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大好きな人 前編
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由緒正しいオズワルツ侯爵家には、三人の子供がいました。
今年学園を卒業して王室所属の文官として働き始めた長男と、友人と貿易業をおこして世界を舞台に活躍する次男、そして今年長男の通っていた学園に入学する事となった末っ子の令嬢ナタリーです。
ナタリーは、学園に行くにあたり二人の兄のように学園在学中や卒業後に就職することなどは全く考えてはいませんでしたが、他の令嬢達のように学園生活で友人をつくったり、ステキな異性と恋愛して結婚する事にとても憧れを抱いていました。
ナタリーが待ちに待った学園の入学式の日、ナタリーは学園に入学してきた同級生達の優雅な姿に圧倒されました。活発で少しガサツな面のあるナタリーとは違い、同級生の御令嬢達は皆とても装いが華やかで所作もしなやかで美しかったのです。
気後れしてしまったナタリーは、結局誰にも話しかけられず、どのグループにも入れずに一人ぼっちでいましたが、そんな彼女に一人だけ声をかけてくれた女子生徒がいました。
入学式で皆の視線を集めていた儚気な雰囲気の美少女ララベルでした。彼女もどうやら同級生の女子達の輪に入れず一人ぼっちでいたようでした。
二人はその日から自然と距離を縮めていき、どこに行くにも一緒にいるほどの親友になっていました。
活発な美人のナタリーと儚気な美少女ララベルの二人組は、学園内のどこにいても目立ちました。
ですが、二人に話しかけてくる者は誰もいませんでした。
唯一公爵家の令息アイザックを除いては‥。
「お前達がいつもそんな風に二人一緒にいるから、話しかけたくても話しかけられないで困ってる男子が多いんだぞ。たまには皆んなの為にも別行動をしとらどうだ?」
アイザックはそう言ってナタリーの肩に気安く腕を乗せてきました。
ナタリーはその腕を振り払い、アイザックを睨みつけました。
アイザックはそれでもお構いなしに話を続けます。
「なあ、そう言えばお前達は気になるやつとかいないの?」
アイザックはナタリーをじーっと見つめながら聞きました。
「‥いないわよ。私もララベルも。‥ねっ、ララベル。」
「‥ええ。」
「‥ふーん。じゃ、またな。」
アイザックはそれだけ聞くとすぐに去っていきました。
彼の去っていく背中を見つめながら、ナタリーはララベルに言いました。
「‥ねえ、ララベル。私、アイザックが好きかもしれない。」
「ナタリーがアイザックを好きなら、私も応援するわ。」
「うん、ありがとう。」
「アイザックは、いつも私達のところへ来てもナタリーにしか話しかけないし、私の方は目もくれないから、ナタリーに気があるのかもしれないわよ。良かったわね。」
「そうかな。でもそうよね、私の事をもし嫌いだったら、あんな風に頻繁に話しかけてなんかこないわよね?」
「そうよ。」
ナタリーはアイザックと自分がもしかして両思いであるかも知れないと思うと、いてもたってもいられなくなりました。
「ララベル、今から彼に告白してくるわ!」
「待って、ナタリー。慌てすぎよ。‥それに告白は男の側からしてもらった方が良いって言うし‥。そうだ、今年アイザックは卒業でしょ。卒業パーティーに誘われるかもしれないわね。」
「‥卒業パーティーかあ。分かった、あまりがっついて引かれたくないしね。それまで先走らずに待ってみるわ。」
ナタリーはその日からアイザックがナタリーを卒業パーティーに誘うのをずっと‥首を長くして待つ事になりました。
ところが‥卒業パーティーの日が迫ってきた頃、アイザックが呼び出したのはナタリーではなくララベルでした。
「‥ララベル。君が可愛すぎて目を合わせる事も話しかける事もできずにいたけど、僕は君の事がずっと好きだった。だから、卒業パーティーでは僕のパートナーとして一緒に参加して欲しい。」
アイザックがララベルを校舎裏に呼び出し、卒業パーティーに誘う場面をナタリーは校舎のかげから覗き見ていました。
本当はこんな覗き見なんてはしたない真似はしたくなかったのですが、アイザックが何と言ってララベルを誘うのか、この目で見てみたい‥そう思ってしまったのです。
ですが、ナタリーはその事を今非常に後悔していました。
何故ならララベルに愛を告白する時のアイザックの姿は、ナタリーがこれまでに見てきた彼とは全く違っていたからです。
「‥彼のあんなせつなそうな表情を私は知らないわ。‥私も彼にあんな風に情熱的に迫られたかった。」
ナタリーはいけない事だと分かってはいましたが、そのまま覗き見を続けてララベルの反応を見る事にしました。
「‥アイザック、ごめんなさい。私はあなたの事を異性として意識できないの。だってあなたと面と向かって話すのはこれが初めてだし‥。」
「それなら今から少しずつでいいから僕のことを知っていってくれ。だから‥。」
「本当にごめんなさい。」
ララベルはそう言ってアイザックの誘いを断りましたが、アイザックはララベルの腕を掴み、諦めきれない様子でララベルに懇願しました。
「‥頼む、ララベル。君の事が好きでたまらないんだ。どうすれば僕の事を好きになってくれるんだい?」
「本当にごめんなさい。‥私には昔から結婚を誓い合った幼なじみがいるので‥。」
「本当に?」
「‥ええ。だからごめんなさい。」
ララベルはそう言って、アイザックの腕を振り払ってその場を去りました。
そして、校舎のかげに隠れていたナタリーとすれ違う際に、ようやくナタリーの存在に気づきました。
「ナタリー!?いつからここに?」
ララベルはナタリーの姿を見るなり気まずそうな顔を見せました。
ナタリーはその質問に答える事はできませんでした。
嫉妬や怒り、悔しさといったあらゆる悪感情がこの時ナタリーを支配していたからです。
『ララベルが悪いんじゃないって事は分かってる。これは完全に私の八つ当たりだって事も。でも‥私はこれからはもうララベルとこれまでみたいに気安く話す自信もないし、そんな気にもなれない。』
ナタリーはララベルに何も言えずに立ちすくんでいましたが、ララベルと面と向かっている事に耐えられず、その場を無言で去る事にしました。
結局ナタリーはその日以降もララベルを避けるようになり、学園卒業後もララベルとは疎遠になってしまいました。
今年学園を卒業して王室所属の文官として働き始めた長男と、友人と貿易業をおこして世界を舞台に活躍する次男、そして今年長男の通っていた学園に入学する事となった末っ子の令嬢ナタリーです。
ナタリーは、学園に行くにあたり二人の兄のように学園在学中や卒業後に就職することなどは全く考えてはいませんでしたが、他の令嬢達のように学園生活で友人をつくったり、ステキな異性と恋愛して結婚する事にとても憧れを抱いていました。
ナタリーが待ちに待った学園の入学式の日、ナタリーは学園に入学してきた同級生達の優雅な姿に圧倒されました。活発で少しガサツな面のあるナタリーとは違い、同級生の御令嬢達は皆とても装いが華やかで所作もしなやかで美しかったのです。
気後れしてしまったナタリーは、結局誰にも話しかけられず、どのグループにも入れずに一人ぼっちでいましたが、そんな彼女に一人だけ声をかけてくれた女子生徒がいました。
入学式で皆の視線を集めていた儚気な雰囲気の美少女ララベルでした。彼女もどうやら同級生の女子達の輪に入れず一人ぼっちでいたようでした。
二人はその日から自然と距離を縮めていき、どこに行くにも一緒にいるほどの親友になっていました。
活発な美人のナタリーと儚気な美少女ララベルの二人組は、学園内のどこにいても目立ちました。
ですが、二人に話しかけてくる者は誰もいませんでした。
唯一公爵家の令息アイザックを除いては‥。
「お前達がいつもそんな風に二人一緒にいるから、話しかけたくても話しかけられないで困ってる男子が多いんだぞ。たまには皆んなの為にも別行動をしとらどうだ?」
アイザックはそう言ってナタリーの肩に気安く腕を乗せてきました。
ナタリーはその腕を振り払い、アイザックを睨みつけました。
アイザックはそれでもお構いなしに話を続けます。
「なあ、そう言えばお前達は気になるやつとかいないの?」
アイザックはナタリーをじーっと見つめながら聞きました。
「‥いないわよ。私もララベルも。‥ねっ、ララベル。」
「‥ええ。」
「‥ふーん。じゃ、またな。」
アイザックはそれだけ聞くとすぐに去っていきました。
彼の去っていく背中を見つめながら、ナタリーはララベルに言いました。
「‥ねえ、ララベル。私、アイザックが好きかもしれない。」
「ナタリーがアイザックを好きなら、私も応援するわ。」
「うん、ありがとう。」
「アイザックは、いつも私達のところへ来てもナタリーにしか話しかけないし、私の方は目もくれないから、ナタリーに気があるのかもしれないわよ。良かったわね。」
「そうかな。でもそうよね、私の事をもし嫌いだったら、あんな風に頻繁に話しかけてなんかこないわよね?」
「そうよ。」
ナタリーはアイザックと自分がもしかして両思いであるかも知れないと思うと、いてもたってもいられなくなりました。
「ララベル、今から彼に告白してくるわ!」
「待って、ナタリー。慌てすぎよ。‥それに告白は男の側からしてもらった方が良いって言うし‥。そうだ、今年アイザックは卒業でしょ。卒業パーティーに誘われるかもしれないわね。」
「‥卒業パーティーかあ。分かった、あまりがっついて引かれたくないしね。それまで先走らずに待ってみるわ。」
ナタリーはその日からアイザックがナタリーを卒業パーティーに誘うのをずっと‥首を長くして待つ事になりました。
ところが‥卒業パーティーの日が迫ってきた頃、アイザックが呼び出したのはナタリーではなくララベルでした。
「‥ララベル。君が可愛すぎて目を合わせる事も話しかける事もできずにいたけど、僕は君の事がずっと好きだった。だから、卒業パーティーでは僕のパートナーとして一緒に参加して欲しい。」
アイザックがララベルを校舎裏に呼び出し、卒業パーティーに誘う場面をナタリーは校舎のかげから覗き見ていました。
本当はこんな覗き見なんてはしたない真似はしたくなかったのですが、アイザックが何と言ってララベルを誘うのか、この目で見てみたい‥そう思ってしまったのです。
ですが、ナタリーはその事を今非常に後悔していました。
何故ならララベルに愛を告白する時のアイザックの姿は、ナタリーがこれまでに見てきた彼とは全く違っていたからです。
「‥彼のあんなせつなそうな表情を私は知らないわ。‥私も彼にあんな風に情熱的に迫られたかった。」
ナタリーはいけない事だと分かってはいましたが、そのまま覗き見を続けてララベルの反応を見る事にしました。
「‥アイザック、ごめんなさい。私はあなたの事を異性として意識できないの。だってあなたと面と向かって話すのはこれが初めてだし‥。」
「それなら今から少しずつでいいから僕のことを知っていってくれ。だから‥。」
「本当にごめんなさい。」
ララベルはそう言ってアイザックの誘いを断りましたが、アイザックはララベルの腕を掴み、諦めきれない様子でララベルに懇願しました。
「‥頼む、ララベル。君の事が好きでたまらないんだ。どうすれば僕の事を好きになってくれるんだい?」
「本当にごめんなさい。‥私には昔から結婚を誓い合った幼なじみがいるので‥。」
「本当に?」
「‥ええ。だからごめんなさい。」
ララベルはそう言って、アイザックの腕を振り払ってその場を去りました。
そして、校舎のかげに隠れていたナタリーとすれ違う際に、ようやくナタリーの存在に気づきました。
「ナタリー!?いつからここに?」
ララベルはナタリーの姿を見るなり気まずそうな顔を見せました。
ナタリーはその質問に答える事はできませんでした。
嫉妬や怒り、悔しさといったあらゆる悪感情がこの時ナタリーを支配していたからです。
『ララベルが悪いんじゃないって事は分かってる。これは完全に私の八つ当たりだって事も。でも‥私はこれからはもうララベルとこれまでみたいに気安く話す自信もないし、そんな気にもなれない。』
ナタリーはララベルに何も言えずに立ちすくんでいましたが、ララベルと面と向かっている事に耐えられず、その場を無言で去る事にしました。
結局ナタリーはその日以降もララベルを避けるようになり、学園卒業後もララベルとは疎遠になってしまいました。
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