1 / 9
第1話 目が覚めたら王子様
しおりを挟む彼が目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋ではなかった。
なぜか自分が横になっている屋根付きの大きなベッドが中央に配置された、だだっ広い部屋。まだ寝起きのボーッとする頭の中で記憶を張り巡らせるが、やはりこの部屋には見覚えがない。
辺りを見渡すと、至る所に高級そうな装飾が施され、壁に掛かっている絵画が窓から差す朝日を浴びて、日光浴を楽しんでいる。
状況を確かめる為、部屋を出ようとゆっくりと扉を開け、外を確認して忍び足で廊下へ出る。
次の瞬間――背後から知らない声が響く。
「ユーゴ坊ちゃま!」
いきなりのことで声をかけられたことにも驚いたのだが、更なる驚きは、知らない人から自分の下の名前を呼ばれた事だった。
どこにでもいる普通の男子高校生である『佐野悠悟』は、思わずオドオドと振り返る。
もう一つ不思議に思ったのは、敬称が「坊ちゃま」だった事だ。ごく平凡なサラリーマン家庭に生まれた彼は、生まれてこの方、一度とすらそう呼ばれた事はない。むしろ小説の題名くらいでしか、ろくにその言葉を目にする事もなかった。
声をかけてきた女性はメイド姿で、彼の母より少し若いくらいの年齢だろうか、もちろん知らない人だった。
そのメイドは目に涙を浮かべながら近づいてくる。
「本当に良かった……すぐ、王様に伝えて参りますので……」
そう言うと、長いスカートの裾を両手で持ち上げて、足早にどこかへ行ってしまった。
何が何だか分からないが、不法侵入で警察沙汰になるような事態ではないと分かり安心していると、それからすれ違う人達は皆、先の女性のような表情で悠悟に一礼をするのだ。
未だ事態が飲み込めない悠悟は使用人らしきその内の1人にトイレはどこかと尋ねた。その使用人は不思議そうに首を傾げながらもトイレまで案内してくれた。
トイレに駆け込んだ悠悟は真っ先に鏡を見る。
「やっぱり俺だよな……」
鏡に映ったのは、この世に生まれ落ちてからの17年間見続けた、紛れもない自分の姿だった。
「これってもしかして……夢にまで見た異世界転生ってやつなのか? もしそうなら、いっそのこと顔も名前も変えてくれりゃ良かったのに……」
不親切な神様に不満を漏らしつつ、自分の頬をつねり夢かどうかを確かめてみる。
「いてぇ……」
高校を休み、部屋に引きこもってアニメやゲーム三昧の日々を送っていた悠悟にとって、異世界についての知識はある程度備わっていた為、一体これから何が起こるのか期待が膨らんだ。
その後、慌てた様子で入ってきたセバスチャンという執事に朝食の支度が出来たと食堂まで案内された。
朝食をとりながら分かった事といえば、この世界で俺は王様の子供、つまり王子様だったのだ。王様の口ぶりからわかった事は、この世界の俺もショックな出来事があり、それ以来ずっと部屋に引きこもっていたが、今日久しぶりに部屋から出てきたという内容だった。
詳しい出来事までは読みとれなかった為、俺はそのショックで記憶喪失になったという設定にすることにした。
「あんな事があったのだ。ショックで混乱するのも無理はない……」
王様はその設定をすぐに信用してくれた。やはり異世界の王様はちょろい。
「俺には何があったんですか?」
と、直球な質問をしてみた。
「今は無理に思い出す必要はないだろう……」
「そうよ。今はまだ様子を見ましょう? もう一度ショックを受けてしまうと大変だもの……」
自分を慈愛の眼差しで見つめる王妃様の姿に、現実世界の母親とのあまりのギャップに笑いそうになってしまった。
朝食を済ませると医師の診断を受けたが、特に問題はないとの事だったので、王様にこの国を見て回りたいとお願いしてみた。
すると王様は馬車の手配と、護衛の騎士を呼んでくれた。
「ラージュよ、ユーゴはあの時のショックで記憶を失っておるのだ……どうか支えてやってくれ」
「かしこまりました陛下」
ラージュという騎士様は銀の鎧を纏い、長い金髪に碧眼の美しい女性で、年齢は悠悟と近そうに見えた。
馬車に乗り込み2人だけになると、先程までよそよそしかったラージュが慣れた様子で話しかけてきた。
「あなた、記憶がないって本当なの?」
「悪い、本当なんだ……。ラージュと俺はどういう関係だったんだ?」
「話し方まで変わっちゃったのね……まぁいいわ。私は幼い頃、戦争孤児になったのだけど王様の配慮で、お城のみんなにここまで育ててもらったの」
「ってことは俺とラージュは幼馴染だったのか?」
「そうね。歳も近いからよく一緒に遊んだわ。あなたは大人顔負けに頭は良かったけれど、運動は本当にダメだったから稽古の相手にはならなかったけれど」
(この世界では現実とは真逆の設定なのか……)
悠悟は現実世界では勉強は苦手だが、スポーツ万能という体育会系であった。
「今ならいい勝負出来るかもしんないぜ」
「冗談辞めなさいよ、私はもう騎士団の副団長になったのよ? 負ける訳がないわ」
「今度剣術教えてくれよ!」
「嫌よ、昔みたいに泣かれると困るもの」
(どうやらこの世界の俺は泣き虫らしい)
街まで降りてゆくと大体の時代背景が見えてきた。文明レベルや街並みは中世ヨーロッパくらいだろうか。ただ一つ俺がいた現実世界と最も大きく違うところは、やはりこの世界には魔法が存在するということだろう。
「ラージュは魔法が使えるのか?」
「私は魔法よりは剣の方が得意ね」
「俺にも魔法使えるかな?」
「王族だもの、魔力には問題ないでしょうし訓練すれば使えるんじゃない? いきなりどうしたのよ?」
「炎を操る魔法が憧れだったんだ。あとは氷の魔法なんかもかっこいいよなぁ……」
「初耳ね、あんたホントにあのユーゴなの?」
怪しまれているような気がした悠悟は話題を変える。
「ちょ、ちょっと降りてみてもいいか?」
「いいけど、お忍びなんだからちゃんと顔は隠してよね」
街を少し散歩していると兵士の姿が所々目に入る。
「やけに兵士が多いな」
「ソウネス帝国と戦争中だからね……以前までは国境付近のみでの争いだったけど、最近では各地で戦いが起こっているわ」
「どっちから仕掛けた戦争なんだ?」
「帝国に決まってるじゃない……。ハイウェ王国は他国に戦争を仕掛けたりはしないわ。これは土地と人を守る戦いなの」
聞くところによると、ソウネス帝国は近隣諸国に戦争を仕掛け続け急速に領土を拡大してきた国で、国を奪われた民は奴隷のような酷い扱いを受けるのだと言う。
その戦争の立役者が『無敗の騎士ガイル』という帝国最強の男で、こいつがでてくると今の拮抗した戦況は一気に傾く可能性があるほどだとか。
しばらく見て回ったハイウェ王国は自然が美しく、人も温かくてとても良い国だと感じた。まさにあの王様の人柄が滲み出ていると言ってもいい。
「この国が奪われちまうのは嫌だな……」
「だから私たちが日々訓練しているのよ」
「それ俺も混ぜてくれよ」
「あなたは王子なのよ? 戦場にはいかないわ」
「でも戦力は少しでも多い方がいいだろ?」
「やっぱりあの時のこと……」
ラージュは小さな声で呟く。
「え? なんて言ったんだ?」
「なんでもないわ!」
城に帰ってから王様に魔法や剣などの戦闘訓練を受けたいとお願いをしてみたところ、「自分の身を守る術を身に付けるのも大切だろう」と、早速手配してくれた。
「剣の修行はラージュに、魔法の修行はセバスに任せよう、では2人ともよろしく頼む」
ラージュの都合で剣の修行は明日からになり、今日は魔法の基礎知識についてセバスから学ぶことになった。
彼は年老いた今となっては王族の世話係を務めているが、若い頃は王国一の魔法使いで様々な功績を残している。
「まずは魔法とは手段であり、それが目的ではありません。これが魔法の基本的な考え方です。坊ちゃまはどんな魔法が使いたいですか?」
「炎系の魔法かな」
「それは何故ですか?」
「無人島とか何もないところでも火が使えたら便利じゃん」
「確かにそれは便利ですが、マッチで火をつけても同じことです」
「でもそれじゃいつもマッチを持ち歩かないとダメじゃん」
「火の起こし方を知らなければそうですね。でも魔法だってタダで火を起こせる訳ではないのです」
「魔法には何が必要なんだ?」
「知識と想像力です」
「知識は分かるけど想像力って曖昧じゃないか?」
「……例えば見たことのある動物と見たことのない動物を粘土で形作る際、どちらが上手く作れると思いますか?」
「そりゃあ見たことのある動物」
「つまり想像力とは頭の中で、いかに具現化する物や現象についてのイメージが出来ているかという事なのです。魔力量にもよりますが、基本的にはその知識量やより詳細なイメージがそのまま魔法の威力へと直結します」
「なるほど……」
「魔法というのはこの世界の発展に大きく貢献してきましたが、魔法を使えない人が差別の対象になったり、より高度な魔法を奪い合う争いの引き金にもなります。ですから魔法というのは手段の一つでしかないということを、くれぐれもお忘れなき様に」
セバスの授業が終わり夕食を済ませて部屋に戻ると時刻は19時になろうとしていた。久しぶりに頭を使ったからかすこぶる眠い。ベッドに倒れ込むとそのまま眠りについてしまった。
***
真っ暗な部屋の中で気がつくといつもの癖で枕元に手を伸ばし、リモコンをとり電気をつける。
――この瞬間気がつく。
「なんだよ、やっぱり夢じゃねーか……」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります
京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。
なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。
今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。
しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。
今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。
とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。
俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる