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35、舞踏会が始まりました
しおりを挟む有栖川先生のレッスンを受けてから数日後、いよいよ舞踏会本番の日がやってきました。
タケル君のエスコートで会場入りした私ですが、会場にいる諸外国の国賓や外交官の面々に、私は気後れしてしまいました。
「‥何だか怖いわね。‥何か粗相したら、一気に視線が集まりそう‥‥。」
「‥レミーさん、気楽に行こう。今夜の舞踏会は外交の大切な場だけど、同時に若い男女のお見合いの場でもあるんだ。」
「‥そうですか。」
「ごらんよ。会場の壁際に若い男女が緊張しながらも、良い異性がいないかキョロキョロしているのが見えるだろう?」
「‥あっ、本当だ。若い方達もいますね。」
「‥今日の一曲目を早速僕と君で踊るんだよ。」
「えーっ!?そうなんですか。」
「今日の会場の中で、王族出身の僕が一番地位が高いからね。さあ踊りに行きましょうか、ローズ伯爵令嬢。」
「‥あっ、はい。」
私とタケル君が会場の真ん中に向かうと、すでに三組の男女が定位置に立っていました。三組の中には、ヒノキ国の首相夫妻もみえました。
吹奏楽団が軽快なリズムを刻む中、私達を含む四組の男女が入れ替わり立ち代わり入り乱れて踊り始めます。
まわりの観衆が見守る中、八人で手を繋いで輪になって踊ったり、二つの円陣に別れたり、中々複雑で動きの早いダンスですが、これを五分程踊り続けるのでした。
私は終始楽しく踊っていましたが、タケル君は‥必死な様子でした。でも間違ったり、他の方にぶつかる事なくスムーズに踊っていました。見ていた私もほっとしました。
カドリールが終わると、次はワルツです。
「‥レミーさん、踊ろう。」
息を少し切らしたタケル君が、再び私の手をとりました。
「喜んで!」
「‥レミーさんはダンスが好きだね。」
「ええ。いつまでも踊り続けられるわ!」
「ハハハ‥凄いな。」
会場の真ん中に若い男女が集まってくると、ピアノ伴奏者が加わり、ワルツの曲をひき始めました。
若い男女がペアになって踊るこのワルツは、お見合いも兼ねていた為、皆んな誰にダンスを申し込もうかと、必死になっていました。
「レミーさん、よそ見しないで。」
「‥あっ、ごめんなさい。」
私は再びタケル君と体を密着させてダンスを踊りました。
‥‥でも先程までの楽しい雰囲気は消え、何故か私達は謎の緊張感に包まれていました。
オホン、
「レミーさん。」
「‥はい、なんでしょう。」
「‥好きです。付き合って下さい。できれば結婚を前提に‥。」
私は突然のタケル君の告白に驚いて、一瞬頭が真っ白になりましたが‥‥私の心はすでに決まっていました。
私は‥迷いなくタケル君に本心を告げました。
「ごめんなさい、それは無理です。‥私はタケル君とは友達にしかなれません。」
「‥‥うん、知ってる。でも、どうしても言いたかったんだ。ごめんね。」
「‥‥でも、気持ちはありがたいです。ありがとうございます。」
「うん、今度こそ友達として宜しくね。‥‥ああ、でも本当に僕はレミーさんが好きだったんだ。‥だから、振られると分かっていても、君に告白せざるを得なかったんだよ。‥‥きっと僕はこの恋に何か終着点が欲しかったんだろうね。でないと先に進めないからね。」
タケル君はそう言って、曲の区切りと共に私の手を離しました。
「‥レミーさん、君が本当にダンスを踊りたい相手は誰だい?探してみると良いよ。きっと、見つかるはずだ。それに‥君の願いはすぐに叶えられるだろう‥。幸運を祈るよ。」
そう言い残して‥タケル君は、会場から去って行きました。
タケルは別室に移動し、アルコール度数の低いワインで喉の渇きを潤し、サンドイッチで空腹を満たしました。‥‥喉は潤い、お腹は満たされましたが、なのに‥何故か心の空洞だけは埋まりませんでした。
「‥ハハハ、分かってはいたけど、失恋はこんなにも辛いものなんだな。」
そんなタケルの独り言に、誰かが相槌をうちました。
「ああ、分かるよ。失恋は辛いものだ。‥それを乗り越えていける者もいれば、それに執着し、道を踏み外す者もいる。」
タケルを見てニヤリと笑ったその男は、酔っ払っているのか、赤い顔でだらしなく椅子に腰掛けていました。
「‥あなたは?」
「ギリス大国のハインリヒだ。‥と言っても、今日はフラン大国の王女とその配偶者ダイアンの友人として、ここへ来たんだがな。」
そう言って彼が指差した先には、一組の若い夫婦が言い争いをしてる姿がありました。女性は妊娠しているのか、少し膨らんだお腹をしきりにさすっていました。
一方、男性の方はお酒に酔ったのか、衣服をはだけてトロンとした目つきで、会場の方をぼーっと見ていました。
「あれがフラン大国の王女とその配偶者のダイアン様‥。」
「‥そうですよ。‥‥それにしても、先程のあなたのダンスは素晴らしかったですね。パートナーの女性も素敵でした。‥‥僕も彼女にダンスを申し込もうかな。」
ハインリヒは、そう言うと歪な笑みを浮かべました。その笑みを見た瞬間、タケルは鳥肌が立つのを感じました。
レミーさんが危ないかもしれない!
そう察したタケルは、急いで会場へと戻りましたが、レミーさんは沢山の男性に取り囲まれて、次々とダンスを申し込まれており、声をかける隙がありませんでした。
タケルは、ピアノの近くで有栖川先生の側に立っていたマキシムを捕まえました。
「‥タケル、慌ててどうしたんだい?」
「ギリス大国や、フラン大国の人達が来ているんだが、様子がおかしかったんだ。‥それに、何となくレミーさんが狙われてる気がして‥‥。」
「何だって!」
その話を聞いていた有栖川先生は、ピアノをひきながら二人に向かって、レミーのもとへ行くよう促しました。
「ここは大丈夫だから。二人はレミーさんを見守っておいで。」
二人は有栖川先生に頭を下げて、レミーのもとへと向かいました。
その様子を見ていた私服の警備員達も、厳戒体制を整えました。
そんな緊張感漂う舞踏会の会場で、何も知らないレミーは、楽しそうに踊り続けているのでした。
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