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6.罰ゲーム
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普段だったらこの映研、撮影あとは酒盛りが始まるのだが今日は明日も早いからということで、午後九時には各自の部屋へと解散になったのだ。移動と撮影と、海遊びでの疲れで同室の安来先輩はすぐにベッドで眠りについてしまって、だから俺も明日に備えて眠ろうと、隣のベッドに潜り込んだのだが……、
「ぐがー、ぐがー!」
(……本当に、うるさい)
安来先輩が事前申告していた『結構うるさい』レベルではない。これは隣の部屋にも響いているんじゃないかと言うくらいの大いびきが、俺と安来先輩のベッドルームに響いているのだ。俺だって船酔いもあり、結構疲れているのにこれでは眠れたものではない。部屋を出て、どこか適当なソファーでも探してそこで眠ろうと屋敷をウロウロしていると、ちょうど食堂の方から出てきた一人部屋で良いご身分の主演俳優・宇都木と鉢合わせた。時刻はこの時、すでに午前十二時だ。
「何だ宇都木。まだ寝てなかったのか?」
「市原こそ、こんな時間に独りでウロウロして、徘徊癖かよ」
宇都木の憎まれ口は置いておいて俺たちは何となく並んで歩いて、ふと宇都木の手にジントニックの瓶があることに気が付く。横目でそれを眺めながら俺は答える。
「いや、それが。安来先輩のいびきが異常にうるさくて、眠れなくてだな」
「ああ、あのマッチョ先輩か。ふはっ、イメージ通りだな。お前、わかってて部長に嵌められたんじゃねえの?」
「そんなこと、ありえな……くも、ないなぁ」
部長の高笑いを思い出して額を押さえて『はー』と息をつく。そんな内に俺の部屋とは二つ隣の、宇都木の部屋の前に辿り着いた様子。宇都木は紳士的に、先に扉を開けてから顎を上げて、
「その分じゃ、行くところもないんだろ。俺の部屋で良ければ、ベッドは一つだけど快適だぜ?」
「おお、ソファーもあるじゃん」
「ああ、俺だけこんないい部屋で皆に悪いな」
お目当てのソファーと空調の整った部屋を見つけて、俺はと言うと大満足だ。『お邪魔します』と部屋にササっと侵入しては、『ソファー借りるぞ』と言ってふかふかの赤いソファーに腰かける。
「じゃあ宇都木、俺は今日からここで寝させてもらうぜ」
「うん、良いけどその前に……市原」
意味ありげに宇都木が俺の隣に座ってきて、耳元にそのイケメン顔を近づけてくるから気色悪くて俺は身を引く。くく、と宇都木の喉がなって『忘れたのか?』とまた意味ありげな台詞だ。
「忘れた、って何を」
「……昼間のビーチバレー対決の、罰ゲーム」
「あっ」
「本当は、自分で飲むつもりで執事さんからもらってきたんだけどコレ。罰として市原がイッキな」
「ジンを? 俺、結構酒に弱いんだけど」
「罰なんだからそれでも飲めよ。ほら、いーちはらくんの、ちょっと良いトコ見てみたーい?」
「チッ、仕方ない。それ、飲んだらすぐに寝るからな」
「ほら、イッキ、イッキ」
捻るタイプの封を開けて、俺は一重瞼のジト目で一度宇都木を睨んで、それからぐいっと言われた通りジントニックをイッキした。飲んでいる最中から、俺の頭はくらくらしてきて、顔も熱くなってふらふらになって、全部飲み干した頃にはあろうことか、俺は良く鍛えてある宇都木の肩にパーマのかかったその頭をもたげてしまっていた。
「はぁ……ふぅっ」
「アハハ、即効性ってやつ? おれがお前に、イケナイ薬でも盛ったみたいじゃん」
「宇都木ぃ、ふはぁ、明日も早いんだからぁ、お前も早く寝ろ!」
「解ってるよ、そういうんなら退けてくれ」
「部長の映画はなぁ、凄いんだぞ? 今まで賞を獲れていないのが不思議なくらいで、」
「聞いてるのか? 市原は絡み酒か、」
「あの人、普段はああいう我が儘お嬢様を気取ってるけど、本当に気の利く人でな? だから安来先輩も、部長に心酔してるんだよぉ」
「……聞いてない、か。市原、良い子だから早く寝ろ」
ゴロゴロとらしくなく、猫みたいに宇都木の肩に擦り付けている俺の頭を宇都木が撫でてくれるから気持ちいい。『へへ』と笑って親代わりのおじいちゃんおばあちゃんに甘えている気分になって、トロンとした一重でじっと宇都木を見上げて俺は、呟いた。
「なあ、もっと撫でて」
瞬間、宇都木の細長い二重がメラっと燃えたのだ。酔っている俺には解らないけれど、そのまま俺は、宇都木に腰を抱かれて立たされて、フラフラの足取りのままベッドへと移動させられる。体格差だってそんなに無いし、俺もそんなに細いわけでもないのに宇都木はそれでもやっぱり良く良く鍛えているらしい。ドサッとベッドに俺は放り投げられたから、酔いのグルグルもあってアトラクション気分で『アハハ』と笑ったのだが、次には宇都木に覆い被さられていた。
「ふへ?」
「市原お前……映研では随分と、女にモテてるようだな」
「? 女にモテて? はぁ、俺がいったい誰にモテてるんだよぉ」
「煩い口だ、」
覆い被さった宇津木に顎を持ち上げられて、それでも危機感のない俺は、そのまま顔を傾けた宇都木に、ぐいっと深く口付けられてしまっていた。
「ふぅっ? んっ……」
吐息を漏らすおれとは別に、宇都木は一言も喋らず息も潜めて、俺の口内を奴の舌で蹂躙する。ぬる、ちゅ、とみんなが寝静まった静かな屋敷の一室にキスの水音が小さく響いて、わけもわからずでも俺は気持ちよくって、宇都木の後ろ頭に腕を回して宇都木を引き寄せた。そのまま暫く俺たちは、意味不明に男同士でディープキスを続ける。男同士なのに、別にそんなに仲が良いわけでもないのに、知り合ったばかりの男に甘えて舌を絡める酔っ払いの俺にも宇都木は無表情で、奴が俺に受け入れられることを喜んでいるのか怒っているのか、こんな俺にはどっちなのか分かりもしない。
「ぷぁっ、」
どれくらい経ったのか、一分以上はそうしていたが、不意に宇都木が俺の頭を撫ぜ、回していた腕を外させて、俺のB級ヅラから奴のイケメンを、舌を離していく。銀の糸が伝って切れて、それを皮切り、酔っている俺は物凄い眠気に襲われて、ウトウトとその一重瞼を揺らし始める。
「お前さ、」
「……はぁ、ふ、」
甘い声で、いいや冷たい声か? 良く解らない。宇都木の考えていることは、本当に良く解らない。
「『響のこと』、どう思ってるんだ」
眠たい頭に宇都木の台詞がグルグル回る。『響のこと』? 響ちゃんのこと? お前のこと、じゃなくて??? どうしてここであの美女が出てくるんだ。響ちゃんは、ウチの主演女優で、とても可愛くて、俺が守らなきゃいけない女の子で、あれ? おれはどうして響ちゃんを守らなきゃいけないんだろう。
「ふぁ」
欠伸が出る。俺は本格的に眠りに入る。罰ゲームと称して俺は宇都木に酒を盛られて、ベッドに縫い付けられて深いキスをされて、男同士なのに、知り合って間もないのに、俳優とスタッフなのに、俺たちは恋人同士みたいなキスをして……でもそのまま、間抜けな俺は宇都木の部屋のベッドで『すう』と眠りについた。こちらは酔っていない、はっきりした頭の宇都木が俺の上から退けて立ち上がる。眠っている俺を見下ろして、口元に触れて眉を上げて変な顔をする。
「これでも市原、お前は何も思い出さないのかよ」
こんなことをされてまで……俺は一体、何を思い出さなきゃいけないんだろう。深く眠っている俺には、そんな疑問さえまだ浮かばない。宇都木はベッド脇のタオルケットをそっと俺にかけてから、奴は主演俳優なのに、ここは奴の部屋なのに、さっき俺が眠ろうとしたソファーの方に歩んで寝転んで、そこでもって眠りについた。
***
次の日の朝も、孤島には雨が降り続いている。
「市原、心配したぞ。どこに行っていたんだ?」
「ああ……先輩。ちょっとええ、宇都木の部屋に」
朝食の席で宇都木とは逆隣の安来先輩(スッキリよく眠ったようだ)にそう問われて、ガンガンする頭で俺は小さくそう答える。
(確か昨日は、安来先輩のいびきから逃げて宇都木の部屋のソファーを借りようとして、そうしたら『罰ゲーム』とかいってジンを飲まされて、)
そこまでしか覚えていない。そう、俺の頭は『都合の悪いことは忘れるようにできている』のだ。昔からそうだった。おじいちゃんとおばあちゃんにも『透は昔とても細くて小さくて、同級生に揶揄われていたのよ』と聞いては『そうだったっけ?』というくらいに。俺には幼いころに記憶がない。でも別にそれも人間的に普通というか、別に日常に支障をきたすわけでもないしで気にしたことは無かった。皆そんなもんだろう、と、そういう思考で俺は自分の記憶の曖昧さを気にせず、のうのうと生きてきた。朝食のパンにバターを塗って、でも食べる気になれなくて牛乳を飲んでいると、俺の険しい表情に気が付いた向かいの席の響ちゃんが声をかけてくる。
「市原さん、どうしたんですか? 全然食べていないじゃないですか」
「響ちゃん、ちょっとね……二日酔いで」
「二日酔い? 昨日は皆、お酒も飲まずに部屋に切り上げたのに」
「宇都木の部屋に行ったんだ。そこでちょっと飲まされて」
「宇都木さんの部屋に?」
そこまで言うと響ちゃんは、大きな瞳を釣り上げて俺の隣でロールパンを千切っている宇都木を睨んでみせた。
「宇都木さん、市原さんに何させたんですか」
「相変わらず人聞きの悪い。昼間の対決の、ちょっとした罰ゲームだって」
「市原さんは『飲まされた』って!!」
「ジントニックを一本だよ、大した量じゃない」
響ちゃんを鼻で笑ってパン切れを口に含んで『美味い、』と呟く宇都木に気が付いて、今度は(今日はボブヘアーを一つ縛りにした)部長が『あら?』と俺の顔をジロジロ眺めてくる。
「市原がお酒を一本丸々飲むなんて、凄いじゃない! アンタは飲み会でも、ビールの一杯ででろんでろんに酔っ払うくらいなのに」
「うう、それでもって入部届にサインさせられたことは、忘れてませんよ」
「アハッ、良いじゃないの。今じゃ市原だって、映研の活動が楽しいでしょう?」
「もちろん。それはそうですが……」
にらみ合っているというか、一方的に響ちゃんが宇都木を睨んで威嚇して、俺と部長が会話をしている間に皆が食事を切り上げだす。俺は結局パンを一口も食べず牛乳だけで胃袋を満たして、それでも時間だからと同じく食事を切り上げた。
「本当は、今日は島の素材撮影の予定だったんだけど。外はこんな天気だし、室内撮影を前倒ししましょう」
「「「はいっ」」」
「響ちゃんはメイクと着替え、宇都木くんもちゃっちゃとメイクしてもらって。市原、パソコンの準備をお願い」
「はい、わかりました」
機材の準備に俺が移動しようとしたところ、通り過ぎかけた宇都木に肩を掴まれて、俺はまんまと立ち止まらされた。宇都木はいつもの上っ面の笑顔で俺に問う。
「お前、昨日のことも全然覚えてないのな」
「? 飲まされたことをか???」
「ふふん。そのお天気頭じゃ確かに仕方ないか」
「『お天気頭』ってどういう意味だよ!」
「そのままの意味」
喉を鳴らして宇都木はメイクさんに向きなおして『すみません、お願いします』と簡単なメイクを再開する。俺はと言うとなんだか胸がモダモダするものの、しかし自分の仕事があるからそれは放り投げたまま、部長に言われた撮影用のパソコンの設定に走ったのであった。
「ぐがー、ぐがー!」
(……本当に、うるさい)
安来先輩が事前申告していた『結構うるさい』レベルではない。これは隣の部屋にも響いているんじゃないかと言うくらいの大いびきが、俺と安来先輩のベッドルームに響いているのだ。俺だって船酔いもあり、結構疲れているのにこれでは眠れたものではない。部屋を出て、どこか適当なソファーでも探してそこで眠ろうと屋敷をウロウロしていると、ちょうど食堂の方から出てきた一人部屋で良いご身分の主演俳優・宇都木と鉢合わせた。時刻はこの時、すでに午前十二時だ。
「何だ宇都木。まだ寝てなかったのか?」
「市原こそ、こんな時間に独りでウロウロして、徘徊癖かよ」
宇都木の憎まれ口は置いておいて俺たちは何となく並んで歩いて、ふと宇都木の手にジントニックの瓶があることに気が付く。横目でそれを眺めながら俺は答える。
「いや、それが。安来先輩のいびきが異常にうるさくて、眠れなくてだな」
「ああ、あのマッチョ先輩か。ふはっ、イメージ通りだな。お前、わかってて部長に嵌められたんじゃねえの?」
「そんなこと、ありえな……くも、ないなぁ」
部長の高笑いを思い出して額を押さえて『はー』と息をつく。そんな内に俺の部屋とは二つ隣の、宇都木の部屋の前に辿り着いた様子。宇都木は紳士的に、先に扉を開けてから顎を上げて、
「その分じゃ、行くところもないんだろ。俺の部屋で良ければ、ベッドは一つだけど快適だぜ?」
「おお、ソファーもあるじゃん」
「ああ、俺だけこんないい部屋で皆に悪いな」
お目当てのソファーと空調の整った部屋を見つけて、俺はと言うと大満足だ。『お邪魔します』と部屋にササっと侵入しては、『ソファー借りるぞ』と言ってふかふかの赤いソファーに腰かける。
「じゃあ宇都木、俺は今日からここで寝させてもらうぜ」
「うん、良いけどその前に……市原」
意味ありげに宇都木が俺の隣に座ってきて、耳元にそのイケメン顔を近づけてくるから気色悪くて俺は身を引く。くく、と宇都木の喉がなって『忘れたのか?』とまた意味ありげな台詞だ。
「忘れた、って何を」
「……昼間のビーチバレー対決の、罰ゲーム」
「あっ」
「本当は、自分で飲むつもりで執事さんからもらってきたんだけどコレ。罰として市原がイッキな」
「ジンを? 俺、結構酒に弱いんだけど」
「罰なんだからそれでも飲めよ。ほら、いーちはらくんの、ちょっと良いトコ見てみたーい?」
「チッ、仕方ない。それ、飲んだらすぐに寝るからな」
「ほら、イッキ、イッキ」
捻るタイプの封を開けて、俺は一重瞼のジト目で一度宇都木を睨んで、それからぐいっと言われた通りジントニックをイッキした。飲んでいる最中から、俺の頭はくらくらしてきて、顔も熱くなってふらふらになって、全部飲み干した頃にはあろうことか、俺は良く鍛えてある宇都木の肩にパーマのかかったその頭をもたげてしまっていた。
「はぁ……ふぅっ」
「アハハ、即効性ってやつ? おれがお前に、イケナイ薬でも盛ったみたいじゃん」
「宇都木ぃ、ふはぁ、明日も早いんだからぁ、お前も早く寝ろ!」
「解ってるよ、そういうんなら退けてくれ」
「部長の映画はなぁ、凄いんだぞ? 今まで賞を獲れていないのが不思議なくらいで、」
「聞いてるのか? 市原は絡み酒か、」
「あの人、普段はああいう我が儘お嬢様を気取ってるけど、本当に気の利く人でな? だから安来先輩も、部長に心酔してるんだよぉ」
「……聞いてない、か。市原、良い子だから早く寝ろ」
ゴロゴロとらしくなく、猫みたいに宇都木の肩に擦り付けている俺の頭を宇都木が撫でてくれるから気持ちいい。『へへ』と笑って親代わりのおじいちゃんおばあちゃんに甘えている気分になって、トロンとした一重でじっと宇都木を見上げて俺は、呟いた。
「なあ、もっと撫でて」
瞬間、宇都木の細長い二重がメラっと燃えたのだ。酔っている俺には解らないけれど、そのまま俺は、宇都木に腰を抱かれて立たされて、フラフラの足取りのままベッドへと移動させられる。体格差だってそんなに無いし、俺もそんなに細いわけでもないのに宇都木はそれでもやっぱり良く良く鍛えているらしい。ドサッとベッドに俺は放り投げられたから、酔いのグルグルもあってアトラクション気分で『アハハ』と笑ったのだが、次には宇都木に覆い被さられていた。
「ふへ?」
「市原お前……映研では随分と、女にモテてるようだな」
「? 女にモテて? はぁ、俺がいったい誰にモテてるんだよぉ」
「煩い口だ、」
覆い被さった宇津木に顎を持ち上げられて、それでも危機感のない俺は、そのまま顔を傾けた宇都木に、ぐいっと深く口付けられてしまっていた。
「ふぅっ? んっ……」
吐息を漏らすおれとは別に、宇都木は一言も喋らず息も潜めて、俺の口内を奴の舌で蹂躙する。ぬる、ちゅ、とみんなが寝静まった静かな屋敷の一室にキスの水音が小さく響いて、わけもわからずでも俺は気持ちよくって、宇都木の後ろ頭に腕を回して宇都木を引き寄せた。そのまま暫く俺たちは、意味不明に男同士でディープキスを続ける。男同士なのに、別にそんなに仲が良いわけでもないのに、知り合ったばかりの男に甘えて舌を絡める酔っ払いの俺にも宇都木は無表情で、奴が俺に受け入れられることを喜んでいるのか怒っているのか、こんな俺にはどっちなのか分かりもしない。
「ぷぁっ、」
どれくらい経ったのか、一分以上はそうしていたが、不意に宇都木が俺の頭を撫ぜ、回していた腕を外させて、俺のB級ヅラから奴のイケメンを、舌を離していく。銀の糸が伝って切れて、それを皮切り、酔っている俺は物凄い眠気に襲われて、ウトウトとその一重瞼を揺らし始める。
「お前さ、」
「……はぁ、ふ、」
甘い声で、いいや冷たい声か? 良く解らない。宇都木の考えていることは、本当に良く解らない。
「『響のこと』、どう思ってるんだ」
眠たい頭に宇都木の台詞がグルグル回る。『響のこと』? 響ちゃんのこと? お前のこと、じゃなくて??? どうしてここであの美女が出てくるんだ。響ちゃんは、ウチの主演女優で、とても可愛くて、俺が守らなきゃいけない女の子で、あれ? おれはどうして響ちゃんを守らなきゃいけないんだろう。
「ふぁ」
欠伸が出る。俺は本格的に眠りに入る。罰ゲームと称して俺は宇都木に酒を盛られて、ベッドに縫い付けられて深いキスをされて、男同士なのに、知り合って間もないのに、俳優とスタッフなのに、俺たちは恋人同士みたいなキスをして……でもそのまま、間抜けな俺は宇都木の部屋のベッドで『すう』と眠りについた。こちらは酔っていない、はっきりした頭の宇都木が俺の上から退けて立ち上がる。眠っている俺を見下ろして、口元に触れて眉を上げて変な顔をする。
「これでも市原、お前は何も思い出さないのかよ」
こんなことをされてまで……俺は一体、何を思い出さなきゃいけないんだろう。深く眠っている俺には、そんな疑問さえまだ浮かばない。宇都木はベッド脇のタオルケットをそっと俺にかけてから、奴は主演俳優なのに、ここは奴の部屋なのに、さっき俺が眠ろうとしたソファーの方に歩んで寝転んで、そこでもって眠りについた。
***
次の日の朝も、孤島には雨が降り続いている。
「市原、心配したぞ。どこに行っていたんだ?」
「ああ……先輩。ちょっとええ、宇都木の部屋に」
朝食の席で宇都木とは逆隣の安来先輩(スッキリよく眠ったようだ)にそう問われて、ガンガンする頭で俺は小さくそう答える。
(確か昨日は、安来先輩のいびきから逃げて宇都木の部屋のソファーを借りようとして、そうしたら『罰ゲーム』とかいってジンを飲まされて、)
そこまでしか覚えていない。そう、俺の頭は『都合の悪いことは忘れるようにできている』のだ。昔からそうだった。おじいちゃんとおばあちゃんにも『透は昔とても細くて小さくて、同級生に揶揄われていたのよ』と聞いては『そうだったっけ?』というくらいに。俺には幼いころに記憶がない。でも別にそれも人間的に普通というか、別に日常に支障をきたすわけでもないしで気にしたことは無かった。皆そんなもんだろう、と、そういう思考で俺は自分の記憶の曖昧さを気にせず、のうのうと生きてきた。朝食のパンにバターを塗って、でも食べる気になれなくて牛乳を飲んでいると、俺の険しい表情に気が付いた向かいの席の響ちゃんが声をかけてくる。
「市原さん、どうしたんですか? 全然食べていないじゃないですか」
「響ちゃん、ちょっとね……二日酔いで」
「二日酔い? 昨日は皆、お酒も飲まずに部屋に切り上げたのに」
「宇都木の部屋に行ったんだ。そこでちょっと飲まされて」
「宇都木さんの部屋に?」
そこまで言うと響ちゃんは、大きな瞳を釣り上げて俺の隣でロールパンを千切っている宇都木を睨んでみせた。
「宇都木さん、市原さんに何させたんですか」
「相変わらず人聞きの悪い。昼間の対決の、ちょっとした罰ゲームだって」
「市原さんは『飲まされた』って!!」
「ジントニックを一本だよ、大した量じゃない」
響ちゃんを鼻で笑ってパン切れを口に含んで『美味い、』と呟く宇都木に気が付いて、今度は(今日はボブヘアーを一つ縛りにした)部長が『あら?』と俺の顔をジロジロ眺めてくる。
「市原がお酒を一本丸々飲むなんて、凄いじゃない! アンタは飲み会でも、ビールの一杯ででろんでろんに酔っ払うくらいなのに」
「うう、それでもって入部届にサインさせられたことは、忘れてませんよ」
「アハッ、良いじゃないの。今じゃ市原だって、映研の活動が楽しいでしょう?」
「もちろん。それはそうですが……」
にらみ合っているというか、一方的に響ちゃんが宇都木を睨んで威嚇して、俺と部長が会話をしている間に皆が食事を切り上げだす。俺は結局パンを一口も食べず牛乳だけで胃袋を満たして、それでも時間だからと同じく食事を切り上げた。
「本当は、今日は島の素材撮影の予定だったんだけど。外はこんな天気だし、室内撮影を前倒ししましょう」
「「「はいっ」」」
「響ちゃんはメイクと着替え、宇都木くんもちゃっちゃとメイクしてもらって。市原、パソコンの準備をお願い」
「はい、わかりました」
機材の準備に俺が移動しようとしたところ、通り過ぎかけた宇都木に肩を掴まれて、俺はまんまと立ち止まらされた。宇都木はいつもの上っ面の笑顔で俺に問う。
「お前、昨日のことも全然覚えてないのな」
「? 飲まされたことをか???」
「ふふん。そのお天気頭じゃ確かに仕方ないか」
「『お天気頭』ってどういう意味だよ!」
「そのままの意味」
喉を鳴らして宇都木はメイクさんに向きなおして『すみません、お願いします』と簡単なメイクを再開する。俺はと言うとなんだか胸がモダモダするものの、しかし自分の仕事があるからそれは放り投げたまま、部長に言われた撮影用のパソコンの設定に走ったのであった。
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