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31、初恋の自覚
しおりを挟む私は眠たい目を擦り重い体を持ち上げ、侍女達に支度を手伝って貰いました。
「お疲れですか。」
「ええ、最近眠くて眠くて‥‥。」
「目覚めの良いお茶を用意しますね。」
「ありがとう。」
私はお茶だけ飲むと、宰相のノートン様の屋敷へ向かいました。
ノートン様の部屋で、前回からの続きの絵を描こうとしたところ、部屋にいきなりたくさんの侍女達が現れて、私を別室へと連れて行きました。
そして、無理矢理着替えさせられ、化粧も施され、髪も結われました。
鏡の前で呆然として立ち尽くす私の前に、ノートン様は満面の笑みで現れました。
「マリア、今から出かけよう。」
そう言って、私の伊達眼鏡を外して自身の胸元にしまういこむと、私の手を掴んで玄関へと向かいました。
「えっ、今からですか‥。っていうか強引じゃないですか!」
「これぐらい強引でないと、君を外へ連れ出せないからね。」
「‥‥それにしても強引過ぎです。」
「ごめん、もうこんな強引な事はしないから。今日だけは付き合ってよ。」
「‥しょうがないですね。」
結局私はノートン様のお誘いを断りきれずにお出かけをする事になりました。
「君の服、僕が君に似合うと思って選んだんだ。僕の肖像画が順調に進んでいるご褒美だよ。ワインレッドが君の白い肌によく映えて美しいと思ったんだ。」
「‥ありがとうございます。」
「もっと喜んでよ。‥それともまだ怒ってる?」
「怒ってはないです。ただあまりの強引さに呆れているんです。」
「‥普通の女なら、ここで喜ぶのにな‥‥。」
「あら、こういう事をするのは私が初めてではないようですね。」
「‥いや、違う。そうじゃなくて‥‥僕の想像の中では、今日ここで君が僕の強引さに惹かれて恋に落ちるところだったんだ。」
「プッ、フフフ、何ですか?それ。ノートン様、可愛らしいところがおありなんですね。」
「‥‥マリア‥。」
ノートン様は急に私を抱き寄せ、キスをしてきました。
「ん、んん‥‥。」
私は驚いて、思わずノートン様を突き飛ばしてしまいました。
「‥あっ、びっくりしてしまってつい‥‥。すみません。」
「‥‥いや、大丈夫だ。僕がどうかしてた。ごめん。君が笑った顔が可愛いくてつい‥。」
「‥いえ、大丈夫です。」
気まずい雰囲気のまま、馬車が飲食店の前でとまりました。私は乱れた髪の毛を整えると、ノートン様に手を取って貰い、馬車から降りました。
「ここは‥?」
「‥‥〝エーアステ・リーベ″。街で有名な飲食店だよ。店主のワイン好きが高じてはじめた店らしいけど、美味しいワインが揃っているし、チーズも種類が豊富なんだ。料理も勿論美味しいんだけど‥‥とにかく君といつか来れたらいいな、と思ってたんだ。」
「プッフフフ、女性をいきなりお酒のあるお店へ連れて来るなんて‥下心が丸見えです。しかも昼間から‥‥。ノートン様は女性にモテモテな割には案外女性の扱いには慣れてないのですね。」
「‥‥そう言うなよ。何だか落ち込んでしまうな。」
「‥フフフ、私は落ち込んでるノートン様を是非見てみたいです。」
「‥マリア。」
オホン、
「ノートン様、お待ちしておりました。お席へご案内します。」
私達はお店の案内係に案内されて、壁際の少し目立たない席へと案内されました。‥それにしても、ここはとてもお高いお店のようです。ドレスコードでもあるのでしょうか。‥皆さん正装に近い服装をされています。
‥‥だから、私はノートン様に着替えさせられたのですね。
私が色々考えていると、ノートン様が心配そうな表情で私を見てきました。
「マリアは、こういう場所は嫌い?‥君が目立つのは嫌いだと言ってたから、席もここにしたんだ。‥‥あまり人目につかなくて良いだろ?」
「‥ノートン様、下心が‥‥。」
「‥違っ、これは本当に違う。君に食事や僕との会話に集中して欲しかったんだ。」
「フフフ、ノートン様は案外面白い方なのですね。私はノートン様といると楽しいです。」
「‥マリア、ありがとう。君からその言葉が聞けただけで、僕は充分満足だ。」
私達は良い雰囲気のまま、美味しいワインを楽しみ、会話に花を咲かせました。
ノートン様と話をするのはとても楽しかったです。私と話してる間も、ノートンの様の表情はコロコロと変わり、赤くなったり青くなったりして、退屈しませんでした。
それに彼はよく見ると、美しく男らしい容姿をしていました。
紫がかった艶のある黒髪、筋の通った鼻、切れ長の目、薄い唇、引き締まった体‥‥。
私は彼の性格だけでなく外見にも惹かれ始めていました。
彼を見てると、私の胸は苦しくなるのです。
私は公爵に対する愛情とは別の思いを、ノートン様に抱き始めていました。
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