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ゼウス王子との話し合い
しおりを挟む「ファントム」の前で何者かに拉致された翌日、イカロスはとりあえず授業には出たものの、授業に集中なんてできるわけもなく、ずっと窓の外を眺めながら昨日の出来事を思い返していました。
昨日イカロスとピューリッツを拉致した集団は、隣国カピエラの者達でした。
彼らは、見知らぬ倉庫の中でイカロス達を袋から引っ張り出し、手足の縄と猿轡を外すと彼らのリーダーらしき人物の前まで引きずって行きました。
イカロス達は、袋に入れられて数十分程揺さぶられ続けたせいか‥すぐには立ち上がる事が出来なかったのです。
「‥手荒な真似をして悪かった。」
そう言って、イカロスとピューリッツの前に現れたのはカピエラの王子ゼウスでした。
「‥これはゼウス王子の仕業か!‥俺達をどうするつもりだ!」
イカロスはゼウスを睨みつけながら抗議ましたが、足元は今からここで殺されるかもしれない‥という恐怖でガクガクと震えています。
ゼウスはイカロスのそんな姿を見て軽く笑うと、二人を落ち着かせる為に椅子に座るようにすすめて、テーブルには温かいお茶を用意しました。
‥そんな事をされても、警戒心の強いイカロスはすぐには椅子に腰掛けませんでしたし、勿論怪しげなお茶などに手を伸ばす事もしませんでした。
ですが、そんなイカロスとは違い、ピューリッツの方はというと‥‥よほど疲れていて喉が渇いていたのか、さっさと椅子に腰掛けると、差し出されたお茶をごくごくと飲み干してしまいました。
「‥‥。」
イカロスはそんなピューリッツを見ているうちに、ゼウス王子達を警戒しすぎている自分が段々馬鹿らしく思えてきた為、自分も椅子に腰掛けてお茶に手を伸ばしました。
ゼウス王子は暫くイカロスとピューリッツの様子を黙って見守っていましたが、二人が落ち着いた様子を見せると、ようやく話を始めました。
「‥‥我々は「ファントム」の近くに潜んで、今日こそ「ファントム」を人知れず始末するつもりだったんだ。
だが、予想外の事が起きてしまった。‥君達が「ファントム」の毒の事、その毒で自殺者が出てしまった事に気付いてしまった事だ。
だが、実はそんな事は大した事ではない。「ファントム」もきっと今頃は、我々の仲間の手によりすでに処分されているはずだ。
‥実は君達をここへ連れてきたのは、幾つか聞きたい事と頼みたい事があったからなんだ。
本当はもっと穏便に君達をここへ連れてくるつもりだったんだが‥あの場で大声で騒がれても困るし、それにこの場所がどこなのかを君達に知られる訳にはいかないから、こうせざるを得なかったという事だ。
我々は決して君達に危害は加えない。それに、君達の知りたい事を我々は教えてあげられるかもしれないよ?」
ゼウス王子はそこまで言うと、黙ってイカロス達の反応を待ちました。
「‥分かった。ここで下手に事を荒立てて両国の関係を壊したくはない。‥だからゼウス王子の話にのろう。‥ところで聞きたい事と頼みたい事とは何なんだ?」
「聞きたい事と言っても、自殺した女子生徒の事を色々と教えて欲しいだけなんだ。
あと頼みたい事と言うのは‥まあ、たいした頼みではないんだが、少しイカロスの事を利用させて欲しいんだ。」
「俺を利用‥?」
「‥ああ、是非とも利用させて欲しい。ある女子生徒を避ける為にも、学園内では君にずっと側にいて欲しいんだ。」
ゼウス王子は、今日学園内で彼との接触を試みる怪しげな女子生徒に遭遇し、とても不快な思いをしたようでした。その時はうまく交わしたつもりでしたが、その女子生徒が今後も何かと彼に接触してくるに違いないと考え警戒していたのです。
「‥イカロス、「ファントム」の側でのやりとりを覗き見る限り、どうやら君はその女子生徒には嫌われているようだな。
だから君がそばにいれば、彼女は寄ってこないと思うんだ。だから‥人助けだと思って、頼むよ。」
イカロスはその話を聞いて、ゼウス王子に接触を試みた女子生徒はアリスなのだろう‥と直感しました。
そして、ゼウス王子がその事を口実にしてイカロスの事を堂々と監視しようとしている事も分かっていました。
ですが、ゼウス王子が言っていた「君達が知りたい事を我々は教えてあげられるかもしれないよ。」の言葉が気になっていたイカロスは、それが何なのかをゼウス王子から聞き出す為にも、ゼウス王子に協力する事にしました。
「‥そんな事でよければ、いつでも協力させてもらう。あっ、それから‥俺の友人も一緒にいて構わないか?」
「お前の友人?男か?」
「‥男だ。」
「いいだろう。‥それに君が友人と言うからぐらいだから、きっとまともな奴なんだろう。」
「ああ、いい奴だよ。」
ゼウス王子はイカロスとの話が終わると、イカロスの隣でひたすらにお茶を飲み続けるピューリッツの方を見ました。
ピューリッツは何杯目かのお茶を口に含んでいましたが、ゼウス王子が自分の方を向いている事に気付くと、慌てて飲み干そうとしたせいか咽せてしまいました。
ゲホッゲホッ。
「大丈夫かい?」
「あっすみません。緊張のせいか、やたらと喉が渇いてしまって‥ハハハ。」
ゲホッ‥。
「‥もう大丈夫です、話をどうぞ。」
「いいかい?ありがとう。君には聞きたい事があったんだ。」
「‥僕で分かる事なら。」
「ありがとう。‥君には自殺した女子生徒の事を詳しく教えて欲しいんだ。彼女が何故「ファントム」の毒に気付いたのかは、あの場で聞かせて貰って分かったんだが‥‥参考までに何故彼女が自ら死を選んだのか、その理由を是非知りたくてね。」
「‥‥分かりました。本当は亡くなってしまったミザリーさんの秘密を暴くようで嫌なのですが、彼女の悲しみや苦しみをあなた達に話す事が‥もしかして彼女の供養になるかもしれないですし‥良いでしょう、全て話します。」
ピューリッツがそう言って話し始めた話の内容は、ミザリーが自殺に至るまでにピューリッツにだけ明かしていた悩みの数々や、実際にピューリッツが見たミザリー虐めの様子などでした。
ピューリッツの話を聞いた後、イカロスはミザリーが自ら死を選んだ行為に納得しました。いや、寧ろ自殺するまでの間よく耐えていたな‥と褒めてやりたいぐらいでした。
だけど、そんな事よりも何よりも‥イカロスはミザリーがそんな状態だった事に気付かず、アポロ王子達との関わりを避けてミザリーとも積極的に関わろうとはしなかった自分が許せませんでした。
イカロスがミザリーを避けていたのは、彼女の事がら嫌いだったからではありません。それどころか、彼女の事を好いていたのです。
アポロ王子とミザリーが関係を拗らせて婚約を解消してしまえば、イカロスの方からラファエル侯爵にミザリーとの婚約を申し込むつもりでした。
だからこそ敢えてアポロ王子達やミザリーに関わろうとはしないで、静観しながら二人の婚約解消をまっていたのです。
「‥ああ、俺は馬鹿だな。彼女が死んでしまえば結婚どころか二度と会えなくなってしまうというのに‥。
アポロ達とミザリーの件を静観してる場合じゃなかったのに‥。
もっと早くにミザリーの悲しみに気付いてあげられてたら‥格好つけずにさっさと彼女に自分から声をかけていれば‥‥
彼女は死ななかったのかも知れない。」
イカロスは長いため息をつきながら‥窓の外を向き、ひたすら過去の自分の行為を悔やんでいたのでした。
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