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プロローグ 最初で最後の深刻なバグ
しおりを挟むグラン・オルトナOnline
---起動---
過酷を通り越してもはや惨酷と言っても過言ではない仕事を終え、日付が変わってから帰宅する俺の最高の楽しみだ。
こんな時間でもまだまだこの世界はプレイヤーで溢れているし、プレイ年数の経過に比例して度々顔を合わせるようになったことから仲良くなった知り合いだっている。
そんな人たちとダンジョン攻略にでかけたり、不定期開催のイベントを進めたりすることもある。
それに最近はひょんな事でちょっとした有名人になってしまったせいで初心者たちにも名前が知られているらしく、しばしばヘルプを頼まれたりもするようになった。
しかし、この日はいつもと少し違った。
いつもと同じようにログインし、メッセージやお知らせのチェックをしたあとでフレンドリストを確認するも……知っているプレイヤーが誰もいなかった。
まぁフレンドリストといっても10人くらいしか登録はないが。
「あれ?イベント真っ只中なのに誰もフレンドがいないなんて珍しい。まぁ仕方ない……生産でもやって時間潰すか」
もっとも、知り合いがいたとしても基本コミュ障な俺が自分から挨拶したりクエストに誘ったりすることはなく、大体相手から誘われるのに乗っかるだけだ。
ヒューマン系のキャラで街中にでもいれば、誰かにばったり会うこともあるかもしれないが、俺のキャラは特性上あまり人の街では歓迎されないため変装なしでは近づけない。
人族・亜人族系以外のキャラが……例えば俺のような魔人系のキャラクターが街にいるのが見つかるとNPCの警備兵に追いかけ回されるのだ。
特に用事もないのにわざわざ変装して街に行くのも億劫なので、戦闘や冒険に出かけるとき以外は拠点で生産をコツコツ進めて過ごしている。
『〈おしらせ〉これより緊急メンテナンスを行います。まもなく、全プレーヤーはログアウトされます。メンテナンス中はサービスをご利用いただくことができません。プレイ中の皆様にはご迷惑をおかけいたしますが、メンテナンス終了までしばらくお待ち下さい』
突然画面に浮かぶずいぶんと一方的なメンテ予告。文面の端には1分を表すタイマーまで付いていて、こうしている間にもカウントダウンを続けている。
運営がこんな雑な対応をするのは珍しい。というかプレイしてきたこの5年近くの中でも経験がない。
そして、そんなレアな出来事こそがベテランの好奇心をくすぐるものだ。
おそらく時間が来れば強制ログアウトだろうが、もしかしたらログアウトの瞬間に何かバグが見られるかもしれない。もしかしたらほんの少し時間が過ぎてもゲームの世界に残っていられるかもしれない……
そしてタイマーはあっという間にゼロになった。
……今のところ強制ログアウトはない。
…1分…2分…3分経過。
んなぁぁぁ!
一体どうなってるんだ?今日は最初から少しおかしくないか?
生産途中の素材や道具をそのままに、自室から勢いよく飛び出した。
外はどしゃぶりの雨。顔に当たる雨粒が冷たい。
足元の水たまりには虹色の鎧を身にまとった目つきの悪いチビが映っている。
『蟻人族』……それが俺のキャラの種族だ。
キラーアントというアリの魔物から進化した魔人種でパワフルさは他種族と比べてもかなり上の方だが、なんせ元がアリなのでユーザー受けせず、最新のキャラメイクでは廃止に追いやられた不人気な種族だ。
しかし人気など関係ない。もともとアリが好きだった俺は敢えて蟻人族を選び何年もかけてキャラをここまで育て上げたのだ。
これまでの苦労を思い返すといまだに目頭が熱くなる。
おっと………いかんいかん、思考が脱線してしまった。
今は、バグの真っ只中……出来るだけ普段出来ないことをやってみなければ。
………普段?
俺は自分の顔に手を当てて、びしょ濡れの顔を拭った。
冷たい。
いや、おかしい。冷たいはずがないのだ。いくらグラン・オルトナがリアルだからといっても、触覚まで再現することはできない。
だから熱いとか冷たいとか、そういうのは画面上のエフェクトのみで、プレイヤーは「それっぽさ」を楽しむもののはずだ。
得体のしれぬ気持ち悪さに目眩がする。
視界の端にちらりと見えるアイコンからメニューを開く。目の動きだけでコマンドを選択する操作はまさに『グラン・オルトナOnline』そのもの。
そしてすぐに視界一面にメニュー画面が広がる。
ログアウトを試すが、コマンドが潰れていて押せない。
強制終了しようとヘッドギアを外すように頭に手を伸ばしても、それはただチビが自分の頭を引っ張っているだけでしかなかった。
運営に連絡は取れないだろうか?
《コマンド->その他->GMに連絡》
……だめだ、そこから先の送信ボタンが無くなっている。
……ゲームの中に取り残された?
ステータスの項目を選んで開くと俺のキャラ情報がポップアップで表示された。
名前:ガトー
種族:蟻人族(エンシェントキラーアント)
ランク:アントロード
Level:100
称号:輝甲の蟲王
うん……間違いなく俺だ。
続いてフレンドリストを開くが、名前がない……消えてる?
アイテムはあるか?
アイテムボックスを開き中身を確認すると、幸いにも所持していたアイテムはそのままのようだ。
タブを切り替え、念のため倉庫の中身にも目を通したが、なくなっているものはなさそうだし、とりあえず当面の物資も資金も何とかなりそうだ。
あと、俺に残されているものといえば……
振り返ると背後にそびえるのは真っ黒な大岩をいくつも重ねて創られた巨大な蟻塚『グロリアフォルミカ』。
目に見える地上部分だけで高さは数十メートル、更に地下には10階層に及ぶ深く広い地下迷宮が広がる蟲王ガトー(俺)の拠点だ。
グラン・オルトナでは特定の土地を購入し、その土地にオリジナルの建物を創ることができる。
これを創る材料集めに、従者たちを連れて火山地帯を何往復もしたのを思い出す。
そうだ、従者たちは呼び出せるだろうか?
それを確かめるべく、俺はグロリアフォルミカの地下最深部に作った蟲王の間へと向かった。
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