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第十八話 戦闘シーンは手に汗握る前に終わる。

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「お、お前、どこから……」
青い髪の魔族がシルバに明るく話しかける。
「こんにちは♪ ってかなんかあなた臭くなーい?」
「動くなっ! そこを一歩でも動けば黒焦げにするぞ魔族の小娘」
ランスがその手を構えて威嚇する。
「そんな事したら差し違えてでもこの馬車の客車を攻撃しちゃうよ? こんなに厳重に守っているなんて、きっとこの中には殺されちゃまずいヒューマンがいるって事でしょう?」
「何が狙いだ?」
「お爺さん、一番強そうなあなたにこの馬車を降りて欲しいの。私と2人っきりで楽しみましょうよ!」
ランスはしばし考え、二人に指示を出す。
「シルバ、アリエル、恐らくこやつにはまだ仲間がおるじゃろう。たとえ手足がもげようと、なんとしてでも守りきれ。それがお前達がここに居る意義じゃ」
「ランス将軍……」
「皆を頼んだぞ……」
「話が早くて助かるよ~お爺さん♪」
そして二人は一斉に馬車から飛び降りた。
「お爺様ぁー!」
窓からその様子を見ていたジャンヌの叫び声が虚しく響いた……。

「御者さん、出来る限り飛ばして下さい!」
「言われなくてもやってますよ!」
「相手は僕達の分断を図ってる。これ以上相手の思うようにさせちゃダメだ」
「でも、どうすればいいんだろう……」
「アリエルは風魔法が得意なんだよね?」
「うん、そうだよ」
「その魔法で馬車を軽くしたり追い風を作り出して少しでも速度を上げられないかな?」
「分かった! やってみるよ!」
「ジャンヌ、ちょっと知恵を貸してくれないかな?」
シルバがそう呼びかけると、不安そうなジャンヌが窓から顔を出す。
「お兄さん……」
「将軍は絶対に大丈夫、すぐに追いついて来るよ! 僕達は今これからどうするか考えなくちゃいけない。日々ジャンヌが勉強している成果を見せて、戻って来た将軍をビックリさせようよ!」
「は、はい……! 分かりました!」
「まず、この計画的な襲撃の目的は何だと思う?」
「あの人の言動からして、明確なターゲットはいないと思います。少しずつ戦力を削いで私たち全員を捕食するのが狙いかと……」
「そうか……じゃあ相手が何人いるか分からない現状だと、次に分断を図られた場合は遠距離攻撃が可能なアリエルが残った方が良さそうだね」
「でも、それだとお兄さんが……」
「心配してくれてありがとう。でも僕だって冒険者の端くれで、帰りを待ってる妹もいる……それにジャンヌの完成した歌も、まだ聴いてないからね」
「他に私に出来る事はありますか?」
「将軍が持ってた地図があると思うんだけど、もしさっきのように道が塞がれたりした時の為に御者さんに道案内が出来るように現在地を把握しておいて欲しい!」
「分かりました!」

  シルバが皆に的確な指示を飛ばした事に一番驚いた人物はシルバ自身だった。彼は自分が臆病者だと知っているからこそ、考えられる不安要素を見つける事に秀でていたのだ。優れたリーダーに求められる力は、武力でも財力でもなく危機管理能力なのだ。シルバはこの状況下においては、一番それを持ち合わせている人物だった。
「アリエル! 魔力の使い過ぎには注意してね!」
「うん! 分かった!」
「王女様とロゼッタ! 馬車にもしもの事があった時の為になるべく身軽に、走りやすい状態にしておいて!」
「わ、分かったわ!」
「このまま何もなければいいんだけど……」

  しばらく進んでいくと馬車がギリギリ通れるような細い一本道に辿り着いた。向かって左側には岩壁、右側は高さ三メートル程の崖になっていた。
「もしこの先で襲われたらマズイ。ジャンヌ! 迂回出来る道はありそう?」
「あるにはあるんですが、かなり遠回りになってしまってお馬さんの体力が持たないそうです!」
「進むしかないか……」
やむを得ずその道を進んでいくと、案の定そこには巨大なモンスターが待ち構えていた。
「くそっ、やっぱりか……」
「あれはB級モンスターのトロールだよ!」
その大きさは先日シンが討伐したオーガと同等であり、その手には棍棒を持っていた。

「シルバ、アイツ倒しちゃう?」
「ここで派手にやり合って、もし岩壁が崩れでもしたら先に進めなくなる……」
「そっか……あの大きさじゃ流石に私の風魔法で崖下に落とすのも難しいし……どうしようシルバ」
「僕がアイツと一緒に崖下へ降りるよ……」
「でも、どうやって?」

「僕がアイツに突っ込むから、アリエルは風魔法で後押しして欲しい」
「そんな……危ないよ!」
「考えてる時間はないよ! やって!」
棍棒を振り上げながら向かってくるトロールに、全速力で走り出すシルバの背中へアリエルの風魔法が後押しし、更に勢いを増して突進する。
「うぉぉおお!!」
シルバの決死の体当たりの結果、トロールを崖下に落とす事に成功した。
「シルバ大丈夫? 今引き上げるよ!」
アリエルが風を操りシルバを持ち上げたが、トロールがシルバの足を掴み、膠着状態になる。
「アリエル、もういい! 先に行って!」
「でも……!」
「後で必ず将軍と追いつくから! 僕らの仕事はみんなを無事に帰すことだよ!」
「わ、分かった……絶対追いかけて来てね!」
そして馬車は再び走り出す。

  アリエルの風魔法が解かれると、トロールに掴まれていたシルバは宙ぶらりんになった。逆さまのシルバはトロールと目が合う。
「あの……降ろしてもらっていいですか?」
そんな言葉を聞いてくれる筈もなく、トロールはシルバを振り回し壁に叩きつけた。
「ぐわはっ……」
頭から岩壁に激突したシルバは、今まで感じた事のない衝撃に意識が飛びそうになった。
(もうヤダ……帰りたい……けど)
トロールが再度腕を振り上げた反動を利用してシルバは背中の剣を抜き、自分を捕らえていたその大きな手に突き刺した。
「グルァアア」
トロールが叫び声を上げ、握力が弱まった隙になんとかこの危機的状況を脱する。
「ごめんだけど、今回は全力で抗わせてもらうよ」

  シルバよりも先に馬車を降りたランスは、魔族の少女レイキと戦闘の真最中だった。
「二人で勝負と言っておらんかったか?」
「あれれー? おっかしいぞー? そんな事言ったっけ?」
レイキの元には先程切り抜けたゴブリンの大群が援軍に駆けつけていた。その数はおよそ二百――圧倒的な数的不利の状況でもランスは落ち着いていた。
「隠居の身とは言え甘く見られたものじゃな……儂を削りたいのなら、同じ数のトロールくらいは用意して貰わんと」
「へぇ……随分強気だね、お爺さん」
「周りを気にする必要がないのなら、力を抑える必要もないじゃろう。今更泣いても遅いぞ」
「そういうのはさぁ、こいつら倒してから言いなよ」
「そうじゃな、そうしよう……『火焔黒龍波ブラックドラゴンフレア』」
ランスは龍の姿を模った漆黒の炎を生み出した。
「焚け……」
ランスがそう命ずるとその炎はあっという間に辺り一面をまるで貪り食うように焼き尽くし、さっきまでの数的不利を一瞬にして対等にまで持ち込んだのだった。
「な、何それ……そんなの聞いてない……!」
先程までの余裕を無くしたレイキは突如慌て出す。
「もう遅いと言ったじゃろうに……」
そう言って近付いてくるランスにレイキが反撃する。
「ふざけんなぁー! 『氷槍時雨スピアグラス』!」
レイキは無数の氷柱をランスに向けて放つが、その攻撃はランスへと届く前に蒸発し消える。
「儂に氷魔法は相性最悪じゃよ」
それを見たレイキは更に広範囲、高威力の技を繰り出す。
「そんなの知るかぁあー! 『氷山一塊ロックグラス』!」
ランスの頭上にとてつもなく大きな氷塊が現れ落下する。盛大な地響きが鳴り響くと、その場に発生した水蒸気によって深い霧が立ちこめた。
「何が相性最悪よ! 流石にこれじゃあ――」
レイキの言葉を掻き消すように辺りの霧は一瞬で晴れ、ランスが姿を現すとその場に灼熱の空気が蔓延した。
「儂は早く孫に会いたいんじゃ。終わりにするぞ」
レイキは蹲りながら、焼けるような熱さに悶え苦しむ。
「あ、熱いぃ……水、みずを……ちょうだい」
レイキの願いは叶わず、その体は瞬く間に氷のように溶けて蒸発した。その様子を見たランスは今まで戦っていたレイキは氷で作られた分身体だった事を確信する。
「やはりか……。はやく合流せんと……」
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