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序章 異世界創造
第8話 天地誕生。そして……
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「進児よ。そろそろ……」
「わかった。おーい皆ー、集まってくれー」
隣に座っている神様に促され、俺は大精神を招集した。
いよいよこの時がやってきた。
部屋の各地に散らばっていた大精神たちが、ソールを筆頭にぞろぞろと集まってきた、はずだが……。
「アンブラは?」
「……いません。また何処かに身を隠しているようです」
一人いない事に気付き、話が進まないんで皆で捜索する羽目になった。
奴め、こんな時でも手間をかけさせおって……。
隠れているアンブラを何とか見つけ、改めて大精神の全員集合。
集まった大精神たちを前にわざと威厳を込めた咳を挟み、ある話を切り出した。
「呼んだのは他でもない。もう知っているだろうが、お前達は今からトールキンへ行ってもらう」
そう。今日はついに大精神たちの移動が始まる。
大精神が本来在るべき世界へ移動するということは即ちトールキンに自然が生まれること。トールキンが無から有ある命の星へと変わるのだ。
「満を持してこの時が来たのですね……!」
「いやはや、やっと僕たちに仕事が回って来たねえ」
「やったー! 楽しみー!」
「ラシル、これは遊びじゃないんだよ? 仕事はしっかりしないと」
「う~、緊張してきた~」
「フハハハハ! 我が星ですら焼き尽くしてやろうぞ!」
「あっち行ったら、たっくさんビートを刻んでやるぜー!」
「何を言っているんじゃお前さん達は」
「「………………」」
大精神が歓呼の声を上げる。
ある精霊は張り切り、ある精霊は子供のようにはしゃぎ、ある精霊は見当違いな事を口走り、ある精霊は特に感想は無いのかただ沈黙していた。
反応は様々だが、大精神たちの中で期待が高まっているのがわかる。
しかし、話はこれだけじゃない。
「それで、トールキンに行くにあたってお前達には『掟』を課そうと思う」
「掟、ですか……?」
「なんだい、それは?」
さっきまで歓声を上げていた大精神たちはどういう事かと首を傾け、ざわつき始めている。
その中の一人が尋ねてきたので、これに答えた。
「『掟』はお前たち大精神が絶対に守るべき規則だ。トールキンに行ったらこれを守ってもらう」
人間にルールがあるように、大精神にもルールを設けるべきだと予め考えていた。
この『掟』は大精神が自身の役割を放棄し、自分勝手な行いを起こしてトールキンに大きな混乱が発生するのを防ぐ為のものだ。
「絶対遵守だ。いいな? んで内容というのが――」
大精神に守ってもらうよう念を押し、肝心な『掟』の内容を次の通りに告げた。
【大精神の掟】
『一つ。トールキンの自然を司り、維持すること。私利私欲で動いてはならない』
『二つ。トールキン及び、生命の滅亡を防ぐこと。自然的な絶滅を除き、世界を守らねばならない』
『三つ。二つ目を除き、人類の治政に干渉しないこと。人類を意のままに扇動してはならない』
以上が内容となる。
「わかったな?」
「はい。しかし……もし『掟』を破った者が出たら如何様にすれば良いのですか?」
「破る奴がいたら、その時は俺が裁きを下す。ちゃんと守れよな」
「畏まりました。『掟』は必ず守ると誓いましょう。皆も承知しましたね?」
ソールが尋ねると、各々から返事が戻ってきた。
それぞれ思うところがあったようだが納得してくれたようだ。
「それじゃもう出発してもらうぞ」
「我が主よ、一番手はこのソールめにお任せください」
先鋒を申し出たのはソールだった。
ははっ、誰よりも張り切っているじゃないか。大精神の中でもお前は一番頼もしかった。
あっち行って存分に頑張ってこいよ、ソール。
「大精神ソール、己が役目を果たしに行ってまいります!」
一番手となったソールは意気揚々と宣言し、トールキンへ向かって行く。
自分が創った存在が旅立つのは感慨深いものがある。実家を離れて行く子供を見送る親の気分ってこんな感じかねぇ?
目の前に佇む星にソールが触れると、トールキンが輝きを強めた。
「おぉ……っ!?」
これは……トールキンが彼女に反応しているのか。
光り輝く星に、神様とアンブラ以外の誰もが驚きを隠せなかったが、ソールはそれでも進み続ける。
水面に入っていくように、彼女の身がトールキンの中へ呑み込まれていった。
「消えちゃった……」
「さあ僕たちもソールに続いて行こう」
「ほれ、ティアマトはワシの背中に乗りなされ」
「オレっちもいっくぜー!」
残る大精神たちも後を続き、トールキンの中へ向かって行く。
トールキンの輝きがソールが入った頃より変化し、虹のように多彩に染まっていく。この輝きは大精神が増えれば増えるほど変わっていくらしい。
大精神が次々といなくなり、最後はマーニだけとなった。
マーニもいざトールキンへ渡ろうとして歩み始める――が、その直前で何故か足を止めた。
「ん? どうした? 行かないのか?」
「………………」
マーニは答えず、黙りこくっている。
調子が悪いのかと思ったが、マーニは長い髪を揺らして振り返った。
「もし――」
彼女のぷるっとした瑞々しい唇が、ゆっくりと開く。
なんだなんだ。何を言うつもりだ?
「もし生命を創造するなら……ウサギさんを創造してくれないかしら?」
「は?」
う、ウサギ……?
「お願い、ね?」
「え? あ、ああ。わかったよ」
突然の、それも斜め上を行った頼みに俺は返答に遅れてしまい、マーニのペースに乗せられて頷いてしまった。
承諾を得た(?)マーニは、くすりと微笑む。
「楽しみに待っているわ」
慎み深く、でもどこかほっとしたような微笑みをほころばせて、さっさとトールキンへ行ってしまった。
つい頼まれちゃったけど……まあいいか。特に断る理由も無いからな。忘れないようにしておこう。
「始まるぞ」
マーニを最後に、トールキンの輝きが限界を迎えた。
虹色の輝きが、見ることもいられないほどに強くなっていく。目を刺す鋭い――でも、どうしてか胸の奥に暖かいものが伝わってくる――光に、俺は覆うことしか出来ない。
多彩色の光はしばらく輝き続け、待っているとやっと収まった。
かざした手を下ろし、目を開けるとそこには――
「お……おお……っ!!」
以前とは見違えるほどに変わり果てたトールキンの姿があった。
大陸が、海が、緑が存在している……!
トールキンが地球と同じ青い星に変わっている!
「おぉー、すげぇ……!」
トールキンの新しい姿に、盛大に興奮しながら目を見張った。
凄い……さっきまで何も無かった星とは到底思えない。
あらゆる方向から観察してみたが、トールキンの外表は地球と相違ない。
ただ違うのは大陸の形だ。広い海に囲まれた大陸は地球のどの大陸とも形が違っていて、全体を見ると一纏まりになっているのがわかった。
それはまるで昔の地球に存在したパンゲア大陸に見えた。
「お主の創造した世界は大精神の力によって形ある世界へと変化した。さて、ここから先はお主がこのトールキンに住まう生命を創造するのじゃ」
神様が祝福するように両手を上げ、次の段階を告示する。
「わかってるって。ぃよぉーし、張り切ってやろうじゃないの!」
胸を高鳴らす興奮を失わないうちに俺は仕上げに取り掛かった。
ドネルを使い、人間を生み、動物を生み……あらゆる生物を思い付くだけ創造する。
えーと、次は……おっと、そういえばマーニにウサギを頼まれていたな。忘れないうちに創らないとな。
量が多く時間は掛かったが、既存の動物や物体の創造はイメージしやすいのか然程キツくはなかった。
大精神がトールキンに渡り、最後の作業に取り掛かってから数日――
「進児よ、よくやった。お主が汗を流し、労を費やして創られた世界はここまで実を結んだ」
俺がドネルから生み出した多くの生命がトールキンに送り込まれ、世界中に住みつくようになった。
もう手を付けるところはなく、ほぼ完成と言っても良い。
「はー、疲れた……」
ここまでやるとかなりの疲労が溜まってきたが、アルバイトとなんかよりもずっとやりがいのある仕事だ。清々しい気分だから今日は美味い飯でも買おう。
「見たまえ。地上ではこのような光景がある」
神様がトールキンの一部を指し示すと、そこからホログラフィーのような映像が飛び出してきた。
映像は、地上に暮らしている人や動物の姿が映し出されていた。
「もうこんなに発達しているのか……」
動物が穏やかに生き、人が文明を築いて暮らしている……。
トールキンがこんな風になるなんて感動的だ。感動的過ぎる。
これはもう夢や架空なんかじゃない。確かなもう一つの現実世界だ。
見事なまでに成長を果たしたトールキンの姿を見ていると、自分の中にある気持ちがだんだんと湧き立ってくる。それは……。
異世界に行ってみたい――。
自分のようなオタク達が抱く、切なる願い。
次元を隔てた異境への憧憬が強くなってくる。
実際に行ってみて、どんな感じになっているのか自分の五体五感を以て確かめてみたい。
そうなったら……へへへ。ガールフレンドがいっぱいできるかも。
なーんて、そんな美味し過ぎる展開が都合よく起こるわけないか~。
でもせっかく異世界を創造したんだ。そこの棚に置いてあるライトノベルと同じような異世界生活が始まるかもしれない。
そう、俺だけの……異世界生活が――!
「でへ、でへへへ……っ」
やべぇ、マジで行きたくなってきた。
俺トールキンの神様だし、行っても良いんじゃね? てか行けるんじゃね?
神様に聞けば、行く方法がわかるだろう。
なにせ神様だ。全知全能さんなら行き方を知っているはずだ。
「なあ、どうやったらトールキンに行けるのか教えてくれよ」
「残念じゃが、それはできない」
「そうかそうか、行けないかぁ~。あっはっはっはっ……………………ん?」
神様にトールキンへ行き方へを聞くと、妙な返事が飛んできた。
今この神様は何て言ったんだ……? 「出来ない」って聞こえたような……。
あれ……あれ……おかしいな。今のは幻聴かな?
「できないと言ったんじゃよ。できない、とのう」
神様が思考を読み、残酷なことを改めてあっさりと告げる。
幻聴や聞き間違いなんかじゃなかった。
「……はぁ!? ハァ!? はあアぁァぁァ!?」
できれば言い間違いであってほしかった。
そんな事実、受け入られるはずが無い。信じられるはずが無い。
期待を裏切った新事実に、俺は神様に抗議を唱えた。
「どうして? どういうことだよそれ!? 俺はこの世界の神様なんだぜ? 行ったっていいじゃんか!」
「ならぬ。お主の告げた願いは『異世界を創りたい』じゃ。異世界に渡ることは願いに含まれていない。いかにお主が異世界の主神といえど、それは叶わない」
「そんな……!!」
か、叶わないって……ほ、本気で言ってんのかよ……!
嘘だよな? 信じないぞ。エイプリルフールは4月1日しか許されてないんだぜ。
「はっ! そ、そっか~。これが神様ジョークってやつか~。いやぁ~キッツイなあ。はは、ははは……」
「何度も同じことを言わすでない。できないと言ったらできんぞ」
「そ、そんなあ……!」
「お主に出来ることは、トールキンを管理する事じゃ。それがお主の役目である」
ひと押しと言わんばかりに殺生な事をきっぱりと言い放つ神様。
異世界に行くことは出来ない……。
それはあまりに現実的で、俺にとっては極めて厳酷な事実。夢想をかき消し、希望を砕く最悪の言葉だ。
う、うぅ……あんまりだ。トールキンに行けないなんて……。
トールキンの神様なのに……あれほどの時間を掛けて創造したのに……行けないなんて……!
「あァァァんまりだアアアアァァァァァァァァ……!!」
異世界に行けない悲しみを爆発させ、絶望に打ちひしがれる。
夢から現実になるはずだった異世界生活譚は、始まることなく終わりを迎えた。
「わかった。おーい皆ー、集まってくれー」
隣に座っている神様に促され、俺は大精神を招集した。
いよいよこの時がやってきた。
部屋の各地に散らばっていた大精神たちが、ソールを筆頭にぞろぞろと集まってきた、はずだが……。
「アンブラは?」
「……いません。また何処かに身を隠しているようです」
一人いない事に気付き、話が進まないんで皆で捜索する羽目になった。
奴め、こんな時でも手間をかけさせおって……。
隠れているアンブラを何とか見つけ、改めて大精神の全員集合。
集まった大精神たちを前にわざと威厳を込めた咳を挟み、ある話を切り出した。
「呼んだのは他でもない。もう知っているだろうが、お前達は今からトールキンへ行ってもらう」
そう。今日はついに大精神たちの移動が始まる。
大精神が本来在るべき世界へ移動するということは即ちトールキンに自然が生まれること。トールキンが無から有ある命の星へと変わるのだ。
「満を持してこの時が来たのですね……!」
「いやはや、やっと僕たちに仕事が回って来たねえ」
「やったー! 楽しみー!」
「ラシル、これは遊びじゃないんだよ? 仕事はしっかりしないと」
「う~、緊張してきた~」
「フハハハハ! 我が星ですら焼き尽くしてやろうぞ!」
「あっち行ったら、たっくさんビートを刻んでやるぜー!」
「何を言っているんじゃお前さん達は」
「「………………」」
大精神が歓呼の声を上げる。
ある精霊は張り切り、ある精霊は子供のようにはしゃぎ、ある精霊は見当違いな事を口走り、ある精霊は特に感想は無いのかただ沈黙していた。
反応は様々だが、大精神たちの中で期待が高まっているのがわかる。
しかし、話はこれだけじゃない。
「それで、トールキンに行くにあたってお前達には『掟』を課そうと思う」
「掟、ですか……?」
「なんだい、それは?」
さっきまで歓声を上げていた大精神たちはどういう事かと首を傾け、ざわつき始めている。
その中の一人が尋ねてきたので、これに答えた。
「『掟』はお前たち大精神が絶対に守るべき規則だ。トールキンに行ったらこれを守ってもらう」
人間にルールがあるように、大精神にもルールを設けるべきだと予め考えていた。
この『掟』は大精神が自身の役割を放棄し、自分勝手な行いを起こしてトールキンに大きな混乱が発生するのを防ぐ為のものだ。
「絶対遵守だ。いいな? んで内容というのが――」
大精神に守ってもらうよう念を押し、肝心な『掟』の内容を次の通りに告げた。
【大精神の掟】
『一つ。トールキンの自然を司り、維持すること。私利私欲で動いてはならない』
『二つ。トールキン及び、生命の滅亡を防ぐこと。自然的な絶滅を除き、世界を守らねばならない』
『三つ。二つ目を除き、人類の治政に干渉しないこと。人類を意のままに扇動してはならない』
以上が内容となる。
「わかったな?」
「はい。しかし……もし『掟』を破った者が出たら如何様にすれば良いのですか?」
「破る奴がいたら、その時は俺が裁きを下す。ちゃんと守れよな」
「畏まりました。『掟』は必ず守ると誓いましょう。皆も承知しましたね?」
ソールが尋ねると、各々から返事が戻ってきた。
それぞれ思うところがあったようだが納得してくれたようだ。
「それじゃもう出発してもらうぞ」
「我が主よ、一番手はこのソールめにお任せください」
先鋒を申し出たのはソールだった。
ははっ、誰よりも張り切っているじゃないか。大精神の中でもお前は一番頼もしかった。
あっち行って存分に頑張ってこいよ、ソール。
「大精神ソール、己が役目を果たしに行ってまいります!」
一番手となったソールは意気揚々と宣言し、トールキンへ向かって行く。
自分が創った存在が旅立つのは感慨深いものがある。実家を離れて行く子供を見送る親の気分ってこんな感じかねぇ?
目の前に佇む星にソールが触れると、トールキンが輝きを強めた。
「おぉ……っ!?」
これは……トールキンが彼女に反応しているのか。
光り輝く星に、神様とアンブラ以外の誰もが驚きを隠せなかったが、ソールはそれでも進み続ける。
水面に入っていくように、彼女の身がトールキンの中へ呑み込まれていった。
「消えちゃった……」
「さあ僕たちもソールに続いて行こう」
「ほれ、ティアマトはワシの背中に乗りなされ」
「オレっちもいっくぜー!」
残る大精神たちも後を続き、トールキンの中へ向かって行く。
トールキンの輝きがソールが入った頃より変化し、虹のように多彩に染まっていく。この輝きは大精神が増えれば増えるほど変わっていくらしい。
大精神が次々といなくなり、最後はマーニだけとなった。
マーニもいざトールキンへ渡ろうとして歩み始める――が、その直前で何故か足を止めた。
「ん? どうした? 行かないのか?」
「………………」
マーニは答えず、黙りこくっている。
調子が悪いのかと思ったが、マーニは長い髪を揺らして振り返った。
「もし――」
彼女のぷるっとした瑞々しい唇が、ゆっくりと開く。
なんだなんだ。何を言うつもりだ?
「もし生命を創造するなら……ウサギさんを創造してくれないかしら?」
「は?」
う、ウサギ……?
「お願い、ね?」
「え? あ、ああ。わかったよ」
突然の、それも斜め上を行った頼みに俺は返答に遅れてしまい、マーニのペースに乗せられて頷いてしまった。
承諾を得た(?)マーニは、くすりと微笑む。
「楽しみに待っているわ」
慎み深く、でもどこかほっとしたような微笑みをほころばせて、さっさとトールキンへ行ってしまった。
つい頼まれちゃったけど……まあいいか。特に断る理由も無いからな。忘れないようにしておこう。
「始まるぞ」
マーニを最後に、トールキンの輝きが限界を迎えた。
虹色の輝きが、見ることもいられないほどに強くなっていく。目を刺す鋭い――でも、どうしてか胸の奥に暖かいものが伝わってくる――光に、俺は覆うことしか出来ない。
多彩色の光はしばらく輝き続け、待っているとやっと収まった。
かざした手を下ろし、目を開けるとそこには――
「お……おお……っ!!」
以前とは見違えるほどに変わり果てたトールキンの姿があった。
大陸が、海が、緑が存在している……!
トールキンが地球と同じ青い星に変わっている!
「おぉー、すげぇ……!」
トールキンの新しい姿に、盛大に興奮しながら目を見張った。
凄い……さっきまで何も無かった星とは到底思えない。
あらゆる方向から観察してみたが、トールキンの外表は地球と相違ない。
ただ違うのは大陸の形だ。広い海に囲まれた大陸は地球のどの大陸とも形が違っていて、全体を見ると一纏まりになっているのがわかった。
それはまるで昔の地球に存在したパンゲア大陸に見えた。
「お主の創造した世界は大精神の力によって形ある世界へと変化した。さて、ここから先はお主がこのトールキンに住まう生命を創造するのじゃ」
神様が祝福するように両手を上げ、次の段階を告示する。
「わかってるって。ぃよぉーし、張り切ってやろうじゃないの!」
胸を高鳴らす興奮を失わないうちに俺は仕上げに取り掛かった。
ドネルを使い、人間を生み、動物を生み……あらゆる生物を思い付くだけ創造する。
えーと、次は……おっと、そういえばマーニにウサギを頼まれていたな。忘れないうちに創らないとな。
量が多く時間は掛かったが、既存の動物や物体の創造はイメージしやすいのか然程キツくはなかった。
大精神がトールキンに渡り、最後の作業に取り掛かってから数日――
「進児よ、よくやった。お主が汗を流し、労を費やして創られた世界はここまで実を結んだ」
俺がドネルから生み出した多くの生命がトールキンに送り込まれ、世界中に住みつくようになった。
もう手を付けるところはなく、ほぼ完成と言っても良い。
「はー、疲れた……」
ここまでやるとかなりの疲労が溜まってきたが、アルバイトとなんかよりもずっとやりがいのある仕事だ。清々しい気分だから今日は美味い飯でも買おう。
「見たまえ。地上ではこのような光景がある」
神様がトールキンの一部を指し示すと、そこからホログラフィーのような映像が飛び出してきた。
映像は、地上に暮らしている人や動物の姿が映し出されていた。
「もうこんなに発達しているのか……」
動物が穏やかに生き、人が文明を築いて暮らしている……。
トールキンがこんな風になるなんて感動的だ。感動的過ぎる。
これはもう夢や架空なんかじゃない。確かなもう一つの現実世界だ。
見事なまでに成長を果たしたトールキンの姿を見ていると、自分の中にある気持ちがだんだんと湧き立ってくる。それは……。
異世界に行ってみたい――。
自分のようなオタク達が抱く、切なる願い。
次元を隔てた異境への憧憬が強くなってくる。
実際に行ってみて、どんな感じになっているのか自分の五体五感を以て確かめてみたい。
そうなったら……へへへ。ガールフレンドがいっぱいできるかも。
なーんて、そんな美味し過ぎる展開が都合よく起こるわけないか~。
でもせっかく異世界を創造したんだ。そこの棚に置いてあるライトノベルと同じような異世界生活が始まるかもしれない。
そう、俺だけの……異世界生活が――!
「でへ、でへへへ……っ」
やべぇ、マジで行きたくなってきた。
俺トールキンの神様だし、行っても良いんじゃね? てか行けるんじゃね?
神様に聞けば、行く方法がわかるだろう。
なにせ神様だ。全知全能さんなら行き方を知っているはずだ。
「なあ、どうやったらトールキンに行けるのか教えてくれよ」
「残念じゃが、それはできない」
「そうかそうか、行けないかぁ~。あっはっはっはっ……………………ん?」
神様にトールキンへ行き方へを聞くと、妙な返事が飛んできた。
今この神様は何て言ったんだ……? 「出来ない」って聞こえたような……。
あれ……あれ……おかしいな。今のは幻聴かな?
「できないと言ったんじゃよ。できない、とのう」
神様が思考を読み、残酷なことを改めてあっさりと告げる。
幻聴や聞き間違いなんかじゃなかった。
「……はぁ!? ハァ!? はあアぁァぁァ!?」
できれば言い間違いであってほしかった。
そんな事実、受け入られるはずが無い。信じられるはずが無い。
期待を裏切った新事実に、俺は神様に抗議を唱えた。
「どうして? どういうことだよそれ!? 俺はこの世界の神様なんだぜ? 行ったっていいじゃんか!」
「ならぬ。お主の告げた願いは『異世界を創りたい』じゃ。異世界に渡ることは願いに含まれていない。いかにお主が異世界の主神といえど、それは叶わない」
「そんな……!!」
か、叶わないって……ほ、本気で言ってんのかよ……!
嘘だよな? 信じないぞ。エイプリルフールは4月1日しか許されてないんだぜ。
「はっ! そ、そっか~。これが神様ジョークってやつか~。いやぁ~キッツイなあ。はは、ははは……」
「何度も同じことを言わすでない。できないと言ったらできんぞ」
「そ、そんなあ……!」
「お主に出来ることは、トールキンを管理する事じゃ。それがお主の役目である」
ひと押しと言わんばかりに殺生な事をきっぱりと言い放つ神様。
異世界に行くことは出来ない……。
それはあまりに現実的で、俺にとっては極めて厳酷な事実。夢想をかき消し、希望を砕く最悪の言葉だ。
う、うぅ……あんまりだ。トールキンに行けないなんて……。
トールキンの神様なのに……あれほどの時間を掛けて創造したのに……行けないなんて……!
「あァァァんまりだアアアアァァァァァァァァ……!!」
異世界に行けない悲しみを爆発させ、絶望に打ちひしがれる。
夢から現実になるはずだった異世界生活譚は、始まることなく終わりを迎えた。
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