上 下
43 / 63

第43話 誰かのためなら心は先走るくらいでいい

しおりを挟む
「いい汗かきましたね!」
「おだっちはダウンしてたけどね~♪」
「それな」

 そんな話をしながら、受付のところへ戻ってくる4人。ケラケラと笑われている唯斗《ゆいと》は、風花ふうかとのラリーで疲れてしまい、後半はずっとイスに座ってだらんとしていた。
 彼からすれば、こまるが2対1でも平然と戦えていたことの方が異常だと思うところである。もちろん、高すぎず低すぎない球に限ってだが。

「あれ、瑞希みずきちゃんまだ居ないみたいですね」

 30分後に集合と言っていたはずなのに、瑞希がまだ戻って来ていない。ここからダーツの場所はすぐ近くだからと、花音かのんが小走りで様子を覗きに行ってくれた。
 しかし、こちらを振り向いた彼女は「た、大変です!」と声を震わせ、ブンブンと腕ごと上下させて手招きする。

「一体何が大変なの~?」
「ナンパ?」

 こまるも冗談のつもりで言ったのだろう。ダーツエリアを覗き込んでから、「まじか」と目を丸くした。

「なあ、姉ちゃん。俺たちと遊ぼうぜ?」
「やめてくれ。私は友達と一緒に……」
「居ないじゃねぇか。少しくらいいいだろ?」

 瑞希は本当にナンパされていた。それもチャラそうな見た目でガタイのいい男2人から。
 彼女も女の子だから、男に囲まれるのは少し怖いのだろう。いつものクールな表情が少し強ばっていた。
 逃げようとすると腕を掴まれ、よろめいた拍子に机の上にあったダーツの針を落としてしまう。

「やめてくれ」
「抵抗するからだろ?大人しく着いてこいよ」
「っ……」

 一瞬、瑞希の表情が痛みで歪んだ。それと同時に風花が飛び出そうと前のめりになるが、それよりも早く唯斗が動いていた。

「瑞希、行こう」
「お、小田原おだわら……」

 彼女の手を取り、みんなのところへと連れ帰ろうとすると、「なんだこいつ」と鼻で笑ったもう一人の男が、唯斗を思いっきり突き飛ばした。
 彼はそのまま後ろにあったダーツの台に頭をぶつけてしまう。当たりどころが悪かったせいか、元々疲れていたせいか、足がふらついて立ち上がれない。

「弱いくせに突っかかってくんなよ」
「こんなやつより俺らの方がいいだろ?」
「私は小田原と……」

 それでも抵抗する瑞希に大袈裟なため息をついた男は、「こいつのどこがいいんだよ!」と言いながら台を蹴る。

「瑞希は僕の友達だから、迷惑かけないで」
「あ?」

 そこまでされても一切怖がらない様が癇に障ったのか、その男は胸ぐらを掴んで激しく揺らした。
 唯斗はその頭の悪い行動にため息を着くと、心底嫌気が差したように言う。

「夕奈より面倒臭い人っていたんだね」
「あ?なんだとこの野郎!」

 男は唯斗を台に押し付けると、衝動的に右手を拳にして振り上げた。しかし、その手は背後に忍び寄った瑞希によって掴まれる。
 キッと睨みつけるその目は鷹の如く。屈強な男さえ思わず怯んでしまう。彼女は男の足を思いっきり踏みつけると、痛みのあまり握力の緩んだ手から唯斗を解放した。

「この女ッ……ぶへっ?!」

 反撃しようと顔を振り向かせたところですかさずビンタ。よろけた体を軽く押して台へと背中をつけさせると、チラッと風花の方を振り向いた。
 それが合図とばかりに、落ちたダーツの矢を拾い上げた彼女は、それを素早い動きで的目掛けて投げる。
 風花の手から連続で放たれた三本の矢は、目にも止まらぬ速さで男の頭の上と両耳スレスレに突き刺さった。

「久しぶりだから上手くいかないね~♪」

 いつもと変わらない口調でそんなことを言う彼女はゆっくりと台へ歩み寄ると、隠し持っていた矢を取り出して男の鼻先へと近付ける。

「次はド真ん中に当てるけど、な?」

 黒いオーラを発するダークスマイルに恐れをなした男たちは、「す、すみませんでしたぁぁぁぁ!」と腰を抜かしながら逃げていった。
 その後ろ姿を見送りながら、唯斗は少し痛む後頭部を押さえて自分の無力さに肩を落とす。自分は結局何の役にも立たなかったなぁと。

「ありがとうな」
「気にしないで~♪」

 瑞希は風花にお礼を言うと、ちらりと唯斗の方を見る。そしてしょんぼりとしている肩に手を置くと、「小田原もありがとうな」と微笑んだ。

「僕は何もしてないよ」
「いや、勇気出してくれただろ?あの時、お前が来てくれたおかげでめちゃくちゃ安心した」
「……そっか、役に立ててたんだね」
「おう。あと、巻き込んで悪かった」

 彼女はそう言いながら、唯斗の頭をポンポンと撫でる。軽く触っただけでも、たんこぶが出来ているのがわかった。

「ご飯食べに行くか。そこで氷を貰えないか聞いてみような」
「別に大丈夫だと思うけど」
「馬鹿。もしものことを考えてだよ。それにそのたんこぶのせいで婿むこに行けなくなったらどうする」
「……そんなことあるの?」
「多分ないな」

 そりゃそうだ。たんこぶくらいで無くなる結婚なら、何もしなくても破局していただろうし。
 唯斗は今のがジョークだったのかと頷くと、少しクラっとする体を瑞希に支えられながら歩き出した。

「小田原はいざって時には頼りになるんだな」
「まあ、力は少し足りないけどね~♪」
「ウケる」

 和やかに笑いながら、受付へと向かう一行。
 少し後ろでカバンからメモ帳を取り出した花音は、そこに『唯斗さんがナンパさんを撃退!』と書き込んみ、小走りでみんなの背中を追いかけた。
 夕奈ゆうなへの土産話がひとつ増えたのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

毎日告白

モト
ライト文芸
高校映画研究部の撮影にかこつけて、憧れの先輩に告白できることになった主人公。 同級生の監督に命じられてあの手この手で告白に挑むのだが、だんだんと監督が気になってきてしまい…… 高校青春ラブコメストーリー

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

夜の公園、誰かが喘いでる

ヘロディア
恋愛
塾の居残りに引っかかった主人公。 しかし、帰り道に近道をしたところ、夜の公園から喘ぎ声が聞こえてきて…

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

雌犬、女子高生になる

フルーツパフェ
大衆娯楽
最近は犬が人間になるアニメが流行りの様子。 流行に乗って元は犬だった女子高生美少女達の日常を描く

処理中です...