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第十七話 馬車に乗っている人は襲われる運命。
しおりを挟む皆が神秘的な景色に目を奪われている間に、いつの間にか夜は更けておりジャンヌが大きな欠伸をする。
「ふぁぅ……」
「もう遅いし、テントに入って眠ったら?」
「そうします……」
「ロゼッタもいつでも寝ていいからね。見張りは僕とアリエルで交代してやるから」
「ありがと……私ももう眠たいし、そうさせて貰うわ……」
そう言ってジャンヌとロゼッタは女性用のテントへ入っていった。
「王女様はまだ寝ないで大丈夫ですか?」
「私はもう少し、この景色を観ているわ……」
王女は空から目線を外さずに答えた。
「どうですか? ご待望のオーロラは?」
「えぇ、圧巻の景色だわ。本当に来られて良かった」
「僕も……これを観られて良かったです」
しばしの沈黙の後、王女が口を開く。
「……ねぇあなたには夢ってある?」
「そうですね……。最終的な夢は元の世界に戻る事ですけど、今のところはこの世界で出来た新しい家族を笑顔にすることでしょうか」
「素敵な夢ね……」
「どうしてそんなこと聞くんです?」
「私は生まれながらに将来が決まっているもの。その道以外の夢を持つ事は許されない。だからあなたたち冒険者が少し羨ましく見えるのよ」
「王女様は、もし王女じゃなかったら何がしたいですか?」
「そうね……あなた達みたいに冒険者になって色んな所にも行ってみたいし、小さい頃はお花屋さんにもなってみたかった。それにみんなみたいに普通に恋愛して、普通に結婚して、そんな普通のお嫁さんにも憧れたわ……」
「僕の目にはルーシー王女は普通の女の子に見えますよ」
「えっ……」
「ちょっと他の人よりリバースし過ぎですけど……」
「それは言わないでよ……! あなたには私が普通の女の子に見えるの?」
「僕の元いた世界にはあんまり身分の差ってのがなくて、慣れてないので時々失礼なこと言っちゃってすみません」
「あなたの世界が羨ましいわ……。もしあなたが元の世界に戻る時、私を一緒に連れていってくれないかしら?」
「一人で異世界に行くのは、意外と心細いですよ?」
「あなたがいるじゃない」
「いや……それに住む場所とかどうするんです?」
「あなたの家にしばらく住まわせて貰うわ」
「そんなの……両親になんて説明すればいいんですか?」
「もしこのお願いを聞いてくれるなら、あなたのお嫁さんにだってなってもいいわよ」
「な、何を言ってるんですか!」
「あら、何かご不満でも? 自慢じゃないけど私、結構可愛いと思うんだけど」
「それはそうかもしれませんけど、からかわないでくださいよ!」
「冗談よ……でも、気が向いたら教えてちょうだい……」
その時の王女は、どこか悲しそうな表情を浮かべていた。
「そろそろ寝るわ……お休みなさいシルバ」
そう言ってルーシー王女はテントに戻っていった。
「姫様は眠ったか?」
このタイミングを見計らったかのように、ランス将軍が隣にやって来た。
「はい……」
「姫様には二年後、既に結婚が決まっておるんじゃ」
「そうだったんですか……」
「庶民には庶民なりの悩みがあるように、王族には王族なりの悩みがある。恐らく、それまでにやりたい事を全てやっておきたかったんじゃろうな」
「みんなが望むように生きる事は出来ないんでしょうか?」
「それを実現する為には、多くの犠牲が必要になるじゃろうな……。君の世界ではそうだったのか?」
「僕は自分のいた世界の全てを見ていた訳ではありません。でも僕の見える範囲では、きっとそうだったんだと思います……」
そうだ。僕がひたすらに他人のせい、環境のせいにしていただけで、世界は僕の事を何も否定などしていなかったんだ。勝手に僻んで勝手に腐って、何も行動に移さなかったのは……僕自身だ。
「それはきっと……先人達が大きな犠牲を払ってくれたお陰で成り立っていたのだろうな」
「その通りだと思います。そんな大切なことをあの世界にいた時には気付く事すら出来ませんでした……」
「自分の無知を知る事を、成長と言うのじゃよ」
「成長、出来てるのかな……。でもこの世界に来たおかげで、本当にいろんな事に気付かされました」
そこへ僕より先に眠りについていたアリエルがテントから出てきた。
「ふぁあ~。シルバ~よく寝たから見張り交代するよ~」
「ありがとうアリエル。じゃあよろしくね」
シルバが眠りについたその頃、暗躍する二つの影が遠くからキャンプの様子を伺っていた。
「ねぇレイキ、あれってヒューマンだよね?」
「そうだねマキナ、あれはヒューマンだよ!」
一人はショートヘアの桃色の髪、もう一人は薄い青色の髪をポニーテールにした少女のような見た目だが、ヒューマンとは明らかに違う二本の角と悪魔のような先端の尖った尻尾をそれぞれが持っており、その目は赤く光っていた。
「食べてもいいかな?」
「でもあのお爺さん、ヒューマンのくせにちょっと強そうだよ?」
「ホントだ、魔力に満ちてる。益々食べたくなっちゃった」
「じゃあ明日までに狩りの準備をして、明日のお昼ご飯にしちゃおうよ」
「そうだねレイキ。そうしよう」
何かを企む二人組は、笑みを浮かべ闇の中へ姿を消した。
翌朝、簡単な朝食を済ませた僕達はすぐに後片付けをして、出発の用意をした。ここまでは順調に進んでいたが決して油断をしてはいけない。家に帰るまでが遠足だと、小学校の担任だった先生が言っていた……ような気がする。
「これで荷物は全部じゃな」
「はい!」
「では早速出発するとしよう」
一行は昨日の興奮冷めやらぬ様子で馬車に乗り込んだ。
「ねぇマジカルバナナやりましょうよ?」
ロゼッタが暇を持て余し、皆に声をかけるがジャンヌは音楽に夢中で、王女は昨日あまり眠れなかったのかうとうととしていた。
「みんな疲れてるんだから、アリエルと二人でやりなよ」
「二人じゃつまんないわよ!」
その時、急に馬車が止まり御者が大きな声で呼びかける。
「ランス将軍大変です!」
「何があった!?」
「前方がゴブリンの大群に塞がれています!」
ランスが窓から外の様子を確認すると馬車の前方には、恐らく悠に百を超えるゴブリンの大群が。
「たとえゴブリンと言えど流石にこの数は異常じゃな……引き返せるか!?」
「や、やってみます!」
御者が馬車をくるりと反転させ、再度走り出すとゴブリン達は走って追いかけてくる。
「荷物を窓から捨てろ! 少しでも馬車を軽くするんじゃ!」
ランスの指示を受け、皆は馬車の窓から荷物を投げ捨てた。
「な、まさか、なんで……」
御者が絶望を帯びた声で呟く。その理由は引き返したその先にも、先程と同じかそれ以上の数のゴブリンが現れたからだった。
「シルバ、アリエルよく聞け。知能の低いゴブリンにここまでの統率がとれているという事は魔族が絡んでいる可能性が高い。最悪の場合、儂らは既に奴らの狩場に足を踏み込んでおる……」
「ど、どうすれば……」
「お主ら二人は馬車の上に登って常に周りを観察するのじゃ。儂が前に行き、奴らを跳ね除け道を作る!」
「わ、分かりました!」
そしてランスは御者に、再度方向を変え最短ルートで王都へと戻るよう指示を飛ばした。
「隠居したおいぼれを働かせおって、小鬼共が……」
馬車の御者席へと移動したランスはそう呟くと、次の瞬間前方へと高く跳躍してゴブリンの大群の中に飛び込んだ。
「火焔獄」
ランスがそう発すると、術者周辺が一面火の海に包まれた。近くにいたゴブリンはたちまち業火に焼かれ一筋の道が出来る。
「儂めがけてこのまま突っ切るのじゃ!」
その言葉を聞いた御者は更にスピードを上げてその道を目指す。馬車が近付いて来るとランスは再度飛び上がって乗車し、ゴブリンの包囲網を突破した。
「す、すごい……道を作るだけじゃなく、炎で発生した煙で目眩しまで……」
「安心するのはまだ早いぞシルバ。恐らくこれは陽動に過ぎんじゃろう……」
「もしそうなら、次は何を仕掛けて来るでしょうか?」
「分からんが、なんとしてでも姫様を守りきる事が最優先じゃ」
シルバは馬車の上部から窓を覗き込み乗客の無事を確認する。
「みんな大丈夫!?」
タイミング悪く青ざめた顔の王女が窓の傍におり、汚ねぇはかいこうせんをシルバの顔面に放った。
「お゛ロ○ゔゲぅ#オボぼ☆」
「きゅうしょにあたった! じゃないよ! もういい加減にしてくれ、今シリアス展開だから!」
「だって……こんなに激しく揺れたらそりゃ酔うわよ」
「流石にゴブリンじゃ足止めは無理だったかぁー……」
その声と共に突如馬車の上部に一人の少女が降り立った。
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