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第十七夜 ジオラマ
しおりを挟む僕は福祉の資格をとりたくて、山に囲まれたこの田舎の大学へ進学した。授業には実習があり、実習ではこの町や隣町の色んな老人ホームへグループ毎に行く事になっていた。
「野々山は、実習好きだよな。いいよな、お年寄りに好かれやすくて。」
「僕はおばあちゃん子だったからね、お年寄りは好きなんだ。酒井だってお爺さん達とすぐに打ち解けてただろ。」
「だけど、早苗さんに嫌われてるからなぁ。へこむなぁ。」
「ああ、早苗さんね。」
昨日から僕は、酒井と安川さんと三人で、この老人ホームへ来ていた。五日間の実習の為だ。
他のクラスメイトはまた別の施設へ行っている。だいたい三人から五人のセットで行っているようだ。
「野々山は、お年寄りに話しかけるのも、カラオケの唄も全部上手くていいよな、ね、安川さん。」
「うん、野々山君が羨ましい。私なんて、ちっとも話しかけられなかった。どうやって話しかければ良いの?」
「いや、どうだろうね。中には、話しかけられるより、一人で静かに過ごしたい人だっているだろうし、人それぞれだからね。」
「はぁ、気が重い。まだ今日で二日目なのに。」
お年寄りとのレクリエーション、トイレやお風呂の介助等、実習中は職員さながらに働いていた。僕らは、よく働いたと思う。
ただ、自由時間や食事の配膳を待つ間の時間が唯一苦手だった。会話がまだうまくできないからだ。
そんな僕らが特に苦手だったのは、気難しくて、口うるさい早苗さんだった。
下手に話しかければ、
「無理して話しかけてくるな、気持ち悪い。」
また、食事を配膳すれば、
「指が入っとる、器に唾がとんだ、汁がお盆に溢れとる。」
など文句を言われまくるのだ。これだけ言われれば、気構えない方がおかしい。
僕らは、休憩中に職員さんにその事を相談してみた。
「早苗さんと仲良くしたいんですけど、どうしたら良いですか?」
ストレートに聞いてみた。
「あっ、そうか。早苗さんねえ、うーん‥‥。明日のクラブ活動の時に、何か分かるかもよ。もしかして、早苗さんから君らに話しかけてくるかもしれない。早苗さんは、人形作りやジオラマ作りが好きなんだ。」
職員さんはそう言って、ニコニコするばかりで、詳しくは教えてくれなかった。
次の日、僕らは職員さんの計らいで、クラブ活動時、早苗さんのいるグループの担当にしてもらえた。
職員さんが言っていたように、早苗さんは終始上機嫌だった。
「早苗さん、お上手ですね。この町のジオラマですか?」
「そうだ。私が住んでる町だよ。昔は子供からお年寄りまで、たくさんいて賑やかな町だったんだ。山に囲まれとるのに、海も近いから、漁師をやっとる家が多かった。軒先で干物を作ったり、刺身にして毎日誰かが皆の家に魚を配っとった。
これは、学校だ。毎日麦飯と味噌と梅干しを弁当に持って通ってた。
あっ、これはタバコ屋。これは米屋さん、これは‥‥。」
本当に昨日職員さんが言っていた通りだった。早苗さんはとても機嫌良く喋ってくれた。
「凄い‥‥。人間からお店のガラス、魚まで全部リアルに再現されている。早苗さん、これをここまで作るのに何ヶ月かかったんですか?」
「これは‥いつからっていうと、私がここへ来てからだから、何年前からか‥‥忘れたなぁ。」
そう言って、早苗さんは樹脂粘土に絵の具を足してこねていた。今作ってるのは、神社の鳥居だそうだ。赤色が鮮やかだった。
「お前達、この町に住んどるんだろ。山の上の神社は知っとるか?」
「いえ、知りません。山の上にあるんですか?」
「ああ、一回行くといい。」
「そうですね。野々山、安川と三人で今度行ってみます。」
そう言うと、早苗さんはニッコリと笑ってくれた。
「酒井、あれって田川のおじいちゃんじゃないか?なんか不穏だな。ちょっとトラブルになってないか?」
「あっ、本当だ。きっと車椅子がぶつかって喧嘩になったんだ。でも、職員さんついてるし、大丈夫か。」
「そうだね。」
そう言って、早苗さんのジオラマにまた見入っていると、先程の田川のおじいちゃんがこっちに怒りながら、やって来た。
「えーい、くそっ!くそったれが!わしを馬鹿にして!」
そう言って、田川のおじいちゃんは早苗さんのジオラマのあるテーブルにも車椅子をぶつけてきた。
「あっ!」
ジオラマが揺れて、端に置かれた人達が倒れてしまった。
「大丈夫ですか、早苗さん。」
「あぁ、大丈夫だ。ほらっ、この人達ヘルメット付けて長袖着てズボンと長靴履いとるだろ。端っこは危ないからなぁ。」
なるほど、早苗さんはジオラマの中の人形を本当に大切にしているのだな、と思った。
次のクラブ活動がまた二日後にあった。僕らはまた早苗さんのグループにいた。
今回は、早苗さんだけでなくて、他の方とも仲良く交流ができた。
「あっ、早苗さんのジオラマが!やめてー!」
後ろで安川さんの声がして振り向くと、前回の田川のおじいちゃんが、早苗さんのジオラマにケチをつけて、水筒の水をジオラマにかけていた。
他の職員も田川のおじいちゃんを車椅子ごと抑えたり、早苗さんの盾になったりして、仲裁に入っていた。
当の本人の早苗さんは怒る事なく平然としていた。
「大丈夫だよ。ほら、この人達、ちゃんとカッパを着とるし、ビニールハウスをさっき作ったばかりだから、ここの畑も濡れとらんだろ。かかった水はこの用水路に溜まって行くから。」
確かにジオラマの一部が今日は雨仕様に変わっていた。
まさか、ジオラマの町に起こる出来事を早苗さんは予知できるのか?
その予知した出来事に備えて、ジオラマの一部を作り直しているのだろう。
だから、ここに入所してからいつまで経っても完成しないのか、まさかな。
「早苗さん、このジオラマはいつ完成しますか?」
僕は何となく聞いてみた。
「うん‥‥そうだな、来週完成するだろうよ。そうしたら、このホームの玄関にあるガラスケースにしまってもらうつもりだ。お前達も見に来るといい。」
そう言って、早苗さんは僕ら三人をしっかりと見つめて目を離さなかった。まるで、何かを訴えているかのようだった。
安川さんが、早苗さんの手を握っていた。酒井も早苗さんの反対側の手を握っていた。僕は‥‥もう握る手がないから、と言う訳ではないが、早苗さんの肩をそっと抱いていた。
早苗さんとは、明日お別れだからか、何となく早苗さんと離れたくない、寂しい気持ちになった。
次の日、早苗さんはクラブ活動の時とは違う、いつもの早苗さんの状態に戻っていた。僕らはツンケンした早苗さんと皆さんにお別れの挨拶をして、この老人ホームを去った。
それから数日後、早苗さんのいた老人ホームから僕らあてに連絡があった。
早苗さんが亡くなった事を教えてくれたのだ。そして、玄関にかざってあるジオラマを一度見に来て欲しいとの事だった。
僕らは、悲しくて泣いてしまった。たった五日間の交流だったが、あれからも早苗さんの事が何故かずっと心の中を占めていたのだ。
「なぁ酒井、そう言えば早苗さんが山の神社へ行くといいよって言ってたよな。」
「ああ、俺も今それを思い出していた。なんだか今すぐ行かないといけない気がしてたんだ。何故だろう。」
「私も、行かないといけないなって思ってた。」
そう言って、すぐに三人で山の神社へ行った。調べると、大学のすぐ裏の山に神社はあった。歩いて行ける距離だった。
三人で神社に行ってお参りをし、町を見下ろした。
「あっ、この景色って早苗さんのジオラマの景色だよ。早苗さん、ここからみた景色をジオラマにして作ったんだね。」
安川さんが言う通り、まさしく早苗さんが作ったジオラマの景色だった。海も川の位置も何もかも。
「よし、早苗さんが作ったジオラマを今から見に行くか。」
「うん、そうだね。」
そう言って、三人で老人ホームへ向かった。
早苗さんが言う通り、ちゃんと神社にも行ったし、早苗さんのジオラマもちゃんと見届けなければならない気がした。
あの五日間で早苗と交わした会話は、僕らにとって、早苗さんの遺言のような存在になっていたのだ。
僕らは早苗さんのいた老人ホームへ着いてすぐに、早苗さんのジオラマを目指した。
「すみません。あの僕らここに実習で来ていた者ですが、早苗さんのジオラマを見に来ました。」
「あっ、野々山君と酒井君と安川さんね。こちらにどうぞ。
早苗さんが作ったジオラマです。立派ですよね。今日もここに来るお客様が皆歓声をあげてたんですよ。
あなた達にも見せたがってたから、きっと今頃早苗さんも喜んでいると思います。ありがとうございます。」
そう言って職員さんは礼をして、職員室へ戻っていった。僕らにゆっくりジオラマを見ていって欲しいのだろう。ありがたい心遣いだった。
早苗さんのジオラマは、老人ホームの玄関を入ってすぐの正面に、ガラスケースに入れられて大切に飾られていた。
僕らはずっとジオラマを見続けていた。
「あつ、神社のところ、私達がいる!」
安川さんが言うように、神社には赤い鳥居の下から町を見下ろす僕らの人形が置かれていた。
「やっぱり早苗さんにはこのジオラマの中にある町の未来が分かっていたのかな。不思議な事があるんだな。」
「ああ、しかも僕らの今日の服装までぴったり再現されてる。」
早苗さんが未来を見えていたのか、早苗さんがジオラマで作った世界が未来を作っているのかは分からない。
僕らは不思議な思いの中、ずっと早苗さんのジオラマを見続けていた。
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