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第7話 それぞれの大冒険
しおりを挟むその数日間でユーゴは学校に復帰し、更にはおっちゃんのラーメン屋でバイトをさせてもらっていた。
彼はアルバイトを平日は放課後の16時から18時までの2時間、土日は朝から夕方まで1日も休まずに精一杯働いた。王族として生まれた彼は、この世界に来なければ一生こんな仕事をすることはなかっただろう。
飲食店で働く事は楽しくて、この経験はきっと自分の財産になると確信していた。仕事が終わり、店の外で一休みしている時のこと。
「悠悟、こんなに毎日手伝ってくれなくても良いんだぞ」
おっちゃんが缶コーヒーを手渡しながら言う。
「いえ、やりたいんです。もし迷惑なら給料もいらないから」
「お前の夢がラーメン屋になる事なのは知ってるけどよ、子供のうちにしかできない事もあるもんだ」
「おっちゃんはなんでラーメン屋になろうと思ったの?」
おっちゃんは得意げな顔で語り出した。
「俺のラーメンでみんなを笑顔にしてやりてぇと思ったからだよ。本当にうまいもん食った時、どんなに辛いことがあったとしても、人はみんな笑顔になれるのさ」
「じゃあもし、ラーメン作ってるおっちゃんに辛いことがあったら、それでも笑顔でラーメン作り続けられる?」
「そうだな。たしかに俺にも気分がのらねぇ日もある。でもそういう時は、今までに言ってもらった『ありがとう』と『美味しかった』の数を数えるんだ。そうすると不思議と力が湧いてくる。お金を貰っている側がこんなに沢山の『ありがとう』を言ってもらえる仕事なんてそうそうないんだぜ?」
その時、ユーゴの頭には自分の絵を見せると毎回嬉しそうに褒めてくれたフレアの顔が浮かんだ。彼が描いてきた何百、何千の作品のそのほとんどに彼女との思い出が詰まっていた。
ユーゴは涙を流しながら質問を続ける。
「じゃあもし、1番食べて欲しい人がいなくなっちゃったとしたら……おっちゃんはどうするの?」
「そんなもん、いつか店の評判がそいつに届くくらい、美味いラーメンを作り続けるしかねぇだろう」
この言葉を聞いた時、王子ユーゴは人間として一歩前に進めたような気がした。そしていつもより少しだけ明るい気持ちで帰路についていると電話が鳴った。
「嵐だけど、今日もバイトだったの?」
「うん。なるべく毎日働いて、この仕事の事もっと知りたいんだ」
「なんだか今の方が、悠悟が遠くなっちゃった気がする」
「学校で毎日会ってるじゃないか」
「そうなんだけど、なんか他人行儀っていうか……」
「そんな事ないよ。嵐にはいつも感謝してる」
「それが違うのよ! 悠悟はそんな事言わない! いつまでも変なキャラやめてよ!」
「ごめん……」
「だから……それが違うんだよ……」
そう言って電話は切られた。
次の日ラーメン屋に出勤すると、窓ガラスは割れ、扉は壊され、壁には落書きがされているなど、店が悲惨な状況になっていた。
すぐにおっちゃんが店から出てきた。
「おう、悠悟か。まったくひでぇ有様だよな」
「なんでこんな事になったの?」
「警察の話だとここらへんの不良少年達の仕業らしい。昨夜の防犯カメラに映ってたって話だ」
「こんなの酷すぎる! ここはみんなが笑顔になれる、とても素敵な場所なのに!」
珍しく感情的になるユーゴ。
「まぁ、こんなの直せばすぐにまた営業できるさ。それまでしばし休業だな」
おっちゃんはユーゴの前ではいつも通りを装ってはいたが、彼の体は小刻みに震えていた。
それを見たユーゴが口を開く。
「僕が犯人を捕まえる」
「おいおい、そんな事警察に任せとけば良いんだよ」
「この店は、おっちゃんの国なんだ! 国を奪われる事は、命と尊厳を奪われる事と同義だ」
「一体どうしちまったんだ悠悟……」
「未来の多くの笑顔の為に、僕はこの戦いから逃げちゃいけない」
***
時を同じくして異世界の悠悟は、戦場にいた。彼はユーゴに手紙を残したその日、王に自ら志願してラージュと共に前線の戦場へと入ったのである。
長きに渡るソウネス帝国との戦争を終わらせる事。それが超人的な力を手に入れた自分に出来る最善の手だと考えたのだ。自分と同じような境遇のユーゴの為に、彼なりに出来る事はないか考えた上での結論だった。
だが、この数日間の戦況は芳しくなかった。どうにもこちらの情報が漏れているようなのだ。常に相手に後出しジャンケンをされているような戦局に、軍師たちも頭を悩ませた。
「この中にスパイがいるって言いたいのかよ!」
「殿下、落ち着いて下さい」
「お前は仲間を疑うのかよ!」
「可能性の話をしておるのです」
「そんな可能性知るかっ!」
「ですが我々の作戦はこの本陣にいる7人で合議し、各戦場へと伝えられております。それがこれほどまで早く向こうに伝わっているという事はこの7人の中に裏切者がいると考えるのが妥当なのです」
軍師が必死に説明しようとするが悠悟は受け入れようとはしなかった。
「仲間を疑うくらいなら、俺があいつらまとめて全員ぶっ飛ばしてやるよ! それで解決だろ?」
「殿下、戦争とは言ってもむやみやたらに相手を攻撃する事だけが戦いではないのです。我らが王と私たちはなるべく血を流さず、流させずに勝つ方法を日々模索しておるのです」
「ちっ……めんどくせぇなぁ」
思うように戦局が進まない事に日々の苛立ちが募っていた悠悟はしばらく外の空気を吸う事にした。
「随分気が立ってるわね。まぁこれじゃ無理もないか……」
その様子をみかねたラージュが声をかける。
「初陣でもっとバシッと決めたかったんだけどな」
「個人戦とは違うのよ。戦争は――」
「まぁ確かに野球にも色んな作戦があったりするけど……そうか! 今はまさにサインが盗まれたって事なんだな」
「何の話をしてるの?」
「それで今は、俺が監督って事なんだよな……」
「だから、あなたは何を言っているの?」
ラージュの問いに答える事なく悠悟は皆を集めるように指示を出した。
「作戦の判断を全て現場に任せるのですか?」
悠悟の話を聞いた軍師たちは皆目を丸くした。
「あぁ! サインが盗まれてるならいっそのことノーサインにしちまえば良いんだよ!」
「ですが、それはあまりにも危険かもしれませんぞ」
「じゃあこのまま、もしかして裏切り者がいるかもしれないって疑心暗鬼になる奴らが増えて同士討ちなんて結末になってもいいのかよ」
「そ、それは……」
「こんな時だからこそ、俺は仲間を信じたい。監督が先陣きってみんなを信用するって言ってるんだ。これは選手にとって嬉しいことなんじゃねぇのか?」
こうして、現場に判断を委ねた『ノーサイン作戦』は見事にハマったのである。王子に信頼されその場を任された現場の兵士達の士気は最高潮にまで上がり、劣勢だった戦況をみるみるうちに覆していったのだった。
その夜、ラージュと悠悟はささやかな祝杯をあげた。
「まさか、あなたにこんな才能まであったなんてね」
「スポーツは全世界に通じるってことだな」
「この様子だとしばらく本陣は安全だろうから、明日からは東軍の援軍に向かおうと思うのだけれど良いかしら?」
「俺も行こうか?」
「あなたは大将なんだからここに居て」
「まぁそうだな」
「ねぇ、あの時の約束覚えてる?」
「そりゃ忘れねぇよ」
「フレアの目指した世界、創ってよね……」
「もっかい指切りしとくか?」
「神様に強欲だと思われちゃいそうだから辞めとくわ」
そう言って笑ったラージュは翌朝ハイウェ東軍の戦地へと出発した。
同日夕刻、本陣に急報が入った。
「急報ー! 東軍戦地に帝国騎士ガイルが現れました!」
「なんだと!!」
軍師たちが慌てふためく。
「それで東軍の様子は?」
「分かりません……。その後の伝令が到着しておりませんので最悪の事態も考えられるかと……」
「こんな時に殿下はどこに行っておられるのだ……」
「そういえば今朝から姿が見えませんな」
「仕方ない! 殿下抜きで急ぎ軍議に入るぞ」
――ハイウェ東軍の戦場――
そこには2人の人物が立っていた。
その内の1人、帝国最強の騎士ガイルが言う。
「話が違うのである。ここに王子が居るのではないのか?」
「すみません、誘導する事が出来ませんでした……」
そしてもう1人、ラージュが俯きながら返す。
「そうであるか。貴様の妹達もさぞ悲しむことであろうな」
「お願いします! 私はどうなっても構いません! だからどうか、妹達だけはお許し下さい」
「貴様は何も分かっておらんな。帝王様の命令に従えない者も、その家族も皆反逆者なのである」
「そうですか。ではここであなたを止めるしか無いようですね……」
「貴様の国を滅ぼしたのが誰か忘れたか。命知らずなガキである」
「あなたに国を落とされ、2人の妹を人質にハイウェ王国へスパイとして潜入させられてからのこの12年間。頭の中で何度あなたを殺したか数えきれない!」
「そう考えると、せっかく王城にまで潜り込めたというのに貴様は失敗ばかりであるな。先の王の暗殺も結局護衛を1人やっただけと聞いた。つくづく使えぬ女である」
「この前のドラゴンもあなたたちの仕業ね?」
「勘が良いではないか。貴様のそのペンダントにおびき寄せられたのである」
「これは妹達が私の為に作ってくれたものだと言っていたじゃない……」
「嘘に決まっているのである」
ガイルは笑いながら平然と言ってのける。
「このクズめっ!」
ラージュは剣を振りかぶり向かっていくが、ガイルが「『遁風』」と言って剣をゆっくりと横に振ると、地面を抉り取る勢いの衝撃波が起こり吹き飛ばされた。
ラージュは起き上がり再度向かっていくが、今度は胴を蹴られてもう一度倒れ込んでしまう。その時に落としてしまった剣を取ろうと這いつくばって移動するが、ガイルに足を刺され悲鳴を上げる。
「ぎゃぁああ……」
「貴様も騎士の端くれならばこの程度で情けない声を上げるのではない」
足から剣が抜かれるとすぐに立とうと仰向けになり、肘を立てたが、ガイルの剣の切先が喉元に突きつけられた。
「貴様が我に敵う訳が無いのである。地獄で妹達と再会するが良い」
ガイルが剣を振り上げる。
「くそっ! このクソ野郎がぁー!」
ラージュは悔しくて悔しくて堪らずに泣き叫んだ。
その直後大きな金属音が轟くと、ラージュへ向けられた剣は、間一髪で地面に刺しこまれた剣により防がれていた。片膝をつきながらその剣の柄を握っている悠悟がラージュの目を見て声をかける。
「あーあ。せっかくの美人が台無しじゃんか。それに、あんまり女がクソクソ言うもんじゃねぇな」
ラージュの涙を優しく左手で拭う悠悟。
「なんで来たのよ……これじゃ、せっかく勇気出した意味ないじゃない……」
「俺がこいつを倒せば、全部丸く治まるんじゃねーの?」
「相手が誰だか分かってるの?」
「黒いおっさん」
「ふざけるのもいい加減にして! お願いだから早く逃げてよ!」
「ふざけてるのはお前だ! 王の剣ってのはそんな簡単に何度も入れ替わるのか? フレアを失ったユーゴが、お前まで失ったらどれだけ辛いか考えた事あんのか!」
「だって仕方ないじゃない、こうする他に私には何も思いつかないんだもの……」
「誰かが死ななきゃ手に入らない平和なんて、そんなもんあってたまるか」
悠悟は立ち上がり、ガイルの方を向いた。
「なぁおっさん、個人戦で片つけようや」
「手間が省けたのである」
ガイルは笑いながら悠悟の提案に乗る。
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