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第十六話 僕の居た世界にはこんな言葉がある。

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「シルバ……大丈夫?」
「お兄さん、しっかりして下さい」
目が覚めるとアリエルとジャンヌが僕の顔を覗き込んでいた。
「まったく酷い目にあったよ……」
「まず顔を洗ってきたら?」
「むしろ早く顔を洗って出直して下さい」
二人は鼻をつまんでいた。
「そ、そうだね……」
馬車の外へ出ると気持ち悪そうに下を向くルーシー王女と、それに付き添い背中をさするロゼッタの姿があった。このような休憩で何度も停車した為、当初の予定よりも遅れており辺りはすっかり夕方になってしまっていた。

「お兄さんは転生者なんですよね?」
僕が顔を洗っていると、ジャンヌが声をかけて来た。
「あ、あぁそうだよ」
「お兄さんの元いた世界には、どんな音楽があったんですか?」
「そうだなぁ……僕は流行りには疎くて、アニメソングばっかり聴いてたよ」
「あ、あにめそんぐってなんですか?」
「え、えっと言葉で説明するのは難しいな……そうだ!」
僕は久しぶりに能力を発動させ、自分が前世で使用していた小型の音楽プレイヤーを生み出しジャンヌへ手渡した。
「これを耳につけてみて!」
「なんですかこれ……」
「いいからいいから!」
ジャンヌは警戒した様子で耳にイヤホンをつける。
「……っ!!」
その小さな豆粒のような物体から聞こえる、耳馴染みのない音楽にジャンヌは心を撃ち抜かれた。
「お兄さん! これは何ですか?」
「僕の世界にある音楽の魔法だよ」
「すごい……異世界にはこんな素敵な音楽があるだなんて……」
「良かったらそれあげるよ」
「え!? こんな貴重なもの貰ってもいいんですか?」
「いいよ。僕はいつでも作れるから」
その時のジャンヌの無邪気な笑顔は、まるで光を放っているかの如く眩しかった。

「お兄さん! これはなんていう曲ですか?」
馬車に戻ってからもジャンヌは音楽を聴き続け、事あるごとに僕へ話しかけて来た。
「あの二人、いつの間に仲良くなったのかしら……?」
ロゼッタが不思議そうな顔でアリエルに尋ねる。
「さぁ……でもさっき川辺に二人でいるとこ見たよ」
ジャンヌが僕に気を許してくれた事は嬉しいのだが、先程から僕を見るランス将軍が、まるで親の仇でも睨みつけているかのような恐ろしい視線を送ってきていたのだ……。
「シルバお兄さん! この曲最初から聴きたいです!」
そう言ったジャンヌがプレイヤーを持って僕に寄り添ってきた。
「じゃ、ジャンヌ……やり方を教えるからちょっと距離が近いかも……」
僕がそう言った理由はランス将軍が腰に差してある剣に手を伸ばし、少しだけ剣身を覗かせていたからだ。
「え? だって、近付かないと画面が見えません」
そう言って僕の手元を覗き込んでくるジャンヌ。
「きゃっ!」
その時、馬車が大きく揺れた為ジャンヌがバランスを崩し僕の体にもたれかかった。咄嗟に受け止め抱き寄せたジャンヌの顔が赤くなっているのを見て、僕は慌てて目線を逸らす。
「だ、大丈夫だった?」
「あ、ありがとうございます、お兄さん……」
次の瞬間――ザクッ――という音が響き、目線を横に移すと、僕の頭の横にはナイフが突き刺さっていた。
「……」
命の危険を感じた僕はジャンヌを起こし上げるとすぐにその手を離した。

  こうして敵に襲われる事こそなかったが、道中で何度も命の危機に遭遇した事で目的地に到着した頃には、僕はほとほと疲れ切っていた。
「見通しの良いここを拠点にキャンプを設営しよう」
予定より遅れていた事もあり、到着して早々に役割を分担してキャンプの設営を始める事になった。
「すみません! ロゼッタは料理以外の担当でお願いします」
と、僕が手を挙げる。
「はぁ? ちょっとそれはどういう意味よ?」
「そのまんまだよ。ここまで来て人数が減るのは命取りだ」
すると次にジャンヌが挙手する。
「お爺様、私はお兄さんと同じ班がいいです」
「なっ、ジャンヌ……お爺ちゃんと一緒は嫌かい?」
「一緒でも良いですけど、お兄さんも同じがいいです」
「貴様っ、ジャンヌをたぶらかしおって……!」
「やめて下さいお爺様、シルバお兄さんは悪くありません。私が一緒に居たいのです」
「じゃ、ジャンヌ……あんなもやし男のどこが気に入ったんじゃ……」
「私の知らない世界を教えてくれます」
「ぐっ……仕方ない。では儂ら三人は簡易テントの設営と料理の下ごしらえをしておる。ロゼッタとアリエルは薪を拾って来てくれ」
「ランス! 私は?」
王女は自分を指差す。
「姫様は休んでいて下され」
「嫌よ! 私も手伝うわ!」
「で、では儂らと一緒にここで作業を……」

  テントを二人で組み立てている最中にも、ジャンヌは僕の世界の音楽について、いくつか質問をしてきた。
「ジャンヌは……音楽が大好きなんだね」
「私は……大将軍の孫として日々、軍事学や戦術学の勉強をしています。勉強漬けの毎日を過ごしていると、いつの間にかまるで世の中が白と黒だけになってしまったような、つまらない風景に見えてしまっていたんです。そんな私の日常に彩りを与えてくれたのが、音楽でした」
「そっか……」
「だから、色んな音楽に触れられるお兄さんの世界が羨ましいです」
「僕も、もっと沢山のものに触れておけばよかったな……」
「私はいつか、自分で歌を作ることが夢なんです。その時は私の歌、聴いてくれますか?」
「もちろん! この世界での楽しみが一つ増えたよ!」
「ありがとうございます……」
ジャンヌは嬉しそうに、だけどどこか恥ずかしそうに僕を見つめた。

  夕食はさすが王族といったところで、豪華絢爛な食材を使用したバーベキューだった。
「ロゼッタ! それ僕が育ててた肉だよ!」
「いいじゃない。あたしが焼くと何故か炭になるのよ!」
「ロゼッタちゃん、私が焼いてあげるから喧嘩しないで?」
「あんたも少しはアリエルを見習ってあたしに優しくしなさいよ、パンツ見たくせに!」
「覗いたみたいに言うなよ! あれは完全に不可抗力だろ!」
一行は騒がしくも和やかに、笑顔の絶えない食事を楽しんだ。
「ゔぅッ……食べ過ぎたわ……」
王女が聞き馴染みのある嗚咽を発する。
「おいあんたまたですか? 前回からそればっかりですよ?」
「仕方ないじゃない。出すもの出してお腹減ってたんだから」
「それでまた出したら一緒でしょうが! あとその言い方だとうんこみたいに聞こえるんで王女は控えて下さい」
「食事中にうんこだなんて、あなたには常識はないの?」
「食事中にでかい声で嗚咽しだす人に言われたくありませんよ!」
「二人とも、落ち着いて!」
ロゼッタが止めに入ったことで気付いたが、僕は一国の王女様に向かって大層無礼な言葉を吐いていた。
「す、すみません王女様!」
「良いのよ。そうやって友達みたいに接してくれた方が私は嬉しいわ。出来ればこれからも、私にはそのままの態度でいて欲しい……いいかしら?」

「王女様がそれでいいのなら……」
「じゃあ今日からみんなは私のお友達ね――」
王女はとても嬉しそうな顔でそう言った。
「――お゛ロ○ゔゲぅ#オボぼ☆」
「おい結局かよ!!」

  そして遂にその時はやってきた――目的だったオーロラの見える時間帯だ。焚火の火を消すと、暗闇の中で僕達は一斉に空を見上げた。
「……」
皆は言葉を失った。ここにいた全員がそれを言葉で表す事が野暮だと思える程の感動的な空の様子に、まるで不思議な引力で吸い込まれているかのように見入ったのだった。するとジャンヌが、綺麗な透き通った声でメロディを口ずさんだ。その歌詞のないメロディは紛れもなく、ジャンヌがこの旅を通して感じた気持ちと、一生忘れる事のないであろうこの景色を観た事で受けたインスピレーションから生まれたものだった。皆はジャンヌが奏でる素敵なメロディを耳で楽しみ、目ではオーロラをじっと見つめ、それぞれの想いに耽っていた。

――その時シルバは元いた世界で聞いた事のある、とある言葉を思い出していた。
『長い旅行に必要なのは大きなカバンじゃなく、口ずさめる一つの歌さ』
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