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フィナーレ
しおりを挟む「少し軽めのワインにしようか?」
「いえ、シャンパンにしても良いですか?そんな気分なのです。」
そんな優雅な会話をしながら、ナダルを横目に見ますと、まだふてぶてしい態度を取ったまま私を睨んでいます。
「ナダル君はどうする?」
「えっ?あっいえ、お任せします。」
どうやら、怒りで私達の話も頭に入ってこないようです。
給仕がワインを持って来てくれました。華麗な動きでグラスにワインを注いでくれます。
ピアノの曲はゆったりとしたメヌエット。
赤い絨毯、天井の神々しく美しい宗教画、豪華なシャンデリア‥‥
なんて素敵なレストランなのでしょう。
歌劇をみた後に、その余韻に浸りながら優雅に食事を楽したい、との旦那様の思いから生まれたレストラン〝エルルケーニヒ″。
ドンッ
ナダルが乱暴にグラスを置いた為、周りは何かを話しながら、こちらのテーブルをチラチラ見ています。
それをナダルは忌々しそうに睨み返し、旦那様にも苛々した様子を隠そうとはしませんでした。
旦那様は相変わらず楽しそうに微笑んでいらっしゃいます。
「オードブルを。」
給仕の方が持ってきてくれたオードブルのお皿には、野菜や魚介類などが綺麗に盛り付けられています。
「こちらから、きのこのテリーヌ、海老とアボガドのサラダ、パテドカンパーニュ、エスカルゴ、ナスのチーズ添えバルサミコソース‥‥になります。」
説明を聞いてると、全て私の好きなものばかりでした。
「サリーの好きなものだけを用意して貰った。」
やっぱり!
「旦那様、嬉しいです!」
ガチャンッ
ずっと落ち着きのない様子のナダルは、フォークを落としてしまったようです。
そばに給仕係がいるのに、自ら床に落ちたフォークを拾おうとしています。
「お客様、私が。」
「‥‥お前、見た事があるな、誰だ!」
「私の事を覚えてらっしゃらないんですか?
街で商店を営んでおりましたロクサンです。
お客様を大切にしてる商店だって結構評判が良かったのですよ。
それが何故か急に、お客様が次々と取引を断ってきたんです。そしてとうとう商売どころか生活もままならなくなってしまったんですよ。
後から分かった事ですが、どうやら私の商店の悪い噂を流したり、時にはお客様を脅したりして、強引にうちとの取引をやめさせた男がいたようなんです。
ねえ、ナダル様。そいつは一体何の恨みがあって、うちみたいな小さな商店にそんな仕打ちをしたのでしょうかね。
でも安心して下さい。私は今公爵様の計らいでこうして給仕係としてここで雇って頂けましたから。」
給仕係は、床に手をついたまま固まっているナダルの指の間をめがけてシュッと落ちてたフォークを刺しました。
「なっ!なにをする!」
フォークはナダルの指スレスレに床に突き刺さっていました。
「お客様、新しいフォークです。」
そう言って、新しいフォークをテーブルにセットすると、何事もなかったかのように、一礼して去って行きました。
ナダルは、給仕係の後ろ姿を睨みつけたまま床に座ったまま動きません。よほど怖かったのでしょう。震えてて立てないようです。
すると、ナダルの周りを今度はご婦人達が囲みます。
ご婦人達の色とりどりのドレスが、カーテンのように、ナダルの周りを囲むものですから、私からナダルの様子は見えません。
「なんだ!なにか文句があるのか!今度はお前達か!何が言いたい!」
ナダルは、ようやく気付いたようです。
今日ここにみえるお客様は、すべてナダルの悪事の被害者である事に。
「ナダル様、お久しぶりです。私達、あなたとまた仲良くしたいのです。覚えてますでしょ?だってあんなに親しくした間柄じゃないですか。ねぇ、皆さん。
それにしてもナダル様はとても気の多い方のようですね。沢山の女性を同時に愛せるようですから。
それに、私達の注文した品々はどうして私達の元にまだ届かないのでしょうね?
本当にとても困ってましたのよ。
でも、安心して下さい。私達の注文書に基づき、届いてない商品は全てオズワルド商会会長が届けて下さいました。
代金はナダル様が払って下さると聞いてます。
さあ!私達と一緒に踊りましょう!」
ご婦人達は、そう言ってナダルをピアノ近くのダンスホールへ引きずっていき、ナダルと踊り始めました。
いつの間にか、ピアノの曲もワルツに変わっていました。
ナダルは、ご婦人達が軽快に踊る輪の真ん中で、右往左往しています。
「おい、邪魔だ!どけ!目が回る!」
そう叫ぶナダルの頬をピシャリッ、またピシャリッと扇で叩く音が響きます。
それにしても、ご婦人達の踊る姿の何と美しい事でしょう。くるくると回る度に、ドレスの裾が広がり、まるで色とりどりの花が咲いているかのようです。
「ダンスはまだまだ終わりそうにないね。」
旦那様と私は、ナダルを待たずに二人で食事を進めることにしました。
きのこと季節の野菜のポタージュは、濃厚な味わいでしたし、
白身魚のグリエのトマトソースは、淡白な白身魚に塩気と酸味が丁度良く加わり、私好みの味でした。
レモンのシャーベットで口の中をすっきりさせると、
次はいよいよメインディッシュです。
牛肉のステーキがミディアムの状態で運ばれてきました。
「サリーはいつも、ミディアムだよね。」
「そうです。覚えててくれたんですね。ちなみに旦那様はいつもレアですよね。」
「サリー‥‥。すまない、僕は少し席を外すよ。」
「旦那様?」
旦那様はそう言い残すと、ご婦人達のダンスの輪へ近づいて行きました。
ダンスも曲も止まり、ご婦人達は旦那様の邪魔にならぬように席へと戻って行きました。
床に座り込んで額を押さえているナダルと、旦那様が対峙しています。
旦那様がナダルに手を差し伸べると、ナダルは失礼にもその手を払い除けました。
すると旦那様は、ナダルの腕を掴み強引に立たせました。
そして、そのナダルの腹部を拳で思いっきり殴りました。
そのあまりの痛みに、ナダルは床をのたうちまわっています。
口から血を吐き、もうボロボロのナダルの側で、旦那様はレストランのお客様方に向け、お辞儀をしました。そして私を手招きします。
私は旦那様の横へ並び、同じく皆さんに向けて、カーテシーをしました。
旦那様は、私の腰を抱きキスをなさいました。
皆さんが一斉に立ち上がり盛大に拍手をしてくれます。
そのまま私達は、ナダル断罪劇の舞台〝エルルケーニヒ″から退場しました。
お客様方も次々と退場します。
ナダルただ一人がこの場に取り残されました。
ナダルはそのまま王宮の牢獄へ投獄され、後日行われる裁判を待つ事になるのでした。
「サリー、残念だ。コーヒーを飲み損ねてしまったよ。」
「旦那様。残念という割には、そんなに残念そうには見えませんよ。」
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