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愛と騎士達

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それからダグラスやアナイスと話をする機会もないまま、愛は先ほどの部屋へと戻される。聖女としてあまりに丁重に扱われるので、逆に無理を言うことができない。

(そういえば塔子はどうなったのかな。テレンス大司教のこともわからない。聞きたいけどなかなか声をかけづらいな)

やきもきして待っていると、先ほどの侍女が再びやってきて愛を案内する。

「アイ様、どうぞこちらへ」

通された部屋には遠征部隊の騎士達が勢ぞろいしていた。皆が愛を見て笑顔を浮かべる。

「アイッ! 良かった、腹の怪我は大丈夫なのか?」

「お前のおかげで体調も万全なんだ。あんな大怪我をしてたのが嘘みたいだぜ」

愛を囲んで、我先にと騎士達が声をかける。すぐに愛の周りは背の高い騎士達で埋め尽くされた。

「トーマスさんにガイルさん。エグバートさんまで……!」

「おっ、アイもそうやってお洒落してると少しは女に見えるな。女は化けるって本当だ」

みんな愛が聖女だと分かっているのに、以前と同じように接してくれる。そのことが嬉しくて愛は涙をこらえるのに必死になった。

泣きそうな顔をした愛に、ガイルが耳打ちをする。

「団長がアイを特別扱いしないで欲しいって僕たちに頭を下げたんだよ。それがアイの望みだからって。もちろん驚いたけど、アイの為なら僕たちにできることはなんでもしようってみんなで決めたんだ。まぁ、どうせ帝王様の術のせいで “あの単語” は口にできないんだけどね」

彼らは一言『聖女』と口にしただけで、雷が落ちたようなショックを受けて一生口がきけなくなるのだという。どんな魔法もそれをもと通りにはできないらしい。

『沈黙の魔法』はそれほどまでに強い縛りの呪いなのだ。

(ダグラス……私のために……?)

団長は団長らしくと、上下関係にひときわ厳しいダグラスが部下に頭まで下げたのだ。

あまりの感動に声が出せない。早くダグラスと話したいが、この部屋には彼はいなかった。早く会いたくて体がそわそわする。

そんな時、トーマスとモリスが両方から愛の肩を抱いた。ニヤニヤしてからかうような口調で言った。

「アイ! お前、ダグラス団長と『騎士の忠誠の誓い』を結んだんだって! 今じゃあ帝国中の女どもが悔しがって泣いてるぜ」

愛はダグラスと誓いを結んだ時のことを思い出して、ほんの少し顔を赤くした。

「そうだ、あれは特別中の特別だからな。結婚してる騎士たちの中でも、誓いまで結んだ奴はほとんどいないんじゃないか? だって誓いを結んだ騎士は、相手が死んだ時点で同時に命を失ってしまうんだから」

「そうだよな。なのに騎士が死んでも相手は死なない。よほどの覚悟がないとできない契約だよな」

彼らの会話を聞いた愛は目を見張る。

「……え? なに? そんなの聞いてなかった」

すると他の騎士達までもがしまったという顔を見せた。そうして口を結んで大きく両手を振る。それを見たモリスが苦しい言い訳を始めた。

「……っていう噂もあったなぁって、はははっ!」

モリスにつかみかからんほどの勢いで愛が顔を寄せた。

「じゃ、じゃあ、あの時。私が死んでたらダグラスも一緒に死んでいたってことなんですか?! そんなに大事なこと、どうして!」

「あーー、アイ。まさか知らなかったなんて……あの、団長にはくれぐれも内密に……」

モリスが何か言っているが愛には聞こえない。頭の中はダグラスのことで一杯だから。

(どうしてって、わかっているじゃない! あの時、作戦に失敗したら全滅するはずだったんだもの。ダグラスったら! なのにダグラスは死んでも私は死なない誓いだったなんて)

愛はそのまま踵を返すと、部屋の扉に早足で向かう。

「どこに行くんだ! アイ!」

「私、ダグラスを探しますっ!」

とにかくダグラスと会って文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。きっぱりと言い切ると愛は部屋を飛び出そうとした。

けれども威勢よく扉を開けた瞬間、硬い何かに思い切り顔をぶつける。

「……っう!」

「おお、アイ。どうしたんだ、何かあったのか?」

ダグラスの能天気な声が頭上で聞こえた。愛は鼻の痛みをこらえて頭上を見上げる。

「ダグラスっ! あなた!」

そこまで叫んで、二の句が継げなくなる。吸い込まれそうなほどの青い瞳に金色の髪。少し角ばった輪郭は男らしくて、いつ見ても惚れ惚れしてしまう。

そうしてダグラスはいつものように愛に無邪気に微笑みかけるのだ。愛は顔を真っ赤にしてうつむくしかできない。

「どうした、アイ」

(あぁ、やだ。私、ダグラスには敵わないよ……)

愛はため息をつくとダグラスに向きなおった。騎士達は、今から愛があのことを言うのではないかと気が気ではないようだ。

「ダグラス、これから私どうなるの?」

「そうだな、ひとまず一緒にアンカスター伯爵家で住むか。そこで結婚式を挙げよう」

騎士達がどっと祝いの歓声を上げたので、ダグラスが睨みを聞かせて彼らを黙らせた。愛は結婚という言葉に更に顔を熱くするが、なんとも思っていないふりをして冷たく返す。

「そ、それで……?」

いまでもダグラスの顔を見ることができない。愛の頭上でダグラスがふっと笑った声が聞こえる。

「そうしたらアイを遠征につれていくのは無理だが、騎士団で近接格闘技を教えてもらってもいいな。アイの足技は絶妙だから。騎士団内にいるなら安全だし翼竜たちも喜ぶだろう。どうだ?」

どうだといわれても、それはあまりにも愛に都合のいい提案だ。愛は結婚しても働き続けたかったし、それはどちらかというと体を動かすものであればいいと思っていた。

騎士団で働ければ、トーマスやガイル達とも頻繁に会えるだろう。けれども愛は慎重に考えて質問する。

「貴族階級の女性は働いたりしないし、ましてや闘ったりもしないんでしょう? それでもいいの? ダグラスの顔を潰すことにならない?」

王城に来てダグラスの立場がよくわかるようになってきた。愛が聖女だということは秘密なのだ。名門貴族であるダグラスの妻が破天荒なのでは、彼の名誉に傷がつくかもしれない。

「俺はアイが普通の女だと思ってた頃からそうしようと考えてたからな。第一、アイがそこらの女と同じだったら結婚しようとも思わなかった。いつ蹴りや拳を入れられるかわからないスリルが、すこぶるいい。それにいざとなったら爵位なぞどうでもいい。俺はいつだってお前を選ぶぞ」

ダグラスの迷いのない強い言葉に、愛は喜びが隠せなくなる。それほどまでに真摯に愛を伝えられて、感動しない女性はいないだろう。

愛はいまだに下を向き続けているが、早くダグラスの顔を見たくて仕方がない。愛はぎゅっとダグラスの上着の裾を掴むとそわそわしながら叫んだ。

「ダグラスっ! 結界魔法を張って! 今すぐっ!」

「ア……アイ?」

ダグラスは何が何だか分からないようで、戸惑っている。

「張った?! 張ったわよねっ!」

愛はそう確認すると、こらえきれずに顔を上げた。一文字に結んだ唇は震えているし、目には感極まって涙が溢れんばかりに溜まっている。きっと顔は耳まで赤くなっていることだろう。

なのにあの夜以来、ダグラスの顔をこんなに近くに見て、ときめきが止まらない。心臓がドキドキして、このまま心の何かが振り切れてしまいそうだ。

「ダグラスっ! 好き! 大好きっ! 絶対に私を離さないで!」

愛はそういうと、つま先で立ってダグラスにキスをしようと顔を寄せた。なのに身長が足りない。愛は騎士服の襟元を掴むと自分の方に無理やり引き寄せて口づけした。

はじめは戸惑っていたダグラスだが、途中で何かのスイッチが入ったようだ。愛に覆いかぶさるように何度も何度も深いキスを繰り返す。

「アイ……俺もお前が好きだ」

愛はダグラスの首に両腕を回して繰り返される行為に溺れた。もうすでにつま先は地面から数センチほど浮いている。

(こんな気持ちを言葉にするなんて到底できない……なんだかダグラスに自分が溶けてしまったみたい)

くちゅりくちゅりと繰り返される音が、切なくてもどかしくてダグラスをもっと欲しくなる。

しばらくして唇を離すと、ダグラスが愛の顔を覗き込む。頬を赤らめて欲情を秘めた表情に、またドキリと心臓が跳ねた。

「アイ……お前は情熱的なんだか恥ずかしがり屋なんだかわからん女だな」

「だってダグラスがあんなことするから! 騎士の忠誠の誓いの意味だって知らなかった。あんな勝手なことしないで!」

「あぁ、あいつらから聞いたのか。口止めしておくのを忘れたな――だがあの時、そういってたらお前は俺と誓いを結ばなかったろう。俺はアイと一緒なら死んでもいいと思ったんだ。お前のいない世界に一人残されるなんて耐えられない」

「そんなの、私のセリフよ。いまでも私が死んだらダグラスも死んじゃうんでしょう。だったら絶対にダグラスよりも先に死なないんだから」

ダグラスはその言葉に微笑みを深くした。

「そうしてもらえると、ありがたい。こう見えて俺はお前のことにかけては臆病だからな」

そのセリフに胸の奥がじーんとなる。

(ダグラス……あぁ、大好き)

彼への愛情を再確認した愛は、次の瞬間ビクッと身を震わせた。ダグラスは愛のお尻に両手を当てて揉み始めたのだ。スケベなところは以前と全く変わらないらしい。

せっかくのいいセリフが台無しだ。

「ダ、ダグラス……強制わいせつ罪で六か月以上七年以下の懲役!」

「おっと!」

愛が掌底打ちを顎に向けて繰り出すと、ダグラスはそれを素早く避けた。本当は蹴りも入れたかったのだが、この細身のドレスでは到底無理だ。

「もうっ! ダグラス!」

ギリギリででよけたダグラスを責めていると、部屋の雰囲気がおかしいことに気が付く。

少し離れたところにいる騎士達の顔が、皆一様に秋のもみじのように真っ赤に染まっている。愛が視線を送ると一人の騎士が気まずそうに目を逸らした。

「お、おいっ! 馬鹿っ!」

モリスがその騎士の背中を小突く。そうして騎士達は揃って愛から視線を泳がせた。

結界が張ってあるならば向こうからは愛の姿は見えていないし、声も聞こえていないはず。まさか……と愛は思う。

「ま、まさかダグラス……結界魔法……」

あまりのショックに言葉にならない。

「あぁ、すまんアイ。お前に触れられると結界は解けてしまうからな。十分余裕のある範囲で結界魔法をかけるわけだが、その場合、部屋単位でかける方が簡単なんだ。だから結界魔法はかけたがこいつらには見られてしまったな、ははは」

ダグラスは悪びれもせずにそう言い放つ。一瞬で全身の血液が逆流するのを感じた。これほどまでに恥ずかしい思いをしたのは人生で初めてだ。

「お前に言ったらキスをやめてしまうだろう。せっかくお前からキスしてくれたんだ。中断したくなかった」

ということは騎士達はダグラスと愛がキスするところを、初めから最後まで見ていたのだ。しかも愛がダグラスに愛の告白をした場面も。

(いやぁぁぁ! もうみんなにどんな顔したらいいのかわからない!)

愛は両手で顔を隠した。このどこにもぶつけられない怒りを言葉にすらしたくない。

「うぅぅぅ……ダグラス、私をここから連れ出して! そうしてどこでもいいから一人きりになりたい! お願いっ!」
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