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05 それでも、歌い続けるということ ②
しおりを挟む『俺は、他人の心が分かんない、らしいから……だから、ごめん』
『どうして謝るんですか?』
『傷つける前に謝っとけば、文句言いにくいだろ……って、ルカが』
『………』
その時は、ただ『ちょっとヘンなひとだな』なんて思っただけで。でも、その『ごめん』に辿り着くまで、ウツミさんはどれだけ傷付いてきたんだろう。自分が『傷付いて』いることも知らないまま。それはとても、悲しいことだと思った。
「でも」
色んな感情がぐちゃぐちゃになっていた私を、淡々とした透明な声がすくい上げる。
「誰かに言われる『大丈夫』なら、きっと、いい」
「っ!」
ハッとして顔を上げると、思ってたよりもずっと近い場所で、ウツミさんが私を見下ろしていた。そこに浮かんでいたのはいつもの無表情だったけど、いつもよりずっと優しい感じがした。
「これ、あげる」
ぺらり、と私の手の平に一枚のメモが落ちた。
「これっ」
「ん。ルカのおうち」
いやいやいや、なんてもの渡してくれちゃってるんですかっ。慌てて返そうとすると、ウツミさんは真剣な顔で(やっぱり無表情だったけど)言った。
「行って。そばに、いてあげて。それで『大丈夫』って言って……大丈夫になったら、帰ってくる」
「っ、どうしてウツミさんが行かないんですか」
「……俺は、きっと連れて帰ってこれない。別に、ルカがレコーディング、とかできなくてもいいから」
どうしてウツミさんが、そんなことを言うのか分からなかった。でも、怒鳴ってしまいそうになるのを必死にこらえた。彼は、静かに待っていれば、きちんと理由を話してくれる人だから。
「だって、ルカは本当に歌えなくなったわけじゃない。俺達だけでも、音楽はつくれる……別に俺は、聞き手なんて今はどうでもいい」
普段はこんなに話さないからか、少し疲れたようにウツミさんが息を吐く。それでも彼は、話すことをやめなかった。私に伝えようと、してくれた。
「……でも、ルカは違う。アイツは、聞いてくれる人がいなくちゃ、ダメだから。意地っ張りだけど、意外と押しに弱い。だから、アンタが連れてきて……できる?」
できるか、と訊きながら、答えが分かっているみたいに深い色の瞳が瞬く。
「できます。だって、ルカは歌いたがってるから」
あんなに苦しそうで、それでも歌おうとしてるから。
背中は、押してもらった。あとは、いつもみたいに突っ走るだけ。
「……ウツミさん、他人の心が分からないなんて、ウソですよ」
「そう?」
「だって、ルカのこと……そんなに分かってるじゃないですか」
「それは、ルカのことだから」
当たり前のように呟くウツミさんに、私は少しだけ笑ってしまった。
「大切な人のことだけ、分かってればいいんですよ。誰のことでも分かってる人なんて、この世のどこにもいないんですから。薄っぺらに沢山の人のこと知ってるより、きっとずっといいです……少なくとも、私はそう思います」
私の言葉に、ウツミさんは目を見開いて、しばらく言葉を見失っていた。
「……ありがとう」
ただ、それだけ呟いてそっぽを向いたウツミさんに、前からちょっと思ってたけどルカとウツミさんって兄弟みたいだと思った。
ギターケースに相棒のフェルナンデスさんをしまって、背中に背負って気合いをいれていると、後ろから呼び止められた。
「アスカ」
「はい」
「アンタのこと、ここで、待ってる」
「ここで、ですか?」
ウツミさんは頷いて続けた。
「……ドラムは、バンドを支えるのが、役目。いつでも、ずっと、俺はここにいる」
「それって」
「俺の、持論」
無表情のはずの横顔が、ほんのちょっとだけ得意気に笑ったような気がした。
「いってきます!」
「……ん」
いつもと変わらない、その返事に、なんだか今日はひどく安心させられた。
帰ってくる。必ず、ここに。私達の歌声を連れて。
*
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