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記念樹「ファントム」①
しおりを挟むアリスは午後の授業をさぼる目論見が外れてかなり不機嫌でした。
おまけに午後の退屈な授業を受けただけでもうんざりなのに、放課後に学園長の指示で、記念樹の世話の仕方を他人に教えなければならないのです。
「‥はぁ、面倒くさ。」
結局アリスは、授業後にアポロ王子達に見送られながら、各国から学園へ寄贈されたという友好の記念樹の方に向かう事にしました。
‥すると、記念樹の近くにはアリス好みの外見の男性教師が立っていました。
『‥やだっ、あの人誰?背が高くて細マッチョで良い男!二十代前半ぐらいかしら。‥私が教える相手って彼?‥なら俄然やる気が出ちゃうわ。』
アリスは彼を見た途端に不機嫌が直りました。小走りに彼の元へ走って行くと、とびきりの笑顔で話しかけました。
「こんにちは。アリス・ファンタスです。‥樹木の世話の話をしに来たんですが‥。」
アリスは細マッチョな男性教師にぐいぐい近付き、その顔をじっくりと観察しました。
『‥うん、結構整った顔立ちね。彼女や婚約者がいないか聞いちゃおうかしら。』
アリスが早速男性教師に色々質問しようとしたところ、聞き覚えのある声が聞こえてきました。
「‥今アリスって言ったか!?」
そう言ってアリスの後ろからこちらにやって来たのはイカロスでした。‥どうやら彼もこの記念樹の件でここに呼ばれたようでした。
『‥えっ、やだ。イカロスがいるとか、まじで最悪!』
アリスが複雑そうな顔して黙っていると、男性教師がアリスに話しかけてきました。
「‥あっ、えっと学園長が言ってた子って君かな?初めまして。僕はビョークといいます。この度創設された園芸部の顧問です。‥そして彼はイカロス君です。‥って確か二人は同じ生徒会メンバー同士だから紹介はいらないかな。
‥じゃあ早速、これまで君がやってきた樹木や花の世話の仕方を、僕達に教えて下さい。さあ、お願いします!」
「‥‥あっ、えっと‥。」
「‥‥。」
アリスは困りました。ここへ来て適当に話をしてすぐに帰るつもりだったのに、細マッチョ教師はヤル気に満ちていて、メモ帳を片手にアリスに色々質問をしてきそうな勢いでした。彼は所謂熱血教師のようでした。
『‥どうしよう、私樹木とか花の世話なんか知らないわよ。あーもう!』
アリスはとても焦りました。
ですが思い返してみると、前世では小学生の時に花の水かけ当番をした事ぐらいはあったので、試しに近くのホースを手に持ち蛇口をひねってみました。
すると、蛇口を一気にひねりすぎたせいでしょうか‥勢いよく出てきた水の水圧で蛇口のホースが外れてしまい、アリスは大量の水を被ってびしょ濡れになってしまいました。
「‥君!大丈夫かい?」
男性教師は慌てて自分の上着をアリスにかけるとアリスを抱き抱えて、校舎へと走って行ってしまいました。
「‥‥蛇口にしっかりホースの金具をはめてなかったんだな。‥アリス‥あいつ、ホースの扱いも知らないのに、本当に木や花の世話とかしてたのか?」
‥一人その場にとり残されたイカロスは、長い溜息をつきながら勢いよく水が飛び出している蛇口をしめると、外れたホースを持って途方にくれました。
「‥アホらし。何の為にここに来たんだか‥。このホースをしまったら俺も校舎に戻ろうかな‥。」
イカロスはそう言って、放っておかれたホースを持ち運びやすいように纏め始めました。
イカロスは真面目な性分なので、ホースを出しっぱなしにして校舎に戻るような無責任な事はできないのでした。
長いホースを丁寧に大きな楕円形に巻いていくと、出来上がった輪に腕を通して持ち上げました。
近くの茂みの裏の芝生に、ホースのあとがついているのが見えたので、そこがどうやらこのホースの定位置のようでした。
「‥あーあ、誰がこんなに地面を水浸しにしたのかな‥。うわぁ‥花壇の土がえぐれてしまってるし、花も茎が折れてるじゃないか‥。」
イカロスがホースを片付けていると、誰かのぼやきが聞こえてきました。不審に思い、声の主を見上げると‥声の主は作業服姿の若い男性でした。
茂みの裏から出てきたイカロスと目が合った若い男性は、イカロスを見るなり辺りを水浸しにした犯人だと決めつけて叱ってきました。
「‥‥君はここの生徒だよね?ホースで遊んじゃ駄目だよ!」
「‥いや、俺は出っぱなしだったホースを片付けてるだけです。それにホースの水で遊ぶほど陽気な性格ではありません。‥ところであなたは?」
「‥‥君じゃないのか、そりゃ叱って悪かった。ごめんな。言われて見れば‥確かに君はそんな悪戯をするような生徒には見えないな。
あっ、僕はこの学園の庭師だ。‥とは言っても月に一度しか来ないけどね。名前は‥そうだな、ピューリッツとでも呼んでくれ。ところで、君は何故ここにいるんだ?ここは滅多に生徒が来ない場所のはずだが‥。」
「‥俺は園芸部員のイカロスです。今日は園芸に詳しい生徒に色々と教わる予定だっだけど、蛇口をひねった途端ホースが外れてそれどころじゃなくなってしまったんです。」
「‥園芸に詳しい生徒?ミザリーさんかな。」
「‥‥いえ、彼女は亡くなりました。」
「えっ、死んだのか!?いつ?なんで?」
「‥‥最近の事です。」
イカロスがミザリーの死を伝えた途端、ピューリッツの顔色はみるみるうちに青褪めていきました。
「‥なぁ、君。ミザリーさんは病気だったのかい?殺されたのかい?それとも‥まさか自殺?」
「‥‥‥自殺ではないかと言われてます。」
「‥自殺だと!何故そう言えるんだ!‥‥自殺だというならどうやって死んだというんだ!」
「‥毒を飲んだらしいです。」
「‥毒!?何の毒で‥。」
「‥知りません。毒で自殺したというのもまだ確定ではないんです。今はミザリーの死因は調査中の段階です。とはいえ、ミザリー本人の遺体がないので、調査は難航中ですが‥。って、もうそれ以上は言えません。」
「‥‥!」
イカロスがピューリッツにミザリーが服毒自殺した事を教えた途端、彼は何を思ったのか、急に大きなスコップで「ファントム」の根のまわりを掘り始めました。
「‥ピューリッツ、何をするんだ!」
「‥‥。」
イカロスが話しかけても、ピューリッツは何も言わずに土を掘り続けました。
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