親切なミザリー

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「包帯女」と呼ばれて

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彼女が研究所の一室で研究対象として保護されてからというもの、ゼウス王子は毎日のように包帯を巻いた彼女の元に顔を出しました。

全身を包帯で巻かれて目だけを出した彼女に対して、話しかけたり体を起こして水を飲ませてやったりと、甲斐甲斐しく世話を焼きました。

そして彼女が徐々に体を動かしたり、介助して貰いながら食事が出来るようになった事を、まるで我が子のように喜びました。

「‥か。‥君の本当の名前を知りたいな。いつまでも彼女と呼ぶのもなぁ‥。」

ゼウス王子がそう呟くと、彼女の肩がビクリと動きました。それを見た彼女の担当のアンが、ゼウス王子を注意しました。

「‥所長、彼女の事が気になるのはわかりますが‥。こうして頻繁に来られるのはやめて下さい。同じ女性の私がお世話担当としているのですから。‥それに軽々しく彼女の過去について触れるような事は控えて下さい。」

「‥ああ、そうだな。‥すまない。」

「‥それに被験者にあまり肩入れするなと毎回私達に言ってたのは所長じゃないですか。」

「‥分かった。では少し日にちをあけてからまた来るとしよう。」


ゼウス王子はそう言うと、名残惜しそうに彼女の部屋から出て行きました。


「‥‥もう来ないで下さいね!」

アンはすでに退室したゼウス王子に向かい、聞こえない程度の声でそう言うと、ベッドにいる彼女の方を向いて微笑みました。

「‥怖がらせちゃったかしら?ごめんなさいね。‥さあ、手のリハビリからはじめましょうか。」

アンはそう言って彼女の手をそっと取り、リハビリを施し始めました。 

「‥それにしても、あなた真面目で頑張り屋さんなのね。毎日泣き言も言わずにリハビリに真剣に取り組むんだもの。‥おかげで凄い回復ぶりよ!」

アンが言うように、彼女は研究所へ来てから日に日に回復していきました。

少しの支えがあれば立位をとれるようになりましたし、指も動かせるようになりました。

そんな彼女の回復ぶりを、アンだけではなくて研究所の職員全員が喜んでしいました。

それに、どんなに辛いリハビリや過酷な状況にも決して挫けたり投げやりになる事なく、毎回研究所職員達の指示に素直に従う彼女の事を、いつしか皆んなは好きになっていました。

ですが、そんな彼らとは違い、所長であるゼウス王子の関係者‥主にゼウス王子の事を慕う令嬢達は研究所に遊びに来る度に、彼女の事を「包帯女」と呼び、とても毛嫌いしていました。

令嬢達は、ゼウス王子の前では彼女に同情して優しく接する素振りをみせるのですが、アン以外の誰も見ていないところでは「包帯女!」と彼女を罵り虐めていたのです。


アンはその事を何度も所長であるゼウス王子に報告し、婚約者候補の女性の出入りを禁止するように強く訴えたのですが‥、ゼウス王子はその事を全く信じてはくれませんでした。

「高貴な令嬢達が虐めだなんて‥そんな事をするはずがないじゃないか。何かの間違いではないか?それに御令嬢達は彼女の事に対してとても同情していたじゃないか。」

「‥私は嘘をついてはいません、信じてください!」

「‥まあ、もう少しお互い様子を見ようじゃないか。」

ゼウス王子はアンにそう言って、その話を終わらせてしまいました。

この時アンはゼウス王子にこの件をこれ以上訴えても無駄だと悟り、自分だけで彼女を守ろうと決心したのでした。

ですが、その翌日の今日‥所長のゼウス王子は何食わぬ顔で彼女の世話をしようとしていました。その事がアンをとても苛々させていました。

「‥所長なんか次にこの部屋に来ても、鍵をかけて入れなくしてやるんだから!」


アンはつい大声を出してしまい、彼女を驚かせてしまったのでは?と心配しながら彼女を見ましたが‥彼女は落ち着いていました。

ですが、アンの心中は穏やかではありませんでした。ゼウス王子に対する苛々や御令嬢達に対する警戒心でいっぱいでした。


「‥‥ねぇ、今から歩行練習をしに行く予定だったんだけど‥やめとこうか?この部屋なら鍵を閉めれば、変な人達も入ってこられないし‥。しばらくはこの部屋だけで過ごさない?」


アンは掴んでいた彼女の手をそっと外してやり、彼女にそう提案しました。

ですが、彼女はそれを聞いた途端すぐに頭を横に振りました。


「‥‥うーん、そうだよね。あなたは頑張り屋さんだから、リハビリを休みたくないのよね。それに今日からはあなたが待ちに待った歩行練習が始まるんだものね‥。歩行練習、したいよね‥。」


アンは悩んだ挙句、結局彼女を研究所の外へと車椅子で連れ出す事にしました。

辺りを見回して令嬢達の姿がない事を確認すると、車椅子を通路の手すり横につけて、彼女をゆっくりと立たせました。

彼女に自分の肩と手摺りを掴むように言い、アンは彼女の腰を支えながらゆっくりと一歩ずつ歩かせてやりました。

「凄い!歩けるじゃない!」

アンがそう言うと、包帯から見える彼女の瞳も微笑んで見えました。

その後も数十分程歩行練習をした後、練習を終えて疲れた彼女を研究所内の部屋に連れて行こうとしたところ、ゼウス王子と婚約者候補の女性達と出くわしました。


「‥所長、彼女の歩行訓練を終えました。」

「ご苦労様。‥で、どうだった?‥あっちで腰かけて話そうか。」

ゼウス王子はそう言うと、アンを連れて近くの空いてる研究室へ入ろうとしました。

「‥所長、彼女が一人になってしまいますのでここで報告させて下さい。」

「‥いや、彼女や御令嬢達の前で話す話じゃないんだが‥。」

「所長!前にも言いましたが、そちらの御令嬢達は彼女を‥。」

アンがそこまで言いかけたところ、婚約者候補の一人の令嬢がそれを制して話に割り入って来ました。

「ゼウス王子に対して前に言ったのかしら?私達が彼女に何かをするとでも言いたいの?‥ねぇ、ゼウス様。良ければ私達が彼女を見ていて差し上げますわよ。」

「‥アン、数分の事だ。彼女の事は御令嬢達に任そうじゃないか。それに彼女だって毎日決まった人と話してばかりではつまらないだろう?」

「‥所長!」

ゼウス王子話そう言うと、強引にアンを引っ張って行ってしまいました。

一人残された彼女は、御令嬢達に囲まれて小刻みに震えています。

「‥「包帯女」行くわよ!‥レイチェル、あなたが車椅子をひいてらっしゃい。」

「はい、ユダラ様。」

そう言うと、レイチェルと呼ばれた令嬢が彼女の車椅子を乱暴に掴んで勢いよく押し始めました。

こうしてユダラという令嬢をリーダーとした令嬢のグループに、彼女は攫われて人気のない建物裏へと連れて行かれたのでした。
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