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26、マキシム君とフジコさんは一緒に街へ行きました。
しおりを挟む授業が終わると、マキシムは約束通りフジコさんのクラスへと向かいました。
レミーはそんなマキシムの後ろ姿を黙って見届けると、大人しく寮の部屋へ帰って行きました。
「フジコさん、迎えに来たよ。」
そう言って、マキシムがフジコさんのクラスの入り口に立っていると、まわりの女子生徒達がざわつき始めました。
「フジコさんの彼氏よね。何でも外国の貴族の方らしいわよ。」
「フジコさんのお父様の会社の負債を全て引き受けてくれたらしいわ。」
「フジコさん、幸せそう。良いわねぇ。」
女子生徒達のそんな会話が聞こえてくる中、何となく居心地の悪さを感じつつも、マキシムは黙って大人しくフジコさんを待ちました。
「マキシム君!」
マキシム君の姿を見た途端、フジコさんは満面の笑みを浮かべて、小走りにマキシムのもとへと走り寄りました。そしてマキシムと腕を組み、満足そうにクラスの女子生徒達の方を振り返るのでした。
「では皆さん。ご機嫌よう。」
フジコさんはそう言って、マキシムと共に颯爽とクラスから出て行きました。
まるで鼻唄でも聞こえてきそうなくらい上機嫌なフジコさんとは対照的に、どことなく今日のマキシムは元気がありませんでした。
「‥マキシム君?」
「‥あっ、ごめん。ちょっと考え事をしてた。」
「‥考え事って何ですか?」
「うん、ちょっとね‥‥。」
「‥ちょっとって何ですか。他の女の人の事でも考えてたんじゃないですか?」
「‥‥女の人って‥まぁ、友達の事なんだけど‥。ちょっとね。」
「‥マキシム君といつも一緒にいる、あの金髪の女性の事を考えてたんですか?‥‥あの人はマキシム君の恋人‥ではないんですよね?」
「違うよ。彼女とはそんなんじゃない。‥けど、大切な友達なんだ。」
「‥大切な?」
「大切な友達なんだ。」
「‥お友達、なんですよね?」
「そうだよ。」
「‥なら良いんです。」
フジコさんは、一瞬険しくなりかけた表情をいつもの笑顔に戻すと、マキシムに可愛く甘えるのでした。
「マキシム君、喉が渇いちゃった。どこかでお茶しましょうよ。」
「‥ああ、分かった。」
マキシムは、フジコさんの言うなりに近くのカフェテラスへと入って行きました。
そして、ソーダ水を二つ頼みました。マキシムはヒノキ国に来てからずっと、このソーダ水にはまっていたのでした。口の中でシュワシュワと何かが弾ける感じや、喉をピリピリと刺激する感じが好きだったのです。
いつもこのソーダ水を飲んでは、『いつかレミーにも飲ませてあげたいな。』‥なんて思ってもいたのです。
「‥‥シム君、マキシム君!」
「‥あっ、ごめん。‥何だい?」
「‥私、このお水嫌いですの。他のジュースを頼んでもよろしいかしら?」
「そうだね、勝手に頼んでごめん。」
フジコさんは、オレンジジュースを自分で頼むと、マキシムをうっとりと見つめながら、自分の夢を語り始めました。
「‥私ね、小さな頃からずっと、物語に出てくる王子様に憧れてたの。‥だから、マキシム君に会えた時嬉しかった!‥マキシム君は、きっと私を助けてくれる為に現れた、私だけの王子様なのよね。」
キラキラした瞳でそう語るフジコさんに、マキシム君は冷たく言い放ちました。
「フジコさん、王子様なんて夢見てちゃ駄目だ。それに王子なんて言ったって、実際会ってみたら碌な男じゃなかったりするんだから‥‥。僕だって、そんなに良い人間ではないし‥。」
「‥‥酷いです!何でそんな事を言うんですか。そんな突き放すような言い方しないで下さい。」
フジコさんは、体を震わせて泣き始めてしまいました。
マキシムは、自分のハンカチを取り出してフジコさんにそっと手渡しました。
フジコさんは、そのハンカチを受け取り頬の涙を拭くと、今度は上目遣いでマキシム君を見つめながらこう言うのでした。
「‥ねぇ、マキシム君は外国の貴族様なんでしょう?‥‥マキシム君は、私の父の会社を助けてくれるのよね。その後は、私を外国へ連れて行ってくれるのでしょう?」
そんな夢見心地のままのフジコさんに向けて、マキシムははっきりと拒絶の言葉を突きつけました。
「‥‥フジコさん、僕は君の王子様でもないし、君の父上の会社をそんな簡単には助けてあげる事もできないし、君を外国へも連れてはいけない。‥僕はもう貴族ではない、ただの平民なんだ。お金だってない。」
フジコさんは呆然としたまま、手に持ったハンカチを床に落としてしまいました。
「‥‥だって、マキシム君が私を助けてくれるって言ったのよ。‥マキシム君が‥。」
マキシムは、床に落ちた自分のハンカチを拾うと、それを胸元に戻して言いました。
「‥勿論、僕がフジコさんの為にしてあげられる事は何でもするつもりです。だから、今日も街へ来たんです。」
「‥‥。」
「フジコさん、しっかりして下さい!あなたの父上の会社を救う為には、きちんと保険会社に保険金を支払って貰わなきゃならないんです。‥‥僕はその為に協力してくれそうな人を、何日もかけてようやく見つけたんです。
‥‥だから、今から僕とその人のもとへ一緒に行ってくれますね、フジコさん!」
「‥‥!」
マキシムは、フジコさんにそう言うと残りのソーダ水を飲みほして、椅子から立ち上がりました。
するとフジコさんは、甘い夢の中からようやく目覚めたのか、マキシムのようにオレンジジュースを一気に飲み干すと、椅子から立ち上がりマキシムのあとに続きました。
マキシムの少し後ろを黙ったまま歩くフジコさんでしたが、その顔は、この店に入る前とは打って変わって、まるで覚悟を決めたかのような強い表情へと変わっていました。
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