上 下
48 / 63

第48話 くじ引きは当たると景品にこまる

しおりを挟む
 スーパーで会計を済ませた唯斗ゆいとは、渡されていたお金にレジ袋代が含まれていないことに気が付かされ、仕方なく卵を手で持って帰ることにした。

「地球より息子に優しくして欲しいよ」

 そんなことを呟きながらコンビニの前を通った彼は、ふと見知った顔があることに気がついて足を止める。
 彼女は入口の近くで棚を見つめながら、悩ましげに首を傾げていた。唯斗は不思議に思いながら入店すると、後ろから声をかけてみる。

瑞希みずき?」
「ん? 小田原おだわらじゃないか」

 彼女は振り返ると、軽く「よっ」と挨拶してくれる。唯斗も真似をして手を上げようとしたが、卵を落としそうになってやっぱりやめた。

「どうして手で持ってるんだ?」
「ハハーンが意地悪するから」
「……よく分からないが、良かったら使ってくれ」

 瑞希はそう言うと、カバンの中から取り出したエコバッグを手渡してくれる。しかも底が平らになっているやつだ。

「大天使ミズエル……」
「なんだそれ」

 唯斗は「ありがたく使わせてもらうよ」と言って、バッグの中に卵をそっと入れた。
 これで給食のトレーを持って順番を待つ小学生みたいにならなくて済むよ。

「瑞希はこんなところで何してるの? 最寄りってここじゃないよね?」
「ああ、ちょっとこれが欲しくてな」

 瑞希が指差した先には、一番くじと書かれた棚があった。運が良ければ、アニメの人形やポスターが当たるらしい。

「マルにおすすめされたアニメのやつでな。くじをやってる店で家から一番近いのがここなんだ」
「そういうことだったんだね」
「おう。でも、1回がそれなりに高いだろ?何回引こうか迷ってたところなんだよ」

 ぬいぐるみの横に置いてある値札を見てみれば、確かに1回700円と良い景品が貰えないと大損な価格設定。
 瑞希も花音かのんに使いすぎを注意している立場上、気のままに手を出すことが出来ないらしい。

「いくら持ってきたの?」
「一応6回分。3回分はマルに代わりに引いてきてくれって渡された分だ」
「なら3回は確定だね。せっかくここまで来たんだし、どうせなら全部引いたら?」
「いや、でもな……」
「好きなことにお金を使うのは、悪いことじゃないと思うよ?」

 唯斗の言葉に「……そうだよな」と頷いた彼女は、引換券を持ってレジへ向かうと、思い切ったように「6回分お願いします」と告げた。
 しかし、店員さんはレジの下から箱を取り出すと、中を覗いて渋い顔をする。

「すみません、あと3回分しか残ってないみたいなんですよ」
「え? ということは……」

 瑞希の目がキラキラと光る。その意図を理解したらしい店員さんは再度レジの下へ手を伸ばすと、大きなぬいぐるみを取り出した。

「ラストワン賞がついてきますね」
「おお!」

 珍しく興奮気味に喜んだ瑞希は、唯斗のボーッとした視線に気がつくと照れたようにコホンと咳払いをする。

「何かいいのが当たったの?」
「いや、そうじゃない。最後のくじを引いた人は特別な景品をゲットできるんだ」
「おお、それはすごいね」

 パチパチと拍手する唯斗に明るい笑顔を見せた瑞希は、3回分の値段だけ払ってくじを引く。
 当たったのはE賞の色紙が2枚とD賞のキーホルダーだっけれど、コンビニから出てくる彼女はすごく嬉しそうな顔をしていた。

「よかったね」
「おう!」

 こんなにもニコニコしているところに、水を差してしまうことになりかねないと分かってはいるけれど、唯斗はどうしても気になることがあった。

「瑞希、ひとつ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「そのぬいぐるみって瑞希とこまる、どっちのものになるの?」
「……」

 どうやら喜びのあまり忘れていたらしい。彼女はこまるからお金を預かって来ている。
 先程使った3回分のお金がどっちのものだったのか、証明のしようもなければ景品を半分に割ることも出来ない。
 瑞希は「そう言えばそうだな……」と落ち込んだようにため息をつくと、店員によって貼られた『一番くじ売り切れ』の紙を眺めながら言った。

「……マルの、だな」

 瑞希によると、彼女らは過去に一度だけグッズの取り合いをしたことがあるらしい。
 しかし、勝者が景品をゲットするというルールでアニメクイズ対決をして、こまるにコテンパンにやられた挙句全てを持っていかれたんだとか。
 それ以来、良い景品は喧嘩になる前に譲ってあげているとのこと。

「まあ、こまるが持ってる方がこのぬいぐるみも嬉しいだろ……」

 そう呟く瑞希の目は、ほんの少し潤んでいた。


 後日聞いた話によると、瑞希はぬいぐるみを譲ってもらえたらしい。こまるに一体どんな変化があったのかは分からないが、唯斗は彼女が報われたようでよかったと心から思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

毎日告白

モト
ライト文芸
高校映画研究部の撮影にかこつけて、憧れの先輩に告白できることになった主人公。 同級生の監督に命じられてあの手この手で告白に挑むのだが、だんだんと監督が気になってきてしまい…… 高校青春ラブコメストーリー

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

夜の公園、誰かが喘いでる

ヘロディア
恋愛
塾の居残りに引っかかった主人公。 しかし、帰り道に近道をしたところ、夜の公園から喘ぎ声が聞こえてきて…

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

雌犬、女子高生になる

フルーツパフェ
大衆娯楽
最近は犬が人間になるアニメが流行りの様子。 流行に乗って元は犬だった女子高生美少女達の日常を描く

処理中です...