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18.リョースケを襲った魔女の手先

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 結論から言って、目的地のケーキ共和国手前の宿までは丸三日かかった。王様から通行証を貰った俺たちは問題なく連合国を出て、広い広いキャンディー王国を行き、途中途中モンスターの奇襲にあっては『ヘータ様はこちらでお待ちください』とか『勇者様、行ってまいります』だとか、当たり前のように俺はお荷物で、きっと初めてのモンスターの奇襲の時の様に、おれが駄々を言わないようにと馬車の中に放置された。馬車の中から外を覗くと、南に向かうほどにモンスターは大型になり、凶暴になり、いくら腕の利く三人とは言え手こずる場面もあるようで……俺は何だか申し訳なくて、『チャーム』の能力しかない俺自身のことを残念に思う。馬車に乗って二日たった頃に、荷馬車に戻ったブラウニーさんが軽く負った切り傷を、シスターが回復しているのを俺はぼうっと眺めて只々体育座りであった。彼らは傷を負ってまで、この世界の危機を紐解こうと。俺は傷の一つも負わないで馬車の中、彼らに任せっきりで……ううん情けない。何が伝説の勇者か、とそう思う。

 三日たったころ、森が深くなってきて視界が悪くなって、そうすると弓使いの良助が、一番不利になったようだった。

「リョースケ様!!」
「……チッ、遂にやったか」

 シスターが良助に叫んだのに、俺も思わずその時ばかりは馬車から飛び出した。

「良助!? どうしたんだ、って……わぁ!!」

 良助が、戦地でしゃがみ込んで左腕を押さえている。ブラウニーさんが良助の左腕を引っ掻いた半獣型モンスターを剣で切り落とそうとしたが、それは『ケケ』と笑って暗い午後の森の中へと舞い戻って行ってしまった。良助の左腕からは……、

「血! 良助、血が!! シスター、良助の腕から血がいっぱい!!」
「平太、落ち着け。これくらいどうってことない」
「リョースケ様、今のは恐らく幻魔ですわ。ケーキ共和国が近くなってきた証拠ですの」

 すぐさまシスターが駆けてきて、良助の隣に膝をついては彼の白魔法で良助の傷を塞ぐ。良助の服を汚した血はそのままで、しかし傷口は確かに塞がって、それなのに良助は、

「大丈夫。傷は塞がった……痛みだって、もう、」

 そう言ってはフッと、そのまま地べたに倒れこんで気を失ってしまった。嘘だろ、良助どうしちゃったんだよ!? だって、だって!!

「シスター! 良助の怪我、治ったんですよね!? なのにこんな、」
「ヘータ様。もしかしたらあの幻魔が、リョースケ様に何かしらの毒でも盛ったのかもしれません」
「毒! 嘘だろっ……毒抜きの魔法とか、そういうものはないんですかシスター!?」
「取りあえずそれは、もちろんかけてみますの。しかし今は、取りあえずリョースケ様を馬車の中へ。モンスターの相手を、ブラウニーが独りでしております」
「っっ、っ……わ、かりました。良助、いま安全な所に運ぶからな」

 俺のちんちくりんでは背の高い良助を運ぶのは大仕事だったけれど、火事場の馬鹿力と言うやつか、俺は何とか商人さんの手も借りて、良助を馬車の中に運んでは、彼を荷馬車で寝かせてじっと、シスターとブラウニーさんがモンスターを追い払うのを待った。

「ヘータ様、お待たせいたしましたわ。リョースケ様は?」
「シスター、ブラウニーさん! 良助、何ていうか眠っているみたいです」
「本当ですね勇者様。リョースケ様はもしかしたら、深い眠りにつく毒を盛られたのかもしれません」
「眠りにつく、毒?」
「さっきのが魔女の手先だとしたら、有り得ない話ではありませんわ。あの幻魔、リョースケ様に一撃だけ加えてすぐに逃げましたから、もしかしたらですの」
「魔女の手先って……」
「魔女たちは噂話に聡いですから、勇者様の存在をすでに知っていても、おかしくはありません」
「それってやっぱり、この世界をどうにかしようっていうのが魔女たちかもしれないってことですか?」

 眠りを解く魔法をシスターは覚えているらしく、何事か呟いて良助の周りに温かい光を浴びせたけれど、しかし良助は目覚めない。彼の白い頬を白いまま、瞼を静かに閉じて『すぅ』と小さく寝息を立てている。それからもシスターは、彼の魔力を惜しむことなく良助に色んな呪文をかけたけれど、目的地の宿に着く夜になるまで、良助が目覚めることはなかった。いや、逆に言うと目的地に着くころに良助は、寝惚けた様子で目を覚ましたのだ。

「ん……平太、どうしてここに」

 フクロウの鳴く声が聞こえる夜であった。暗い森の中に宿の明かりが見えてきて、やっと三日間に及んだ旅が一段落する、といったその時である。俺はずっと良助に付きっきりで、モンスターの奇襲もシスターとブラウニーさんの二人だけでするしかなくて、だから皆が疲れ切ったその時に目を覚ました良助は、

「お前が俺より早く起きるなんて珍しい……宿題でも教わりに来たのか?」
「りょ、良助!? やっと起きた! てか、何を言って……?」
「ふあ、何だか俺、まだふらふら眠いよ。どうしたんだろう、今日だって部活を見に行く予定なのに困ったな」
「りょうすけ、」

 どうやら良助は、ここが東京で、彼の部屋で、まだ平和に高校生活を送っていると思い違いをしているらしい。しかし何度か瞬きをして、良助は半身を起こして周りを見て、そこに良助を覗き込んでいる冒険服の俺と、シスター・シュガーと、ブラウニーさんがいることを知って『ひゅ』と一つ息を吸った。

「ここ、は」
「良助ぇ、忘れちゃったのか!? ここはキャンディーワールド。俺たちはこの世界を救うために、ここに召喚されたんだよ!?」
「キャンディーワールド……ああ、そうか、あのゲームの。平太、おまえは、」
「俺は俺だよ、良助! ずっと変わらない、お前の幼馴染の平太だよ!!」
「……そうだ、俺。モンスターから一撃を食らって。平太は? 何か傷を負ったりしてないか???」
「りょうすけぇ……もー!!」

 僅かに笑って涙目の俺の頬に手を触れて、まだフラフラした様子の良助が俺の心配をするから俺はやっぱり『もー!』ともう一度。

「心配したのはこっちだっての! 良助ずっと、まだ日が高いころから今までずっと眠ってたんだからな!!」
「今は……? もう夜か。どうしたんだろう、おれ」
「リョースケ様、とにかく馬車はもう目的地ですわ。今日は宿をとって、ゆっくり休むのが一番ですの」
「シスター。それと、ブラウニーさん」
「リョースケ様、ご無事で何より」

 次に良助が見たシスターとブラウニーさんは数々の戦闘でその装備を汚していて、だから良助は『ああ』と頭痛のする頭を押さえながら謝った。

「申し訳ない。俺が長い間眠っていたばかりに、あなたたちに負担をかけた」
「良いのです。あなたはヘータ様の心の支えなんですから、無事でさえいてくれればそれで……ね?」
「シスター、やめてください」

 いつも俺にするように、子供をあやすようにシスターが良助の淡い色の髪を撫ぜるから、良助が眉を曲げてその手を払う。その様子に俺はホッとして、『いつもの良助だ』と肩の力を抜いて、すると馬車がゆっくりと速度を落とし、そのまま停止しては宿の貿易小屋へと入ったようであった。

「冒険者さん、お疲れ様。宿に着いたよ」

 フラフラしている良助を支えながら馬車から降りて、暖色の灯篭たちで明るい宿を四人で見上げる。それは、それは大きな貿易拠点で、観光地みたいに立派な三階建てのお宿は、煙突から暖かな湯気を出していた。

***

 貿易商人からシスターが護衛費を受け取った際である。事の次第を知っている商人が、俺たち、とりわけ弱っている良助を見やっては言ったのだ。

「この宿には温泉がある。私は仕事に戻るが、冒険者さんたちはまず、ゆっくりそれで傷を癒した方が良いね」

 俺たちは商人さんに礼を言って、彼からもらった多額の報酬を手に宿に入る。そこはさっきの彼のような貿易商人やその護衛たちで賑わっていて、従業員らしい獣人の少女たちが粗末な浴衣で建物内を行き交っていた。

「いらっしゃいませ、冒険者様ですか?」
「あっ」

 一瞬、北の連合で見た奴隷の少女と見まがうような、彼女に似た獣人の幼い少女が俺たちに声をかけてきた。しかし少女は営業用の笑顔でニコニコしていて、『がう』と俺に牙を見せてきた彼女とはまた違う様子。ふらついている良助を見ると『おや!』と良助に近づいて秀麗な良助のお顔をじっと見上げて言う。

「美しい冒険者様、モンスターにやられたんでしょう? わが旅館の温泉は万病に効くと評判です!! さあさあ先ずはお部屋にご案内いたしますね。四名様、一部屋でよろしいですか?」
「はい、一部屋で十分ですわ。よろしくお願いしますの」
「四名様、ご案内でーすご主人!!」

 カウンターの奥から忙し気な宿の主人の声が『あいよ!』と返ってくる。俺は少しほっとしてくたびれてしまって、するとブラウニーさんが良助を支えるのを代わってくれた。俺たちは四人用の大部屋について、それぞれベッドに座って休んでは、従業員がペラペラ喋るのを聞いている。

「四名様一泊二食付き、200G先払いでございます!」
「はい元気なお嬢様、こちらでお願いいたします」
「200Gちょうど、毎度どうも! 先ほども申し上げました通り、わが旅館の自慢はなんと言っても万病に効く温泉!! お疲れの様子のそちらの冒険者様も、ウチの温泉に浸かれば一発回復ですよぅ!?」
「リョースケ様は幻魔にやられましたの。こちらの温泉はそれにも効きますの?」
「幻魔妖魔、魔女の魔術もどんとこいです! うちのご主人、この温泉を掘り当てたことで今や、一攫千金の大金持ちなくらいですから!!」
「ふむ、いつの間にこんな宿が出来たのだろうか。しかし勇者様。リョースケ様を癒すのに、この旅館はちょうどおあつらえ向きのようです」

 最後に『少し高いですが』と呟いたブラウニーさんに苦笑いをして、俺はまだどこかぼうっとしてる良助に肩を貸して『じゃあ』と立ち上がって少女に問う。

「俺たち早速、その温泉に浸かりたいんですが……案内してもらえますか?」
「勿論でございます、二名様ごあんなーい!」
「あれっ、シスターとブラウニーさんは?」
「私どもは後程。荷物もありますし……ヘータ様方が戻られてから参りますわ」
「そうですか? なんだか悪い気もするけど、今は良助が一番心配なので……ではお先に」
「勇者様、ごゆっくり」

 そのようにブラウニーさんとシスターに見送られて、俺と良助は従業員の少女に温泉の脱衣所前まで案内された。

「男湯はこちら! お二人様、ごゆっくり!! タオルは脱衣所に用意がございますので、わたくしはこれにて失礼いたします」
「ありがとう。良助、さあ行こう?」
「……ああ、平太。大丈夫、もう一人で歩けるよ」
「そうか?」

 ずっと無口だった良助が、やっと普通に喋ったから俺も安心して肩に担いでいた良助の腕を外す。そうして脱衣所で俺たちは冒険服を脱いで、きちんと鍵まで付いているロッカーにそれらを仕舞って腰にタオルを巻いて、惜しみない湯気に満たされた、夜も遅いから人気のない温泉へと足を運んだのであった。

***

 幼馴染の二人で全身にお湯をかけて簡単に汚れを流し、良助の傷が心配だからとしっかり身体を洗う前にさっさと俺たちは石造りの露天風呂に浸かっている。

「うっわ良助。この温泉、トロトロしてる!!」
「ふぅっ、ああ……そうだな。なんていうか、日本に戻ったみたいだ」
「あはっ、本当に! 旅行に来たみたいだな!!」
「東京に帰れたら平太、二人で旅行にでも行こうか」
「それも良いなぁ。てか良助、怪我の具合は?」
「ん、ああ。傷口自体はだいぶん前から塞がっているし……不思議とフラフラするくらいで他は」
「その『フラフラ』が心配なんだって! ほらっ、傷口みせて?」

 湯船に入っているから勿論お互い裸で、でも幼馴染だしお風呂くらい一緒に入り慣れているし、だからどうということは、俺は感じていなかった。良助の、良く鍛えられた左腕を手に取って、じっくりマジマジと塞がった傷のあたりに目を凝らす。そこを指で撫ぜてみる。『はぁ』と良助の吐息に視線を上げる。

「確かに、傷はもう全然見えないな。シスターの回復魔法ってすごいね、良助」
「平太、」
「ん?」

 遠い森の奥から、幻魔の声が『ケケ』と微かに。良助の正面でフッと森の奥を見やった俺の、無防備な顎をぐいっと良助は掴んで持ち上げて、だから俺の垂れ目と良助の秀麗な細長の瞳がぱちっと合う。良助の両目は、何ていうか熱く蕩けている。

「ああ、なんだろう、俺がおかしいのかな、平太、なあ平太」
「えっ、な、ナニッ!? え、何この手、エッ!!?」
「お前、いつのまにそんなに、エロい身体に育ったんだ、」
「はっ」

 俺の声がひっくり返ったのを最後、何日か前の夜にシスターにそうされたように俺は、今度は(変なことを言っている)幼馴染の良助に、露天風呂の中で強引にキスをされてしまった、のであった。
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