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07 バラバラの五線譜を抱き締めて ⑩
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「ごめん、遅くなった、って……っ!」
レッスンルームに駆け込むと、スガさんが気不味そうな顔で立っていた。
何か言おうとした彼を遮って、俺は言うべきことを早口で言った。
「いい。戻ってくるって、決めたからここにいるんでしょ。なら、俺が言うことは何もないから……だからスガさんも、黙って」
「おおきに、んじゃ、お言葉に甘えて……どういうことやねん!」
血相を変えて俺につかみかかる勢いで詰め寄るスガさんに、俺は目を白黒させて後ずさった。
「なんや、戻ってきたら大変なことになってるやんっ?なんか、あの『Masamune』がどうとか……俺、アスカちゃんに説得されて戻ってきたってのに、当の本人がいないってどういうことやねん!」
ああ、そういうことかと思いながら、スガさんに教えたに違いないウツミをじろりと睨みつける。ウツミは俺が何を怒っているのか分からなかったらしくて、首を傾げられたけど。
「……マサムネの話は、断ってきた」
スガさんは俺の答えで一気に感情のやり場をなくしたのか、間の抜けた声で「はぁ、そうなん……」と呟いて視線をさまよわせた。
「まあ、ルカのためのバンドや。好きにしたらええのやん?」
「……本音は?」
「アスカちゃん連れて帰って来なかったら、そのキレイな顔、一発殴らせろ」
自分のことは棚にあげて、と俺が舌打ちすると、ウツミが真剣な顔で身を乗り出してきた。
「……俺も、殴る」
「お、ウツミが乗ってくるなんて珍しいやん」
明らかに面白がってるスガさんの声に、ウツミは淡々と頷いた。
「一日、一発」
「一日一善みたいなノリで言うなや。俺よりひどいやん……」
「……必ず、連れて帰る」
俺の必死さが伝わったのか、スガさんも神妙な顔で頷いた。
「それがええで」
「それじゃあ」
早速行ってくる、と言おうとした瞬間だった。
バアンっ
「ギタリストのポジション、取り返しにきましたっ!」
そこにあったのは、なんだかもう、笑っちゃうくらいに懐かしいトサカ頭。
一度見たら、二度と忘れられないピンクとオレンジのショッキングなカラー。この、タイミングで。
(ああ、もう……ホントに)
「ぷっ、ははははっ」
「くっ……はは」
スガさんは爆笑で、ウツミまで笑いを堪えきれてない。
「え……なに、え?」
戸惑うコアラ顔に、笑いの渦がどんどん深まっていくみたいで、二人とも呼吸困難になっていた。
「良かったやん、ルカ。おかげでサンドバッグにならずに済んだで!」
「スガさん、うるさい。あとで絶対シメるから」
俺の声に、わざわざ『お口にチャック』を実演してみせるのが腹立つけど、今はそっちに構ってる場合じゃない。俺は気を取り直してアスカに向き直った。
「取り返すも何も、ギタリストはお前しかいないから……おかえり」
もうすっかり見慣れたコアラ顔が、みるみるうちに満面の笑みを浮かべた。
「ただいまっ!」
全員が、揃った。
俺達は頷き合って、それぞれがそれぞれの定位置についた。
(ああ……これで、いい)
また、ここから始めよう。
俺は三人に向き直ると、一生口にすることはないだろうと思っていた言葉を、ハッキリと告げた。
「新曲を、つくろう」
*
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