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第3章 ブルドー公爵領編

第55話 ハズール沖海戦④

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◇◆◇◆◇

「ブルドーさん、クレーさん、協力します!」

 ソニアは甲板に降り立つと、そこから2人の待つ艦橋まで軽やかに駆け上がった。

「あ、あ、ありがとうございま、す……」

 薄緑のワンピースを風になびかせ帽子が潮風に飛ばされないようにつばに手を添えている様は、王都で優雅に暮らす貴族の令嬢のようだ。
 まだ若いクレーはその美貌に動揺を隠すことなどできずしどろもどろになった。

「そんな格好で大丈夫かねぇ……」

 ブルドー公爵は呆れ返ったように深い溜め息をついた。

「ク、クレー様!敵艦に動きあり!巨大艦が船側をこちらに向けています!」

 足もとから船員が大きな声を上げた。

「な……総員!衝撃に備えろ!」

 クレーとブルドー公爵は艦橋の望遠鏡から敵艦の様子を確認していた。それはこちらの投石機とは明らかに違う原理で何かを射出したようだ。2人の目には巨艦が船側から火を吹いたように見えた。

 直後、巨大な爆発音が鳴り響き船体が大きく揺れた。

「キャっ!?」

「せ、船首被弾!」

 船員が大きな声を上げる。

「ひ、被害は!?」

 クレーは顔を真っ青にして黒煙の上がる船首に目を向けた。

「幸い船員はいなかったようですが……船首甲板がひどく破損しています……」

 着弾した何かはおそらく爆薬でも詰まっていたのだろう、前方の甲板を広い範囲で吹き飛ばしていた。

「むぅ……あんなもの何発も食らったらいくらこの船でももたんぞ」

 ブルドー公爵も苦い表情を見せている。

「私がなんとかします!こちらからの攻撃は問題ないので、反撃を!」

 ソニアはいつになく真剣な表情を見せると、静かに目を閉じ、淡く光る妖精を召喚した。

「結界」

 神秘的な光に目を奪われる二人を他所に、ソニアが精霊に魔法を命じると巨大な艦がポウッと一瞬光りに包まれた。

「これで良し、と」

 目を開けたソニアは艦橋の手すりにもたれかかって、遠くの艦隊を眺めていた。一見すると優雅に海を眺めているだけのようにも見えるが、ブルドー公爵には彼女が恐ろしいほどに集中していることが分かった。

「次、来そうです!」

 船員の怯えた声が艦橋まで響く。そして再びマセラティの巨艦が火を吹いた。

 先程と同じく轟音が鳴り響いたが不思議なことに衝撃は全く襲って来なかった。

「……クレー、あれを見てみろ」

 ブルドー公爵は狼狽するクレーの肩をつかむと、船側を指差した。そこでは船の外側、しかも空中で爆煙と炎が上がっていた。

「くぅ~っ……結構強力だったけど、なんとか防げたわ」

 ソニアは満足げに微笑んだ。

「投石機、石弾装填……撃て!」

 クレーは動揺する船員たちを見事にまとめあげ、反撃の投石を開始した。

◇◆◇◆◇

「頭、爆裂砲準備できました!」

「よし、しっかり狙えよ………撃て!」
 
 マセラティの号令で、船側の爆裂砲1基が盛大に火を吹いた。

 そして直後に巨艦から炎と真っ黒な煙が上がる。

「ガハハハハ!見たか!あいつら今頃腰抜かしてるぞ!」

 マセラティは爆炎砲の期待通りの威力に、大仰に腹を抱えて笑った。

「オラ!奴らが驚いてる間にもう一発ぶち込んでやれ!」

 そして、容赦なく2発目の発射を命令すると、椅子に腰掛け酒瓶を豪快に煽った。
 
 しばらくして艦橋に爆裂砲の発射音が響いた。

「ガハハハ!今度はどこに大穴空いたんだ?」
 
 マセラティは敵船の損害をその目で確かめようと、椅子から立ち上がった。

「か……頭、あれを見てください!」

 そこへ甲板にいた部下が、望遠鏡を差し出しながら慌てた様子で駆け込んできた。

「あん?………おい、どういうことだ?まるで効いちゃいねえじゃねえか」

「砲弾が直撃する前に破裂したんですかね……?」

「ったく、使えねえな……それならもっと近づいてぶち込んでやれ」

 マセラティは表情を一転させ不機嫌そうに部下に命じた。

「し、しかし……」

 その時、別の部下が大声を上げた。

「投石来ます!」

 一直線にこちらをめがけて飛んでくる投石の数発が巨艦の甲板をブチ抜いた。

「……上等だ、こっちがやられる前に沈めてやれ。それからまだ動ける船が20か30はあるんだろ?全船であの巨艦に突撃だ。数の暴力ってやつでなぶり殺しにしてやれ」

「は、はい!」

 部下は前線に指示を出すべく、艦橋を飛び出した。  

◇◆◇◆◇

 シエナを港に送り届けて、軍艦へと引き返す途中でもう一度大きな爆音が聞こえた。最初の一発はまともにヒットしたようで船首から未だに黒い煙が上がっているが、二発目はどうだったんだろう……

 目を凝らしてよく見てみると、船と接していない空中が爆ぜているようにみえる。

 あ、2発目はソニアの結界間に合ったのか!

 ということは、このままエアバリア全開で近づくと、初めてソニアの村に入ったときのように知らぬ間に結界を破ってしまう可能性がある。

 俺はリュミエールの速度を落とし、一旦バリアを解除して軍艦に近づいた。そのまま低速航行すること数分……

 ………コツン………

 何かにぶつかった……と思ったら軍艦の船側やないか!結界は無かったのか??

 まぁいいや、ということで俺はリュミエールを停止させ軍艦に飛び移った。

「ソニア!」

「………シリウス、おかえりなさい」

 ソニアは一瞬こちらを振り向きニコリと笑みを見せたが、すぐに海海へと視線を戻した。

「シリウス、エルフの嬢ちゃんは今この船を全力で護ってくれている」

「ええ、ソニアを残して正解でした。で、状況は?爆発音が聞こえましたが……」

「最初のはあの通り、食らっちまった。」

 ブルドー公爵は苦い顔で船首を指差した。

「……相手の攻撃は爆発物ですか?たった一発でこれほどとは……」

 俺は船首の大穴を見て改めて相手の攻撃力の高さに驚いた。

「2発目は嬢ちゃんのおかげでなんともねえ……ったく、お前らは3人揃ってどれだけ規格外なんだか……」

「アハハ……とは言え、俺がここまで入ってこられたってことは、船の後ろ側までは守れていないってことです」

「シリウス、ごめんなさい」

 ソニアは、一発もらってしまったことを気にしているのか、申し訳なさそうにしている。

「いやいや、ソニア……むしろ1発だけで抑えられたのは流石だよ。もしここにいたのが俺だったら、2発目ももらってただろうね……」

 そう、この場にソニアを残したのは俺たち3人の中でもソニアが圧倒的に広範囲の守備能力を持っているからだ。ちなみに俺のエアバリアでカバーできるのはせいぜい半径数メートル。しかし、そんなソニアでもさすがにコレだけ大きな船を全範囲守り続けるのは厳しいだろう。

「ソニア……片面だけの結界、後どのくらい頑張れる?」

「そんなに長くはもたないわ。これだけ大きいと魔力の消費が激しくて……」

 その時、船員がこちらに向かって駆けてきた。

「ブルドー公爵、クレー様、大変です!全ての艦が進路を変更、一直線にこちらに突っ込んできます!」

「ちっ……マセラティが現れて奴らも腹くくったか……」

 ブルドー公爵がぎりぎりと奥歯を噛み締めた。

「公爵、こっちも早々に決着を付けないと厳しいので一気に勝負をかけましょう」

「そうだな……だがシリウス、こんなことを頼めた義理ではないが大々的な魔法はまだ使わんでくれんか?」

 公爵の言いたいことはよく分かった。これは町と海賊の戦い、魔法の力で敵をねじ伏せた、と町人たちに思わせるわけには行かないのだ。

「分かりました!俺はあまり目立たないように周りの海賊船を止めるので、マセラティの船はブルドー公爵とクレーさんの2人で!反対側に回り込まれないよう舵の指示も出してください」 

「シリウス……恩に着る!位置取りは俺に任せろ!クレー、お前はマセラティの船に全弾ブチ込め!」

「はい父上!!」

◇◆◇◆◇

「おう、やっと尻に火がついたかバカどもが。おいお前ら!爆裂砲もどんどんぶっ放せよ!」

 マセラティは一直線に巨艦に突撃した眼前の船団を見ながらにやりと笑みを浮かべ、甲板の部下たちに大声で指示を出した。味方の船はどういうわけか既に大半が航行不能に陥っているようだ。

 そして爆裂砲が連続で撃ち出される。目の前に雷でも落ちたかのような轟音に船全体が大きく震えた。

「か、頭!やっぱり砲弾が効いてねえみたいです!」

 部下の動揺する声に、望遠鏡を覗き込んで状況を確認するマセラティ。たしかに砲弾は巨艦の少し手前で爆発しており、黒煙だけがその場に残っていた。

「全弾が手前で爆発するなんてのは普通じゃ考えられねえ……奴ら、魔法か何かで守ってやがるな……フン、それならわざわざ撃ち合ってやる必要もねぇ!ケツに回り込んで魔法が切れるまで一方的にぶち込んでやれ!」

 マセラティの指示一つで巨大ガレオン船は流れるように方向を変えると、投石を躱しながら敵の巨船の背後を取るように海面を走り出した。

 しかし、それに合わせるように相手も動きを変えお互いの向きは変わらないまま距離だけがじわじわと狭まっていく。

「ほぅ、ただの木偶かと思ったら、悪くねえ動きじゃねえか。だが、弱点も見えたぜ?」
 
 マセラティは、軍艦を包囲する海賊船の放つ火矢や爆薬が、巨船の一方の側面にはしっかりと届いているのを確認していた。

 クレーたちの乗る軍艦の周りには航行不能になった海賊船が行く手を塞いでおり、そのまま旋回すれば衝突は避けられない。

 そして、マセラティが爆裂砲の一斉射撃を命じようとしたその時、彼は初めて驚愕に表情を歪めた。

「な!?船が吹き飛んだだと!?」

 強大な軍艦の行く手を完全に塞いでいた何隻もの味方の海賊船が、一瞬で10m以上も吹き飛んだ。

 そして、そのままマセラテイの乗るガレオン船に船首を向け一直線に突っ込んでこようとしている。

「ハハハハッ!ブルドー!この俺と殺り合うつもりかぁ?おもしれぇ!おい野郎ども、こっちもあのデカ船に突っ込め!」

◇◆◇◆◇

「クソッ、数が多い……」

 海賊船が一斉に突撃してきてからの戦況は熾烈なものだった。俺は爆薬の入った小瓶や投石用の石を直接海賊船に投げつけて、近寄ってくる大船団を足止めしていたが、魔法無しで全てを防ぎ切るのはなかなかにハードで、ソニアの結界の無い側にいくらか攻撃を許してしまった。

 軍艦は右へ左へ方向転換を繰り返しつつも港を守る位置からは動けず、相手の砲撃をソニアの結界でかろうじて防いでいる状況だ。

「ソニア、大丈夫!?」 

「ちょっと、ヤバいかも……」

 ソニアもそろそろきつそうだ。 

「シリウス、こりゃぁちとまずいかも知れん……」

 ブルドー公爵が横で不吉なことをつぶやいた。

「どいうことです?」

「見てみろ、動きを止めた船が邪魔でこれ以上舵を切れんのだ……」

 俺は不覚にもこの時まで周りの状況に目を向けることができていなかった。

「マセラティはこっちの船尾から一斉に砲撃を浴びせるつもりだ。しかしそれを躱そうとすれば嬢ちゃんの結界の無い側が何隻もの海賊船と衝突しちまう」

「結界の無い面っていうか……そろそろもたない……」

 ここへ来て一気にピンチ……これも俺が手当たり次第に大船団を航行不能にさせてしまったせいだ。

「すいません……俺がもっと考えていれば……」

「いや、シリウスのせいじゃねえ。お前たちがいなけりゃもっと早く俺たちの船は沈んでたさ」

「くっ……くそ……」

 クレーが悔しそうに唇を噛み締めた。この状況を逆転させるにはデカい魔法を使うしか無い。しかし、魔法を使ったという印象をできるだけ町民に持たれないようにするにはどうすれば……

「公爵……邪魔な船は俺が魔法で吹き飛ばします。公爵はそのままマセラティの船に向けて突っ込んでください。魔法を使うことにはなりますが、その後公爵が直接マセラティを討てば、そっちの方がインパクトが強くなると思います。」

 俺は、危険だがインパクトの有りそうな作戦を思いつき、それをブルドー公爵に進言した。

「ほう、乗り込んであの野郎と決着をつけると?」

「はい、危なくなったら俺も加勢します」

「……バカ野郎、みくびんじゃねえ。アイツに直接鉄槌が下せるってんなら、そんなに嬉しいことはねえ。その作戦、乗ったぜ!」

 ブルドー公爵は不敵に笑みを浮かべると、舵を一気に右に切った。

 俺はリュミエールに飛び乗り、軍艦の行く手を塞ぐ船の残骸にフルパワーの魔法を叩き込んだ。

「トルネード!」

 真上ではなく水面スレスレに向けて撃ち出された空気の渦は周りの船を遥か後方に弾き飛ばして軍艦の道を切り開いた。

 軍艦は無駄な動き無く急旋回を成功させると、一直線にマセラティの艦に向けて全速で進みだした。

 マセラティの艦も船首をこちらに向け、やがて2隻の巨艦は正面からぶつかりあった。

 船上では海賊と船員が入り乱れ、剣戟の音が鳴り止まない。

 そんな中、巨大な戦斧を片手にした大男が悠然とこちらの船に乗り込んできた。

「よう、ブルドー……やってくれるじゃねえか」

「マセラティ……貴様だけはこの手で成敗してくれるわ」

 ブルドー公爵がいつの間にか艦橋から移動し、その手にこれまた巨大な戦槌を携えて対峙していた。
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