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02 声に値段をつけるのは、だれ? ③
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「黙れ」
社長室を出て、そのままの流れで事務所を出て、最初に口にした言葉だ。
背後霊みたいにトボトボ俺の後ろをついてきてたトサカ女は、目を見開いてうちあげられた金魚みたく口をパクパクした。
「っ、私まだ何も」
「これから言おうとしてたでしょ」
ぐっ、と言葉を詰まらせるトサカ女に、これ幸いと歩き出す。
ぐいっ、と袖が引っ張られた。
「……なに」
「その、やっぱり、ごめんなさい。ぜんぜん役に立てなくてっ!」
「やっぱり分かってないのか」
「え?」
キョトンとした顔でこっちを見上げてくるコアラ面に、俺は折角このまま知らん顔して帰ろうと思っていたのに、と溜め息を吐いた。
「……はぁ。まだ気付いてないわけ?社長は俺を、てっとり早く頷かせるためだけに、お前を呼んだの。だから、お前が社長室に飛び込んで来た時点で詰んでたわけ」
普段はプライドがクソ高い俺に反論させないためには、正直な世間の証人が必要だ。つまり、俺がどれだけダメ人間なのかを自覚させる存在が必要だったわけ。彼女はそうとも知らず、見事にその役割を果たしてた。
「ごめん、なさい」
説明されても半分も理解していないだろうアンポンタンは、戸惑いの表情を浮かべながら頭を下げた……俺、大人げなさすぎたかな。まあ、半分以上は腹いせだし。
「別に、あの人の言ってたことは事実だし。まあ、事実だからムカつくんだけど。社長は時間短縮したかっただけでしょ。あのひと効率主義だし……というわけで、別に怒ってないから。それじゃ」
「っ、待ってください!」
もう俺に関わらないでアピールは、この空気読めない単細胞に通じなかったらしい。
「何はともあれ、これから同じバンドメンバーなんですよね?」
「……社長の手前ああは言ったけど、バンド組む気ないから。悪いけど」
突き放すようにそう言って、それでもトサカ女はまっすぐに俺を見ていた。
「私にはまだ、今のルカさんにバンドが必要かどうか分かりません。だからいつか、どんな形であろうと必要だと思ってもらえるように頑張りますね!」
(……へえ)
なんとなく、そのまっすぐさを、ズタズタにしてやりたいような衝動に駆られた。
でも、何もしなかった。傷つければ、その分だけ『関わり』が生まれてしまうから。
「あの、さっき……ちゃんと、Leniに聞こえましたか?」
そわそわと聞いてくる言葉が、思いっきり俺の神経を逆なでした。
「……うるさい」
「それじゃあ、黙っておきます」
わざわざ『お口にチャック』のポーズをしてから、律儀に黙ってついてくる。
「いや、どこまでついてくる気」
「……?」
能天気な鳥がそらっとぼけたみたいな顔で首を傾げるトサカ女に、俺は本気で頭痛を感じた。
「別に、喋っていいから」
「バンドメンバーって、どこまでついていくものなんでしょう?」
「バカなの?」
思わず反射的に返していた。
「ついてこないでいいから。てか、ついてくんな」
「それじゃあ、今日はここでお別れですね」
できれば永遠にお別れしたいと思っていたら、ずい、と勢いよく目の前に手が差し出された。
「改めまして『アスカ』です。しばらく仕事相手として、よろしくお願いします」
「……よろしく」
反射的に握った手は、ひどく熱くて。
何もかもが冷め切った俺には、ひどく眩しかったから。だから、手を振りほどいて、ただ視線を逸らすことしかできなかった。
ただ、それだけ。
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