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第3章 ブルドー公爵領編
第52話 ハズール沖海戦①
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俺たちが港に駆けつけると、そこには既にブルドー公爵とクレーの姿があった。
「あいつら……頭数揃えて報復しに来やがったな」
苦い表情で沖を見つめるブルドー公爵
「ええ、まさかこれだけの数で押し寄せてくるとは……」
クレーは迫りくる大艦隊に圧倒されていた。
水平線の向こうから30……いや、40隻はくだらない大艦隊がゆっくりとこちらを目指してやってくる。
ブルドー公爵の私兵たちは辛うじて平静を保っていたが、野次馬の町民たちは大艦隊の姿を目の当たりにするなり顔を真っ青にして港から逃げ出した。
「クレーさん、例の軍艦は出せますか?」
「え、ええ……主要な箇所の点検は終わっているから、出せるとは思いますがあれだけの数を相手にするなどとても……」
「馬鹿野郎!ウジウジしてねえで早く準備に入れ!」
尻込みするクレーの頭を公爵が思い切りはたいた。
「……は、はい!」
少々荒治療ではあったが、クレーも少しは気合が入ったようだ。
「良かった。どのくらいの時間を稼げばいいですか?」
「20分……いえ、15分……お願いできますか?」
「もちろんです!では、先に行ってます!」
俺は2人に笑みを向けるとシエナとソニアを連れてリュミエールへと向かった。
「はぁ………あいつら、あんな上等な服着て海賊とやり合うつもりか?」
公爵はもはや驚きを通り越し、呆けたような表情で去っていく3人の背中を見つめていた。
◇◆◇◆◇
ゲリックは40数隻の大艦隊を率いて拠点の小島を出向し、ハズール王国南端の港町を目指していた。
「ゲリックさん、こりゃすごい数ですね」
「へっへ……あぁ、まったくだ。お頭はあの町を瓦礫の山にするつもりか?」
先頭を進む船の甲板から後ろに続く大艦隊を眺めるゲリック。1000人近い海賊団を総動員した、一国の海軍にも引けを取らない圧倒的な暴力の塊に彼は大層気分を高ぶらせていた。
「これだけの船で囲めば、お頭が追いつく頃にはみんな終わっっちまってやすね」
「へっへ……違い無ぇ!ワクワクするなぁ」
首領マセラティは新しく手に入れた軍艦の調整をしながらゆっくりこちらに向かっている。ゲリックはマセラティが合流するまでの艦隊の指揮を一任されていた。もちろん、マセラティの到着までに町を蹂躙する許可も得ている。
ゲリックは逃げ惑う町民たちを残虐に嬲り殺す、既に確定した未来に胸の高鳴りを押さえられずにいた。
「ゲリックさん、そろそろ町が見えてくる頃です!」
「へへへ……よし!野郎ども!横陣を敷け!」
「アイアイサー!」
船団はたちまち横一列に展開していく。
「船速落とせー!いいか、ゆっくり行くんだ!そっちの方が町の奴らにじっくりと恐怖を味あわせてやれるからなぁ」
そしてゲリックの率いる悪意の津波はじわじわと町に迫るのだった。
◇◆◇◆◇
リュミエールは船着き場の端に停めてあった。繋船柱からロープを巻き取り、用心で掛けておいたエアバリアを解除して、俺たちは船内に乗り込んだ。
「それにしてもすごい数だなぁ」
「この前の船とそんなに変わらないみたいだし、すぐに片付けられるんじゃない?」
確かにシエナの言うとおり、いくら数が多いと言ってもあの程度の船であれば実はそれほど脅威ではない。
「もちろん。でも、それじゃダメなんだ」
「……どういうことなの?」
ソニアは話が見えず首を傾げた。
「この戦いは、あくまでもブルドー公爵とクレーさんが主導で勝利を収める必要があるんだ。そうじゃないと、町の人達は本当の意味で安心できない。俺たちが全部倒してしまえば、その時はみんな大喜びするだろうけど、俺たちが町を出た後で再び不安に苦しむことになる」
だから、今回の俺たちの役割はクレーさんの軍艦を守りながら敵を撹乱すること。攻撃は最小限に留める。
「オッケー!任せなさい!」
シエナは甲板に立つと大きく胸を叩いてみせた。これからあの船団のど真ん中に突っ込むというのに、どうやらシエナは甲板から離れるつもりはないらしい。
「ソニアはどうする?」
「私は、この辺で見学させてもらうわ」
そう言って、俺のすぐ近くの手すりにもたれかかった。潮風になびく金髪と緑のワンピースがものすごく画になっている。
……っていうか二人とも緊張感なさすぎじゃないか?
「ま、まぁいいや……じゃぁ行くよ!」
エストレーラのアクセルをゆっくりと踏み込むと、車軸の回転に合わせて船の側面に取り付けた外輪が回り始めた。
「しゅっぱーつ!」
航行テストをしてないから、念のためスロースタートにしたわけだけどこれならそれなりに速度を出しても大丈夫そうだ。
そしてハンドルを切るとそれに合わせて船底の舵が動いた。さすがに地上ほど小回りは効かないが、その辺の船よりは優秀な旋回性能がありそうだ。
俺はさっきよりも強くアクセルを踏み、外輪の回転数を一気に上げた。
そしてリュミエールは水しぶきを上げながらグングン加速し、あっという間に港を抜けて海に出た。
◇◆◇◆◇
ブルドー公爵はクレーと兵士たちを軍艦に向かわせ、港でリュミエールと海賊の大艦隊を交互に眺めていた。
「あんな帆もない船が本当に海の上で役に立つのか?まぁ、帆船でも今は逆風……つくづく運がねえ」
シリウスたちが常識の枠を超えていることは重々分かっているつもりだが、それでもブルドー公爵には帆のない船がこの広い海の上で役に立つイメージがまったく湧かなかった。
「まぁもしものときはあの軍艦で奴らの船に突っ込んで道連れにしてくれるわ……それにしても……一体どうやってあれだけの手勢を集めたんだ……」
目の前には以前の襲撃を遥かに凌ぐ大艦隊が押し寄せいていた。公爵の脳裏に、かつて海賊たちの襲撃を受けた町の光景が浮かぶ。あの時は町を守る石垣もなく周囲の砂浜や海岸から上陸を許してしまった。もっと念入りに迎撃の準備ができていれば妻も今頃……
そして今回は大丈夫だという保証はどこにもない。むしろ敵の数は前回の比ではないほどに膨れ上がっている。もしかすると前回と同じように、いや、それ以上に町に被害が出るのではないかと思うと頭の中は急に不安でいっぱいになった。
「いかんいかん。年をとると気持ちが弱ってかなわんわ」
ブルドー公爵は再び港のリュミエールに目をやった。ちょうどリュミエールが繋船柱のロープを解き走り出そうとするところだった。
声は聞こえないが、甲板ではシエナがはしゃいでいる。船側の手すりではソニアが気持ちよさそうに潮風を浴びている。
「ハハハ……あのバカども、少しぐらいビビりやがれってんだ……」
そう独りごちた公爵の、どこか呆れたような面は次の瞬間に驚愕の色に染まった。
「な、何だありゃ!?」
船の両側に備え付けられていた水車が高速で回転し勢い良く船体を前へ押し出している。帆船を圧倒する加速力で逆風すら物ともせずグングン速度を上げ、あっという間に港の入口に差し掛かろうとしている。
「ハ…ハハハハッ……ありゃ反則だろ……」
あまりの規格外っぷりに呆気に取られたブルドー公爵であったが、すぐに表情を引き締めるとパンと自分の両頬を叩いた。
「さて、俺も気合い入れていかねえとなぁ」
この10日あまりの間に、既にシリウスには海賊が押し寄せてくる可能性について話してあった。海賊団の首領マセラティ、かつて町に乗り込み多くの民を手に掛けた許しがたき仇敵。あの男は自分の船が沈められれば必ず報復に来ると思っていた。
前回はまんまと逃げられてしまったが、今度こそ奴を討ち、憎き海賊団を殲滅させる。
シリウスは自分たちで海賊を討伐すると申し出たが、公爵はこれを断った。彼らの力に頼り切れば恐らく勝利は間違いないが、ブルドー公爵にはそれがこの町にとって真の勝利ではないと思われたから。
「シリウス……上手く時間を稼いでくれよ」
そして、公爵は護衛の兵に陸地側にも兵を配置するよう命じると、その身を翻しクレーの待つ軍艦へと向かった。
「あいつら……頭数揃えて報復しに来やがったな」
苦い表情で沖を見つめるブルドー公爵
「ええ、まさかこれだけの数で押し寄せてくるとは……」
クレーは迫りくる大艦隊に圧倒されていた。
水平線の向こうから30……いや、40隻はくだらない大艦隊がゆっくりとこちらを目指してやってくる。
ブルドー公爵の私兵たちは辛うじて平静を保っていたが、野次馬の町民たちは大艦隊の姿を目の当たりにするなり顔を真っ青にして港から逃げ出した。
「クレーさん、例の軍艦は出せますか?」
「え、ええ……主要な箇所の点検は終わっているから、出せるとは思いますがあれだけの数を相手にするなどとても……」
「馬鹿野郎!ウジウジしてねえで早く準備に入れ!」
尻込みするクレーの頭を公爵が思い切りはたいた。
「……は、はい!」
少々荒治療ではあったが、クレーも少しは気合が入ったようだ。
「良かった。どのくらいの時間を稼げばいいですか?」
「20分……いえ、15分……お願いできますか?」
「もちろんです!では、先に行ってます!」
俺は2人に笑みを向けるとシエナとソニアを連れてリュミエールへと向かった。
「はぁ………あいつら、あんな上等な服着て海賊とやり合うつもりか?」
公爵はもはや驚きを通り越し、呆けたような表情で去っていく3人の背中を見つめていた。
◇◆◇◆◇
ゲリックは40数隻の大艦隊を率いて拠点の小島を出向し、ハズール王国南端の港町を目指していた。
「ゲリックさん、こりゃすごい数ですね」
「へっへ……あぁ、まったくだ。お頭はあの町を瓦礫の山にするつもりか?」
先頭を進む船の甲板から後ろに続く大艦隊を眺めるゲリック。1000人近い海賊団を総動員した、一国の海軍にも引けを取らない圧倒的な暴力の塊に彼は大層気分を高ぶらせていた。
「これだけの船で囲めば、お頭が追いつく頃にはみんな終わっっちまってやすね」
「へっへ……違い無ぇ!ワクワクするなぁ」
首領マセラティは新しく手に入れた軍艦の調整をしながらゆっくりこちらに向かっている。ゲリックはマセラティが合流するまでの艦隊の指揮を一任されていた。もちろん、マセラティの到着までに町を蹂躙する許可も得ている。
ゲリックは逃げ惑う町民たちを残虐に嬲り殺す、既に確定した未来に胸の高鳴りを押さえられずにいた。
「ゲリックさん、そろそろ町が見えてくる頃です!」
「へへへ……よし!野郎ども!横陣を敷け!」
「アイアイサー!」
船団はたちまち横一列に展開していく。
「船速落とせー!いいか、ゆっくり行くんだ!そっちの方が町の奴らにじっくりと恐怖を味あわせてやれるからなぁ」
そしてゲリックの率いる悪意の津波はじわじわと町に迫るのだった。
◇◆◇◆◇
リュミエールは船着き場の端に停めてあった。繋船柱からロープを巻き取り、用心で掛けておいたエアバリアを解除して、俺たちは船内に乗り込んだ。
「それにしてもすごい数だなぁ」
「この前の船とそんなに変わらないみたいだし、すぐに片付けられるんじゃない?」
確かにシエナの言うとおり、いくら数が多いと言ってもあの程度の船であれば実はそれほど脅威ではない。
「もちろん。でも、それじゃダメなんだ」
「……どういうことなの?」
ソニアは話が見えず首を傾げた。
「この戦いは、あくまでもブルドー公爵とクレーさんが主導で勝利を収める必要があるんだ。そうじゃないと、町の人達は本当の意味で安心できない。俺たちが全部倒してしまえば、その時はみんな大喜びするだろうけど、俺たちが町を出た後で再び不安に苦しむことになる」
だから、今回の俺たちの役割はクレーさんの軍艦を守りながら敵を撹乱すること。攻撃は最小限に留める。
「オッケー!任せなさい!」
シエナは甲板に立つと大きく胸を叩いてみせた。これからあの船団のど真ん中に突っ込むというのに、どうやらシエナは甲板から離れるつもりはないらしい。
「ソニアはどうする?」
「私は、この辺で見学させてもらうわ」
そう言って、俺のすぐ近くの手すりにもたれかかった。潮風になびく金髪と緑のワンピースがものすごく画になっている。
……っていうか二人とも緊張感なさすぎじゃないか?
「ま、まぁいいや……じゃぁ行くよ!」
エストレーラのアクセルをゆっくりと踏み込むと、車軸の回転に合わせて船の側面に取り付けた外輪が回り始めた。
「しゅっぱーつ!」
航行テストをしてないから、念のためスロースタートにしたわけだけどこれならそれなりに速度を出しても大丈夫そうだ。
そしてハンドルを切るとそれに合わせて船底の舵が動いた。さすがに地上ほど小回りは効かないが、その辺の船よりは優秀な旋回性能がありそうだ。
俺はさっきよりも強くアクセルを踏み、外輪の回転数を一気に上げた。
そしてリュミエールは水しぶきを上げながらグングン加速し、あっという間に港を抜けて海に出た。
◇◆◇◆◇
ブルドー公爵はクレーと兵士たちを軍艦に向かわせ、港でリュミエールと海賊の大艦隊を交互に眺めていた。
「あんな帆もない船が本当に海の上で役に立つのか?まぁ、帆船でも今は逆風……つくづく運がねえ」
シリウスたちが常識の枠を超えていることは重々分かっているつもりだが、それでもブルドー公爵には帆のない船がこの広い海の上で役に立つイメージがまったく湧かなかった。
「まぁもしものときはあの軍艦で奴らの船に突っ込んで道連れにしてくれるわ……それにしても……一体どうやってあれだけの手勢を集めたんだ……」
目の前には以前の襲撃を遥かに凌ぐ大艦隊が押し寄せいていた。公爵の脳裏に、かつて海賊たちの襲撃を受けた町の光景が浮かぶ。あの時は町を守る石垣もなく周囲の砂浜や海岸から上陸を許してしまった。もっと念入りに迎撃の準備ができていれば妻も今頃……
そして今回は大丈夫だという保証はどこにもない。むしろ敵の数は前回の比ではないほどに膨れ上がっている。もしかすると前回と同じように、いや、それ以上に町に被害が出るのではないかと思うと頭の中は急に不安でいっぱいになった。
「いかんいかん。年をとると気持ちが弱ってかなわんわ」
ブルドー公爵は再び港のリュミエールに目をやった。ちょうどリュミエールが繋船柱のロープを解き走り出そうとするところだった。
声は聞こえないが、甲板ではシエナがはしゃいでいる。船側の手すりではソニアが気持ちよさそうに潮風を浴びている。
「ハハハ……あのバカども、少しぐらいビビりやがれってんだ……」
そう独りごちた公爵の、どこか呆れたような面は次の瞬間に驚愕の色に染まった。
「な、何だありゃ!?」
船の両側に備え付けられていた水車が高速で回転し勢い良く船体を前へ押し出している。帆船を圧倒する加速力で逆風すら物ともせずグングン速度を上げ、あっという間に港の入口に差し掛かろうとしている。
「ハ…ハハハハッ……ありゃ反則だろ……」
あまりの規格外っぷりに呆気に取られたブルドー公爵であったが、すぐに表情を引き締めるとパンと自分の両頬を叩いた。
「さて、俺も気合い入れていかねえとなぁ」
この10日あまりの間に、既にシリウスには海賊が押し寄せてくる可能性について話してあった。海賊団の首領マセラティ、かつて町に乗り込み多くの民を手に掛けた許しがたき仇敵。あの男は自分の船が沈められれば必ず報復に来ると思っていた。
前回はまんまと逃げられてしまったが、今度こそ奴を討ち、憎き海賊団を殲滅させる。
シリウスは自分たちで海賊を討伐すると申し出たが、公爵はこれを断った。彼らの力に頼り切れば恐らく勝利は間違いないが、ブルドー公爵にはそれがこの町にとって真の勝利ではないと思われたから。
「シリウス……上手く時間を稼いでくれよ」
そして、公爵は護衛の兵に陸地側にも兵を配置するよう命じると、その身を翻しクレーの待つ軍艦へと向かった。
応援ありがとうございます!
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