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第十話 エクセンタスの街を併合する

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---クライスラー視点 執務室---
「ガトー!?ガトーだと!?なぜ奴が……ま、まさか今ならこちらの戦力が薄いと見て逆に攻め込んできたのではあるまいな」  

兄ガレオンを変わり果てた姿に変えた相手の突然の来訪に動揺を隠せない父グラハム。

だが、気持ちは分かる。
あの人はなぜ、今ここにやってきたのだろうか?

「父上、落ち着いてください。向こうがその気ならわざわざこんなことをしなくても良いはず。そうです、魔物の大軍を送り込むだけでこんな小さな街など簡単に制圧できます」

「うむむ……で、では、一体何が目的だというのだ」

「分かりません。ですから、話を聞いてみようではありませんか」

「し、しかし……」

「いいですか、間違ってもガトー殿に復讐しようなどと思わないでくださいね」

ガトー殿は街の人達の命は助けると言ってくれた。ただの口約束ではあるが、こちらから敵対する姿勢を見せない限り、あの人なら約束を守ってくれそうな気がする。

俺はなんとか納得させた父上を連れて屋敷の応接室に向かったのだった。

………
……


「おぉ!これはクライスラー殿、待ちくたびれたぞ!」

顔は満面の笑みだがあれは間違いなく「待たせすぎだバカ」とお怒りなのだろう。くそっ、私一人なら全力疾走で駆けつけたものを。

「お、お待たせして申し訳ありません!少々準備に手間取りまして。それから……ご紹介いたします。こちらは私の父でこの街の領主でもあるグラハム・エクセンタス男爵にございます」

「うむ、グラハムである」 

父上ぇぇぇぇ!?何故そんなぶっきらぼうな挨拶なのだ!?もっと口角を上げて「お会いできて光栄です」とか気の利いた一言を添えるんだよ!

そして握手くらいしてくれよ!ガトー殿が気を利かせて先に手を出してくれているではないか!

俺の内心の焦りなど父上には分からないだろうが、あなたの言動に俺たちの生死が懸かってるんだぞと声を大にして叫びたい。

「うん……?そうかそうか、私はガトーだ。よろしく頼む」

ガトー殿は首を傾げながら父上に続いてゆっくりとソファに腰を下ろした。

「ここに来る途中で街の通りも軽く見て回ったが、小さいながら活気があって良い街ではないか。特に広場は市も並んでいて賑わいもあるし、出ている店もなかなかの品揃えだ」

にやりと口角を上げて笑みを浮かべるガトー殿だが、目は笑っていない?目つきが悪いだけなのか、それとも……

俺の背筋を冷たいものが走る。

「あ、ありがとうございます……」

……っまさか!?待ってくれ……あまり機嫌を損ねると広場ごと吹き飛ばすということか!?これは間違いなく危険信号だ、これ以上父上がガトー殿の気分を害す前になんとか要件を聞いて会談を終えなければ、街が無くなる。

「そ、それでガトー殿……本日はどういったご用向で……?」

「あぁ、そうだった。昨日は一悶着あったが、この街は私の拠点のすぐ近くだろう?今後も仲良く付き合っていくために早めに和解しておくのが良いかと思って話をつけに来たのだよ!」

こ、これは……まさか、こちらが国王に依頼して増援を寄越してもらう可能性まで見越して先手を打ってきたと?つまり、昨日のガトー殿の建国宣言を全面的に受け入れなければ……

「ふんっ……仲直りだと?我が領地を勝手に占拠し、わたしの倅をあのようにしておきながらよくもそのようなことが言えたものだな……」

「ち、父上っ!」

あぁぁぁぁぉ………終わったか

恐る恐る対面に座る二人の表情を確認すると……アリストテレス殿は冷ややかな目で父上を凝視している。
あれは、父上を殺すことくらい蚊を潰す程度にしか思っていないような、そんな冷酷な目だ。

ガトー殿は……いや、恐ろしくてガトー殿の顔を見ることができない。

「ふむ……まぁ土地の件は我々もよく分からん。何度も言っているが、気付いた時にはあの場所にいたからな。それから、ガレオンといったか?彼の件については、こちらにはこちらの言い分があるが……それを言っても平行線であろう」

言うだけ無駄……だから死ね……きっと次にはこう言われるに違いない。

「効き目は保証できんが、これをガレオン殿に与えてみるとよかろう」

……え?  

ゴトリ、というテーブルになにかが置かれた音につぶっていた目を開くと、そこには小さな小瓶が一つ。

「ガトー殿……これは?」

「完全回復薬、エリクサーだ」

「エ、エリクサー!?本当ですか!?」

「あぁ、信じられんかね?彼は弱き者でこそあったが、最後まで私に立ち向かうだけの気概を見せた。失うのは惜しいと思ったのだよ」

「いえ、そんなつもりは……ただ、物が物ですので……」

これが本物だとしたら大変なことだ。現存するのは各国の王族のもとに数本のみと言われる、今の技術では作ることのできない秘宝中の秘宝が目の前に……

「ただし、エリクサーといえども切断されて時間のたった腕が復元できるかは分からない。試したことはないからな」

「な、なるほど……」

「ふんっ、騙されんぞ!伝説の神薬とまで言われるエリクサーがこんなところに存在するわけがないだろう。おおかた、毒でも入っていて今度こそ完全にガレオンを殺そうとしておるのではないのか」

おい、父上ぇぇぇぇ!なぜだ!?なぜそこで水を差す!?
本物だとしたら、兄上を救える唯一の手段なんだぞ!?

「なるほど、この時代ではエリクサーは希少なのだな。であれば疑うのも無理はない……証拠を見せたほうが早いかもしれないな《召喚・キラーアント》」

突如、机の横に魔法陣が出現し巨大なアリの魔物が姿を現した。

「どへっ!?」

超至近距離に現れた巨大アリと目が合い、俺の心臓はドクンとはねた。

「ヒェぇぇぇぇぇっ、ま、ままま、魔物!?」

父上は座っていたソファごとひっくり返る。

「あぁ、すまない。驚かせたようだが、害はないので安心してくれ。ちょっとした実験用に呼び出しただけだ」

立ち上がったガトー殿の手にはいつの間にか剣が握られている。

「き、き、き、き、きさま!やはり我らの暗殺を目論んでおったのだな!」

「はぁ……違う違う。まぁ見ていろ」

慌てふためく父上を軽く受け流し、ガトー殿はなんと……魔物の腕を一本二本と次々に剣で切り落とし始めた。

室内には魔物が漏らす悲鳴のような鳴き声が響くが、不思議なことに魔物は全く抵抗しない。

呼び出した魔蟲をおもちゃのように切り刻むその様はまさに蟲の王……

あっという間に魔物は四本の腕を落とされ二足立ちになった。

「よし、このくらいでいいか」

ガトー殿は机の上のエリクサーの瓶を取り、中身を魔物にふりかけた。

「な、なんと……」

淡い光が魔物を包んだかと思うや、根本から切り落とされてなくなったはずの腕がみるみると再生していく。

巨大アリ自身も驚いたように新しく生えた腕を左右上下に動かしている。

「お分かりいただけたかな?《転移門》……お前は帰っていろ」

ギギギと鳴くと巨大アリは転移門の向こう側に消えていった。

「え……ええ。しかし、よろしかったので?貴重なエリクサーをあのような魔物に……」

「あぁ、問題ない。まだいくらでもストックはある」

そう言ってガトー殿は懐から同じ瓶をもう一つ取り出した。

「ガレオン殿に使ってみると良いだろう」

「ぐぬぬぬ………な、何が目的だ!本当の狙いを言うのだ!」

口ではそう言いつつも、父上の目線はエリクサーに釘付けだ。跡取りとして育てた兄上が回復するおそらく唯一の可能性が目の前にあるのなら、それにすがりたいのが親心というもの。俺だって兄上には元のようになってほしいと思う。

しかし、もし俺が今の兄上のような姿になってしまったとして父上はここまで熱心に俺の回復を願うだろうか……考えても詮無きことか。

「狙い、か。最初に言ったとおり、この街と友好的な関係を作っておくことこそが今日の狙いなのだが……」

「っ!?……ガトー陛下……まさかここでプランBを発動させるおつもりとは……ハッ」

これまで何も口を挟まずガトー殿の後ろに控えていたアリストテレス殿がそうつぶやくのが聞こえた。そして何やらバツが悪そうにしている。

プランBってなんだ!?

怖い、怖すぎる。

ガトー殿はしばらく顎に手を当てて首を傾げながら、何かを思案した後ゆっくりと言葉を発した。

「……そうだ。アリストテレス、私の意向を無視せぬようお前が話を進めよ」

「………はっ!ありがたき幸せ!」

紳士的なアリストテレス殿があのように……飛び跳ねるほど喜びを露わにすることがあろうとは。

「では、陛下に代わりここからは私めが話を進めさせていただきましょう。まず、このエリクサーを差し上げるのは友好関係の構築が狙いという点に嘘はございません。しかしながら何かはっきりとした結果がなければ領主殿は納得されないご様子ですので……そうですな、友好の一環としてエクセンタスの街には我らがフォルミカ帝国の一部となっていただきましょうかね」

その時のアリストテレス殿の冷たい笑みを俺は一生忘れないだろう。

「っ…なんだと!?」

思わず声を上げた父上の視線の先には、父上以上に目を丸くしているガトー殿がいた。

そんなにも……そんなにも父上の反応が意外だったのか?
まさか、躊躇なくアリストテレス殿の提案に飛びつくと想定しておられたのだろうか?

「アリストテレス殿!それはつまり、我らエクセンタス家に王国を裏切れと、そう仰るのですか!?」

驚きに言葉を失っている父上に変わって俺が会話をつなぐ。

「ふむ………直接的に申し上げるなら、そういうことですな。もちろんそうなったあとも街の統治は貴方がたエクセンタス家の皆さんにお願いしようと思っておりますが、いかがかな?」

「な、なにが友好だ!そのようなこと……うぬぬ……こんなもの、完全なる脅迫ではないか!我らエクセンタス家がレイモンド王家を裏切ることなどありえぬ!」

鼻息を荒くした父上がアリストテレス殿に向かって大声でまくしたてる。

「おお、何と素晴らしき忠誠心か!結構結構。では、お聞きしますが、そのレイモンド王家は貴方がたの忠誠心の見返りに、こんな田舎の男爵家の……それも家督すらまだ継いでいない長兄ごときのためにエリクサーを用立ててくれますかな?」

「ぬぬぬ……そ、それは……そうだ!そちらがエリクサーを大量に保有していることをレイモンド王に奏上すれば必ず大軍を動かしてくださることだろう。中でも王国の精兵、王国騎士団が出てくればいかにそなたたちでも多勢に無勢!万に一つも勝ち目などないのだから、必然的にそちらのエリクサーは王国のものになるではないか!」

「フフフ……なるほど、奪ってしまえば良いと?それこそ賊の考え方ではございませんか?」

アリストテレス殿の言う通りだ。父上は徐々に冷静さを失いつつある。

「たしかに我らは大量のエリクサーを保有しておりますが、奪われそうになれば全て破棄するかもしれませんよ?そうなってしまえば誰も得をしませんな」

「そ、それは……」

「まぁ私が思うに、もし仮に我らのエリクサーが王国に奪われたとしてもやはりこんな田舎貴族のもとにエリクサーは回ってこないと思いますが」

「な、な、なぜそんなことが言える!」

「簡単でございますよ。エリクサーが各国の王家といえど数本しか保有していないような希少アイテムであるなら、賢く使えば外交において他の追随を許さぬほどの優位性を得られましょう?あるいは……王国騎士団、でしたか?国の精鋭でしたね。有事の際にはそちらの回復に使ったほうがよほど国益につながる。つまり、仮にエリクサーを何本持っていたとしても、それをこのような荒野の田舎貴族に使うことなど絶対にないのです。もっとも……陛下以外の他の十王もいないこの時代において陛下の敗北などまず考えられませんから、そのようなこと仮定をすることがそもそもムダではありますが」

「ぬぬぅ……」

父上は顔を真っ赤にして唸っているが、アリストテレス殿の仰っていることは正しい。
父上がいかに王家に忠誠を誓っていようが、王家からすれば我らは所詮片田舎の弱小貴族なのだから。

父上は兄上を救うため……つまりエリクサーを手に入れるために他に取れうる手段を必死に考えているご様子……しかしそんな妙案は無いだろう。

「し、しかし……我らエクセンタス男爵家が王家に背くなど……そうだ!それを売ってはくれぬか?大金貨30枚……いや50枚でどうだ?」

「なるほど……購入とは考えましたな。しかし……先日陛下がそちらの駄馬に大金貨10枚払ったことから考えると、安すぎますな……国宝クラスの秘薬となれば少なくとも聖金貨50枚以上はいただかなければ」

「っ……聖金貨50枚!?そのような大金、有るわけがなかろう……」

まさか、ガトー殿はこの展開まで見越してあのとき俺に大金貨を……?だとしたら、あの方の頭の中はどうなっているのだ。

「ククッ……ならばご子息のことは諦めますか?まぁアレがおらずとも、そこのクライスラーがあなたの跡を継げば良い。レイモンド王家への忠義を貫き、ガレオンと街の民を犠牲にする覚悟がお有りならそれも良いでしょうな」

「くっ……」
 
父上は昔から兄上を……ガレオンを跡取りにと決めて手塩にかけて育ててきたのだ。
俺が見ていて辛くなるほどに……

それに今でこそ父上は冷静さを欠いているが、領主としては決して無能ではない。街の民を大事にし、むしろ優れた領主として彼らの暮らしやすい都市運営を続けてきた。
だからこそ、アリストテレス殿の言葉が嘘ではないことも分かっているはずだ。

そんな父上がアリストテレス殿の言葉に動揺しないはずがない。

「己のつまらぬ意地のために、跡取りと民を犠牲にすることはないでしょう?」

「そ、それは……」

「さて、今一度問いましょう。グラハム殿、あなたは我らからの友好の証として、陛下から賜りしエリクサーを取られるか……否か」

アリストテレス殿はそれきり回答を急かすことなく、父上は押し黙ったまま時間だけが五分十分と過ぎていった。

「アリストテレス……殿……本当に、我が息子、ガレオンに……そのエリクサーを使ってくださるのか」

「ええ、あなたの答えが『正解』であれば」

「本当に……街を……民の安全は保証されるのだろうか」

「ええ、あなたの答えが『正解』であれば」

「……分かり……ました。我がエクセンタス家は今よりガトー陛下に従いましょう。いえ……従属することをお許しください」

俺の当初の見立てでは父上は絶対に王国を裏切らないと思っていたが……これはいい意味で予想外だった。

俺はすでにガトー殿に付くと宣言しているため、もし父上がここで逆の立場を表明すれば、俺は一族と敵対するところだったのだから。

いや、下につくのなら『殿』ではなく『様』と改めるべきか。

「素晴らしい!では早速ガレオンを連れてきなさい」

アリストテレス様の指示により、兄ガレオンが連れてこられた。兄上はガトー殿に気がつくなり発狂したように奇声を上げ部屋から逃げ出そうとしたのだが、アリストテレス様に簡単に抑え込まれてしまった。

「だぁぁぁあ!ぎやぁぁぁ!あぁぁぁぁ」

兄上の筋力は人間の中でも決して低い方ではないはず。それを猫でもつまみ上げるように簡単に抑え込んでしまうアリストテレス様もやはり規格外なのだろう。

「これはこれは……随分と変わり果てたな」

ガトー殿がエリクサーの瓶を片手に立ち上がった。

「ガレオンよ、腕が戻らなくても恨むなよ?」

そう言ってガトー様は瓶の中身を兄上の口に流し込んだ。

すると、巨大アリのときと同じように淡い光が兄上を包んだ。そして、植物のように肩から腕が生えて伸びていく。

「ほう……良かったな。エリクサーは失われた腕を再生してくれるようだぞ」

なくなったはずの腕が完全に再生されるまで10秒もかからなかった。

「ここは……屋敷か?俺はいったい……き、貴様はガトー!」

さらに、兄上の口からちゃんと意味の伝わる言葉が出てきたことにも驚いた。

「ほう……壊れていた精神も修復されたか。ガレオン、腕の具合はどうかな?」

「腕?はっ!確か貴様に切り落とされ……魔物に……食われたはず……それがなぜ俺に腕がついている!?」

「ふむ……記憶は昨日から途切れているようだな。グラハム、状況を説明してやれ」

ガトー殿に指示され、父上が別室で兄上にこれまでの経緯を話して聞かせた。

そしてしばらくしたあと、二人は固い表情で戻ってきた。

「………で、話は分かったか?ガレオン、不満があるならもう一度相手になってやっても良いが……」

「い、いえ……やめておきます。そ、それより……俺なんかにエリクサーを使ってくれたってのは……」

「俺なんか……などと卑下するものではない。お前の剣はまだまだだったが見込みがないわけではなかった。これから精進すればもっと強くなれるであろう」

「なんて器のデカさだ……このガレオン・エクセンタス、一生貴方様についていくと決めました!これまでの非礼をお詫びするとともに、今後もガトー様の配下としてお使えすることをお許しください!お願いします!」

あの負けず嫌いで傲慢だった兄上がすっかりおとなしくなったものだ。それに、兄上が他の人に頭を下げるところなんて今までこの方見たことがない。

「……そうか。ならば私に仕えることを許そう」

「はっ、ありがとうございます!」

「では、諸君。今日の目的は無事達成されたことだし、私は帰還するとしよう。今後のことは追って知らせる」

俺と父上と兄上はガトー様の前に跪き、転移門をくぐってお二人の姿が見えなくなるまでその場で頭を下げていた。


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