気になる人

みるみる

文字の大きさ
上 下
17 / 31

私の赤ちゃん

しおりを挟む
「やっぱりあの泣き声は…私の赤ちゃん!?」
 
 私は目が覚めるなりそう叫ぶと…

 中年の侍女アニーが慣れた手つきで小さな赤ちゃんを抱っこして近づいてきました。

「奥様おめでとうございます。立派なお坊ちゃんですよ。」

 アニーは私に赤ちゃんの抱き方を優しく教えてくれました。そして

「奥様、胸がパンパンに腫れてますよ。大変!すぐに坊ちゃんに飲んでもらって下さい。」

「いいの?でもどうやって…」

「こうして胸を出して、ガッと坊ちゃんの口に乳首を含ませて下さい。そうすれば、あとは勝手に坊ちゃまが吸ってくれます。」

 アニーがそう説明している最中、すでに私の胸がもの


すごい勢いで赤ちゃんに吸われているのを感じました。

「すごい力…。あっ、胸の張りや痛みがスーッと消えていくわ。」

 アニーとそんなやり取りをしていると、部屋の扉付近で誰かが咳払いをする音が聞こえてきました。

「…私はこれで失礼させていただきますね。」

 アニーは咳払いの主がソワソワして
いる様子を見て、そっと部屋を退室し
ました。

 赤ちゃんがごくごく、チュッチュッ、とおっぱいを吸う音が部屋に響く中、気まずい空気が流れます。

「この子の名前は…」

 夫が言いかけた言葉に耳を傾けてながら黙っていると、

「この子の名前は…ディランにしよう。」

 夫は予め男の子の名前を考えていたかのように、産まれて間もない我が子にぴったりの名前を命名してくれました。

「悪くないわね。…ディラン、聞こえる?今から貴方はディランよ。」

「ディラン、パパだよ。」

 チュッチュッチュウ、ンゴ、ンゴ…

 ディランは私達の呼びかけを無視して必死におっぱいを飲んでいました。生まれたばかりだというのに頼もしい限りです。

 ディランが生まれて2週間ほど経つと、私も軽い散歩をできるほどに体が回復していました。

 アニーにディランを抱っこしてもらい、外へ散歩に行くと、ガゼボに2つの人影が見えました。

 言うまでもなく、その2つの人影の主は夫と皇太子でした。

 ディランの方を見るとアニーに抱かれて散歩しているうちに眠ってしまったようです。

 私はそのままアニーにディランを任せて、そっと人影近くの茂みに隠れました。そして2人の話し声がよく聞こえる場所へと少しずつ近づきます。

「…そうか、ディランか。良い名前だな。ところでディランはいつから僕と君の屋敷で暮らすようになるんだい?」

「まだ母乳を飲んでいるから、一年くらいは無理だよ。それに…今ディランを妻から離してしまったら、妻が狂ってしまうよ。」

「…母乳の件は問題ない。城には育児のプロがいるし、乳母だっている。それに…ディランが少しでも大きくなる前に母親から離してしまった方が逆にいいんじゃないか?だってどうせ別れるのなら、まだ愛着がお互いに湧かない今のうちの方が…。」

「…!」

 夫と皇太子の話を聞いて私は思わず声を上げてしまいそうになりました。

 …なんて事!皇太子と夫が私からディランを引き離そうとしているなんて!

 それに生まれて間もないから愛着が湧かない?冗談じゃないわ!私はディランがお腹の中にいる頃からずっと一緒にいたのよ!ディランは私のお腹から生まれたのよ!
 
 私は物音を立てないように足元の芝生の上を滑るように後退りしてその場を静かに離れました。

「奥様?顔が真っ青ですよ。お部屋に戻りましょうか。」

「……そうね。」

 私はどこをどう歩いたのか分からないほど動揺し、その日は食事も取らないまま眠ってしまいました。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました

紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。 ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。 ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。 貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

処理中です...