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アリスがいなくなったラクタス王国では
しおりを挟むラクタス王国に向かっていたアリスが、連行中の馬車から忽然と姿を消してから一ヶ月が経ちました。
アポロ王子は何が何でもアリスを見つけ出すために、近隣の国だけでなくてこれまで交流の全くなかった国とも国交を開いて協力を要請しました。
そのおかげで肝心のアリスは見つかりませんでしたが、代わりにラクタス王国は沢山の国と友好関係を築いていく事となり、各国との貿易も盛んになり国の財政は一気に潤っていきました。
「アポロ様、卒業後に結婚式を挙げたらいよいよ私と貴方は夫婦になるのですね。‥今どんなお気持ち?」
「‥‥。」
正式にアポロ王子とサボンが婚約者となってから、「打ち合わせ」と称した機会が二人に定期的に与えられる事になりました。
ですが、最近は準備や打ち合わせする事もほとんど無くなってしまい、「打ち合わせ」は今やただのお茶会と化していました。
そのお茶会も、サボンがアポロ王子に一方的に話しかけて終わるだけの形式的なものでしたが、サボンは毎回この時間をとても楽しみにしていました。
サボンは実は昔からこの冷酷なアポロ王子の事が好きだったのです。
昔から一緒に遊んで学んだアポロ王子とサボン‥。
親同士が口約束で決めた婚約者だったのに、彼が恋をして実際に婚約者として選んだのはラファエル侯爵家の娘のミザリーでした。
アポロ王子の婚約者ミザリーは学園に入学するとすぐに、その賢しさと美しさと性格の良さが評判になり「親切なミザリー」と言われ、皆に慕われるようになりました。
サボンはミザリーのそんな名声には興味はありませんでしたが、アポロ王子を彼女に奪われた悔しさと惨めさで毎日狂いそうでした。だから毎日執拗にミザリーに対してアポロ王子との婚約を彼女から断るよう言い迫っていたのです。
それなのに‥ミザリーは決してアポロ王子への愛を諦めませんでした。
そんな中、サボンとミザリーとは別の第三の女が出現しました。
それがミザリーの友人アリスでした。
アリスはあっという間にアポロ王子の心を捉えてしまいました。
『たかが子爵令嬢のくせに馴れ馴れしくアポロ様に纏わりつくなんて!‥それにストーンとかいう恋人がいるにも関わらず色々な男性にアプローチをしているというじゃない!
学園の成績だって下位だし、友人であるミザリーの婚約者に手を出すほど腹黒い女‥。あの女は‥将来王妃になる器じゃないわ。
だから私がライバルとして認めるのは、ミザリーだけ!』
サボンはそう思うと、アポロ王子の心を友人アリスに奪われながらも何の努力もせずに婚約者の座にしがみついているミザリーの事を不甲斐なく思い、さらにきつく彼女に当たるようになりました。
サボンがミザリーの元へ向かう時、彼女の本心は、ミザリーと一対一で向き合いたかったのですが、何故か彼女の行く先々には何人かの令嬢がついてきました。
彼女達はサボンの威光を利用して、毎日堂々とミザリーを虐めていたのです。
それにミザリーのかつての友人アリスも、それに乗じてミザリーの悪評を広めていると聞きました。
サボンは自分の威光を利用してミザリーを虐める彼女達の事が大嫌いでした。
ですが、サボンは彼女達を諫めることはありませんでした。それは彼女達がサボンにとって諫める価値もないほどどうでもよい存在だったからです。
サボンはミザリーの事をライバル視して虐めてはいましたが、実はそれほど彼女自身の事は嫌ってはいなかったのです。
「‥愛?ハハハ、馬鹿ねミザリーさん。アポロ王子の愛は私でもあなたでもなく、あのアリスという女のものなのよ!‥私は王太子妃になれればいいの。アポロ王子の愛なんてアリスにくれてやるわ!‥ミザリー!そんな覚悟もない甘ったれたあんたに王太子妃は務まらないわ!」
あの日ミザリーに向かっていったあの言葉は、自分に言い聞かせるための言葉でもありました。実はアリスの存在を一番恐れて疎ましく思っていたのはサボンの方だったのです。
サボンは再び目の前のアポロ王子の方に意識を向けると、その端正な顔‥冷たい表情をうっとりと眺めました。
『綺麗な顔ね。それに残酷な性格‥これらの全てを含めたアポロ様が、私は大好き。』
サボンは昔から気が強く、アポロ王子に対しても女の子らしい態度をとって彼の気を引く事が上手く出来ませんでした。
サボンは、王様に叱られた八つ当たりで小動物を殺したアポロ王子を、罰として檻に一日中閉じ込める事すらありました。
これらのアポロ王子に対するサボンの行いは、サボンにとっては彼への想いからくる行為だったのですが‥その想いがアポロ王子に届く事はありませんでした。
サボンはお茶を飲み干し、目の前のアポロ王子に再び話しかけました。また無視をされる事は分かっていたので、開き直って本当にききたい事をきく事にしました。
「アポロ様はまだアリスを探してますが、もし見つけたらどうするつもりなんです?」
「‥‥。」
「アポロ様はいつまでアリスを探すおつもりですか?」
「‥‥。」
サボンが質問の仕方を変えてみても、アポロ王子はやはり何も答えてはくれませんでした。ただ黙って遠くを眺めているだけでした。
「‥アポロ様、もう一つ聞いても良いですか。」
「‥‥。」
「アポロ様は、何故ミザリーではなくアリスを選んだのですか?」
サボンは、何も答えなくなったアポロ王子に半ば自棄になって、そう聞いてみました。実はこの質問もサボンがずっとアポロ王子にしてみたかった質問だったのです。
アポロ王子はこの質問にも無視するのかと思いましたが、意外にも真面目に答えてくれました。
「‥‥ミザリーはたしかに俺の事を誰よりも愛してくれていたと思う。俺も彼女の事は可愛いと思っていたし、人見知りで俺にしか懐かない彼女の事を守ってやりたいと‥昔は思っていた。
だが彼女は学園に入ってから変わった。将来俺を支える為にと、勉強ばかりするようになった。おかげで彼女は学園トップの成績となった。‥俺は王子のくせに下位の成績だったがな。全く彼女のおかげで自分がとても惨めに感じたよ。
‥その点アリスはミザリーと違って馬鹿で可愛かった。だから、彼女とどこかへ逃げて王族の身分を捨てて生きているであろう自分の姿を想像したんだ‥。アリスは俺にとって、自由の象徴的存在だったんだ。
でも今はアリスの事を何回殺しても殺したりないぐらいに憎んでる。‥可愛さあまって憎さ100倍ってやつだ。」
アポロはそこまで言うと、サボンの方を向き微かに笑ってみせました。
「‥フッ。こんな事‥お前に話すつもりなんてなかったのに、何で話してしまったんだろう。
‥そういえば俺は昔からサボンの言う事にだけは逆らえなかった気がするな。なぜだろうな。」
「‥そっそれは、なぜでしょうね。」
そう言って、また無表情で遠くを見つめるアポロ王子とは対照的に、サボンの顔は少し嬉しそうに微笑みを浮かべていました。
アポロ王子とのこの何気ない短い会話と、彼が一瞬サボンを見て微笑んでくれた事が彼女にとってはとても嬉しかったのです。
この時、サボンはふとミザリーの幽霊がサボンの前に現れて言った言葉を思い出していました。
あの日‥アポロ王子の部屋に監禁されたアリスを助ける為サボンの前に現れたミザリーの幽霊の言葉を‥。
「‥サボンさん。私は死んだ後になってやっと分かった事があります。
‥私では彼を支えるにはあまりにも心が弱すぎましたし、アリスさんもとても気が多い方のようなので、アポロ王子への思いはすぐに冷めてしまうと思います。
だからあなたこそがアポロ王子と結婚して彼を側で支えられる唯一の存在だという事が、こうして死んでみて、色々な事を俯瞰的に見る事が出来る様になり、やっと分かったのです。
とは言っても、アポロ王子の事は嫌いになれないどころかまだ大好きなんですけどね。」
「フフフ、馬鹿ね。死んでもアポロ様の事が好きだなんて‥。そんなんじゃいつまで経っても浮かばれないわよ。それにすでに死んでしまったあなたじゃ、私のライバルにすらならないわ。」
「それなら私達、今からでも良い関係を築いていきませんか?」
「アハハハ、本当に馬鹿ね。すでに死んでしまったあなたとどうやって良い関係を築いていけと言うのよ。」
「あっ、そういえば私自殺したんでしたね。‥フフフ。」
そう言って、ミザリーの幽霊は笑いながらサボンの目の前から姿を消しました。
そしてそれっきりサボンの目の前には現れる事はありませんでした。
サボンは、時計を見て席を立とうとするアポロ王子を引き止めました。
サボンは、今は亡き彼女の友情に応える為、アポロ王子に苦言を呈する決意をしたのです。
「‥‥アポロ様、アリスを探すのはもうやめましょう。あなたのアリスに対する憎しみや執着はもうすでに薄れているはずですよ。だって、その証拠にあなたは今こんなにも冷静に彼女の事を語ってるじゃありませんか。」
「‥‥‥。」
「それと‥ラファエル侯爵の為にも、彼の亡くなった娘‥ミザリーの石碑を立てて彼女を慰霊してあげましょう。そうすれ今しきりに語られている彼女の幽霊の目撃談もそのうちに聞こえなくなるでしょう。」
「‥‥。」
サボンのこの時のアポロ王子への苦言のおかげか、アリスの捜索はそれからすぐに打ち切られる事になりました。
そしてしばらくして崖の上には悲劇の令嬢ミザリーを慰霊する為の石碑と公園が建設され、毎日彼女の為に沢山の花が人々により捧げられるようになりました。
ミザリーを生前に虐めた事を懺悔する人、ミザリーに親切にされてお礼を言いたかった人、ミザリーの幽霊を目撃してしまい呪われないかと心配で彼女の石碑を訪れた人‥‥そんな人々がしばらくの間毎日訪れたのです。
そしていつしかミザリーの石碑に献花された花の種から自然に発芽した花で、崖の上の石碑のまわりは花畑になりました。
‥そんな花畑の中に、いつの間にか「ファントム」が紛れ込んでおり、密かに地下茎を伸ばして広がりつつある事を、この時はまだ誰も知りませんでした。
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