令和百物語

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第二夜 耕三の夢

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平川耕三は、あと二年で古希を迎える年齢になっていた。

思えば、小さな頃から、農家の大家族の一員として、牛の世話や畑仕事をして、ずいぶん苦労した人生だった。学校へ持っていくお弁当も、おかずが入ってないのが恥ずかしくて、いつも蓋で隠してこっそり食べていた。

高校を卒業し、地元の九州を出て、集団就職で名古屋にきた。雇って貰った中小工場は、時代がパソコンやら機械やらを使うようになり、やれる仕事がなくなってしまい、俺はいつかリストラされてしまうのではないかと毎日怯えていた。

憂さ晴らしのつもりで始めたパチンコにハマって抜けられなくなり、払え切れない借金をした挙句、会社もさぼって退職した。家族にバレた時は物凄く叱られたが、パチンコはまだ内緒で続けていた。

そして去年、病院で家族と共に呼ばれて、癌の宣告を受けた。

前立腺の癌だが、骨まで転移しており、余命は良くて五年だそうだ。

悔いは無いはずの人生だったが、先がない人生だと分かると、何となく後悔ばかりの人生だったようにも思えてきた。

それからは、仕事を辞めて朝から晩まで、自分の部屋の炬燵に入って過ごす日が続いた。炬燵の座椅子に持たれて、テレビを見ながら寝る。

また目が覚めると、時計を見る。12時45分。
昼か夜中なのか、カーテンを閉めてるから、分からない。

最近は、今日が何月の何日かも気にならなくなった。それに、春なのか秋なのか聞かれても、いまが何の季節かだなんて分からなかった。

とりあえず、何か食べなきゃいけないなと思い、台所へ行き冷蔵庫のスイカを食べた。

娘と孫が、俺を見て怒っている。どうした?

ああ、このスイカは娘が孫にとっておいたスイカだったのか。

スイカを食べ過ぎて、胸やお腹が冷たかった。スイカの汁のせいか、口と手が痒くて掻いていると、妻が怒って俺をどかし、テーブルや床を拭き始めた。

俺はとりあえず部屋に戻り、炬燵でうとうとした。

夕方の四時には、目覚ましをセットしており、それで目を覚ますと、孫の幼稚園バスのバス停へ向かい、孫を迎えにいった。

癌のせいで、頻繁に来る尿意を我慢出来ない為、ズボンを濡らしたままで孫を迎えに行ったり、我慢出来ずに電信柱に立ちションして、家族によく叱られた。

部屋の窓に黒い虫がうじゃうじゃいて気持ち悪いから、ライターで火をつけて燃やしたら、火事になりかけて家族に叱られた事もあった。

まだこの頃は、色々な事をしては叱られてはいたが、歩く事ができたし普通に変わりなく過ごしていたと思う。

だがそのうち、足が思うように動かなくなり、時間の感覚が更になくなってきた。

それに自分の亡くなった兄達が、やたらと家へやってくるのだ。

まだ生きてるはいるものの、九州にいるはずの妹が、家の近くで俺の迎えを待っていた事もあった。迎えに行こうとしたが、夜だからと言って止められた。

部屋で寝てると、猫のなき声が煩くて眠れない事があった。

どこにあったのか分からないが、いつのまにか大きな網を手に持っていたので、全部追い払ってやったが、帰り道が分からない。足ももつれて、どぶにはまってしまった。出ようとするも、無駄だと分かり、笑ってしまった。近所の人に助けられて、家に戻った。

それからが辛かった。尿意と便意が絶え間なくきた。妻や娘の介助でトイレへ行くが何も出ない。ベッドへ戻ろうとすると、また出そうになる。これが一日中続いた。

妻と娘が、オムツでしろ!というけど、トイレでないと出ないんだから行くしかない。妻達の目を盗んでトイレへ行った。だが、足に力が入らず転んでしまった。履いていたはずのオムツもなかった。まわりは便器から溢れた水だらけで、ほうきでいくらはいても無駄だった。

そんな事があった後しばらくして、バスで銭湯やテレビのある所へしょっちゅう連れて行かれるようになった。

それから気付くと、自分の部屋のベッドなのか、病院のベッドなのか分からないが、カーテンで覆われた部屋にいた。

腕時計やハンドバッグ、鍵は近くの棚に全てあったので、安心した。

亡くなった兄が、心配して訪ねてきたり、孫を抱っこしていた夢を見た。目を覚ますと、これが夢なのか現実なのか分からなくなっていた。

カーテンを閉め切った部屋のはずなのに、夜になると、外国人達が勝手に入ってきて騒ぎはじめるから、ちっとも眠れない。便も何日も出ていない。看護婦さんは外国人達なんてここへ来ていないし、便も毎日出てるっていうけど、便なんて、本人が出てないって言うんだから、出てないに決まっているのに、おかしいな。

最近身体がまったく動かなくなってしまった。おかしいな。それでも、手の指の訓練だけはしていた。話も出来なくなった。だが、耳は聞こえるし、うっすら目もみえた。

だが、今は呼吸が苦しくて、息が出来ない。

息が出来なくて苦しいはずなのに、なぜか急に身体が軽くなった。下には俺がいた。天井から皆んなの様子が見えた。

俺は死を自覚した。自分の身体にさよならを告げて、天井へ戻った。だが、天井はどんどん遠ざかり、気付けば空の上だった。

さらに上へ進むと、自分が若返ったような気がする。なくなったはずの歯も生え揃っていたし、身体が自由に動く。なんて、いい気分なんだ。

そして懐かしい人々が俺を待ってくれていた。

お帰り。

ただいま。なんだか長い夢をみてたような気がするよ。

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