肉片が見えて、ところどころに空いた穴からドロドロの何かの液体が滴り落ちている。
 項垂れたままの頭が上がり、目玉の無い眼窩がこっちをじっと凝視、、した。

 唇の無い剥き出しの歯がニッと笑う。
 人のものではない、崩れた顔面が鋭い寒気を走らせた。


 これは…………フィーリじゃない……!


 フィーリに似て非なる人物は目の前でもう一本の腕を形成し、手を伸ばす。
 剥がれた爪と骨の見え隠れする指が近付いて、顔に食い込んだ。

「っ……ああああぁぁぁぁ……!!」

 指先がざっくりと顔面を穿つ。
 力をかけてもないのに引っ掻いては簡単に抉れる。まるで身体が腐っているような感覚だ。
 血は流れず、激しい痛みだけが現実のものとして這う。

 現実であるはずなのに何かが異常だ。
 痛みも見ているものも確かな体験。だが事全てが現実に似せた虚構にも感じる。

(お……前はっ、だ……れなん、だ……っ)

 特に感じたのはこのフィーリに似ただれか。
 正体を見極めようしたが、首をかたく握り締めた手が暗転を誘う。

「うっ……うぅ……!」

 抵抗を続けていた意識が限界に達しようとする。
 もはやこれまでかと、気を離しかけた時――背後に気配が生まれた気がした。

『キュラァウゥッッッ!!』

 突然と現れた気配の主は咆哮――ネメオスライアーのものとは違う――を上げ、すっぽりと真っ暗闇の中に包み込んだ。
 ぬめっとしたものと硬いものは何かの中に居ることを教える。俺はその中でゴロゴロと転がされてる状態だ。

 な、なんだ、ここは……。
 解放されたと思ったら狭い場所の中に……どうなっているんだ?

 湿り気を帯びた闇は生き物のように動き、石のように硬いものが脚を挟み――圧潰してきた。

「うああああぁぁぁぁ――……っ!!!」

 意思をもった動きはある状況に陥っていることを嫌でも悟らせた。

 噛み砕かれている。食べられている。
 ズタズタのバラバラに、呑み込みやすいミンチに変わろうとする。

 どうしようもなく、痛い、痛い、痛い。

 血を吐きながら慈悲を求めても、身体を包むものは切り刻むのを止めようともしない。四方八方から骨を、肉を、内臓を潰していく。
 なのに意識がまだはっきりとしている。心臓と脳がぐちゃぐちゃにされても五感の全てが働いていた。

 細切れにまで咀嚼される中、フィーリらしき人物の悲しそうな顔が小さく映る。
 手放してしまったことを惜しむその姿は、留めていたものが無くなったのか水のようにさっと崩れていった……。



「キュッ、キュッ」

 ひどく恐ろしい体験から解放されると腹に違和感が。
 それはリズムを刻んでるようにも感じる。

 違和感の正体を確かめると……レトがお腹の上で跳ねていた。

「お前ぇぇぇぇ――っ!」
「キュー!」

 気味の悪い夢を提供してくれた元凶レトを掴み、そこら辺に投げ飛ばしてやった。
 上手いこと着地したのがムカつく。

 ったく、余計なことをしやがって……おかげで見たくないものを見ちまったじゃないか……。

 ひどい夢だった。目が覚めても気分の悪さがこびり付いている。
 あの夢、やけに現実的だったな。痛みが鮮烈に残っている。

 あれは何だったのか。あのフィーリは何者だったのか。
 模索する思考は暗い靄の中で何も得ないまま。静かな夜に焚火の音だけが残る。


 ……やめよう。あの夢のことは。
 考えてもどうにもならないし、思い出すだけで頭が痛くなる。
 今夜はもう寝たくない。眠りたくないと思ったのは今回が初めてだ。

 とはいっても夜はまだ長い。寝たくない気分だが、どう時間を潰そうか。

「何か食うか……」

 夢見の悪さを晴らすのにちょうどいいし、食料になりそうなものを探してみるか。腹を満たせば嫌なことだって忘れるはずだ。

 さて、と言わんばかりにソーラダイトを手にして辺りを見回す。
 異世界の地で食料採集とは新鮮な事だ。以前の俺が予想付くものか。
 などと思いつつ、少し歩いたところで見上げると、樹の枝先に垂れていた果実を見つけた。

「こいつは美味そうだ」

 もぎ取った果実は色艶も良く、甘酸っぱい香りがスッと鼻腔を通る。大地から生命力を分けてもらったような瑞々しさだ。
 遠慮など覚える必要はない。空腹と食欲に誘われ手にした果実に齧りついた。

「うまいっ!!」

 しゃり、と水の音を鳴らす果実のほど良い甘味と酸味が悪夢によってもたらされた不快を払ってくれる。

 美味い、これは美味すぎるっ。

「お前も食うか?」

 この美味さをお裾分けようとしたが、レトの首は横にぶんぶんと。いらないって事らしい。
 こんなに美味いのにな。食べないのなら全部食べちゃお。

 いやー、食が進む進む………………ん?
 あれ……あれっ、おかしいな。何だか……気分が悪くなってきた。

「なん、だこれ……」

 気分が悪くなったのは気のせいじゃなかった。
 身体中の至る箇所が異常のサインを告げる。

 寒気が出てきて怠い。震えが始まって立ってるのも辛い。呼吸ができなくなって息が苦しい。

 ヤバい……俺、どうなって……。

 ついには目の前が、レトが伸ばされたパン生地みたいにぐにゃりと歪んで何もかもが混ざり合う。
 いきなり九十度に傾いた時、ぷつりとブラックアウトが掛かった……。
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