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第1章 幼少期編

第20話 地下洞窟の主

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 俺たちはもと来た道を引き返し風神門をくぐったが、山の姿は消えなかった。それどころか、山頂から下るにつれて景色がちゃんと変わっていたことにもビックリだ。

「アルフレドさん……ジーフ山、まだ見えてますよね?」

「うむ、見えておる。おそらく山頂までたどり着いたことで、ジル様とアルマ様ひいては霊峰の精霊に認められた……ということではなかろうかのう」

「なるほど……」

 まぁ確かにジルさんたちに時々は戻ってこいと言われているのに、その都度手探りで風神門を探すのは面倒だからこの方が助かるんだけど。

「やーまーをー、こーえーてー」
「やーまーをー、こーえーてー」

 そして、ララさんは旅の仲間に女の子が増えたことでテンションが上り、さっきからシエナと歌ったりはしゃいだりワイワイやっている。

 その後、ジーフ山に沿って歩くこと約数時間、現在地は風神門の反対側のあたりだろうか……途中で、数匹の猩猩を発見した。行きはいきなり囲まれた相手だけに、俺たちにも自然と緊張が走ったけど、猩猩たちはこちらに気づくと近寄らず去っていった。

「うむ……この近くに地下洞窟の入口があると聞いたんじゃが……」

「クン……クンクン……」

 シエナが何やら鼻をひくつかせている。

「あっちから変な臭いがする!」

 犬か!

「まぁ……行ってみますか」

 というわけで向かった先に、ちゃんと洞窟の入口らしき洞穴がありました。

「シエナちゃんすごいのねぇ!」

「えへへ……」

 ララさんが、素直に褒めるもんだからシエナも得意顔だ。

「とにかく、行ってみましょう」

 俺たちはそれぞれ木の枝に火を付けて簡易松明を作り、下に伸びる洞窟の奥に向かって進みだした。

 奥に進むに連れて鼻を突くような強烈な臭いが濃くなった。洞窟の外では分からなかったし、中に入ってからもしばらくは「ちょっと酸っぱいなぁ」くらいだったんだけど、今はもうダメだ。夏場に1週間洗ってない体操服みたいな臭いがする。

 俺の名誉のために言っておくけど、俺は毎日ちゃんと家に持ち帰る派だったからな!
 
「シリウス……もう無理……」

 シエナの具合が悪そうだ。なんたって洞窟の外からこの異臭に気づくほどの嗅覚なわけだし、俺が感じている何倍も鼻にダメージを受けているはずだ。

「シエナちゃん、とりあえず回復の魔法を使って!それからこれで鼻と口を押さえておいて」

 俺はカバンからシャツを1枚取り出すと、ビリビリに破き、いくつか重ねてシエナに渡した。

 シエナは自分に状態異常回復をかけると俺のシャツの切れ端を顔に押し付けた。

「もごもごもごもご…」

「え!?なに!?」

「シリウスのにおい、えへへ」

 ……ったく、こんな時になに言ってんだか。俺はシエナの頭をぽんと叩くと、そのまま余ったシャツの切れ端を顔に巻き、先頭に立って先へ進んだ。


カランカラン……

 ん?何か蹴ったみたいだ。

 固いけど、石っぽくはない乾いた音が洞窟に響いた。

「何の音じゃ……む、これは」
「きゃ!」

 松明で足元を照らすと、そこには無数の骨が転がっていた。中には頭骨も混じっているが、見たところ人ではなさそうだ……

「これは……魔物の骨じゃ。こっちはおそらく鉄爪熊(アイアンクローベア)、これはツインウルフか、これは……猩猩じゃ」

 中には腐敗した肉がまだ残っているものもあるようだ… 
 
「気持ち悪っ……」
「魔物の肉は好きだけど、これは美味しくなさそう……」

 足もとに転がる無数の骨を踏み砕きながら、俺たちはさらに先へと進んだ。

「……水の音がする……」

 俺達の辿り着いた先は、巨大なドームの様な空間になっていた。ドームの奥からは水が湧いているのか、緩やかだけど、確かな流れとなって奥へと続いていた。

「もごもご……もご」

「え?」

「なにか……いる」

 それと同時に俺達の方に何かが飛んできた。

「ゴフッ…ギェァ……ヴヴッ……」

「し、猩猩!?」

 俺たちの目の前に飛んできたのは瀕死の猩猩だった。身体の欠損がひどく、すでに虫の息だが辛うじて生きている。

「こいつ……食われてる?」 

 ララさんがボソリと呟いたが、きっとその通りだろう。だとすると、こいつをこっちに放り投げたのが捕食者の方か。

 ズチャ…ズチャ…

 それなりの質量を感じさせる、湿った足音がこちらに近づいてくる。

「アルフレドさん、ララさん、気をつけてください」

 ズチャ…ズチャ…

 松明の明かりの先に巨大な影が映し出されると同時に、俺は鑑定を発動した。

【ステータス】
名称:ギュジェス
種族:魔族
身分:下級魔族
Lv:22
HP:305
MP:623
状態:正常
物理攻撃力:90
物理防御力:112
魔法攻撃力:320
魔法防御力:450
得意属性:闇
苦手属性:光
素早さ:250
スタミナ:345
知性:482
精神:403
運 :--

保有スキル:
 (魔族)被魔法攻撃弱化
保有魔法:
 魔闇魔法:生命力吸収・魅了・混乱・恐怖・猛毒・金縛り・侵食

 魔族……って悪魔か?ステータスもなんともそれっぽい感じになっている。
「下級」なんて書いているけど、普通にかなり強いんじゃないコレ?

「キシシシ……コレハコレハ……コンナ所ニ客人トハ珍シイ」

 ハズール語で話しているようだが、アクセントやイントネーションがクセ強めだ。俺は手に持った松明を悪魔との間に放り投げて敵の姿を鮮明に照らし出した。身長は猩猩より更に大きく3メートル以上はありそう。そしてこいつは体の表面がネトネトした粘液に覆われている。

「あ、悪魔じゃと……!?いかん、逃げるんじゃ」

「オヤ?ソコノ老人ハ私ノコトガ分カルノデスカ?」

「お師匠……悪魔ってそんなにヤバいんですか?確かに身体は大きいですけど、こっちにはシリウスくんとシエナちゃんもいるんですよ?」

「いかん……ワシの知る通りの魔族であれば、やつに魔法は効かん」

ーーーーー
保有スキル:
 (魔族)被魔法攻撃弱化
ーーーーー

 コレのことか……自分が受ける魔法攻撃の効果を弱める、って意味だろうな。

「あの……ギュジェスさん?こんなところで何をやってるんですか?」

 俺はまずこいつの目的を把握しようと、思い切って魔族に話しかけてみた。

「オマエ!ナゼ私ノ名前ヲ知ッテイル?マサカ……鑑定持チカ?」

「あぁ……そうです。で、こんなところで何をしているんですか?」

「決マッテイルデショウ。地下水ニ毒ヲ流シテ、人間ドモヲ弱ラセテイルノデスヨ」

「えっと……食べるために?」

「他ニ理由ガアルト思イマスカ?」

 えっと……地下水の件、こいつが犯人で確定だろ?そしてこいつを倒せば問題解決ってわけだ。
 悪魔とこれ以上会話していても仕方ないので、俺は何も言わず全力のエアカッターを撃った。
  
 ふぅ……またつまらぬものを斬ってしまっ……てない!?

「今ノハ風魔法デスカ?中々ノ威力ダッタノデショウガ、私ニハ効キマセン」

 マジ!?本気で撃ったんですけど!?

「とりゃ!」

 そしてシエナがコレまた尋常じゃない勢いの火炎を浴びせた。

「無駄デスヨ?」

 しかしコレもほとんど効いていない。魔族のHPは俺とシエナの攻撃を合わせて3しか減っていない。

「じゃぁ……シエナパーンチ!」

 シエナはあっという間に魔族との距離を詰めるとそのボディに全力の右ストレートを叩き込んだ。

「ウゲァ……イ、今ノハ効キマシタヨ……オマエ、人間ジャアリマセンネ」

「お前じゃない!シエナはシエナ!龍族だよ!」

「ナント!成龍ナラバイザ知ラズ、小龍デスカ!何トイウ御馳走……コレデ私ハ更ニ強クナレル!!」

 魔族ギュジェスはシエナよりも更に速い動きでシエナを蹴り飛ばすと、そのまま俺たちの前に転がっていた猩猩をつまみ上げバリバリと喰い始めた。猩猩を食らうたびにギュジェスのHPは回復していく。

「ギエアァァァァァ……」

 猩猩の断末魔の悲鳴がドームに響く。

「う……おぇっ」

 ララさんはその光景のあまりの凄惨さに耐えきれず胃の中のものを吐き戻してしまった。

「サァ小龍、次ハオ前ヲ味ワッテヤリマスヨ」

 ドームの壁に叩きつけられたシエナはすっと起き上がるとそのままギュジェスに向かって突進した。

 ダメージは多少入っているが、それほどではない。

「シエナキーック!」

 しかし、シエナの飛び蹴りは見事に空を切り、ギュジェスにかすりもしなかった。

「サッキハ油断シマシタガ、オ前ノ動キハ既ニ見切ッテイマス!サァ、大人シク私ノ糧ニナリナサイ!!」

 シエナは再び特攻を仕掛けるべく、ギュジェスに向き直ったがそこから動く気配が無い。

 ……いや、動けない?

「う、うぅ……」

 苦しそうに身体を震わせるシエナにギュジェスが嘲笑を向けた。

「ドウデスカ、私ノ金縛リハ?ソノママ抵抗モ出来ズニ自分ガ喰ワレル様ヲ見テイナサイ」

 やばいやばいやばい!このままではシエナの踊り食いが始まってしまう!

 ギュジェスはシエナの頭を自分の顔の高さまでつかみ上げると、身動きが取れず苦しむシエナの表情を眺めて愉悦に浸っている。

「シ、シリウス……ピカ!」

 ……ピカ?あ!なるほど!

「ギュジェスさーん!こっちにも美味しいものがありますよ!」

 俺はギュジェスの注意をひくために大声を上げた。

「ン?何デスカイキナリ」

 ギュジェスが振り向いたタイミングを見計らって俺は魔力増し増しのフラッシュを奴の目の前で炸裂させた。

「ウガ!クソ!目ガ……」

 やっぱり思った通りだ。ダメージは入らなくても暗闇でいきなり閃光を直視すれば目はくらむ。

「必殺!シエナキャノン!」

 ギュジェスの注意がシエナから外れた一瞬の隙を突いて、シエナが何やら物騒な技名を叫んだ。

 直後、シエナの口からマジでキャノンが発射された。轟音に遅れて、ものすごい熱風が俺たちのところまでやってきた。

 ギュジェスは頭の上半分が消し飛び「馬鹿ナ…」とだけつぶやいて息絶えた。

「ふぅ……危なかった!」

 シエナは何事もなかったかのようにケロッとしている。

「良かった……でも、シエナちゃん、今のはいったい?あんな魔法使えたっけ?」

「今のは魔法じゃないよ?息吹(ブレス)!」

 あ、そうなんだ!なぁんだ……とか言えるか!
 俺これからはもう龍族怒らせるのやめよ……

「ま、魔族を倒しおったのか……たった二人で?」

「お師匠、魔族ってそんなにヤバいんですか?」

「アレは災害じゃ。人にどうこうできるものではないと、一般的には考えられておる……」

 やっぱ、そのくらいには強いよね?ぶっちゃけシエナいなかったら俺たち確実に全員食われてたし。

「でも、アレで下級なんですもんね……上級とか出てきたら今の僕達じゃどうにもならないですよね」

「シエナがもっと強くなるから大丈夫だよ!」

「ハハハ、じゃぁ僕もシエナちゃんに負けないように頑張らなきゃね」

「うん!」

 昔、台所に出る黒くて早い虫(通称G)を1匹見かけたら、30匹はいると思えと言われたことがある。
 俺にはこの魔族というのが何となく同じ類の生き物のように感じられた……

「それよりも今は、早急に地下水脈を浄化しなくちゃ!」
「そうじゃのう」 

 ということで俺たちは手分けして解毒の魔道具を作り水の湧き出る地点から順に浄化していった。

 魔道具に魔力を通すのは、主に俺とシエナの役目だったが、水の量が膨大で限界ギリギリまでMPを使うことになった。

「うむ、一旦こんなもんじゃろう。汚染された土壌や植物は元には戻らんかもしれんが、これ以上毒が拡大することはなくなったじゃろう」

「良かったですね!」

 俺たちは洞窟の外に出ると、少し離れたところで一休みし、新鮮なおいしい空気を肺いっぱいに味わうと、そのままトマさん達の待つ村へと先を急いだ。
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