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38、ノートンの最期
しおりを挟む賢王マルキがこの国を治める事になり数十年、国民達は平和を満喫し、この上無く幸せに暮らしていました。
この数十年間で、王妃マリアも宰相ノートンも大分歳をとりました。
二人は王が留守の間に、従者や侍女達が見守る中で、時々お茶をする間柄となりました。
何十年経っても外見の変わらない王と違い、この老いぼれた二人は、もはや嫉妬する対象ではなくなったようでした。
「ノートン、あなたは生涯独身だったわね。」
「ええ、私は生涯独り身でしたが、毎日あなたとお城で一緒に過ごせましたから、とても幸せでした。」
「‥あなたほどの良い男が、もったいない事をしたわね。」
「‥ハハハ、こんな老いぼれが良い男なものですか。‥‥それにしても、あなたは年老いてもなお美しいのですね。」
「‥いえ、王にはいつも見苦しいって叱られますの。」
「‥王は美に執着してますからね。」
「‥ええ、今も馬を走らせて一人で若い娘の処女を奪いに、村外れまで物色しに出掛けるぐらいですものね。」
「えっと‥若い娘の処女を奪うと若さが保てるんでしたっけ?‥まさか王はそれを信じてはいないでしょう。‥今も、きっと領内の視察に出かけられているのですよ。」
「‥だと良いのですが。」
この頃の王マルキは、段々と内なる狂気を隠さなくなってきました。
我が子クロノスが次期王位継承者と正式に認められると、政治をクロノスに任せっきりにしては、若い娘の処女を奪いに行くのでした。
彼にとって、処女性や貞操とはとても神聖で、求めてやまない神のような存在となっていました。
それに誰に唆されたのか、若い娘の処女を奪えば若さが保てると真剣に信じていたのです。
王マルキに処女を奪われた娘達は、若くて美しい王に抱かれた事を大変光栄に思い喜びました。
この国では、王に処女を奪われた娘をまるで縁起物のように崇め奉っていました。そしてその娘を嫁に貰おうと、何人もの男達が求婚に来るのでした。
王とは、この国ではそれほど愛された存在となっていたのです。
「ノートン、近頃少し寒くなってきたわね。‥温かいお茶を淹れましょうか?」
「ノートン?」
ノートンは椅子に深く腰掛け、幸せそうな笑みを浮かべて息をひきとりました。
ふと、部屋の天井に何かの気配を感じて見上げると、若き日のノートンの姿がありました。
私に向かい丁寧に礼をすると、そのまま消えていきました。
「‥さようなら、ノートン。あなたの魂はとても美しいから、きっと天上界へ迎えられる事でしょう。」
私はそう独り言を言うと、飲みかけのお茶をゆっくりと飲み干し、席を立ちました。
ノートン享年70歳。愛するマリアに看取られながら天へと召されました。
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