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第4章 シャルマ帝国編

第60話 水面下

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 ---シャルマ帝国某所---

 フードを深くかぶった3人がこの日もテーブルを囲んでいた。

「コパ、調査の方は進んでいるか?」

 ひときわ大きな男が、対照的に異常なまでに小柄な男に訊ねた。

「少し、進んだ。ハズール、魔法、使った。商人、言ってた」

 コパと呼ばれた小柄な男は、たどたどしい言葉で答えた。

「魔法?」

「そう、男と女、爆裂砲防ぎ、船吹き飛ばした」

「ハハッ、待て待て。いくら魔法でもそれだけのことは簡単にはできんだろ?」

 大柄な男が呆れたようにコパに返すと、もう一人のフードの男が間に割って入った。

「いや、グラハム。ハズールには賢者などと呼ばれている魔法の使い手がいると聞く……確か賢者が男で、その弟子が女だったはずだ……」

「ほう……それが事実であれば、やはりハズールの攻略は一筋縄ではいかんか……しかしそれほどの猛者であれば一度手合わせしてみたいものだな」

 グラハムはまるで相手が強力であることを楽しんでいるかのようだった。

「まったく忌々しい限りだ。ハズールの栄光などもはや過去のおとぎ話に過ぎんというのに……」

「ところでイヴァン、そっちの計画はどうだ?」

「うむ……こちらはまずまずの進捗だ。反戦派の貴族も残りわずか、それらを失脚させれば全会一致で開戦に踏みきれる」

「そうか……しかし奴らはハズールの平和主義などという寝ぼけた思想を未だに大事にしている異常者だ。うっかりハズールと内通などされんようにしっかり目を光らせておくのだ」

「分かっている……では、私は仕事に戻るとするよ」

「コパも、もどる」

 そしてイヴァンとコパが席を立った。

「あぁ、ではまた。帝国に栄光あれ」

「「帝国に栄光あれ」」

 2人のいなくなった室内にグラハムだけがひとり残っていた。

「魔法使いだと……面白い。この俺の豪剣とどちらが上か……ククク……」

 彼は暗い室内で不気味に嗤った。

◇◆◇◆◇

 ---ハズール王国王城---

「カストルよ……シャルマの件、その後何か情報はあったかのう?」

「……今のところはほとんど無いな。少し前に皇帝が代わった頃からちょうど海賊騒ぎもあり、ハズールとの国交は途絶えておった。最近はブルドーのところで細々と交易があった程度だ」

 カストルの執務室ではブルドー公爵から届けられたシャルマ帝国の件について議論が行われていた。

「アルフレド、お前の方は例の『爆裂砲』についてなにか分かったか?」

「うむ……ブルドー殿から送られた爆裂砲1基と砲弾1発を解体してみたが、アレは魔道具ではなさそうだ。かなり純度の高い爆薬を砲の中で爆発させ、その力で同じく爆薬の詰まった砲弾を飛ばす仕掛けのようじゃのう。率直にいうとハズールの投石機などとは3世代ほど時代の違う兵器のようじゃ」

「そうか……それで、同じ物を作ることは可能か?」

「問題は爆薬じゃ。今詳しく調べさせておるところじゃが、それがハズールで作れるものなら、爆裂砲自体の生産は可能じゃろう」

 話し合いはカストルとアルフレドの二人のみでどんどん先に進んでいくが、この場には外務大臣、国防大臣も同席していた。

「へ、陛下!シャルマ帝国が海賊を隠れ蓑にして戦争をしかけたことなど明らかではないですか!我が国としても正式に抗議すべきでは無いでしょうか?」

 興奮で顔を真っ赤にさせた外務大臣がここぞとばかりにタイミングを見計らってカストルに進言した。

「オットー外務大臣……気持ちは分かるが今はまだ待て」

「なぜです!?まさかかつては『剣聖』とまで謳われた陛下が及び腰になっておるのではありますまいな?」

「オットー……そうではない。ヴェンデル国防大臣、理由を話してやれ」

 カストルは机の向かいに座る国防大臣に視線を送った。

「はっ……オットー殿、先の大公爵の謀反により、多くの貴族にいまだ癒えぬ被害が出ております。彼らには現時点で他国との戦争に兵を出す余裕など無いのです」

「くっ……しかしそれでは奴らを付け上がらせるばかりではありませんか……」

 オットー外務大臣は、それ以上の反論はしなかったが納得の行かない様子で唇を噛んでいた。

「オットー殿、じゃからカストルは気持ちは分かると言うたんじゃよ。それに、そもそもハズールは初代様の御言葉に従い平和主義を300年貫いてきたのじゃ。まず他国との戦争など経験がないのだから、もし戦争に踏み切るのであれば準備だけは抜かり無く整えておく必要があるのじゃ」

「もっとも、これからも初代様の思想は大切にしていくつもりだ。しかし、それとただ黙って侵略を許すのとは話が違う。こちらからの侵攻はせんが、敵が攻めてくるのであれば全力でこれを潰さねばならん」

「陛下……失礼いたしました」

 オットーは自分の発言の浅はかさを心から恥じた。

「良い。それで、オットー、お前には近隣の友好国からシャルマの情報をできるだけたくさん集めてもらいたいのだが……出来るか?」

「はっ、必ずやお役に立ってみせましょう!」

 オットーは、胸に手を当てカストルに一礼した。

「では、ヴェンデル、お前は軍の立て直しを。アルフレドは引き続き爆裂砲の研究を頼む」

「はっ!」

「うむ、分かったわい」

 そしてカストル以外の3人が同時に立ち上がり、それぞれの仕事に取り掛かるため執務室を後にした。

◇◆◇◆◇

 この日、俺は店をララさんに任せ、クレーのところで仕事を手伝っていた。

 クレーの仕事というのは港から入ってくる人や物のチェック、要するに入国審査と税関業務のような仕事だ。

「シリウスさん、ありがとうございます。海賊がいなくなったおかげで、いろいろな国から商船が入ってくるようになったので助かります」

「嬉しい悲鳴、ってやつですね。しかし、他の国でもこのくらいのチェックは当たり前なんですか?」

「いや、どうでしょう……「鑑定」というスキル自体、そこそこ珍しいみたいなので、基本的には入国許可証や交易許可証を提示するのが主流だと他国の商人に聞いたことがありますよ?」

 なるほど、確かにそんなに都合よく鑑定持ちが居るとも思えないな。

「シリウスさん、これからのことを心配してらっしゃるんですね?」
 
「ええ、まぁ……ちょっとシャルマ帝国を見に行ってこようかと思っているのですが、シエナもソニアも種族がバレると検問が突破できないんじゃないかと思って……」

「なるほど……ですが、シャルマは大丈夫ですよ。交易を再開してからの数週間、こちらも商人を送り込んで色々と調査しましたので間違いありません」

 クレーが言うには、交易許可証を提示するやり方では積荷の内容は持ち込んだ者の自己申告で伝えられるそうだ。各国の港ではその申告をもとに無作為で検品をするが、例えば酒や薬のように瓶詰めのものをわざわざ開封して検査するなんてことは普通しない。クレーはそこを突いて、瓶の中身を水や油に詰め替えたものを持ち込めるか最近試してみたらしい。

「クレーさん……危ないことしますね……」

「ハハハ……ほんとに自分でもよくやったなと思います。あれから父上はシャルマ帝国の情報を少しでも集めておけと言ってまして……実際に商人に扮してシャルマに入ったのもうちの私兵ですが「是非やらせてくれ」なんて言って遺書まで書いて迫ってきたもので……」 

 国際的な取り決めでは積荷の虚偽申告は程度を問わず処刑されるレベルの重罪らしいから、バレてたら寧ろハズールの立場が悪くなるんじゃないか?って事案なんだけど……まぁ無事済んだようだし、もうやらないようにとだけクレーに言っておいた。

「そう言えば、他国の商人もハズール語を話すんですね?てっきりまったく別の言語なのかと思ってました」

「この辺りの国はハズール語圏ですね。もっと遠くの国だと別の言語を話すらしいですが」

 もともとカノープス・ハズーリウスがハズール王国を建国する前はこの辺りに今のようないくつもの国家はなかったらしい。つまり、元の民族も言語も基本的には同じなわけで、たまたまハズールが最初の国家だったから便宜上ハズール語と呼ぶようになったそうだ。

………
……


 それからしばらく手分けして検品を進めていたのだが、

「……シリウスさん、向こうの船から降りてきた二人組、見えますか?」

 クレーが小さな声で俺に話しかけてきた。

「二人組って……あっ」

 俺たちの視線の先ではちょうど商人の格好をした男二人組が小さな船から降りてきたところだった。しかし、見た目に反して鑑定で2人の身分を確認すると【身分:シャルマ帝国軍人】と明確に出ている。

「クレーさん、あの2人わざと入国を許可してもらえますか?すこし泳がせて動向を監視しようと思うのですが」

「え?わ、分かりました。シリウスさんがそう仰るなら」

 そして二人組の男が俺たちの前までやってきた。

「ようこそハズール王国へ」

 クレーはいつも通りの機械的な対応を始めた。

「入国の目的は何ですか?」

「俺たち、シャルマで酒を売ってる者でして……今回はシャルマ特産の火酒を是非ハズール王国に広めたいと思ってやってきました。こちらが許可証と、それからこの箱に火酒が入ってます」

 男の片割れが、丸暗記してきたような下手くそなセリフで目的を答えた。

 ……これは、俺やクレーじゃなくても怪しいと思うだろ……

「そうですか、一応箱の中身を改めさせていただきますね」

 クレーは提示された交易許可証に目を通すと、もう一人の男が台車で引いてきた積荷の箱を空け中身を確認した。一瞬2人の表情がこわばったのを見逃さなかったが、敢えて突っ込まずにそのまま検品を開始した。
 俺も確認に立ち会ったが、箱の中には50本ほどの瓶が入っていて、一本を除いて残りは全て本物の火酒だった。まぁその一本が毒薬だったのがこれ以上無く物騒なんだけど……

「ラベルも全て確認しました。火酒で間違いなさそうですね。滞在の期間はどのくらいになる予定ですか?」

「へへっ、3日でお願いします」

「分かりました。では、入国を許可します」

 クレーは眉一つ動かさない名演技で二人組に対応すると、交易許可証に公爵家の家紋の入った印を押した。

「毒を持ち込むなんて、物騒ですね……」

「ええ、何をするつもりなんでしょう……」

「じゃ、その辺を調べてきますんで、今日はこれで失礼します」

 俺は2人が少し遠くに行ったのを確認して、小声でクレーに耳打ちすると、隠密スキルをフルに使って彼らの尾行を開始した。
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