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07 バラバラの五線譜を抱き締めて ⑦
しおりを挟む「それの、何がいけないって言うんですかっ!」
スガさんが呼吸とともに、言葉を呑み込んだ。
その言葉だけは、言わせたくなかった。だって、それは、あまりにも悲しすぎる。
「沢山の人が、アイキスの音を愛してる。私だって、いつも楽しみにしてるんです。あんなにキャッチーで、誰からも愛される音楽を作れるアイキスに憧れてるし、好きです。でも、どんなにみんなから愛されても、あなたは絶対に満たされない。スガさんが、あなた自身が一番、自分の音楽を愛していないからっ!」
「っ……!」
気付けば、涙があふれていた。だって、こんなに悲しいことがあるだろうか。
こんなにも美しい音楽が、作り手から愛されていなくて。この人は、自分を削って音を紡ぐたびに、自分の音でボロボロに傷付いてる。
「愛してあげて、くださいよっ……あなたの音楽は、こんなに素晴らしいんだってこと、気付いてくださいよっ!それでも分からないんだったら、何度でも言いますから。アイキスのファンとして、一人のミュージシャンとして……スガさんの紡ぐ音楽が好きなんですっ。だからもう、たった一人でボロボロの心でペン握って、これ以上スガさんを傷付けないでっ」
「っ……俺は。おれ、はっ」
ポツリ、と。
五線譜の上に、一粒の涙が零れて、滲んだ。
「俺は、ヒーローに憧れる子どもみたいに、ずっと『Leni』になりたくてっ。アンタみたいにギター始めて、自分の才能の限界勝手に決めて、ギター捨てたんや。それでも音楽は捨てられなくて、ベース始めて……アンタの音聞いた瞬間、許せへんと、思った。天才のギターじゃない、なのになんでこんな音が出せるんやって。でも何より、ギターを捨てた自分自身が一番許せんかった」
「……私は、器用じゃないんです。だから、自分を捨てて『Leni』をコピーするしかなくて。それでも捨てきれないから、こんな風にカンペキにはなれない。中途半端なんです。スガさんみたいに、自分の音っていうものをしっかり持ってる人が羨ましくて仕方なかった。それでも、自分の歩いてきた道が間違ってたとは思いません。誰に何て言われようと、今のこのスタイルが私の誇りで、全てです……スガさんは、どうですか」
震える手が、私から隠すように目元を覆った。それでも零れ落ちる涙が、音楽家の手を伝い落ちていく。優しい雨、みたいに。
「俺はそれでも、きっと俺の音楽を好きにはなれん」
私は彼の言葉に目を伏せた。私の言葉では、心では、届かなかった。
「でも」
かすれた声に、自然と引き寄せられた視線が、スガさんのまっすぐな視線と交わった。
「アンタが俺の音楽を『好き』って言ってくれて、救われた」
そう言って、楽譜を抱き締めた表情が、ひどく優しかったから。きっとこの人は、もう『大丈夫』だと、そう思えた。
「……戻って来て下さい、スガさん。あなたの音が、必要だから」
私は立ち上がって、手を差し出した。
「帰りましょう」
「……ああ」
スガさんは、そっと手を伸ばして私の手を握った。その手はひどく冷たくて、私は熱と想いを伝えるみたいに、ギュッと握ってスガさんを引っ張り上げた。
身支度を整えてベースを背負ったスガさんは、少しだけ緊張してたけど、それでもなんだか重い荷物をおろしたみたいな顔をしていた。
そのまま玄関を出て、スガさんが自転車に乗ったのを確認すると、私はクルリと向き直って手を振った。
「それじゃ、私はここで!」
「はぁっ?一緒に行くんやないのっ?」
「やること、あるんです!スガさんはちゃんと『いつもの場所』行ってくださいねっ!」
それだけ言って走り出す。呆れたみたいな叫び声が聞こえてきたけど、私はまだ、一緒に行けない。家に、帰らなくちゃ。
私が『Asuka』に、戻るために。
*
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