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03 そのアンサンブルを、探し続けていた ⑥
しおりを挟む「てか、そもそもスタジオ・ミュージシャンとしてはウツミって理想形やと思うねんけど、なんでパッションとか求めちゃうん?」
それは私も疑問に思ったところだった。基本的に、スタジオ・ミュージシャンって技術力・正確さ至上主義だと思ってる。だから、求められた音をカンペキに出せるウツミさんって、スガさんの言う通り理想形としか思えないんだけど。
「……アイツ、顔いいからライブのサポートドラム頼まれやすいんだよ。んで、社長も何考えてんのかほいほい許可しちゃうわけ」
「あーそれで、指示がない限りは味も素っ気もないドラム叩くから『こいつ大丈夫なん?』ってなるわけだ」
なんとなくそれは想像がついた。当たり前だけど、ライブとレコーディングは別世界だし、私も『たまに』ライブのサポートで呼ばれた時はスイッチを切り替えるようにしてる。みんなで音を作っていくことを重視してるバンドとかだと、ウツミさんの扱いは難しいのかも。
「そ。んで、グダグダフワフワしてる指示飛ばしてるうちに、コロコロとウツミの音が変わって混乱。でも、ウツミを上手く使いこなせたバンドからは大絶賛」
「めぐりめぐって、今に至る、と」
なんとなく、スタジオに微妙な空気が落ちた。全く他人事な話じゃなかったし、それどころか自分自身にも身に覚えのある話だった。
いま私達がやろうとしてることは『Leni』の音を再現しようとしてるわけだから、自分の感情をこめるって言うのとはやっぱり違うし。どっちかって言うと、私達はスタジオ・ミュージシャンの究極の形を求めようとしているのかもしれない。
でもそれって、結局はどこにも属さない……属せない異端ってことだ。自分の本当にやりたいことを誰にも理解してもらえないまま、私達はここに辿り着いた。
「それでスガさん、何か話あったんじゃないの。何もないなら、俺も帰るけど」
重くなりかけた空気を振り払うようにルカが声をあげた。
「あ、そやった。スマンスマン……はい、これ」
ポンっと、私とルカの手に大きな封筒が渡された、というか
「おもっ」
想像してたよりずっとズッシリしていたそれを、落とさないように気をつけながら覗き込むと、中には紙束がギッシリ詰まっていた。
「楽譜?」
「他にミュージシャンに渡すものある?」
「そういうことや。社長が『アスカ君の音に納得したら渡してね』とか何とか言っとったけど、あの音聞いて分からないバカはここにはおらん……アンタは間違いなくホンモノのミュージシャンや」
ニヤリと笑ってスガさんが宣言する。
「記念すべき俺たちの初仕事は、ニューアルバムの録り下ろしと、アルバムツアーで全国行脚や!」
「はぁっ?聞いてないんだけどっ?」
驚愕の表情を浮かべたルカが、慌てて封筒の中身を確認し始める。
「え、これ全部録り下ろす……っていうか、録り『直す』ワケっ?」
「あ、薄々そうなんかなーって思ってたけど、やっぱりそうなん?」
一人だけ話の読めてない私が首を傾げると、ルカが苦い表情で教えてくれた。
「言ったでしょ。俺の実質的な活動休止前……一年前に新曲は全部録り終わってるって」
「って言うことは、ルカは全部歌い直し?」
「……そーいうこと」
ぴろりーん
あまりにも場違いな音が響いて、私とスガさんの視線が一気にルカの胸元のポケットに集まった。
「……ごめん、社長から。あの人からのメールは、一応いつでも鳴るようにしてるから」
そう言いながら携帯の画面を開いたルカの表情が、みるみるうちに凶悪な感じに歪んでいく。
(あー……キレイなお顔がもったいない、けど)
それこそ、そんな場違いなことを言ったらブチ切れそうだ。
「社長、なんて?」
勇者のスガさんが軽い調子でルカに訊いた。この顔のルカに話しかけられるなんて、ちょっと尊敬しそうになってしまう。
「あんの、クソダヌキっ!」
「キツネさんじゃなかったの?」
「どっちでも良いでしょっ!」
結局怒られてしまった私は、怒鳴りながらルカがこっちに突き出した携帯の画面に集中することにした。
『サプラーイズ!』
シンプルに表示された一言は、なんだかすごくイラっとくるのが良く分かった。
「ルカ、苦労してるんだね……」
「あの人、実はヒマなんか?」
私とスガさんから同情の視線がルカに送られる。ルカは諦めたように携帯の電源を切った。
「まあ、あれや。カンペキ主義の『Ruka』としては、最高の形でアルバム出せることになるんやから、結果オーライやん」
「クソ、完全に他人事と思って油断してた……まあ、いいけど。いつまでに仕上げんの?」
「ん?二週間で十五曲」
思わず顔が引きつりそうになる。出来ない分量じゃないけど、ルカの曲だしカンペキに仕上げようと思えば、もうちょっと欲しい。
「あ、アスカちゃんはそんなに心配する必要ないで?半分はシングルでもう世に出回ってる曲やから、既に完コピしてると思うし。何より、さっき『録り直し』ってルカが言うてたやん」
「そっか、お手本がいるんですね」
「そそ。偉大なる先輩方が……って、一・二曲俺が弾いてるのも入ってるけど、過去に録音して下さったのがあるから。あとは、それを『Leni』のサウンドにより近付けてくだけ」
そう考えると、思ってたより余裕のあるスケジュールで安心した。私がホッとして頷くと、スガさんは優しくニッコリした後に、すぐ真剣な顔になってルカを見つめた。
「問題があるとしたら、アンタや『Ruka』」
(えっ……)
スガさんの言葉の意味が分からなくてルカを見ると、彼は恐ろしいくらいの無表情になって黙り込んでいた。
「アンタは俺なんかが口出しすんのも申し訳ないくらいのプロだから、うるさいことは言わん。でも、もし何かあったら、いつでも連絡してええから。それだけ、言っときたくて」
「……分かった」
小さく頷くと、ルカはそのまま帰っていった。
「……」
「…………」
後に残された私達は、困って顔を見合わせる。
「あー、その。途中まで一緒に帰らん?」
ガシガシと頭をかいて言ったスガさんに、私はおずおずと頷いた。
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