上 下
30 / 39

カーリー兄さんはどうして‥

しおりを挟む
「ところでエリーゼは‥。」

 グスタフ卿は抱きついていたカーリーを引き剥がすと、侯爵家の執事長に尋ねました。

「寝室で休まれています。」

 そう平然と答える執事長に思わず殴りかかろうとしたグスタフ卿でしたが‥騒がしくしてエリーゼを驚かせたくはなかったので、湧き上がる怒りを堪えて殴りかけた右手の拳を下げました。


 静まりかえった室内でグスタフ卿に睨まれたままの執事長は怯える様子もなくしれっと話を続けます。
 
「私の無礼への処罰は後でいくらでも受け入れますので、まずは私の話の続きを聞いて下さい。

 カーリー様とグスタフ様の為にも、今話す事が重要なのです。‥私の命にかえても若いお二人の未来‥そしてゴディバル公爵家の未来の為にも重要なお話なのです。」
  
 グスタフ卿は執事長の真剣な様子を見てしばらく考えこんでいましたが‥

 彼にこれ以上反論するのを諦めたかのようにため息を一つつくと、どさっとソファーに腰掛けました。両腕を組んで深く背もたれにもたれかけると‥室内にいる者達を一通り睨みつけました。

 すると、空気を察したのか室内にいた者達は皆すぐさま部屋の外に出ていきました。

 グスタフ卿は執事長に話を続けるように目で合図します。

 執事長は落ち着いた様子でグスタフ卿にお茶をいれてすすめると、ゆっくりと話を始めました。

 グスタフ卿の従兄弟のカーリーは、迷いもなくグスタフ卿の横に腰掛けて二人の話の輪に入ってきました。

 彼の話によれば、グスタフ卿の従兄弟のカーリーが療養施設にいた頃、施設内には大勢のゴディバル公爵家の親戚筋がいたようです。

「あの施設は、グスタフ様のお父上が気に入らない者達を押し込んでおく為の牢獄のような建物なんです。お父上は常に完璧を求めるお方でしたので。自分に対しても家族、親戚に対してもです。」

「そうそう、俺があそこに行った時もすでに何人か見知った顔があったよ。みんな最初は元気だったんだけど、何年か経つとだんだん大人しくなっていって覇気がなくなっていくんだ。‥今思うと薬のせいかもしれない。施設長が精神安定剤と称して毎日必ずくれる飲み薬があるんだけど‥あれのせいなのかな。」

「‥カーリー様が施設に入所させられた頃から我々影の者の中の有志で密かに施設の事を調べていたんです。カーリー様がみるみるうちに覇気がなくなっていく様子を目の当たりにして、これではいけないと思ったのです。それで‥何年もかけて計画を立てながら密かにカーリー様の救出の機会を伺っていたのです。」

「‥ちょっと、待て。それだとカーリー兄さんが正常なのにも関わらず無理矢理施設に入所させられた上、廃人にさせられたと言ってるように聞こえるんだが‥。」

「ええ、まさしくその通りです。あそこは正常な若者を廃人にしてしまう場所なのです。」   

「何のためにそんな事を‥。」

「全てはゴディバル公爵家の現当主であられるあなたのお父上のお考えなのです。」

「父が‥どうして。」

「公爵様はそれが公爵家にとって良かれと思って行った事なのです。」  

「だから、どうして‥。」

「公爵様は昔は‥あんなにも厳格なお方ではなかったのです。幼い頃は花を愛でて絵を描いて刺繍も大好きな優しい方でした。そんな公爵様を変えてしまったのは、あなた様の御祖父ガンディー様でした。」

「‥‥グスタフ様も以前ガンディー様のもとで修行されてましたよね。それならこの話もご理解頂けますよね。」

「‥‥確かにお祖父様はそういった事を嫌われるだろうな。」

「公爵様はガンディー様に、ゴディバル公爵家のあるべき厳格な理想の姿というものを押し付けられて洗脳され、今のような方になってしまわれたのです。」

 グスタフ卿は、離島にある施設に公爵家の所縁の者が大勢入所していた事やそこでは怪しい薬が投薬されており元気な者も廃人同人にさせられていた事も執事長の話で理解しました。

「カーリー様を施設から脱出できたのは、グスタフ様の部下の女性が入所された事がきっかけとなりました。
  
 彼女がグスタフ様とよく似たカーリー様を、グスタフ様の兄ではないかとしつこく聞いて付き纏ってきた事でカーリー様が施設を一刻も早く出たいと決心されたのです。」

「‥ああ、ナターシャか。」

「ナターシャ‥そうそうそんな名前だったな。彼女は相当しつこく俺に迫ってきたぞ。施設内ならなんでも無礼講だと思ったのかかなり積極的だった。‥男と女の眠る居住棟は相当離れているはずなのに、なぜかよく俺の寝室に忍び込んでいたし‥。」

 グスタフ卿はナターシャがカーリーに迫る姿を想像して少しゾッとしました。 

「彼女からはよくお前の話を聞かせてもらってたよ。‥あんなに機密事項やお前の秘密をベラベラと話してたけど、あの施設内の事だから誰一人として彼女の話を信じなかった。皆んなには精神病患者のくだらない作り話だと思われていたが、俺だけは彼女の話を信じていたよ。

 おかげでお前の職場の人間関係や建物の中の仕組みとかをかなり正確に把握できたよ。だから彼女にはしつこく付き纏われて嫌な思いをしたとはいえ、今となっては感謝したい気持ちでいっぱいだ。それにあそこにはお前によく似た男が沢山いるからな。彼女にとっては天国のような場所だろうな。‥もしかすると、誰か1人くらいは彼女におちて本当に付き合ってしまうかもな。」

 カーリーがそう言うと、グスタフ卿はため息をつきました。

「彼女を施設に入所させた事をたまに悩んだ事があったが、カーリー兄さんの話を聞いて、僕の判断が間違ってなかった事を確信したよ。ありがとう。」

 グスタフ卿の表情が少し和らいだところで、話は再び続けられました。

 その話によると、公爵家に子孫を施設に入れられて反感をもった一族の一部がグスタフ卿の職場にもいたようです。

 その一部の者達が、グスタフ卿の持ち物に死なない程度の毒を付着させたり様々な嫌がらせをしてきたことも分かりました。

 そしてそんな反逆者達をカーリーは全て見つけ出して説得し、なんと自分の味方にしてしまったというのです。

「カーリー兄さんは、施設から出てきて間もないのによくそんなに手際よくあれこれと解決できたね。本当にありがとう。‥というか、カーリー兄さんみたいな優秀な人材をあんな離島の施設に閉じ込めておいた父が許せないよ!」

「だからこそじゃないか?優秀で邪魔な俺を離島に追いやって、自分の息子であるお前に堂々と爵位を譲りたかったんじゃないか?‥お前のその陰気臭い見た目と社交性のなさは一族の中でもかなり評判が悪かったからな。」

「‥‥。」

 カーリーの言葉には何も言い返せません。

 グスタフ卿はつくづく自分の見た目も含めた不甲斐なさに嫌気がさしてしまいました。ため息をついて深く項垂れるしかありません。

 そんなグスタフ卿をみたカーリーが  

「だが、そんなお前に良い女性ができていたとはな。」

 そういってグスタフ卿の肩を思いっきり叩きます。  

「彼女、大切な人なんだろ?お前の何が良いのかは分からないが、まあそこは蓼食う虫も好き好きというし‥。

 よし、これからの事は俺や影の者達に任せてお前は彼女としばらく旅でもして親交を深めてくるといい。」

 カーリーはいい案を思いついたとばかりに張り切っています。

「そうと決まったら‥行き先も旅費もすぐに準備しないとな。」

 カーリーの合図で侯爵家の執事長が影の者達を呼んで指示を出します。

「彼女を明日お屋敷まで送り届ける予定でしたが‥予定変更ですね。家門のゴタゴタが収まるまで、お二人でどこかに隠れて過ごしてみてはいかがですか?」

 そう言ってニヤリとした笑顔でお辞儀する執事長とカーリーでしたが、グスタフ卿は抵抗しました。

「いや、僕には大切な仕事があるし、それに彼女とはしばらく会わないようにすると話したばかりなのに‥。それにまだ君達の話を全て信じて協力すると決めた訳ではないし‥。それに君達がこれから行おうとする事が本当に我が一族にとって良い事なのかどうかゆっくり考えたいし‥。」

 グダグダ言うグスタフ卿でしたが、

「仕事の事や家の事は気にするな。お前が旅行から帰ってくる頃には全てがうまい具合に終わっているさ。だが、もしかしたら‥次期公爵家当主は俺になってるかもな。」

 カーリーのこの言葉を聞いてグスタフ卿は思わずカーリーの襟ぐりを掴んで殴りかかりましたが‥

 ハッとした表情を浮かべると、すぐにその手を離しました。

 グスタフ卿は自分が無責任にも仕事を投げ捨てて逃げる事によって、優秀な従兄弟のカーリーが次期公爵家当主になるのも悪くないと考えなおしたのです。

「‥分かった。僕は何もかも捨てて逃げるよ。これは僕にとって違う未来に進むための最後の良い機会なのかもしれない。それに‥僕のいない間に優秀なカーリー兄さんが僕の代わりに公爵家の後継者になっていても構わないと思っている。」

「それで良いんだ、よく決心したな。まあ、何も心配しないで気楽に旅行へ行ってくるといい。体裁上はお前が誘拐犯から彼女を守る際に怪我をしてしばらく静養してる事にしておくから。それに‥。」

 カーリーはグスタフ卿の手のひらに小さな袋に入った何かを握らせました。

「これは未婚の女性が必要とするものなんだけど、何か分かるよな?‥最低限のマナーとして持っておくと良い。」

「‥‥!」

 この言葉を聞いて、手渡された物が避妊の為の錠剤だと察っしたグスタフ卿はそれを要らないとばかりに床に投げつけようとしましたが‥

 そんなグスタフ卿のもとに、エリーゼが目覚めたと知らせがありました。

 冷静さを取り戻したグスタフ卿は

「‥これは必要ないよ、返すよ。」

 渡させれた避妊具をカーリーの手に戻しました。

 と、そこへ目覚めて目を擦りながらエリーゼがやってきました。

「‥グスタフ卿!」

 エリーゼがグスタフ卿を見るなり喜びで顔を紅潮させました。

 そんなエリーゼを見て不覚にも可愛らしいと思ってしまったグスタフ卿‥

 そしてそんな2人の様子を温かい目で見守るカーリーと執事長。

「グスタフ様、さあ御令嬢を連れて早くここから出られて下さい。旅の準備は整いましたので。」

「えっ、旅?」

 まだ状況をよく飲み込めていないエリーゼが困惑の表情でグスタフ卿を見つめます。

「‥‥。」

 なんと答えていいのか分からず黙っているグスタフ卿の背中をカーリーが押します。

「さあ、すぐに出発して。」

 そう言われると、グスタフ卿とエリーゼはすぐに一台の馬車に半ば強引に乗せられました。

 そして2人を乗せた馬車は2人に目的地も告げずに出発してしまいました。

 かなり行き当たりばったりな展開ですし色々と心配は尽きませんが、グスタフ卿にとって、この流れに乗る事が自分の未来にとって一番最善な事のように思われました。

 特に明確な理由がある訳ではありませんが、一番の理由はカーリー達がこれから行おうとしている事の成り行きを見てみたいという気持ちがそこにはあったからかもしれません。

 揺れる馬車の中でグスタフ卿は無意識のうちにエリーゼの手を強く握りしめていました。

 
 

 

 

 

 

 




 

 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

もう一度だけ。

しらす
恋愛
私の一番の願いは、貴方の幸せ。 最期に、うまく笑えたかな。 **タグご注意下さい。 ***ギャグが上手く書けなくてシリアスを書きたくなったので書きました。 ****ありきたりなお話です。 *****小説家になろう様にても掲載しています。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

処理中です...