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番外編①.愛しき日常とバイト視察
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「お兄ちゃん。じゃあ私、今日は先に行くね」
「ああ、いってらっしゃい」
「いってきます!」
俺たちが夏に懸けた、俺の妹である『高杉 響』が主演女優の映画『魔女との季節』は、結局学生映画コンクールでは惜しくも銀賞どまりであった。でも仕方ない。俺たちも授賞式で、金賞を取った映画を鑑賞したのだけれど、それがとんでもない、ロマンティシズムに溢れた美麗映像が続く学生映画の最高傑作と審査員に言わしめるほどの大作で、天才学生監督が作った代物だったのだ。ウチの映画は『金賞作品に比べると、インパクトがもう一つ』と言われてしまって部長はカンカンで、『何よ、将来覚えていなさいよ!』と審査員を威嚇していたものだ。
「はぁ、俺も仕度するか」
そんな授賞式より前から、俺と響はすでに二人の部屋を決めて、同居生活を始めている。食事に無頓着だった俺のために、響は毎日朝ごはんを作ってくれて、昼は大学で、夜はバイト先で賄うことが多いから一食だけだけれど妹の手料理を食べられる日々に、俺は何とも言えない幸せを感じている(弁当も作ってくれると言ってくれたが、それについては忙しい響に悪いから断った)。そう、俺は最近居酒屋でホールスタッフのバイトを始めたのだ。いつものパーマ頭に紺の三角巾を巻いて黒いTシャツにこちらも紺のエプロンをして、都内に何店かを構えるいわゆるチェーン店の一つで、週五日の二十一時から二十三時半まで。学生バイトは積極的に土日を休ませてくれるバイトだからそこは助かっているが、週五と言うのはなかなかどうして結構キツい。だけれど高杉のじいちゃんの手前、大学生活に甘えを見せるわけにもいかないから勉学の方もそこそこに、俺は今だって結構頑張っているつもりである。
「ねえ市原。私、あなたのこと、結構本気なの」
そんな頑張っている日々の最中、サークルの次の映画の打ち合わせを終えた部長が俺を引き止めて、そう真剣に呟いてきた。すぐには俺は彼女に答えられず、そのことは誰にも言っていないが、部長は『返事はいつでもいいわ、気長に待ってる』と言ってくれたからそちらには結構甘えていて、俺は一か月たった今でも部長と今まで通りに接して関係を誤魔化し続けている。
(……と、いうのも)
俺が男女交際に、才女でお嬢様で紛れもないイイ女の部長に告白されて戸惑ってしまう要因が、悪の権化がひとりいるのだ。それこそ俺と響の幼馴染で『お前たちが引っ越すんなら、俺も』といってそちらも大学近くで独り暮らしとバイトを始めたイケメン野郎の宇都木である。
『透、だって透は俺のモノで……俺のことが好きなんだよな?』
『ひえっ!? なっ、何言ってんだお前、誰が!!』
『酔っ払って俺にキスを強請るお前は、本当に可愛いよ。それって俺だけ特別だろ?』
宇都木は部長の前でそんなことを言ったから、俺は焦って否定はしたけど実際酔っ払ったときの自分のことは解らないから(そうなのかな?)と最近思い始めてしまっているのだ。宇都木は大学で、今までに増して俺と一緒にいることが多くなって、俺も宇都木と居ることが普通というか自然なことになっていて、バイト先は別々だから夜はそれぞれに行動しているけれど、宇都木はたまに俺のバイト先に一人で飲みに来る。ウチの居酒屋の常連で、しかも相当なイケメンだから俺の同僚バイトちゃんたちはみんな宇都木に夢中で、しかも宇都木が俺に馴れ馴れしくするから『お友達、イケメンすぎ! 良いなぁ市原くん』と何故か羨まれる始末である。
「よお、おはよう透」
「ふああ。ああ、おはよ」
アパートで仕度を終えて今日は午後からの講義で、大学の中ホールの中腹辺りに座っていたら、とりわけ目立つキラキラの宇都木が隣に座って挨拶してくる。欠伸をして返事をしたら笑われて、ごつい手の平でワシャワシャとパーマ頭を撫ぜられるからムッとする。
「むっ、やめろよ! セットが乱れる」
「それセットなのか? 寝ぐせみたいに見えたけど」
「おい、馬鹿にすんな。俺だって結構身形には気を遣ってるんだから」
「わかってるさ、嘘だよウソ。頭を撫ぜるための、ただの言い訳だ」
「……」
一重瞼でジト目になって、少し宇都木を睨んでから周りの様子を伺う。やっぱり、女子たちがきゃあきゃあと騒いでいるじゃないか。大学でも『宇都木が俺のことを好き』みたいな噂が流れ始めていて『宇都木LO♡E』隊だった女の子達がいつのまにか『宇都木くん頑張って』隊に変貌しているらしいし……なんなんだこれ、もしかして外堀を埋められている? と、俺は少し焦りを感じている。と、ふいに講義がまだ始まらないうちにスマホがなって、内容を確認するとバイト先でお世話になっているフリーターの加賀谷さんからのメッセージであった。
『お疲れ様です。市原くんにお願い! 土曜の夜にどうしても外せない用事が出来て、だから今日のシフトと土曜とシフトで代わってくれないかな?』
そういうことである。俺にだって特に土曜の夜には用事は無いから『大丈夫ですよ、わかりました』と返してスケジュールを確認、改訂していると、肘をついてつまらなそうにしていた宇都木が俺のスマホを覗き込んでいたらしい。
「なんだお前、今日のバイト休みになったの?」
「そうだよ……ってか、人の携帯を覗くな!」
「フーン、そうか。だったら透、俺は今日もバイトだから、たまには俺のバイト姿でも拝みに来いよ」
「はあ? なんで俺が」
「この俺のバーテンダー姿、見たくないか?」
宇都木は格好つけだから、いま本人が言った通りバイトは都内の小洒落たバーでバーテンダーをやっているのだ。別に見たくない、と言いたい所だけれどまあ、俺も今夜は暇になるし、いつも宇都木にばかり俺の働く姿を見られるのは癪だから、俺は『ふん』と鼻を鳴らしてそっぽを向いて、それでもニマニマしている宇都木のバイト先に、大学を終えて暫くした午後九時過ぎ、行ってみることにした。
***
本当は響も誘ってみたのだ。でも響は『私はまだ未成年だし、友達と約束があるから』と言って俺の誘いを断った。俺たちと映画撮影をして、過去を思い出した俺と暮らし始めて、響は確実に明るさを取り戻している。その証拠にいつも一人だった響が、大学の友達と遊びに出かけるなんて……兄としても喜ばしくて、おれには涙ぐましい思いである。
「……ここか」
行くだなんて言ってないのに宇都木から奴のバイト先の店名と住所のラインが来ていたから、それを頼りにウチの大学の近くの歓楽街にあるそのバーに、俺は夜な夜なやってきている。身形には気を遣っているし、マナー違反なんてことは無いと思うけれどまだ大学生で皆との飲みは専ら居酒屋ばかりの俺だから、一人と言うこともあって少し緊張してソワソワする。なんていうか大人の階段を一歩また昇るみたいだな。思って少し微笑んで、それから地下に続く階段を下りてガラス扉を通り抜けると、薄暗い照明に照らされたカウンターと、大人にカジュアルででも上品な空間がそこには広がっていた。
(うおお、あいつこんなトコで働いてんの?)
客層をチラ見してみるに、サラリーマンやOLなどの大人たちが多いし、こんな所で大学生バイトが馴染めるか普通。思ったけれど宇都木は普通に、むしろ馴染みまくって空間に溶け込むくらい自然にカウンターの奥でグラスを拭いていた。奴のイケメンも、このオシャレ空間では逆に自然であるから何だか悔しい。取りあえず宇都木の近くのカウンターに座って、そうしたらサッと俺の前にお通し? チャームと言うのか? のナッツ類が出てきて、顔を上げると『やっぱり来たか』とばかりに勝ち誇った顔の宇都木と目が合った。
「いらっしゃいませ。透、何から飲む?」
「あっ……えっと、軽いやつを何か適当に」
「甘い方が良いか?」
「お、おう」
そこまで喋るとマスターらしき小父様が宇都木に『お友達?』と聞いて『ええ、幼馴染です』とやり取りをしているのが聞こえた。俺の二つ隣にいた美人のOL風女性も『幼馴染、良いなぁ』と宇都木に絡んで話しかけていたが、俺が手持無沙汰にカウンターの奥を眺めている内、すぐにカクテルが一杯、宇都木の手ずから差し出される。
「映研の思い出に『オーガスタセブン』。度数も低いからお前でも潰れない」
「おい、一言余計だぞ!」
「キミ、お酒に弱いの?」
「えっ、あっ……すみません」
すぐに『どうして謝るの』と可笑しそうに笑う、二つ隣のロングヘアーの色っぽい女性に肩を竦めて、そしたら女性が一つ席を詰めてきたからドキッとする。
「キミ可愛いね。宇都木くんの幼馴染ってことは、大学生でしょう」
「はい」
「こういうバーは初めて? 緊張してるみたい、」
「あ、はは。まあ、そうですね。アイツが見に来いっていうから仕方なくっていうか」
「仲が良いのね」
真っ赤な『スカーレットオハラ』を嗜んでいるその女性は、流し目で俺を誘惑するように、しかしイケメンの宇都木の情報を俺から抜き出そうとしてくるのである。
「宇都木くんって、きっと大学でも人気でしょう」
「そりゃあもう、『親衛隊』みたいなものもあるくらいですよ」
「アハハッ、親衛隊! 学生っていいなぁ、私も昔を思い出しちゃう」
「はあ、」
「幼馴染って言うんなら、宇都木くんも君も、実家がここらへんなのかな」
「それは、」
答えようとして一瞬宇都木を見上げて、咎めるような視線にハッとする。『あはは』と言葉を濁すと女性は不満げに、別に質問を投げかけてくる。
「宇都木くんの小さい頃は、どんな子だった?」
「アイツ、小さい頃からすでにイケメンでしたよ」
「元々大人びた雰囲気だものね」
「近所の奥様方、お姉さま方も皆があいつに夢中で、だから……」
宇都木が選んでくれた、度数の低いカクテルでも俺には酔いが回ってきて、少しウトウトしてきた所で俺は思い出す。そうだった。女の人は皆で宇都木にちょっかいをかけて、宇都木が俺にしていたように、宇都木も女性に悪戯をされていたのを見たことがある。自分がされていたことを、あいつは俺にしていたのかもしれない。思うと複雑で、言葉を止めて仕事中でカクテルを作っている宇都木をじっと見つめてしまった。
「なんだ透。視線が熱烈」
「あっ……いや、」
「宇都木くんってば、今日は上機嫌ね。そんなにお友達が来てくれたのが嬉しいの?」
「笹野さんは、透に絡みすぎです。酔ってるんですか?」
「ふふ、そうだと言ったら介抱してくれる?」
「タクシーでも呼びましょうか」
「冷たいのね」
不貞腐れてカクテルを一気して、笹野さんは『もう一杯、同じもの』と宇都木に注文を付ける。宇都木は平気そうに『かしこまりました』と言ってカクテルの準備をまた始めるけれど、宇都木の奴……なんだ、年上にも今でも随分モテるんだな。思うと幼いころの思い出のこともあって、なんだかチリチリと胸が焦げた。
(きっと宇都木には、女性を『お持ち帰り』するのだって簡単なことなんだろうな)
「ああ、いってらっしゃい」
「いってきます!」
俺たちが夏に懸けた、俺の妹である『高杉 響』が主演女優の映画『魔女との季節』は、結局学生映画コンクールでは惜しくも銀賞どまりであった。でも仕方ない。俺たちも授賞式で、金賞を取った映画を鑑賞したのだけれど、それがとんでもない、ロマンティシズムに溢れた美麗映像が続く学生映画の最高傑作と審査員に言わしめるほどの大作で、天才学生監督が作った代物だったのだ。ウチの映画は『金賞作品に比べると、インパクトがもう一つ』と言われてしまって部長はカンカンで、『何よ、将来覚えていなさいよ!』と審査員を威嚇していたものだ。
「はぁ、俺も仕度するか」
そんな授賞式より前から、俺と響はすでに二人の部屋を決めて、同居生活を始めている。食事に無頓着だった俺のために、響は毎日朝ごはんを作ってくれて、昼は大学で、夜はバイト先で賄うことが多いから一食だけだけれど妹の手料理を食べられる日々に、俺は何とも言えない幸せを感じている(弁当も作ってくれると言ってくれたが、それについては忙しい響に悪いから断った)。そう、俺は最近居酒屋でホールスタッフのバイトを始めたのだ。いつものパーマ頭に紺の三角巾を巻いて黒いTシャツにこちらも紺のエプロンをして、都内に何店かを構えるいわゆるチェーン店の一つで、週五日の二十一時から二十三時半まで。学生バイトは積極的に土日を休ませてくれるバイトだからそこは助かっているが、週五と言うのはなかなかどうして結構キツい。だけれど高杉のじいちゃんの手前、大学生活に甘えを見せるわけにもいかないから勉学の方もそこそこに、俺は今だって結構頑張っているつもりである。
「ねえ市原。私、あなたのこと、結構本気なの」
そんな頑張っている日々の最中、サークルの次の映画の打ち合わせを終えた部長が俺を引き止めて、そう真剣に呟いてきた。すぐには俺は彼女に答えられず、そのことは誰にも言っていないが、部長は『返事はいつでもいいわ、気長に待ってる』と言ってくれたからそちらには結構甘えていて、俺は一か月たった今でも部長と今まで通りに接して関係を誤魔化し続けている。
(……と、いうのも)
俺が男女交際に、才女でお嬢様で紛れもないイイ女の部長に告白されて戸惑ってしまう要因が、悪の権化がひとりいるのだ。それこそ俺と響の幼馴染で『お前たちが引っ越すんなら、俺も』といってそちらも大学近くで独り暮らしとバイトを始めたイケメン野郎の宇都木である。
『透、だって透は俺のモノで……俺のことが好きなんだよな?』
『ひえっ!? なっ、何言ってんだお前、誰が!!』
『酔っ払って俺にキスを強請るお前は、本当に可愛いよ。それって俺だけ特別だろ?』
宇都木は部長の前でそんなことを言ったから、俺は焦って否定はしたけど実際酔っ払ったときの自分のことは解らないから(そうなのかな?)と最近思い始めてしまっているのだ。宇都木は大学で、今までに増して俺と一緒にいることが多くなって、俺も宇都木と居ることが普通というか自然なことになっていて、バイト先は別々だから夜はそれぞれに行動しているけれど、宇都木はたまに俺のバイト先に一人で飲みに来る。ウチの居酒屋の常連で、しかも相当なイケメンだから俺の同僚バイトちゃんたちはみんな宇都木に夢中で、しかも宇都木が俺に馴れ馴れしくするから『お友達、イケメンすぎ! 良いなぁ市原くん』と何故か羨まれる始末である。
「よお、おはよう透」
「ふああ。ああ、おはよ」
アパートで仕度を終えて今日は午後からの講義で、大学の中ホールの中腹辺りに座っていたら、とりわけ目立つキラキラの宇都木が隣に座って挨拶してくる。欠伸をして返事をしたら笑われて、ごつい手の平でワシャワシャとパーマ頭を撫ぜられるからムッとする。
「むっ、やめろよ! セットが乱れる」
「それセットなのか? 寝ぐせみたいに見えたけど」
「おい、馬鹿にすんな。俺だって結構身形には気を遣ってるんだから」
「わかってるさ、嘘だよウソ。頭を撫ぜるための、ただの言い訳だ」
「……」
一重瞼でジト目になって、少し宇都木を睨んでから周りの様子を伺う。やっぱり、女子たちがきゃあきゃあと騒いでいるじゃないか。大学でも『宇都木が俺のことを好き』みたいな噂が流れ始めていて『宇都木LO♡E』隊だった女の子達がいつのまにか『宇都木くん頑張って』隊に変貌しているらしいし……なんなんだこれ、もしかして外堀を埋められている? と、俺は少し焦りを感じている。と、ふいに講義がまだ始まらないうちにスマホがなって、内容を確認するとバイト先でお世話になっているフリーターの加賀谷さんからのメッセージであった。
『お疲れ様です。市原くんにお願い! 土曜の夜にどうしても外せない用事が出来て、だから今日のシフトと土曜とシフトで代わってくれないかな?』
そういうことである。俺にだって特に土曜の夜には用事は無いから『大丈夫ですよ、わかりました』と返してスケジュールを確認、改訂していると、肘をついてつまらなそうにしていた宇都木が俺のスマホを覗き込んでいたらしい。
「なんだお前、今日のバイト休みになったの?」
「そうだよ……ってか、人の携帯を覗くな!」
「フーン、そうか。だったら透、俺は今日もバイトだから、たまには俺のバイト姿でも拝みに来いよ」
「はあ? なんで俺が」
「この俺のバーテンダー姿、見たくないか?」
宇都木は格好つけだから、いま本人が言った通りバイトは都内の小洒落たバーでバーテンダーをやっているのだ。別に見たくない、と言いたい所だけれどまあ、俺も今夜は暇になるし、いつも宇都木にばかり俺の働く姿を見られるのは癪だから、俺は『ふん』と鼻を鳴らしてそっぽを向いて、それでもニマニマしている宇都木のバイト先に、大学を終えて暫くした午後九時過ぎ、行ってみることにした。
***
本当は響も誘ってみたのだ。でも響は『私はまだ未成年だし、友達と約束があるから』と言って俺の誘いを断った。俺たちと映画撮影をして、過去を思い出した俺と暮らし始めて、響は確実に明るさを取り戻している。その証拠にいつも一人だった響が、大学の友達と遊びに出かけるなんて……兄としても喜ばしくて、おれには涙ぐましい思いである。
「……ここか」
行くだなんて言ってないのに宇都木から奴のバイト先の店名と住所のラインが来ていたから、それを頼りにウチの大学の近くの歓楽街にあるそのバーに、俺は夜な夜なやってきている。身形には気を遣っているし、マナー違反なんてことは無いと思うけれどまだ大学生で皆との飲みは専ら居酒屋ばかりの俺だから、一人と言うこともあって少し緊張してソワソワする。なんていうか大人の階段を一歩また昇るみたいだな。思って少し微笑んで、それから地下に続く階段を下りてガラス扉を通り抜けると、薄暗い照明に照らされたカウンターと、大人にカジュアルででも上品な空間がそこには広がっていた。
(うおお、あいつこんなトコで働いてんの?)
客層をチラ見してみるに、サラリーマンやOLなどの大人たちが多いし、こんな所で大学生バイトが馴染めるか普通。思ったけれど宇都木は普通に、むしろ馴染みまくって空間に溶け込むくらい自然にカウンターの奥でグラスを拭いていた。奴のイケメンも、このオシャレ空間では逆に自然であるから何だか悔しい。取りあえず宇都木の近くのカウンターに座って、そうしたらサッと俺の前にお通し? チャームと言うのか? のナッツ類が出てきて、顔を上げると『やっぱり来たか』とばかりに勝ち誇った顔の宇都木と目が合った。
「いらっしゃいませ。透、何から飲む?」
「あっ……えっと、軽いやつを何か適当に」
「甘い方が良いか?」
「お、おう」
そこまで喋るとマスターらしき小父様が宇都木に『お友達?』と聞いて『ええ、幼馴染です』とやり取りをしているのが聞こえた。俺の二つ隣にいた美人のOL風女性も『幼馴染、良いなぁ』と宇都木に絡んで話しかけていたが、俺が手持無沙汰にカウンターの奥を眺めている内、すぐにカクテルが一杯、宇都木の手ずから差し出される。
「映研の思い出に『オーガスタセブン』。度数も低いからお前でも潰れない」
「おい、一言余計だぞ!」
「キミ、お酒に弱いの?」
「えっ、あっ……すみません」
すぐに『どうして謝るの』と可笑しそうに笑う、二つ隣のロングヘアーの色っぽい女性に肩を竦めて、そしたら女性が一つ席を詰めてきたからドキッとする。
「キミ可愛いね。宇都木くんの幼馴染ってことは、大学生でしょう」
「はい」
「こういうバーは初めて? 緊張してるみたい、」
「あ、はは。まあ、そうですね。アイツが見に来いっていうから仕方なくっていうか」
「仲が良いのね」
真っ赤な『スカーレットオハラ』を嗜んでいるその女性は、流し目で俺を誘惑するように、しかしイケメンの宇都木の情報を俺から抜き出そうとしてくるのである。
「宇都木くんって、きっと大学でも人気でしょう」
「そりゃあもう、『親衛隊』みたいなものもあるくらいですよ」
「アハハッ、親衛隊! 学生っていいなぁ、私も昔を思い出しちゃう」
「はあ、」
「幼馴染って言うんなら、宇都木くんも君も、実家がここらへんなのかな」
「それは、」
答えようとして一瞬宇都木を見上げて、咎めるような視線にハッとする。『あはは』と言葉を濁すと女性は不満げに、別に質問を投げかけてくる。
「宇都木くんの小さい頃は、どんな子だった?」
「アイツ、小さい頃からすでにイケメンでしたよ」
「元々大人びた雰囲気だものね」
「近所の奥様方、お姉さま方も皆があいつに夢中で、だから……」
宇都木が選んでくれた、度数の低いカクテルでも俺には酔いが回ってきて、少しウトウトしてきた所で俺は思い出す。そうだった。女の人は皆で宇都木にちょっかいをかけて、宇都木が俺にしていたように、宇都木も女性に悪戯をされていたのを見たことがある。自分がされていたことを、あいつは俺にしていたのかもしれない。思うと複雑で、言葉を止めて仕事中でカクテルを作っている宇都木をじっと見つめてしまった。
「なんだ透。視線が熱烈」
「あっ……いや、」
「宇都木くんってば、今日は上機嫌ね。そんなにお友達が来てくれたのが嬉しいの?」
「笹野さんは、透に絡みすぎです。酔ってるんですか?」
「ふふ、そうだと言ったら介抱してくれる?」
「タクシーでも呼びましょうか」
「冷たいのね」
不貞腐れてカクテルを一気して、笹野さんは『もう一杯、同じもの』と宇都木に注文を付ける。宇都木は平気そうに『かしこまりました』と言ってカクテルの準備をまた始めるけれど、宇都木の奴……なんだ、年上にも今でも随分モテるんだな。思うと幼いころの思い出のこともあって、なんだかチリチリと胸が焦げた。
(きっと宇都木には、女性を『お持ち帰り』するのだって簡単なことなんだろうな)
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