親切なミザリー

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ミザリーはアポロ王子に会いに行ってしまった‥

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 ミザリーはベッドの上で腕に点滴の針を刺しながら、ぼーっと天井を眺めていました。

 ファントムの毒の解毒剤作りの為に毎日少量の毒を薄めて体に注入されたせいか、一度は綺麗になったはずの皮膚には再びシミができていました。

 それに微熱が続いていた為意識はいつも朦朧としていたのです。

 
 コンコン、

 ノックの音と共にミザリーの部屋に見覚えのある顔の人物が入って来ました。

『‥アポロ様の弟の‥イカロス様‥よね。何をしに来たのかしら。どこからか私がここで生きてると知って見に来たのかしら。‥だとしてももうどうでも良いわ。』

 ミザリーはそう思い、しらけた気持ちでイカロスを見ました。

「‥ミザリーさん、生きていたのか!?」

 ミザリーを見るなりイカロスは驚きの言葉を口にしながら、彼女の枕元に向かって走ってきました。

「‥ミザリーさん、許してくれ。君が辛い目に遭っていた時にそれを見過ごしていた事を‥。許してくれ!ああ、生きていてくれてありがとう!」

 イカロスはそう言って涙を流しました。細くなったミザリーの手をそっと掴みながら‥。

『‥偽善者。』

 ミザリーはイカロスを見て、心の中でそう毒づきました。

 イカロスは真面目で保守的な人物でした。ミザリーはそれをよく理解していました。彼が時折ミザリーに異性としての好意の視線を向けてくる事も、彼女は知っていました。

 ですがこの部屋に入り、シミだらけのミザリーを見た彼の顔に真っ先に浮かんだ表情は‥嫌悪の表情でした。

 ミザリーが生きてる事に安堵しながらも、痩せ細りシミだらけの皮膚の醜い彼女を見て、これまで彼女に抱いていたはずの恋心が冷めていったかのような顔をミザリーに見せたのでした。

 
 イカロスはミザリーの手を掴んで涙を流しました。そして‥ミザリーから発せられるであろう‥ある一言を待っているようでした。彼を罪悪感から解放する為の一言を‥。


『ハァーッ‥。』


 ミザリーは心の中で長いため息をつきました。そして‥精一杯の笑顔を作って彼に言葉をかけてやりました。


「‥ええ、もちろん許します。むしろ‥こんな私の為にここまで来て頂けて感謝しています。」


 すると、途端にイカロスは顔に安堵の表情を浮かべました。


『‥あなたにかけるべき言葉は、やはりこの言葉で合っていたのね。‥良かったわね、こんな醜い私を見たから私への恋心からも解放されたし、私が死んでいなかった事も分かったし、さぞや安心したんでしょうね。

だってほら‥あなたは、私がこんな状態で苦しんでいても、そんなに嬉しそうに微笑んでいるじゃない。』


 ミザリーは心の中ではイカロスにそう嫌味を言いながらも、表面上は黙って微笑みを浮かべ続けました。


 イカロスはそんなミザリーの笑顔を見て心底罪悪感から解放されたようでした。痩せ細りシミだらけの可哀想なミザリーに対して、満面の笑みを見せて部屋を去って行きました。


 すると、ゼウスがミザリーの耳元に口を当ててニヤニヤしながら囁きました。


「彼は君を好きだったらしいよ。なのに‥姿の君を見たせいか、君への愛はとうとう告白しなかったとみえる。おかしいよな、だって好きだった女性がせっかく生きていたというのに‥。たとえどんな姿になっていたとしても、その愛は貫かなきゃ‥。彼の愛は本当に薄っぺらいな。


だけど、俺は違う。たとえ君がどんな姿
であろうとも、君の事は一生面倒を見続けるよ。愛しているからね。」


 ゼウスはそこまで言うと、ミザリーがどんな表情をしているのかを伺うように彼女の顔を覗き込んで来ました。

 そして、不機嫌そうな表情のミザリーを見るなり、嬉しそうに声を上げました。


「‥君はイカロスの前では相変わらずミザリーを演じていたけど、俺の前ではそうやってすぐに感情を顔に出すんだな。それって俺の前では自然体でいられるって事だろ。フハハ‥。」


 ゼウスはそう言って満足そうな顔を浮かべながらミザリーの部屋を出て行きました。


『‥変な男。でもここの所長だし、私の命を救ってくれた恩人だわ。無碍にはできないわね‥。ああ、なんだかもう‥どうでも良いわ。』

 ミザリーは相変わらず投げやりな気持ちになっていました。

 その後しばらくしてアンがミザリーの世話にやってきました。

 アンはミザリーがファントムの解毒剤を作る為の実験台になった日から別人のように無口になりました。それに目もぼんやりとしているようです。

 まるで何か精神を操作する薬でも投与されたような不自然な様子でした。

 それに、あの日以降アンの体を通して現れていたファントムの意識体も現れなくなってしまいました。

「‥‥。」


 ミザリーはアンが点滴の針を抜いて何も言わずに部屋を出ていくと、再びウトウトと眠りにつきました。


 そして、気付けばラクタス王国のアポロ王子の部屋に来ていました。


 部屋ではアポロ王子がベッドに潜りながら、目を開けてぼーっと壁紙を眺めていました。


『アポロ様‥。』


 ミザリーが思わず彼に声をかけようとすると、彼の方からミザリーの元へ向かって来ました。


「‥おい、そこに青白くぼんやりと浮かんでいるのは‥誰だ!‥ミザリーなのか?サボンなのか!お前達を殺した俺を恨んで来たんだろ!」


『‥ミザリーです!アポロ様、あなたにひどい仕打ちを受けてもまだあなたを愛しているミザリーです!』


 ミザリーがそう叫んだ途端、青白い発光体だったミザリーの姿がアポロ王子の前にはっきりと映し出されました。
 

「‥ああ、ミザリーか。‥慰霊碑まで作ってやったのにまだ彷徨っていたのだな。」


 アポロ王子はミザリーの姿を見ても怖がるどころか、久しぶりにあう友人のように気安く話しかけてきました。


 アポロ王子は、彼がいつからか生きている事に疲れて常に死ぬ事ばかりを考えていた事をミザリーに告白しました。彼は自身の他者に対する残虐性も自覚していたようです。


 それに最近では他者に対して残虐な行為をする事を我慢して、自虐行為を繰り返していた事もミザリーに話してくれました。


「‥ミザリー、頼む。もう俺を殺してくれ。こんな事、お前にしか頼めないんだ。俺を‥お前のもとに連れて行ってくれ!俺はきっと生まれてきてはいけない人間なんだ。俺は出来損ないの‥凶暴なだけの‥どうしようもない駄目な男なんだ。」


『‥‥。』


「ミザリー‥。」

 アポロ王子は涙でぐしゃぐしゃになった情けない顔でミザリーにすがりつきました。


『‥ああ、アポロ様。私に‥あなたを殺せと言うのですか。それは‥あなたがこれまで私にしてきた行いの中で一番残酷な事のように思います‥。』


「‥ミザリー、ああ‥懐かしい君の声が聞こえる気がするよ。‥そうだ、君が俺を殺してくれる事を俺は期待している。‥何故ならそれが今の俺の‥唯一の希望の光なのだから‥。」

 
 ミザリーは何かを決意したかのように顔を上げて、アポロ王子に微笑みかけました。


『‥分かりました。あなたの仰せのままに。』


 アポロ王子はミザリーのその言葉を聞くと、部屋のテーブルの上にある小瓶を見せました。その小瓶の中にはサラサラの白い粉が入っていました。


『‥この粉、ファントムの根の毒ね。懐かしい‥。』

 ミザリーがそう思いながら小瓶を眺めていると、アポロ王子がミザリーに説明をするかのように再び話し始めました。

「‥これはある植物の根から取り出した毒の粉なんだ。‥これをこのグラスの水に溶かして飲み干そうと思う。

だからミザリー‥君はこれを俺に飲ませてくれ。俺は‥一人で逝くのは嫌なんだ。だが君が側にいてくれたら‥今度こそ逝ける気がするんだ。」


 アポロ王子はそう言うと、穏やかな表情で丁寧に毒の粉をグラスの水に溶かしていき、それをそっと口に持っていきました。

「ミザリー!さあ、俺の手を握っていてくれ。そして‥この毒の入ったグラスの水を‥俺の口に入れてくれ。」

『‥‥。』

 ミザリーは言われるがままにアポロ王子の手を握り、もう片方の手をグラスを持つ彼の手に添えました。

 ゴクゴク‥。

「‥ミザリー、ありが‥と‥う。」

 
 アポロ王子は絞り出すようにそう言うと‥微笑みを浮かべたまま息絶えました。


『‥アポロ様‥』

 
 亡くなったアポロ王子の体から一筋の光が現れ、やがてどこかへ消えて行くのが見えました。


『アポロ様の嘘つき。何が私と一緒に行く‥よ。亡くなった途端にさっさと一人で逝ってしまうなんて‥。』

 ミザリーは頬を伝う涙を手で拭うと、亡くなったアポロ王子の顔をその手でそっと撫でました。


『‥本当に酷い人!‥でも本当に愛していました。‥今度こそ本当にさようなら。』

 ミザリーはそう言うと、何かが吹っ切れたような爽やかな気持ちで目が覚めました。


「‥‥。」


「ミザリーさん、目が覚めたのかい?」 


 ミザリーは懐かしく暖かいその声を聞いて、驚いて体を起こしました。

「‥まさか、ピューリッツ!?どうしてここにいるの!だって、ここはカピエラで‥しかもこの部屋には鍵がかかっているのに‥!」


「ミザリーさん、落ち着いて。今説明するから。」


 ピューリッツはそう言うと、ミザリーの枕元の椅子に腰掛けて彼女に優しく笑いかけてきました。


「ミザリーさん、久しぶりだね。‥‥って、あれ?」


 ピューリッツはこの時不思議そうな顔をして、ミザリーの襟元に手を伸ばしてきました。


 ミザリーはピューリッツが手を伸ばしてきたときになって、はじめて首元の違和感に気付きました。


 ピューリッツの手よりも先にミザリーが首元の違和感の原因に触れると‥それはアメジストと思われる石の嵌められたネックレスでした。

「‥いつの間に?」

 ミザリーはこんなネックレスなんて持っていなかったのに‥と不思議に思い、首を傾げますが、ピューリッツは何かを悟ったようでした。

「‥誰かの魂がそのネックレスに生まれ変わったようだね。‥誰の魂かは君も身に覚えがあるはずだよ。」

『‥まさかアポロ様!』

「‥よりによって鉱石から輪廻をやり直すなんて‥よほどの事があったのかな。」


「‥輪廻って何ですか?」


「‥ああ‥、人は死ぬと再び生まれ変わってその命が尽きるまで生き続けるんだ。そしてまた亡くなると、また何かに生まれ変わるのだそうだ。」


「‥‥これが(アポロ様)。」


 ミザリーが愛おしそうに首元のネックレスのアメジストに触れると、その様子を見たピューリッツがミザリーのその手を払い、徐に話し始めました。


「ところでミザリーさん。君にもそろそろ幸せな結末を迎える時が来たようだ、おめでとう!」


 ピューリッツはそう言うと、満面の笑みでミザリーを抱きしめました。


「今までよく頑張ったね。今から僕が‥君を幸せな結末へと導いてあげるよ。」

「‥‥私の幸せな結末?」

 ミザリーは、目の前にいるピューリッツの言葉がまだ完全には理解できずに混乱していましたが、何かしら心が浮き立つのを感じていました。

 それに‥目の前にいるピューリッツの表情からはミザリーに対する悪意など微塵もなく、それどころか彼女に対する純粋な‥無償の愛情すら感じられました。

「‥私、ピューリッツの言うことなら信じられる。だから、もっとピューリッツの話を聞かせて。」

 ミザリーはそう言うと、ピューリッツの手をしっかりと握り返しました。




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