親切なミザリー

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彼女の事が気になってしまうのは‥

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 ラクタス王国での留学を終えたゼウスが研究所へ戻って来たのは、彼がカピエラに帰国してから10日ほど後の事でした。

 彼が研究所へ戻り所長室の扉を開けて真っ先に目に入ったのは、机の上で雪崩をおこしている大量の書類の山でした。

 急ぎの書類は副所長のシルバーが片付けてくれていましたが、残りの書類は分厚い報告書や論文などじっくりと目を通さなければならない書類ばかりでした。

「はぁ、‥‥しばらくここに篭りっきりになるかな。」


 ため息とぼやきと共に机の上の書類を適当に一つ手に取ったゼウスでしたが、たまたま手に取った書類が面白くて、つい夢中になって読み耽ってしまい、気付けば半日が過ぎていました。

「面白い!‥‥ファントムの毒の有効利用について‥か。これまでにも考えられてはきた事だが、それを医療分野での麻酔や緩和ケアに応用させたり、睡眠導入剤として使う案は出なかったなぁ。‥一体誰がこれを書いたんだ‥?」

 ゼウスがその研究報告書の表紙を見て改めて名前を確認すると、そこにはミザリーと名前が記されていました。

「ミザリー‥‥あっ、あの彼女だ。」

 ゼウスはミザリーに研究の事以外にも、ラクタス王国で見てきた事など色々話したい事もあった為、すぐさま彼女を所長室に呼び出す事にしました。

 彼女が辛いリハビリを乗り越えてここで立派に働いている事は、報告ですでに聞き及んでいましたが、この目で彼女の姿を見るのは久しぶりの事でした。

 その為、所長室の扉を開けてミザリーが目の前に立った時、その変貌ぶりを目の当たりにして思わず言葉を失ってしまいました。

 ミザリーの髪は傷みが激しい事もあり短く切られていたとはいえ、艶々の綺麗な金髪でしたし、白衣から見える肌にもシミひとつ見当たりませんでした。

 それにゼウスの前で堂々と立つ彼女の姿は、以前のようにゼウスの保護欲を掻き立てるような可愛らしさは微塵もなく、代わりに凛とした美しさがありました。


「‥‥‥えっと、君は‥ミザリーさんだよな?」


「はい、ミザリーです。こちらでお世話になったおかげで、声も身体機能もすっかり元に戻りました。ありがとうございます。」

「‥そうか、それが君本来の姿なのか。‥包帯姿も可愛らしかったが、そうか‥もうすっかり元に戻ってしまったんだな。おめでとう。」

「‥ありがとうございます。」

「それにしても凄い回復力だな。何か特別な薬でも試したのか?」

「‥いえ、飲んでいた薬は一般的な抗生物質や胃腸薬のみです。」

「‥そうか。」


 ゼウスはそう言うと再びミザリーの姿を凝視しました。すると、しばらくしてから先程まで何ともなかったはずの彼女の左腕の白衣に、血が滲んできている事に気付きました。


「‥‥その左腕の白衣のシミは血か?」

「‥あっ、はい。私の血液にファントムの毒の抗体を見つけるヒントがあるかも知れないので、先程採血をしてきてました。さっきまで止血のために手で押さえていたんですが‥まだ血が止まってないようです。」

「‥‥血が完全に止まっていなかったのだな。止血しながらで構わないから‥。」

 ゼウスはそう言うと、机の前の応接セットのソファーにミザリーを腰掛けさせました。

 ミザリーは白衣の袖を捲ると、血の出てる部分を持っていたガーゼで押さえました。そのガーゼがすぐに血で染まる様子を見ながら、ゼウスは話を続けました。


「‥君は本当によくこの研究所に協力してくれているようだね、ありがとう。」


「‥‥いえ、まだまだ何のお役にも立てていません。」

「そんな事はない!さっき君の書いた文章を読んだがなかなか良かったよ。‥‥ところで君はあれからラファエル侯爵とは手紙のやりとりはしてるのかい?」

「‥いえ、私がこの国で生きている事は隠していますので、手紙はやりとりしていません。」

「‥では、君がこの国へ来てからのラクタス王国の様子は何も知らないのだね。」

「‥はい。」

 ミザリーは時折意識体の状態でラクタス王国へ訪れていたので、大体の事は知っていましたが、何となくその事を所長に言う事が憚られた為、所長の前ではあえて知らないふりを通しました。

 ゼウスはミザリーがこの国へ流れ着いてからのラクタス王国の様子を、彼女に詳しく話してやりました。

 勿論彼がカピエラの王子としてミザリーのいた学園に留学した事は隠しながらの話でしたが‥。

 ミザリーはゼウスの話を一通り聞き終わると、彼にラクタス王国の様子を教えてくれた事に対して丁寧にお礼を言うと、すっと立ち上がり一礼して部屋を出ようとしました。

「あっ、まだ待ってくれ。」

「‥‥あの、まだ何か?」

「‥いや、その‥せっかくだからもう少し話をしようじゃないか。」

「‥‥。」

 ミザリーはゼウスの机の上に積まれた大量の書類をチラリと見て‥

「‥いえ、所長のお邪魔をする訳には‥。それに私も急ぎの作業がありますので‥。」

 そう言って、さっさと部屋を出て行ってしまいました。

 ゼウスはミザリーの自分に対するそんな素っ気ない態度に寂しさを覚えつつも‥包帯女と呼ばれていた頃の弱々しい彼女が美しく回復して、ここでの研究に協力してくれている現状を嬉しく思いました。

 そしてこの日以降ゼウスはミザリーの事を頻繁に所長室へ呼び出すようになりました。

 ミザリーは何故頻繁に呼ばれるのか不審に思いつつも、最初のうちは彼の応じるままに所長室へ向かいましたが、最近では用事にかこつけて所長であるゼウスの呼び出しを拒むようになりました。


「‥ミザリーはまだ来ないのか。」
 
 今日も呼び出しをミザリーに無視されたゼウスのぼやきを聞いて、副所長のシルバーはため息をつきながら彼に言いました。

「‥所長、なぜこうも頻繁に彼女を呼び出すのですか。まさか、彼女に恋でもしたのですか?」

「‥まさか、俺が彼女を好きだって?馬鹿な!そもそも俺が彼女を呼び出すのは‥‥‥。」

「‥‥彼女が気になるからでしょう?」

「‥‥確かに彼女の事が気になるが、気になるのは当然だろ。あんな悲惨な状態から見事に蘇ったんだから。彼女はこの研究所にとってとても貴重な存在だからな!」

「‥‥それだけですか?彼女が異性として気になる事は‥絶対にないのですね?」


「‥‥あっ、ああ。勿論!」
 
 ゼウスはそう即答したものの、何となく後ろめたい気持ちになりました。まるで、自分の心に嘘をついてるような気分になったからです。

 そんな彼の心を見透かしたかのように、副所長のシルバーが彼に釘を刺しました。

「‥‥所長、その言葉を信じていますよ。所長の結婚相手が訳ありの外国人だなんて‥許される訳がないんですから。」

「‥‥分かってるさ。変な心配をするな!」

 ゼウスはそう言いながらも、シルバーとのこのやり取りの中でミザリーに対する自分の気持ち‥ミザリーが自分にとって気になる異性の存在である事をとうとう自覚してしまったのでした。




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