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第2章 ハズール内乱編

第31話 王都大炎上

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 グレムは大公邸に戻ると、一直線にオスカーの部屋に向かった。そしてノックもせず、部屋に上がりこんだ。

「グレム、一体なんだ?」

「ククク……オスカー、私の正体が何者かに知られたようです」

 オスカーは驚きで目を丸くしている。

「ククク……相手はなかなかの手練、鑑定されたことに気づき追いかけましたが、振り切られましたよ」

「なんだと!?魔族の追跡から逃れるなど尋常ではないぞ?」

「ですから、なかなかの手練と言っているでしょう。どうやら10代半ばの青年のようですが、それ以上のことは私にも分かりません」

 オスカーはグレムの報告にため息をつくと書棚からとびきり強い酒を取り出し、机上のグラスに注いだ。
 
「相手は国王派だと思うか?」

「どうでしょうね?仮にそうでなくても、王都で魔族を見つければ間違いなく軍に通報すると思いますが?」

「………そうだな。少し予定より早くはなったが、いよいよこの時が来たということか」

「ククク…クハハハハ!素晴らしい!さぁオスカー、饗宴を始めましょう!」

 予定が早まったことに苦い顔のオスカーを気にも掛けず、グレムは歓喜の声を上げた。

「グレム……例の『死傀兵』の準備は?」

「もちろんバッチリですとも!魔族の禁術で王都を絶望のドン底に突き落として差し上げましょう!」

「そうか……では作戦開始だ」

「クフクフ…クヒヒ……」

 グレムは不気味な笑い声を上げながらオスカーの部屋を出ていった。

 その後、オスカーのもとに集まった大公派の貴族たちに作戦の概要を伝え、大量の爆薬を持たせて配置につかせた。

 作戦は国王軍の兵士が警備の交代で王都中至るところにある詰所に集結する午後3時、兵士が集まったところをオスカーの私兵が一斉に爆破して襲い、国王軍の出鼻をくじくところから始まった。

 続いて大公派の貴族たちが国王派の貴族たちの屋敷を一斉に爆破し、連携される前に各個撃破するのが作戦の第1幕……

 オスカーは邸宅の執務室から王都の市街地に轟く爆音と無数の黒煙を確認するとニヤリと邪な笑みを浮かべた。

「報告します!詰所の奇襲は大成功、国王軍は未だ態勢を立て直せておりません!」

 続けて別の兵士が部屋に入ってきた。

「報告します!国王派のへーリッツ男爵、グレゴリー子爵の邸宅を制圧!両名の身柄を拘束しました!」

 出だしは好調なようだ。このまま主要な国王派の貴族を制圧し、死傀兵を率いて往生を制圧すれば……

「フハハハハ!素晴らしい!気を抜かず、引き続き国王軍の勢力を削ぎ落とすのだ!」

「「はっ!」」

 伝令は素早く反転するとそのまま走り去った。

◇◆◇◆◇

 俺は王城の広間から出ると全速力で跳ね橋までの長い坂を駆け下りた。
 坂から街並みを見下ろすと、すでに至るところから火の手が上がっていた。市街の上空は立ち上る煙で黒く濁り、まだまだ無数に爆音が響き渡っていた。

 長くうねった坂を飛び降りるように駆け下りた俺はあっという間に城門の前にたどり着いた。

 跳ね橋はまさに釣り上げられようとしており、堅牢な城門もそれに合わせるようにゆっくりと閉ざされようとしていた。

 俺はそれを気にも止めず、全速力で城門に向かって加速した。

「お!?おい!待て!ま……えぇぇ!?」

 俺は門をギリギリすり抜けると、すでにかなりの傾斜になっていた跳ね橋を駆け上がり、そして一気に対岸に跳躍した。

 後ろで驚く衛兵の声が聞こえたが、そんなことに構ってはいられない。まずはアルフレドさんの屋敷に残っているララさんとヘラルドさんの安全を確保することに決め、途中の屋根や塀を飛び越えながら一直線に二人のもとへと向かった。

◇◆◇◆◇

 オスカーのところにはその後も続々と朗報が届けられた。戦況は私兵たちにも伝えられ、勢いづいた大公派の勢力は加速度的に市街の制圧を進めていった。

 オスカーの指示のもと、味方の各勢力に爆薬や武器を輸送して回っていたセルジオは物資の補充のため、大公邸に戻っていた。

「セルジオ、物資の輸送ご苦労だったな。次の補充はどこだったか……」

「はい、次は大賢者アルフレドのところとなっております」

「そうか……あの男も国王カストル同様油断のならん男だ。一気に畳み掛けねばこちらの被害が甚大になる。補充を抜からんように気をつけろ」

 オスカーは険しい目つきでセルジオを見やった。セルジオはオスカーの威に押され、小さくなって押し黙った。

「フン……もう行け」

「は、はい…」

 セルジオは身を小さくしたままオスカーの部屋を後にした。

「フン……小物が……」

 そして再びどこからともなくグレムが姿を表した。

「クフフフ……オスカー、死傀兵の用意が整いました。いつでも出せますよ」

「そうか……では、私もそろそろ行くとするか。グレム、お前はどうする?私とくるか?」

「そうですねぇ……私はしばらくここに残り例の青年の情報を集めますよ。この騒ぎの中、目立つ動きをするものがあればすぐに見つかるはずですからねぇ」

「フン……勝手にしろ」

「ええ……あぁそうでした。これが死傀兵に命令を与えるキーを貴方に渡さなければなりませんでした。そうしないとあなたも奴らに殺されてしまいますからね……フフフ」

 そう言うと、グレムはおもむろにオスカーの右手を取り、手の甲に魔族の文字で刻印を刻んだ。

「ぐっ……」

 オスカーは身を焼くような痛みに顔をしかめた。

「おや?もっと喚いてくれるかと思いましたが………はい、コレで終わりです。この印がある限り、死傀兵はあなたの忠実な駒となるでしょう」

 グレムはまた不気味に笑いながらどこへともなく姿を消した。

「カストル……待っていろ。今貴様の首を落としに行ってやる」

 オスカーも自室を後にし、100体を超える死傀兵の控える、地下の倉庫へと向かった。

◇◆◇◆◇

 俺は王城からの最短距離でアルフレドさんの屋敷に戻ってきた。

「クソ……遅かったか」

 既に屋敷の門は大公派の私兵に突破されていて、屋敷は完全に包囲されていた。さらに、割られた窓から室内に侵入する兵士の姿も目に入った。

 俺は屋敷を囲む兵の一角をスタンで無力化し屋敷の中に飛び込んだ。

「ララさん!ヘラルドさん!無事ですか!?」

 俺の声を聞きつけ、大公派の兵が襲いかかってきた。俺は一人また一人と兵士を無力化しながら、屋敷の奥に向かって捜索を続けた。

 一階にはいない……2階は?

 階段を駆け上がったところで、必死に階段を死守するララさんとそこにくっついているヘラルドさんの姿を確認した。

「ララさん!」

「シリウス君!コレは…一体どういうこと?」

「大公派が行動に出たようです!あとでしっかりとお話しますから、今はとりあえずここから脱出を!」

 二人は幸いにも無事だったが既に屋敷全体に火が回っていて、自力での脱出は難しいところだった。

 俺は3人がすっぽり収まるほどのエアバリアを広げると、先頭に立って階段を降り始めた。

「シリウス君、お師匠と国王陛下は?」

「王城にいます。シエナもそこにいるので、大丈夫でしょう」

「そう……それにしても助かったわ。君が来てくれなかったらヘラルドさんを守りきれなかった」

「いえ、間に合って良かったです」

 屋敷の一階はかなり煙が充満しており、バリアの外側は先も見通せないほどであったが、ララさんの案内に合わせて進みながらなんとか俺たちは屋敷からの脱出に成功した。

 煙が晴れ、視界がひらけたところで俺たちを待ち受けていたのはは、俺たちをぐるりと取り囲む数十人にも及ぶ大公派の一団と彼らが一斉に投げつける大量の爆薬の雨であった。

 爆薬はバリアの外側で爆ぜ、内側の俺たちには何の影響もなかったがヘラルドさんは止むことなく降り注ぐ爆薬の雨にすっかり怯えてしまっていた。

「ひ、ひぃッ……」

 俺は二人を守る必要があったから、特に反撃せずにじっと爆撃に耐えていた。しばらく経ったところで爆撃が止み、兵士たちが目を見開いてこちらを見ていた。

「ば、化物か!?」

「一体何発浴びせたと思ってるんだ!?」

「大賢者アルフレドはおらんではないか!」

「あれは弟子の賢者か…」

 兵士たちはありったけの爆薬を浴びせたにも関わらず平然としている俺たちに警戒感を強めたのか、襲い掛かってくる素振りもない。

 ……うーんこのままじゃ埒が明かないなぁ。

 そう思っていたところに、敵の輸送物資が到着したようだ。

「おぉ、追加の物資が間に合ったぞ!」

「攻撃の手を止めるな!」

 荷運びのおっさんが荷車に山盛りに積まれた爆薬の小瓶を兵士たちに配って回った。

 ……おい、おっさん!何してくれちゃってんの!?

 荷車の爆薬をまるごと吹き飛ばしてしまおうかと思ったその時、ヘラルドさんが声をわなわなと震わせた。

「セ、セルジオ……セルジオなのか!?」

 ……ん?まさかの……セルジオだ……

 残念ながら、ヘラルドさんの声はセルジオに届いていない。セルジオは兵士たちが殺そうとしているのが自分の親父だとも知らずに意気揚々と爆薬を配り回っている。

「シリウス君……まさかあの人が……」

「……ええ。セルジオ・ロドリゲスご本人ですね……」

 俺とララさんはなんとも言えない微妙な表情でお互いにしばらく見つめ合っていた。
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