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1、マリア、公爵邸へ
しおりを挟む私、伯爵家の四女マリア・ロズベルは、貧しい実家の生計を支える為に画家をしていました。
ドレスも買えない私は、いつも同じワンピースを着て生活をしていました。顔も、眼鏡で目の下のクマを隠し、化粧品も買えない為すっぴんでいました。
ですので、画家として色々な貴族邸へお邪魔しているマリアですが、貴族の男性の目に留まるような出来事は一切ありませんでした。
そんな私が今回訪れたのは、芸術家達の育成にも力を入れている名家、マルキ公爵邸でした。
黒薔薇のアーチをくぐり、姫柊の生垣で細かく色毎に区切られた広い庭を通ると、荘厳たるお屋敷が目の前に現れました。
私は、老執事に案内されてお屋敷の中へと入って行きました。そして、公爵様の執務室へ通されました。
コンコン、
「ご主人様、画家のマリア様をお連れしました。」
扉が開くと、奥のデスクにいる人物と目が合いました。
黒い長髪の筋肉質な美男子‥あれがマルキ公爵様‥。
そして、公爵様にしなだれかかっている二人の女性は服装から察するに侍女のようです。
侍女の一人は公爵様の膝の上にのり、隙あらば彼に口づけをしています。もう一人は床に腰をおろし、机の下で彼の下半身を弄っていました。
‥‥私はすぐに退室すべきなのでしょうか。これは、私が見てはいけない場面なのでは、と心配になりました。
老執事の方を見て、どうすれば良いのか視線で訊ねると、彼は静かに頷いて微笑みました。
私は頷き返し、公爵様に向き直りました。
「画家のマリア・ロズベルと申します。宜しくお願いします。」
「マリア‥か、いい名前だ。ベリアル、彼女を頼むよ」
「かしこまりました。ご主人様。」
私は公爵様に礼をして退室しました。そして老執事のベリアルに案内され、自分へと向かいました。
長い廊下を歩いていると、壁という壁に大きな鏡が掛けてありました。
廊下を挟んで向かいあう鏡は、合わせ鏡になっていました。無限に続くかのような鏡の像ですが、あれは有限だという説もありました。無限にしろ有限にしろ、巷では、合わせ鏡は悪魔の通り道として広く知られています。
それにしても‥なんて鏡が多いお屋敷なのでしょう。
ある廊下は、少しずつ鏡を立て掛ける角度を変えてあり、天井のシャンデリアをまるで万華鏡のように多角的に反射させ、幻想的な空間を作り出してありました。
また、ある廊下は壁面全体を鏡にしており、まるで迷路のようになっていました。
そして私の前を歩くベリアルの姿は、どの鏡にも決して老執事の姿として映りませんでした。
時には山羊の角に牛の顔の魔獣として映り、またある時には若くて魅惑的な美男子として映っていました。
私は、幻想的なお屋敷の内装と鏡に映るベリアルの様々な姿に戸惑いながらも、気がつけばいつの間にか、自分の部屋へ着いていました。
「マリア様、こちらのお部屋をお使い下さい。何かあれば、私に申し付けて下さい。」
「分かりました。ありがとう、ベリアル。」
私がベリアルに案内をしてくれたお礼を伝えると、彼は微笑みながら礼をして退室しました。
マリアは、素敵な公爵様と怪しげなお屋敷、謎の執事のベリアルが気になり、あまり眠れぬまま朝を迎えました。
コンコン、
「マリア様、お食事の準備が整いました。ご主人様もお待ちです。」
「分かりました。」
私はすでに支度を終えていたので、すぐに食事へと向かいました。
ベリアルの言う通り、テーブルの奥にはすでに公爵様がお待ちでした。
「公爵様、お待たせしてしまい申し訳ありません。」
「いや、疲れただろう。本来ならゆっくり休ませてあげたいところだが、僕がこれから用事で出なければならないんだ。‥まあ、座りたまえ。食事をしよう。」
公爵様がそう言うと、次々と料理が運ばれてきました。私は緊張を隠せぬまま、公爵様と食事を進めました。
「マリアさん、あなたにはある部屋の壁画とを描いて欲しいんだ。描き終わるまではずっとこの屋敷に住んで頂きたい。良いだろうか?」
「はい。それでお願いします。」
公爵様は、私の返事を聞くと満足気に微笑まれ、席を立ちました。
「すまない。僕はもう出かけなくてはならない。あとの指示はベリアルから聞くといい。では失礼するよ。」
「はい、分かりました。」
私は立ち去る公爵様の美しい後ろ姿に、思わず見惚れてしまいました。
食事の席の後ろに控えていた侍女達の冷たい視線にも気付かずに。
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