「‥君に気安く話しかけられたくないな。」初恋の人に使用人と間違えられて、塩対応されちゃいました。

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グスタフ卿の任務

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「‥どうしよう、朝までに屋敷に帰らなきゃならなかったのに‥。それにここは一体どこなの?」

 エリーゼは困っていました。

 ナポリ医師と話した後に帰宅しようと街中を走っていると、1人の令嬢が黒づくめの集団に攫われる場面に出くわしてしまったのです。

 黒づくめの集団はすぐにエリーゼの存在に気がつきました。

「‥お前、運が悪かったな。こんなところで俺達に出くわすなんてな。」

 そう言いながら黒づくめの集団はエリーゼをはがいじめにし、お腹や背中を蹴りました。

「‥痛っ‥。」

 エリーゼが痛みで地面に蹲っていると、その隙にすかさず鼻と口を布で押さえつけられました。アルコールのような変な匂いのする布でした。

 エリーゼはその匂いを嗅いでいるうちに気を失ってしまい、気づけば見知らぬ倉庫のような所に手足を縛られて閉じ込められていたのです。

 倉庫の中には先程攫われそうになっていた令嬢はおらず、エリーゼのように地味な格好をした冴えない女性ばかりが数人いました。皆エリーゼと同じく手足を拘束されていました。

「‥あんた、気が付いたのかい。‥あのまま気を失っていた方が良かったのに。」

「‥えっ?」

「私達はこの後船に乗せられて外国へ連れて行かれるんだよ。その後は‥外国人の奴隷となるか、殺されてバラバラに解体されて臓器を売られるか‥そのどちらかだろうね。」

 エリーゼに話しかけたのは、エリーゼより一回りも年上の落ち着いた女性でした。

「私は貴族のお屋敷でしばらく下働きをしていたのだけど‥そこのお嬢様が攫われてしまい、それに巻き込まれる形で私も攫われてしまったの。‥お嬢様は無事かしら。‥どこにいるのかしら。」

 彼女はそう言ったきり黙り込んでしまいました。

 他の女性達も同じく無言で俯いたままでした。

 なんとなく自分の置かれた状況が理解できたエリーゼでしたが、状況が理解できたところで助かる手立てはなにも思い浮かびませんでした。

 時折聞こえる倉庫の外の足音に怯えながら、エリーゼはそこで夜を明かすことになりました。


 一方その頃、黒づくめ集団に攫われた貴族の令嬢達は、エリーゼ達のいる倉庫から離れたお屋敷に隔離されていました。

 大きな広間の真ん中に数人の令嬢が座らされ、その周りを黒づくめ集団が取り囲んでいます。

「いいか、少しでも喋ればコイツでお前達の頭をぶっ飛ばすからな!」

 体格の良い男がそう言って、令嬢の一人の頭に銃をつきつけました。

「‥‥!」

 その途端、恐怖で泣き叫んでいた令嬢達がピタリと泣き止みました。

 部屋に張り詰めた空気が広がる中、部屋の扉を開けて1人の大男が入ってきました。 

「ボス、こいつらどうします?」

「‥予め狙ってた女達は全部揃ったんだろうな。」

「はい。こいつらの親の弱みは全て把握してます。それに、いつでもこいつらの屋敷に身代金を請求できるように担当の者が待機しています。」

「‥そうか。どれ、1人ずつ俺の目で顔を確認しようじゃないか。」

 そう言ってボスが令嬢達に近づき、その顔を1人ずつ確認していくと‥、ある令嬢の前で立ち止まりました。

「‥おい、こいつは誰だ!見た事がない顔だぞ。‥まさか間違えたのか。」

 ボスはそう言って目の前の令嬢の顎を掴むと、鼻と鼻が当たるほどに顔を近づけてきました。

「‥うっ息が臭い。」

 顎を掴まれた令嬢が、ボスの口臭と鼻息の臭さに思わずそう呟いてしまうと‥ボスがその令嬢の髪を掴み上げ、床にその頭部を叩きつけてしまいました。

 頭部を叩きつけられた令嬢の周りには血溜まりができ、令嬢はそのまま動かなくなってしまいました。

「チッ、偽物が!手間かけさせやがって。」

 ボスがそう言って他の令嬢達の方を振り向くと‥

「キャーッ!」

 令嬢達は恐怖のあまりに大声を上げてしまい、部屋中がパニック状態になってしまいました。

「おい、お前ら静かにしろ!」

「キャーッ!キャーッ!」

「くそっ、静かにしろって!」

 部屋中が騒がしくなった中、突然部屋の扉が何者かによって乱暴に開けられました。

「くそっ、誰だ!この部屋には鍵がかけてあったのに‥。」

 そう言って黒づくめ集団が部屋の扉を開けた侵入者に飛びかかりましたが、侵入者は片手だけで彼らの急所を突きながら、その足を止める事なく令嬢達の元へ進んでいきます。

「‥おい、そいつら雑魚を倒せたとしてもお前なんかにこの俺が倒せると思うのか?」

 ボスはそう言って大きな体を揺すりながら侵入者に突進していきました。

「グオオオオーッ!」

 ものすごい勢いで突進してきたボスの姿に令嬢達が怯える中、侵入者は終始冷静でした。

 羽織っていたマントをそっと外すと、そのマントを使い、まるで闘牛士のようにボスをあしらいました。

 しばらく侵入者によって弄ばれたボスでしたが、さすがに疲れたのか無様に床に倒れこんでしまいました。すると、侵入者がすかさずボスのその太い手足を持っていた鎖で締め上げました。

「団長、お見事です!」

 パチパチパチ、

 さっきまで血溜まりの中で息絶えていたはずの令嬢が、急に立ち上がり拍手をしだしたので、他の令嬢達は状況が理解できずに呆然としていました。

「ナターシャ、危ない目にあわせてすまなかった。大丈夫か?外に医療班を待機させてあるから行ってくるといい。」

「あっ、団長!私なんだか急に足が動がなくなりました。」

「さっきまで元気に立って拍手してたじゃないか。」

「あいたたた‥、なんだか腕も胸も痛くなりました。」

「‥‥はぁ、しょうがないな。」

 団長と呼ばれてる侵入者は、そう言ってナターシャという令嬢をお姫様抱っこすると、部屋を出て行きました。

「‥‥。」

 部屋の中にはいまだ状況を飲み込めずに呆然とする令嬢達が取り残されていました。

 そこへ、先程の侵入者の仲間達がやってきて令嬢達を解放すべく外へと誘導を始めました。

「‥あの、待ってください。私の侍女も一緒に攫われたんです。どこにいるかは分かりませんが‥。」

 そう言って、1人の令嬢が自身の侍女の救出を願い出ました。

「大丈夫です。今他の仲間がそっちにも救出に向かっているので心配ありません。」

「‥そうでしたか。」

 令嬢は自分の手を取り、外へ誘導してくれている男性をうっとりした表情で見つめました。

「あの、助けて頂きありがとうございます。できたらお名前を教えて頂けませんか。」

「あっ安心して下さい。僕たちは決して 怪しい者ではありませんよ。僕達は王宮所属の第五騎士団の団員なんです。」
 
「‥第五騎士団?聞いた事ないです。」

「まあ、特別な時にしか編成されませんからね。それに皆んな普段は別の騎士団に所属してますから。」

「‥あの、それでお名前は?」    

「‥すみません、任務上あまり素性はあかせないのです。」 

「‥‥。」

 第五騎士団を名乗る騎士達は、令嬢達を外へ誘導して手配した馬車へ乗せていくと、いつの間にか姿を消してしまいました。


「団長、本当にお見事でした。私が偽者だと敵にばれた後のボスを含めた全員の身柄の確保、素晴らしかったです。また惚れ直しちゃいました。」

 令嬢達が無事にそれぞれの屋敷へと馬車で向かっていた頃、医療班のいる馬車ではナターシャが治療を受けていました。

 ナターシャは馬車の外でナターシャの治療が終わるのを待つ団長‥グスタフ卿に話しかけました。

「‥‥。」

「団長、聞いてます?」

「ああ、聞いてる。‥お前は囮として立派に立ち回ってくれた。感謝すると同時に申し訳ないとも思う。‥お前にこんな怪我をさせてしまうとは、僕は団長として不甲斐ないな。」

「もう!囮になるって言い出したのは私なんですし、それに第五騎士団としてこうして犯人の確保に関われたのは私にとっては名誉なんですよ。喜んで下さい。」

 そう言って、ナターシャは馬車の外にいるグスタフ卿に額の傷をポンポンと叩いて見せました。

「あっ、馬鹿!せっかく縫った傷口がまた開くぞ。」

「あっ、そうか。」

 ナターシャはそう言って肩をすくめました。

 その様子を見ていたグスタフ卿は、思わず笑ってしまいました。

「団長?」

「あっ、すまない。ただの思い出し笑いだ。」

「団長が思い出し笑いですか?‥怪しいな。ひょっとしてその思い出し笑いって女性関連ですか?」

「‥そう言う事になるのかな。お前を見ていたら、ある女性のことを思い出してしまったんだ。‥おかしなもので、偶然会った時はいつも不快な気持ちになるのに、こうして離れてると時々ふとその人の事を思い出してしまうんだ。」

「ふーん‥そうですか。」

「ナターシャ、どうした?そんな険しい顔をして。」

「‥ううん、なんでもないです。」

「‥。」

 グスタフ卿がナターシャの様子がおかしいことを怪訝に思っていると、部下達が令嬢達が無事に屋敷へ帰った事を報告しにやってきました。

「よし。そうしたら今からすぐに犯人達の別のアジトへ向かおう。そこに貴族の令嬢以外の女性が閉じ込められてるはずだ。‥‥それからナターシャは怪我をしてるからここに残るように。」

「‥はい。」

 グスタフ卿が部下達と共に犯人の別のアジトへ向かう後ろ姿を見送りながら、ナターシャは不穏な様子を見せました。

「‥一体誰が私の団長を誑かそうとしているの?団長の素晴らしさに気づいているのは私だけのはずよ。‥団長はこれまで通り他の令嬢達に嫌われたままで良かったのに‥。団長は‥私だけの団長じゃなきゃいけないのに。なのに、なんで他の令嬢なんかと仲良くしちゃってんの?」

 そう言ってナターシャは額の傷をかきむしり始めました。

「額の傷なんてもっと酷くなってしまえばいい!そうすれば‥団長はきっと私に責任感を感じて結婚してくれるはず。そうしたら私は大好きな団長と夫婦になれるし、将来は公爵夫人になれるのよ。‥それを邪魔する奴は絶対に許さないから!」

 ナターシャは額から血を流しながら、そう言って不気味な笑い声を辺りに響かせました。

 
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